軽く頬を叩き、俺は目を閉じる。今まで感じ取れなかった世界がここにはあった。
(なるほどな。よく見える)
余分な情報を排除することで、より本質へ近づく。それは簡単なことではなく、普通はたくさんの物を身につけることで強くなろうとする。しかしそれでは自分自身が見えなくなってしまう。だから、最後に必要なのはそれらを捨てる勇気なんだ。
「ハハッ! 目ぇ閉じてるなんて余裕だなぁクソガキ!!」
脳無を動かさずに死柄木単体で向かってくる。あくまでも自分の手で俺を殺すつもりなのだろう。
「気拉君!!」
緑谷の声が響く。俺が敵の目を引いている間に距離をとれたようだ。
「奴の手に掴まれてはダメだ! ボロボロにされてしまう!」
俺が死柄木の個性を知らないのを心配して言ってくれているようだ。確かにそう言う個性なら、さっきの行動にも説明がつく。
「チッ、ちゃんと敵向きの殺せる個性じゃねぇか」
接近戦はダメだと分かった以上、オーラを放って距離を保ちながら戦うしかない。
そこで、オーラを放とうと手に集めていると死柄木のオーラが黒霧のオーラに包まれているのが感じられた。
「またあのワープかよ!」
個性を発動することでオーラができるのなら、ワープ先にもオーラが生まれるはずだ。俺は目を閉じたまま、周囲を警戒し……
「ここだ!」
背後に向かって溜めたオーラを放った。
俺以外には見えないオーラの塊が飛んだ先に死柄木は現れ、また吹き飛ばされた。
「ほらほら、二回も吹っ飛ぶなんて学習能力ないんじゃない? 早く帰りな!」
散々煽り倒してみるが、内心はビクビクだ。尋常じゃない量の冷や汗が出ている。
だから、敵への警戒は全く解かない。一瞬の緩みが命取りだ。
死柄木から目を離さないままバックステップで間合いを取ると——
世界が反転した。
正確には俺は左足を脳無に掴まれ、逆さ吊りになっていた。
「な、何!? このタイミングで——っぐわぁぁぁ!!」
足に走る激痛。脳無が俺の足を折ったのだ。
そのまま俺はゴミのように投げ捨てられ、死柄木の足元で身動きが取れなくなった。
「気分はどうだ、クソガキ」
「良いように見えるかよ、このクソ敵」
悪態をつくが、ここまで追い詰められれば何をしようが逆転は絶望的だ。
俺は額に近づく死柄木の手のひらを見ながら、覚悟を決めた。
BOOOM!!!!
死角から飛び出してきたのは爆豪。俺の顔に死柄木の手が触れる直前に、俺もろとも爆発で跳ね飛ばした。味方にも容赦がないが、加減する暇もなかったと解釈しておくことにする。
「大丈夫か、気拉!?」
助けにきたてくれたのは切島だった。素早く俺を背負うと、走ってこの場を去る。振動が折れた足に響いてかなり痛いが、そんな事を言っている場合ではない。歯を食いしばって耐えるのみだ。
「なんとかな。それより、俺を緑谷のところまで連れて行ってくれ」
「緑谷!? 何で……って、まだお前、そんな体で戦おうってんじゃないだろうな!」
「いいから行けって! プロが来るまでに全滅しちまうのが最悪のシチュエーションだろうが! そうならないようにするには、考えつく策全部やって時間稼ぎするしかないだろ」
「……わかった。でも、無茶はさせねぇぞ。いざとなったら、俺が盾になるからな」
「そん時は頼りにしてるぜ」
切島に背負ってもらいながら、俺は頭をフル回転させて新たな作戦を考えていた。
足が折れた俺はもう本格的な戦闘には戻れないだろう。オーラで強化して立ち上がったとしても、限度がある。ならば、俺は皆のサポートに回るのが得策だ。
作戦を練り終わったところで、俺と切島は緑谷のところまでたどり着いた。
「緑谷、ちょっと手出せ」
困惑顔を浮かべながら、緑谷は言われた通りに手を出す。俺はその手を掴むと、緑谷のオーラを最大まで活性化させるように個性を発動した。
「き、気拉君……。一体何をしてるの?」
「お前の個性を、全力で使えるようにしてやってんだよ」
緑谷の体は、OFAを100%で使うにはまだ出来上がっていない。そこで俺の個性で強化してやるのだ。しかし、緑谷のオーラ量や俺の技術ではそう何回も使えないだろう。無傷で全力の個性を使えるのは1回が限界のはずだ。
「使うタイミングは良く見極めろよ、2回目は体がもたないからな」
忠告をした上で緑谷近くの物陰に潜ませ、そして同じくオーラを活性化させた切島を送り出す。
俺が切島に出した指示はただ一つ。死なないように逃げ回れ、だ。
俺たちには死柄木だけならまだしも、脳無を倒せるほどの実力は無い。だから残された勝利条件は、飯田が呼びに行った教師陣がここへ来るまで時間を稼ぐこと。
しかし、あまり時間稼ぐ余裕はないようだ。
切島も、爆豪もなんとか大きな怪我はすることなく耐えているが、どの攻撃にも間一髪、奇跡的といった具合に避けており、いつやられてもおかしくはない。
俺は近くに落ちていた、折れた鉄パイプを杖代わりにして立ち上がった。オーラで足を強化しているものの、もしもの為に全てのオーラを注ぎ込むわけにはいかず、多少不自由ではあるが支えが必要だった。
「後はあいつがいれば……」
この場に足りないピース、轟の姿が見当たらない。現時点で、間違いなくこのクラスのトップの実力を持つ彼の力が必要だ。
「せめて、あいつの氷で時間稼ぎができれば……」
案を練っている最中でも敵の猛攻は止まらない。一撃が即死級の攻撃を避け続ける爆豪達の疲労は、目に見えて溜まっていた。
「気拉君! 僕も行くよ! このままじゃ、2人が!」
「待て、緑谷! 一回しかチャンスがないお前が行っても死ぬだけだ!」
「でも……」
「でもじゃない! お前のその正義感は、実力が伴わないままだとただの無謀だ! 今のお前は弱い学生の緑谷出久だろ。オールマイトじゃない」
緑谷を説き伏せ、轟を探すべくオーラの感知を——
「痛っ……! こ、こんな時に……」
頭が割れるように痛む。オーラの使いすぎによる副作用が今になって現れたようだ。
立つこともままならず、俺は膝をついた。
「大丈夫!? 汗がすごい出てるよ」
痛みで出た脂汗で前髪が額に張り付いている。
普段なら感じる不快感も、今は意識できないほど余裕が無い。
「お、俺の事なら放っておいてくれ。お前は……自分の役目の事だけを考えろ」
情けなくなるくらいにフラフラの足で何とか立ち上がり、戦況を確かめようと顔を上げると——
氷山ができていた。
目の前に氷山ができていた。
その光景を最後に、俺は気を失った。強がっていても、俺の個性は限界を迎えていたのだ。