黒の襲撃者
マスコミが校内に侵入した騒動の翌日の水曜日のヒーロー基礎学の授業。今回教壇に立ったのは相澤先生だ。
「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイト、そしてもう一人の3人体制で見ることになった」
なった、ていうことは昨日の騒動があったからか? まあ、問題には違いないし……。
「ハーイ! なにするんですか?」
「災害水難なんでもござれ、
敵との戦闘以外にも、ヒーローの仕事はある。むしろ、救助の方が重要だと個人的には思う。
「今回コスチュームの着用は各自の判断で構わない。中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるから、バスに乗っていく。以上、準備開始」
俺達は素早く準備を始め、バスへと向かう。無駄に遅くなれば、相澤先生に何を言われるか考えずとも思いつく……。
⬛︎ ⬛︎ ⬛︎
「こういうタイプだったくそう!!」
「イミなかったなー」
落ち込んでいるのはマスコミ騒動で活躍して、緑谷から委員長の座を譲られた飯田だ。
せっかくバスにスムーズに乗っていけるように、気合を入れて俺達を二列に並ばせていたが、座席は彼の想定とは異なり、向かい合う形だった。なんかもう不憫だな。
騒がしい車内だが、バスの軽い揺れに眠気を誘われる。外を見ながらうとうとしていたが、梅雨ちゃんの言葉に興味を惹かれて少し目が覚めた。
「あなたの"個性"オールマイトに似てる」
「そそそそそうかな!?」
そういえば、緑谷は俺がワン・フォー・オールの事を知っているのを聞いているのだろうか? 緑谷がボロを出しそうになったら、俺が何とかしねぇと。緑谷のあんな挙動不審な調子じゃなぁ。
「派手で強えっつったら、やっぱ轟と爆豪だな」
「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なさそ」
「んだとコラ出すわ!!」
さらりと煽られ、すぐにキレる爆豪だが、そんな沸点液体窒素並みだったら人気でねぇよ。
「でも、凄えのは気拉もだよな。派手さはねぇけど、技術っつーか応用に強えもん」
「俺か?」
この話の流れでまさか俺の話題になるとは思ってなかったから、急に名前を出されて完全に眠気が吹っ飛んでいった。
「オーラだっけか? 何か見えるんだろ?」
「まぁ見えるけど、俺の個性はあんまり戦闘向けじゃねぇぞ」
「ウソー。戦闘訓練の時凄かったじゃん」
「あれは上手いこと策がハマったからだって。一歩間違ったらボロ負けだったし。個性だけだったらお前らの方か凄えよ」
謙遜のように聞こえてるだろうが、これは紛れもないな俺の本音だ。今のままじゃ、一対一では太刀打ちできないだろう。
「じゃあ作戦はどうやって考えてんの?」
「もう着くぞ。いい加減にしとけよ……」
「もうすぐ着くってよ。また今度教えてやるから」
また機会があったら教えてもいいものかな? 暇な時に俺の個性といろんな個性の人を組み合わせて戦ったらどうなるかってシミュレーションしてるって。引かれねぇかな。
少々の不安材料が増えたが、今は授業の事を考えねぇと。
窓の外には授業の場となる演習場が見えていた。
⬛︎ ⬛︎ ⬛︎
「すっげ──!! USJかよ!?」
演習場の中はジェットコースターや観覧車はないものの、大きな遊園地という印象で、俺はTDLだと思った。
「水難事故、土砂災害、家事……etc。あらゆる事故や災害を想定し、僕がつくった演習場です。その名も……
(いや、USJだったんかい!!)
宇宙服を模したヒーローコスチュームに身を包む、スペースヒーロー『13号』に心の中でツッコミを入れる。きっと俺だけじゃない。切島や上鳴もしたはず……。
「オールマイトがいないな……。今回オールマイトも見てくれるはずだろ?」
「後から来るのではないか? 相澤先生は3人で見ると言っていたが、途中からという可能性もある」
「そうだな。委員長」
飯田に委員長と言うと、彼は少し嬉しそうになる。バスでは落ち込んでいたから、心のケアをしてあげよう。
飯田が徐々に復活しつつあると、相澤先生と何やら話していた13号が俺達の前まできて、授業を始めた。
「えー始める前にお小言を一つ二つ……三つ……四つ……」
(めっちゃ増えるじゃん)
増えてもヒーローからの小言。中学の校長の話のように聞き流すわけにもいかない。
「皆さんご存知だと思いますが、僕の個性は"ブラックホール"。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」
有名なヒーローの個性は世間によく知られている。その個性によってどんな活躍をしているかなんてことも。
「しかし、簡単に人を殺せる力です。皆の中にもそういう個性がいるでしょう」
13号の言葉は重く、空気がガラッと変わった。「人を殺せる力」を持つという、わかっていてもこの超人社会では意識が薄れているのは否定できない。
「超人社会は個性の使用を資格制にし、厳しく規制することで一見成り立っているようには見えます。しかし、一歩間違えば容易に人を殺せる"いきすぎた個性"を個々が持っていることを忘れないで下さい」
俺は、俺の個性を戦闘向けじゃないと言った。しかし、人を殺せない個性じゃない。命を奪える個性なのだ。
脳裏に浮かぶのは母さんの姿。母さんを悲しませる個性の使い方は決してしてはいけない。
「相澤さんの体力テストで自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います。この授業では……心機一転! 人命の為に個性をどう活用するかを学んでいきましょう。君たちの力は人を傷つける為にあるのではない。救ける為にあるのだと心得て帰って下さいな」
改めて個性に向き直り、ヒーローになる為に気持ちを入れ替える俺達の背後の噴水の近くで
小さく浮いた黒いモヤは瞬く間に広がり、現れた悪意。
「一かたまりになって動くな!!」
きょとんとした俺達の前で、相澤先生は臨戦態勢をとる。
「何だアリャ!? また入試ん時みたいな、もう始まってんぞパターン?」
「動くな! あれは敵だ!!」
敵の明確で純粋な殺意、悪意が俺達の体を締め付ける。初めて対峙する敵。恐怖を抱かないわけはない。
「またセンサーが反応してねぇってことは、奴らちゃんと計画してきてるのか……」
よく見ると、マスコミ騒動の時に見えた二つのオーラが確認できる。手の形の奇妙な面と黒いモヤの敵だ。
「13号、生徒を守れ!」
そう言うと、相澤先生は噴水に向けて踏み出す。
「先生は一人で戦うんですか!? イレイザーヘッドの戦闘スタイルで正面戦闘は……」
「一芸だけじゃヒーローは務まらん」
心配そうにする緑谷を一瞥すると、相澤先生は敵に向かって突っ込んで行く。個性を消す個性と、特殊な捕縛布で次々と敵を倒し引き付けてくれている間に俺達は13号と共に避難する。
しかし、前に現れたのは黒いモヤの敵。避難が完了する前に逃げ道を塞がれてしまった。
「初めまして、我々は敵連合。僭越ながら……この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは平和の象徴オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして」
「ふざけんな!!」
俺、切島、爆豪の三人で先に攻撃を仕掛ける。しかし、三人分の攻撃を受けたにもかかわらず敵にダメージが入った様子はない。
「危ない危ない……。生徒といえど優秀な金の卵……」
敵のモヤが揺らぐと同時に、オーラも揺らいでいる。まさか何か仕掛けてくるのか?
「爆豪、切島!! 回避しろ!!」
俺は思い切り後ろに飛んだ。だが敵の広がるモヤはその程度の距離で収まらず、俺達は暗闇に包まれた。