「今日のご飯もおいしかったな~」
お風呂に身体を沈めると同時にそのような声が漏れてしまった。
週に二回、いつも食事を作ってくれるセラに代わってお兄ちゃんがご飯を作ってくれる日。
その日が私の一週間での楽しみになっている。
別にセラのご飯がまずいとかそういうわけではなく、セラのご飯も他の人に自慢できるほどのクオリティーを誇っている。
他の人には家政婦って言ってあるけど本当はママの家のメイドさんだとか。本人も家政婦って言われるのを余り好んでないっぽい。
あれかな? メイドのプライド的な?
それはともかくメイドと言われると確かに私に対しての接し方とか普段の振る舞いを見るとそれは本当なのだろうと分かる。
ただリズお姉ちゃんもセラと一緒でメイドらしいけどセラと違って全然そうとは思えない。
余り実感は湧かないけどママの家、つまりはアインツベルン家はドイツが誇る屈強の名家であったらしい。
だから家にはメイドがいるし、セラも私に対してはお嬢様とかイリヤさんって呼ぶ。
そもそも、らしいと言うのは昔ママに聞いたことがある程度であまり詳しく知らないからだ。どういうわけか両親は余り家の話はしたくないらしい。というのも前に説明されたことだが二人は__というよりパパ、衛宮切嗣はアインツベルン家と仲が非常に悪いらしい。
なので二人が日本に来たのも半場駆け落ちのようであり、パパもアインルベルン家に居たころは婿養子扱いで立場はあまり良くなかったんだとか。
そういうわけで私の苗字はアインツベルンだけど、日本に来てから出会ったお兄ちゃん、衛宮士郎、はパパの苗字を受け継いでいる。
お兄ちゃんは私が物心つく前から既にそばにいた。
子供の頃はずっと一緒にいたことからか余り考えたことはなかったが、年齢が上がるにつれて色々と賢くなり、私たちが本当の兄妹でないことが分かってしまった。
当時は少しばかり落ち込んだりしたものの色々考えてみた結果、お兄ちゃんは義理でも血がつながっていなくても私のお兄ちゃんであることに変わりはない。
それから更に良く考えてみたら逆に血が繋がってなくてよかったと思ってしま___
「いやいや、何考えてるの私!」
なんだか体中が熱いけどこれはきっとお風呂のせいだよね!
ちょっと半身浴にしておこう。うんきっとお風呂のせいだ。
ぶんぶんと頭を振りながら思い浮かべた考えを消し去る。
何故か上昇している心拍数だがこれもきっとお風呂のせいだろう。
きっと体温が上昇したせいだ!
とりあえず色々な意味で自分を冷やすべく、私は上半身を湯船からだす。
落ち着いてきた所でふと思う。
__なんでお兄ちゃんがいるんだろう?
別にいてほしくないわけでは決してない。お兄ちゃんがいてくれることはとても嬉しいし今ではお兄ちゃんの居ない人生なんて考えられないけどふと思ってしまった。
なんで普段家にいない両親はお兄ちゃんを引き取ったのだろうか?
私がいる時点で子供に恵まれてないわけではないし、きっと子供がほしかったからと言う理由ではないはずだ。
ということはお兄ちゃん本人に何かしらの理由があるからだろうか? 引き取らざるを得ない理由とか?
気にはなる。
だけどこの事を聞いてしまって今までの関係が崩れてしまうのがすこし__いや、とても怖い。
お兄ちゃんとの幸せな日々がなくなってしまうのはイヤだ。
だから、この事は聞かない。
好奇心は猫を殺すとも言われてるし、ここは何もしないほうがいいんだと思う。
いつか話してくれる時が来るかもしれないし、こちらから聞くにしても私が大きくなってからでも良いのかもしれない。
私が精神的に成長した後とか、もしくは二人がもっと仲が親密になったときとか……
心身ともに沈んでいた身体を上げ、溜息を吐きながら体勢を変える。
暗くなりそうだった気持ちも溜息と一緒に吐き出し、この事は忘れることにした。
とにかく話を戻そう。
セラは名家のメイドであるのだから料理がうまいのも納得できる。
事実、セラのご飯はプロの料理人が作ったものよりもおいしい。
だけど、そんなセラですらも超えるのがお兄ちゃんである。
私は小さかったからあまり覚えてないけど、セラ曰くお兄ちゃんは小さい頃からすでにそれなりに出来ていてちょっと教えただけですぐに上達したらしい。
そしていつの間にか追いつかれ、更には追い越されたことに腹を立てているのが現在である。
プロすら負かすセラよりも、それも短時間でうまくなるなんてこれはもう才能ではないのか?
才能で思い出したけど、お兄ちゃんは料理以外にも色々出来る。
炊事は勿論掃除などと言った基本的なものから専門的な家事に関するあらゆることが出来てしまう。
一度、疑問に思って聞いてみた事がある。
一体どうやってそんな技術が身についたのかと。
そしたらお兄ちゃんは困ったような表情で頬をかきながら『よくミテいたから……かな?』と言っていた。
お兄ちゃん曰くセラの動きや手際をよく見ていたら自然とうまく出来ていたらしい。
お兄ちゃんはあれかな? 天才というやつかな?
家事以外にもお兄ちゃんはスポーツとかもすぐに上達しているしすごいと思う。
実際に視力もびっくりするくらい良いらしいし観察することに関しては一般の人より得意なんだと思う。
ちょっと羨ましくはある、私もお兄ちゃんみたいに色々出来るようになりたいな。
あっでも色々出来るようになってしまうとお兄ちゃんに手伝ってもらえなくなってしまう。
勉強とかお料理とかを口実に色々と出来なくなってしまうのは惜しい
そう、例えば後ろから抱きしめられるように料理を教わったり手を握ってもらえたりしてお互いにイケナイ気持ちになってそのまま自主規制とか___
「なしなし! 恥ずかしい妄想禁止! というよりそんな事があるわけないよね! でも頼んだらちょっとエッチなこともやってくれ__じゃなくて! ないない。お兄ちゃんがアンナことをするなんてそれこそさっき見たアニメの魔法でもない限り__」
ピタっと私の動きが止まる。
先ほど騒がしくしてたのが嘘のように風呂場は一瞬で静かになった。
魔法といって思い出す。
そういえば今日は届いたアニメのDVDを見たばかりである。
作り話だって言うのは分かるけど魔法があったらなと思ってしまうのは私だってまだ子供だしおかしくはないよね。
「魔法かぁ~」
魔法があったら何ができるだろう?
自分だったら何がしたいだろうか。
宿題を終わらせたり、
空を飛んだり、
ママたちの仕事が早く終わるようにしたり、
後は__
「恋の魔法……とか」
そう呟いて浮かび上がる一人の人物、
なんでも出来て、
強くて、
かっこよくて、
優しくて、
頼りになる大好きな___
「って恥ずかしい妄想禁止なんだってば!!」
先ほどと同じように一人で騒いでしまう私。
何度かバシャバシャと動きまわると疲れて段々と落ち着いていく。
疲れてくると自然に頭も冷静になり自分がしていた色々な妄想がどれほど馬鹿げているのかが分かってしまう。それと同時にそんな恥ずかしい考えに陥った自分が恥ずかしかったりする。
「はぁ~、虚しい」
今一度湯に深く浸かると目の端にキラキラと光る何かが映った。
何だろうと振り向いてみるとそれは窓から見える空からであった。
「飛行機? じゃないよね」
それでは花火なのか? っと言っても花火特有の大きさと派手さも音もないので違う。
じゃぁ何かと色々と考えてみても分からない。
窓越しだから見にくいのかと思い、窓を開けて見てみてもやはり分からない。
「ピカピカと光ってるけど一体なんだろう? まさかUFO?」
何度か繰り返されるその光を凝視し、本当にUFOなのかと観察していると突然その光の勢いが止んでしまった。
光自体が消えたわけではなく、ただ先ほどまでの目が痛くなるような点滅が消えたにすぎない。
ポゥっと淡い光が夜空にたたずんでいる姿は不気味としか思えない。
とりあえず、幾ら考えても分からないので少し身を乗り出してみることにした。
でもよくよく考えてみるとたかが数センチ近づいたからって見えるわけがなかった。
窓を開けてからそれなりに時間が経ったせいで夜の冷たい風が私の身体を撫でる。
濡れた身体に夜風はさすがに寒いので気にはなるが光の正体は諦めることにしよう。
風呂から出たら物知りなお兄ちゃんやセラにでも聞いてみようと窓を閉めようとしたその時だった。
「あれ? 光がどんどん大きくなっ___こっちにきてるぅぅぅ!?」
ものすごいスピードで迫ってきている謎の光をギリギリのところでしゃがむことに成功し避ける。頭上を過ぎる謎の物体から生じる風でもしも自分がしゃがんでいなかったら大変なことになっていたことに恐怖し、目の前に映るその謎の物体の正体を確認すべく正面を向く。
だけど当然このようなことが突然起こって普通の小学生である私が冷静でいられるはずがなく__
「なになに!? 隕石! 宇宙人! 飛〇石!?」
軽くパニックになってしまうのは仕方がないと思う。
色々余裕がありそうにも聞こえるけどこの突然の出来事がちょっと怖く、お風呂で身体を隠すように覗き込む形になってしまう。
『あちゃぁ~、避けられましたね。ぱぱっと終わらせようと意識を刈り取ってついでに鼻血の一つでも出させるつもりでしたが失敗しちゃいましたね。まさか避けられるとは思いませんでした。いい直感をお持ちで』
その時の出来事を、私は一生忘れることはないだろう。
ここまででも十分に衝撃的な状況であるのにそれに和をかけるように現れた謎の物体。
声がすることから人だとは思ったけど人にしてはまるで機械のような特徴的な音(?)。しかしその形は人とはかけ離れておりロボットと言われてもそうではない。
天使の翼のような者が左右対称に生えていてその中心には星が描かれたソレ、
まるで吊るされているかのように宙を舞う姿はどこか生き物のようで
剣の柄のように伸びるその下部分は一体何で出来ているのかクネクネとこれまた生き物のように動いている。
しかしその姿はつい数時間前に見たあるものに酷似していて_
「魔法の……ステッキ?」
まるで魔法少女が使うステッキそのものであった。
『おぉ~! ワタシの正体を一発で見破るとは! やはりワタシの目に狂いはありませんでしたね! そうと分かれば話もはやい! あんな年増ツインテールの所有権はさっさと削除しますとして。どうでしょう? あなた魔法少女になってみません?』
杖が喋ってる。
いや、喋っているだけではなく先ほどよりも激しくクネクネと動き、喜びを全身で表そうとするその動きは正直言って気持ち悪く、気味が悪かった。
無機物で生き物ではない杖が唐突に現れて喋って更には動き回ると来たらどんな人でも固まると思う。
実際に私はこの状況についていけず数秒か、それとも数分は固まってしまっていた。
するとそんな私に気づいたのかそのステッキは器用にその翼で頭(?)をかきながら困ったように喋り始めた。
『おやおや? さすがに今のは駄目でしたかね? ならばここは王道に!』
そう言うとソレはコホンと人間くさい仕草で一度佇まいをただし。
先ほどよりも明るい声で語り始めた。
『ワタシは愛と正義のマジカルステッキ! 名前はカレイドルビー! 貴方の願いを叶える代わりに近くにいる(ワタシにとっての)悪を討ち滅ぼすべく、僕と契約して魔法少女になってよ!』
「なんでさ」
ついお兄ちゃんの口癖が出てしまったが今ほどこの台詞がこの状況にあう時もそうないであろう。
そんな私の返答が不思議だったのかそのステッキはこれまた翼を器用に折り曲げて腕を組むように悩んでいた。
『あらら~? おかしいですね? この国の魔法少女はこうやって契約まで焚きつけるはずですのに?』
「いやいや今焚きつけるって言ったよね! 怪しいよね! しかもその台詞は色々とアウトだし逆になる気なくなるから! それよりいきなり出てきてなんなの! ていうか意識がどうのこうのってどういう意味!」
ついに限界が訪れ、私は勢いよく自称魔法のステッキにツッコム。
『だからワタシは貴方が言うように魔法のステッキでカレイドルビーっていいます。あっ、これから相棒にもなるので気軽にルビーって呼んで貰っていいですよ! なんならルビーちゃまでもいいです! むしろお願いします!』
(これは…………面倒くさい)
空気が読めてないのか分かっていてあえて読もうとしないのかは分からないがこのステッキはどうやら自分の好きなように色々と話始めるらしい。言動からも分かるけどコレはかなり落ち着きがないし人の話を聞こうとしないし答えようともしない。現に先ほど聞こえた物騒な独り言の件には答えてくれなかった。
『あぁ~いまなんかいやぁ~な顔しましたね。酷いです! ショックです! ルビーちゃんショッキン!』
「えっ、うんそうだけど」
『なんともまぁ正直な方ですね。しかし、現代ではもう魔法少女に憧れる(都合のいい)少女はいないのでしょうか?』
今なんか言葉の裏に何かを感じたような気がしたけど。
「いや、憧れてないわけではないしなれるんだったらなりたいけど_」
『今! なりたいって言いましたね! ちゃんとワタシに内臓されている機能の一つで録音しましたからね! 言質確保!』
「はぁ! いや違うから今の言葉には続きがあるんだから! なれるものならなってみたいけど貴方みたいのはどうも胡散臭すぎるんだもん!」
『うさんくさって! わたしのどこが胡散臭いんですか!』
「全部だよ! 喋り方とか動きとか存在自体とか!」
『ガーン! いまわたし存在その物を否定されました! されましたね!』
「いきなり出てきていきなり悪徳商人みたいなこと言われたらそれは疑うよ!」
『いいじゃないですか~、やってみたいんでしょう? お試し期間と思ってここは一つ試してみてはいかがですか?』
「その言い方モロ悪徳商人じゃない!」
『魔法少女いいですよ~、空を飛んだり、魔法使ってヒーローみたいになれたり、恋の魔法でラブラブになったり_』
恋の魔法ですこし反応してしまった。
数分の付き合いだけどこんな反応してしまえばこの怪しいステッキは傷口をえぐるようにグイグイとつけ込んでくるだろう。
だけどルビーはそんな私を無視して魔法少女のメリットなどを述べ続けていた。
『さきほどあなたがしていた妄想なんかも実現できたりしますよぉ~』
「ちょっと待った!! えっえっ! なんで知ってるの!? ていうか私口に出してた!」
『そりゃぁもう、だからこそ、そんな妄想をするような貴方だったから次なる魔法少女にふさわしいと思ったわけで_』
「聞かれてた! なにそれ恥ずかしい! ちょっと待って! あそこから一体何キロあると思ってるの!」
『わたしをなめないで貰いたいですね。なんたってルビーちゃんは超が付くほどの魔術礼装。遠くの声を聞くこと何ざわけねぇですよ』
「あぁぁぁぁ忘れて! 今すぐ聞いたこと全て忘れてぇぇ!」
『それは出来ませんねぇ。っというわけで誰かにばらされたくなければ魔法少女になってくださいよぉ~』
「それもう悪役の台詞だよね! どこらへんが愛と正義なの!」
『へっへっへ、こうなったらもう意地でも契約してもらいますよ!』
悪魔だ! 悪魔がいる!
テレビで見るような悪役のような台詞をはきながらルビーは少しずつ私に近づいてくる。後ずさろうとするけど私は今お風呂の中にいるわけですぐに追い詰められてしまう。
『さきほども言いましたが、魔法少女になれば
そういわれて思い浮かぶのは先ほどの続き、
エプロンを身に着けた兄が料理を中断して私に目線を合わせるように跪く姿。
両手で肩を抑えられ見つめ合う二人。
次第に頬は赤く染まり互いの鼓動は早くなるばかり。
そしてついに合わさるお互いの唇。
そこから二人は自主規制自主規制自主規制自主規制自主規制_____
「えへ、えへへ~」
『おやおや、どっぷり自分の世界に沈んでいますね。まさかここまで効果覿面だとは思いませんでしたが。ていうか誰にも見せられないような酷いお顔に……一体どんな妄想をしているのやら、おっと、ヨダレがでてますよ。___認証、完了』
「はっ! 私は何を!」
口元に触れられた感覚で正気に戻った私はすぐさまその原因に目を移す。
どうやら妄想によって出てしまったヨダレを拭いてくれたらしい。
あの羽、作り物だと思ったけど普通に軟らかくてくすぐったかった。
『しかしアレですね。先ほどの恋の魔法にも反応していたこともそうですが。貴方の妄想に何度も出てくるそのお兄ちゃんとやら。さては貴方がフォーリンラヴってるのはその件のお兄ちゃんですね(まぁ聞こえてましたけど)! いやぁ~それにしても妄想の内容からしても(詳しくは知りませんけど)随分とまぁ、惚れ込んでいますねぇ。兄妹同士の禁断の愛! とってもおいしいです!』
「なっ!」
何をいきなり言ってるのかなこのステッキは!!
私がお兄ちゃんに恋!
ははは! 面白いことを言うステッキだね。
そんな事__
そんな事__
あるわけがなななななな
「ないんだからこのバカ──ッ!!」
思えばあの時、なんで私はこの怪しいステッキを掴んでぶん投げようとしたんだろう。
他にも色々_物を投げたり、お湯をかけたり、無視したり_と方法はあっただろうに何故私はこんなモノに触れようと思ったのか。
あぁ、一時の感情に身を任せるとこんなことになるんだね。
色々と勉強になったよ。
だけどね__
「命じるわ── 貴女はわたしの、奴隷になりなさい。異論や反論もなし、恨むならルビーを恨みなさい」
__こんな事に巻き込まれるとは思ってもいなかったよ。
だから一つ言わせてほしい。
反論もだめ、異論もだめ、
トントン拍子に運ばれたこの事態。
恨み言も言いたいけどまずは
「なんでさ」
お兄ちゃんの口癖を言わせてほしい。
このイリヤちゃんはおませさん