Fate/Unlimited Engel's cofficient   作:空想病

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第十八話 廃ビルでの戦い

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 赤い髪の騎士の襲撃から(から)くも逃れ、解体予定の廃ビル──およそ十数階の古いオフィスビルに逃げ込んだ凛とアーチャー。

 彼女たちは物陰に潜み、敵の気配に用心しつつ、あらためての対抗策を考える。

 

「──どうする、凛?」

「とりあえず、情報を整理」

 

 ひび割れた柱を背にして腰を下ろす凛。

 深く呼吸し、登校中に奇襲してきた赤髪の弓兵の言動を一言一句思い出していく。

 彼の語った内容で、意味不明すぎる単語……「水着獅子王」は、ひとまず保留。

 まず、真っ先に考察すべきは、敵サーヴァント自らが明かした、騎士の真名。

 

「“トリスタン”…………アーサー王伝説に登場する、円卓の騎士よね?」

「ああ。奴自身そう言っていたな。もっとも、ただの“(かた)り”という線も否定できんが」

 

 冷静かつ徹底した思考を主人に述べ立てるアーチャー。彼の指摘は的を得ていた。その可能性は十分にありうる──しかし、凛は首を横に振ってみせる。

 

「ええ確かに──でも、私の印象としては、そういう(だま)しの感じはしなかった」

「ふむ。だとすると、あのトリスタンとやら、昨夜の七騎のアルトリア・ペンドラゴンたち(・・)とは」

「──主従、ってことになるわよね?」

 

 セイバー三人、ランサー二人、アーチャーとライダーが一人ずつという、悪い冗談のような異常事態。

 凛は昨夜、衛宮士郎が召喚した七騎の英霊……アルトリア・ペンドラゴンの情報を、可能な限り調べたつもりだ。

 アーサー王物語。

 伝説に聞く聖剣の保有者。

 キャメロットが誇る円卓の騎士道物語。

 

「昨夜遅くまで調べていたからな、凛は。あの衛宮士郎に従うセイバーやランサーたち……七騎同時に召喚された、騎士王アルトリア・ペンドラゴンについて」

「ええ。敵を知っておくに越したことはないし?」

「敵……敵か────ふ、確かにその通りだな」

「? 何か言いたそうね、アーチャー? ……いいわ。とにかく、あの弓兵が本物のトリスタンだとしたら、弱点は“毒”でしょうね」

 

 苦労して(しらみ)(つぶ)しをした甲斐があったというもの。

 ──『トリスタンとイゾルデ』に謳われる円卓の騎士。“哀しみの子”。彼の生涯には「毒」がついてまわっていた。その最期にしても、とある戦いで毒に倒れ、愛する女性との再会もままならなかったという。

 真名を明かすという最大のリスクを、あの弓兵は自ら犯したのだ。

 凛はそこに一抹の不安と違和感を覚えつつ、かの騎士の弱点を突く策を考える。

 

「アーチャー。率直な話、あなた毒矢の類とか持ってる?」

「かのロビン・フッドのような? いや。残念ながら──」

「そう……まぁ、そこはこっちでなんとかするわ」

「ほう? 君に毒の調合や持ち合わせがあったのかね?」

「なめないでよね。これでも魔術師の端くれですから、と…………来た」

 

 凛の魔術回路が励起(れいき)する。意識をそちらへと集中。

 ばらまいておいた宝石魔術の監視網に、反応があった。

 凛にのみ見える別の視覚野に、赤い髪の騎士が、悠々とした足取りで姿を現した。

 

「見つけた。──随分と遅いご登場じゃない?」

 

 凛は周辺監視に使っていた宝石を一転、同時併設していた発火の魔術を起爆してみた──だが。

 

「──────だめか」

 

 トリスタンは無傷。

 三大騎士クラスには付き物の、対魔力スキル。

 割と大量に魔力を込めた宝石を使い、派手に炎上しているにもかかわらず、騎士は涼風の吹く草原を行くがごとく、炎熱と衝撃の只中を突き進んでいく。

 あの様子では大魔術・儀礼呪法等をもってしても、傷をつけるのは難しそうだ。

 

「アーチャー、私の指示通りのところへ狙撃できる?」

「む? ──ふっ、その程度のことなら、造作もない」

 

 アーチャーの持つ千里眼スキルは、遠く離れた鉄橋のボルトの数すら把握できるほど精密なものだが、ランクCのスキルでは遮蔽物の透視までは行えなかった。

 それを凛が補助する。

 観測手となる少女が指さす方角──上階へ向けて、アーチャーもまた弓矢を(つが)える。

 撃てば、敵にこちらの位置を教えるようなものだが、このままでは(らち)が明かない。

 

「撃った後はすぐに移動するから、そのつもりでお願い」

「承知した」

 

 アーチャーの手によってすぐさま抱きかかえられる位置で、二人は方を寄せ合い、そのまま静かに時を待つ。

 トリスタンが再び凛の張った罠の中心に足を踏み入れた。再びの起爆。燃え盛る魔術の火。先ほどの爆破のリプレイでは、終わらせない。

 

「今よ!」 

 

 アーチャーの弓撃が放たれる。

 打ち寄せる炎を煩わしそうに払いのけるトリスタンの背中に、アーチャーの放った鏃が刺しこまれる──はずだった。

 

「ちょ、嘘!」

 

 凛の指示した方角は完璧であった。

 にも関わらず、黒い矢は騎士の鎧をかするでもなく、見えない何かによって空中に縫い留められた。完全に不発。

 

「フン。先ほどと同じ宝具の糸か。背後からの奇襲攻撃すら対応可能とは。恐れ入る」

「アーチャー移動!」

 

 即応する赤い弓兵に抱えられて、凛たちはその場を離れた。狙撃地点へと、あのトリスタンが真空の矢を降らせるよりも早く退避する。

 さらに下階へと逃れる。このまま、敵を置き去りにして屋外に逃げることも考慮し始める凛であったが、

 

「!!」

「わっ! ちょ、なに、どうしたのよ、アーチャー?」

 

 アーチャーが何もない場所──七階の中心、傷んだコンクリートが剥き出しになったフロアで急停止をかけた。

 ブレーキの勢いに崩れた態勢をなおそうとして、アーチャーに「動くな」と制される。

 何事だと首を傾げそうになる凛。

 弓兵は、ものは試しにと無骨なサバイバルナイフをどこからともなく取り出し、それを何もない床面へと放り落す。

 瞬間だった。

 アーチャーの放った短刀は、床に触れる直前、見えない糸によって絡めとられ、バラバラに引き裂かれたまま、跡形もなく消滅した。

 さらに二本三本四本と、アーチャーが短刀をそこここに投擲すると、その数だけトラップが起動し、金属のナイフが鉄屑に変えられ、その姿をほつれさせていく。

 

足絡み(スネアー)のトラップだ。──奴の宝具は、思った以上に広範囲を覆い尽くせるものだったようだな」

「まさか、この先一帯に?」

「どうやらそのようだ──サーヴァントならまだしも、通常の人間では触れたと同時に、バラバラにされるのがオチだろう」

「ッ!」

 

 凛の臓腑が氷点下にまで冷えた。

 アーチャーに抱えられていなければ、うっかり自分がトラップを踏んでいた可能性を思うと、嫌な汗が背筋を凍らせていくのを感じる。

 自分が今、見ることのできない巨大な蜘蛛の巣にがんじ絡めにされた気を味わうのは、いかにも嫌な気分を覚えた。

 

「……いかんな。退路を絶たれた」

 

 振り返り白黒の剣を構える弓兵の先に、サーヴァントの気配。

 

「終わりといたしましょう、冬木のアーチャーと、そのマスター」

「──ふん。随分となめた物言いじゃない? もう勝利宣言?」

 

 凛は微笑みすら浮かべて、トリスタンに向かい合う。

 あからさまな虚勢だとトリスタンには見えた。

 

「あなた方の勝ち筋は潰えている。我が“痛哭の幻奏(フェイルノート)”によって編まれた罠は、いかな魔術師であろうと致命的な代物。このような場に、この建物に逃げ込んだ時点で、我が糸からなる牢獄に囲われるは必定の運命だったのです」

「だから諦めろって?」

 

 遠坂凛は鼻を鳴らした。心の底から敵サーヴァントの認識の甘さを笑ってみせる。

 

「お生憎様(あいにくさま)。この程度の戦況で、白旗を振ってあげるつもりはないわよ?」

「……不毛な。何故そこまで頑迷な物言いを。もはや貴女方に、逃げ道などないというのに?」

「逃げ道?

 ご心配なく──もう、これ以上、“逃げる必要がなくなった”──ただ、それだけのことよ!」

「──フ。その意気だ、凛」

 

 惚れ惚れしたという風に微笑む英霊(アーチャー)と共に、己の敵へと向かい合う凛。

 それと対峙するトリスタンは、悲嘆の吐息をこれでもかと吐き落とした。

 

「真に素晴らしい敢闘の心構え……此度の敵でなければ、ぜひとも我等が円卓の陣営に、我が王の幕下にお迎えしたいところでした──致し方ない」

 

 トリスタンの細い眼が、ほんの微かに、見開かれた────

 その瞳に宿る色は、本気で獲物と認めたものを狩り取らんとする鷹の目を彷彿(ほうふつ)とさせる冷たい(いろどり)に満ちている。

 

「────始めましょう。悲しみの歌を」

 

 凛は肌で感じた。

 騎士の本気が総身を切り刻む──その前に。

 

「やるわよ、アーチャー!」

「承知した!」

 

 真空の矢による連弾。

 それをアーチャーの弓矢が悉く撃墜していく。

 凛は迷うことなく、コートの懐に手を伸ばした──── 

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 冬木市内の中心に流れる未遠(みおん)川、そこに横たわる大きな橋の知覚で、その人物は車から降りた。

 朝の陽光を受けて、長い金髪が後光のごとく煌めきを放つ。

 

「ここまで乗せてくださって、ありがとうございました。マッケンジーさん」

「いや、なんのなんの。女の子の一人旅、十分気を付けて」

「よければ、おじいさんたちの家に来てね。私たち当分そこにいるはずだから」

「じゃあねー、おねえちゃん!」

 

 再度の感謝と共にお辞儀する可憐な女性。

 相乗りを快く受け入れてくれた親子三人に手を振って、彼らの未来に幸多からんことを、神に祈る。

 

「……さて、ここが冬木、ですか」

 

 河川に吹き込む清涼な朝の空気。

 本当に、こんなにも平和な光景が、魔術儀式の舞台であるとは、俄かには信じがたい。

 

「此度の聖杯戦争。その運用が正しくなされているかどうか見極めるため、召喚された…………そんな単純な話ではなさそうですね」

 

 とりあえず、彼女は地図を広げる。

 目指すはこの地における聖杯戦争の監督役……その任を受けた二人の神父を訪れるべきか。

 

「では──よいしょ、と」

 

 サーヴァントの乙女は、キャリーケースを引いて歩きだした。

 鉄橋のアーチの上から彼女を見下ろす、鳩たちの視線を極力無視しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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