Fate/Unlimited Engel's cofficient 作:空想病
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「『聖杯戦争』?」
「そう。あなたが召喚したセイバー
あなたのその手に顕れた『令呪』が、衛宮君がサーヴァントを統べるマスターであることの証明……なんだけど」
士郎と凛は最低限の情報交換を執り行っている傍らで、ガツガツムシャムシャという咀嚼音が、集中力を削ぐ。
並べられた色とりどりの料理。
うずたかく積まれた握り飯、唐揚げや天ぷら、だし巻き卵やオムレツ、野菜炒めに魚の煮物、漬物盛り合わせにシーチキンサラダなど、まさに大盤振る舞いであった。
それらを堪能するのは、サーヴァントたる乙女たち。
「こ、これは、素晴らしい料理です、マスター!」
「──本当に。作り手の繊細な気遣いを感じさせる品の数々です、感服いたしました我がマスター」
「ほんとうに、本当においしいです! マスターのお料理!」
「ええ! もう! ポテトばかりの円卓に、お土産として持って帰りたいくらいです!」
セイバー(アルトリア)、ランサー(アルトリア)、リリイ、アーチャー(アルトリア)が士郎の用意した料理の数々に舌鼓を打つ……一方で、
「ハンバーガーというもの、気に入った!」
「このインスタントラーメンという補給品、実にジャンクだ」
「アイスはないのか? ならば、ポテトの揚げ物と炭酸飲料はあるのだろうな?」
凛が赤い弓兵に急遽買いに行かせたジャンクフード類(無論、代金は衛宮家の財布から)を、オルタ組が喜んで頬張っていく。
「──うちの、食材が……」
あまりにもセイバーたちの腹の虫が大声で急き立てるものだから、士郎もつい大量の食事を用意してしまった。途中から興が乗ってしまい──セイバーたちの好奇の視線もくすぐったく感じて──予定よりも相当以上の食材を消耗してしまったのは、まったくの不覚。明日の朝のぶんの材料は残されているが……果たして彼女たちの朝食分に足りるだろうか。半ば同居人となっている者たちの分も考えると、明日の買い物は大変になることは間違いないだろう。
「申し訳ありません、マスター。急なことだったとはいえ、いきなりこんなにも大量の糧食を」
「ああ、いや。セイバーは気にしないでいいから」
「しかし」
「遠坂やランサーの話を聞くに、俺の魔力が足りないのが原因らしいから。セイバーたちが気を悪くする必要はないよ」
「ですが……」
「俺の料理が口に合ってくれて、本当に良かったよ」
「──はい。ありがとうございます」
士郎のはにかんだ笑みに、セイバーは柔らかく微笑んだ。
冷蔵庫や戸棚の予備を確認している少年の背中、料理人の労苦を慮って、セイバーがオルタ組に苦言を呈する。
「そちらの私は一体どういうつもりで、マスターの手料理が口に合わないと? こんなにも美味だというのに」
オルタたちは士郎の手料理を突き返し、あまつさえ「代わりの品を寄越せ」と要求すらした。
そのおかげでセイバー以下四人は大量かつ十分な食事にありつけこそしたが、やはり一言くれてやらねば気が済まなかった。
対して、オルタは嘲笑の息を吐きかけた。
「ふん。人の趣味嗜好に口出しができるほどの権や能が、貴様にはあるというのか? ──ええ? どうなのだ私よ?」
長卓を挟んで再び火花を散らすセイバーとオルタ。
そんな二人を、ランサーのアルトリアたちが割って止めるのも慣れてきた。
「……なんで霊体のサーヴァントが、こんなに大量の食事を必要とするわけ?」
凛は疲れたように呟くが、これが魔力の補給手段の一種であることは理解している。ランサーの言う、七騎分の魔力が足りていないという言も頷けた。聖杯から供給されるのは、一人のマスターにつき一騎分が通常である。それが、衛宮士郎に対して七騎というのは、過剰を通り越して異常と言わざるを得ない。というか、なぜ衛宮士郎は普通に生存できているのか──あまつさえ料理に奔走し、セイバーたちと談笑できているのか、まったくの謎であった。
「何を言いますか、凛。マスターの食事を味わえば、あなたも箸がとまらなくなるでしょう?」
「それは、まぁ、確かに? ──ぁむ」
せっかくなのでとご相伴に預かった凛は、カラっと揚がった鶏肉の香ばしさと食感に対し、思わず口元を抑えてしまう。
握り飯や卵焼き、味噌汁との相性も抜群に優れていた。セイバーの言う通り、箸が進むのを止めることが難しく感じられた。
「って、それとこれとは話が違う!
とにかく! 詳しい話は監督役に聞いて!」
「監督役?」
「ええ。聖杯戦争を監督するエセ神父
士郎が未熟なマスターであるが故の弊害か、彼が召喚した七騎のサーヴァントは全員が霊体化するという基本的な機能を損なっていた。
そのため、これだけ異色な姿の乙女が、大人数で現代日本の街を闊歩するというのは、いろいろと難がある。
「ううん。それだけじゃない。何がどうして、一人のマスターに七騎のサーヴァントが召喚できるのよ?」
聖杯戦争の歴史上、類を見ないことだというのは凛にも理解できる。
衛宮士郎は、そこまで強力な魔術師ではない──否──まっとうな魔術師とも言えはしない。そもそも論として、一人の人間で贖える魔力量で、七騎と契約を交わせるはずがないのだ。
「聖杯の魔力が衛宮君ひとりに偏っている? いいえ、違う。衛宮君はそもそも魔術師としては半端も半端。聖杯のリソース分配を考えると、そんなことになる道理なんてない。第一、これじゃあ七騎のサーヴァントがひとつの陣営に固まっているということに──でも、セイバーが三人、ランサーが二人、アーチャーとライダーが一人ずつ? ──キャスターやアサシン、バーサーカーなし? なら聖杯大戦の発生要綱は満たさない? でも……現状だと……」
亡き父やエセ神父たちから教わった聖杯戦争に関わる諸々を脳内で紐解いていく凛。いったい何が起こっているのか、本気の本気で理解しかねる。
確たる答えに辿り着くことはできない。いらただしげに黒髪を両手でかきまわす。
「んああああ、もういい! とにかく! 衛宮君は、マスターの一人! そこは変わらないの!」
「いや、でも俺は、聖杯戦争なんてものに関わるつもりはないし。何かの間違いだっていうなら、ちゃんとしたマスターを」
「だから、マスター権は簡単に遣り取りしていいものじゃないってーの!」
「──マスターは、我等との契約が不服なのでしょうか?」
箸を止めて訊ねてくるランサー・アルトリアに、士郎は頬を掻いた。
「ああ、いや、不服というか、その……俺は
「ふん。随分と弱腰な男だ。本当に、何故このような小心者に、我等七人が召喚できたのか、不可思議でたまらんな」
ビックサイズを二口で平らげたセイバーオルタ。
「魔力の満ちた今なら、その素っ首を
「え?」
バーガーの包み紙を放り棄て、刹那の間に剣を抜いた騎士。
「──うわっと!」
「衛宮君!」
油断しきった士郎の首筋に、黒い刃が刺しこまれかけた──が、それは即座に反応したセイバーによって防がれる。さらに、ランサーやアーチャーも、各々の得物をオルタに向けた。
士郎を守り果せたセイバーが声を荒げた。
「貴様! 何のつもりだ!」
「つまらん人間に使われるつもりはない。我等は聖杯を得るという大望を持って召喚に応じたのだ。戦う気のない将に、我が剣を預けられるものか?」
「っ、そんなこと!」
「それに。そこの
「い、いやいやふざけないでよ!」
凛は慌てて首を振った。
「いくら私でも! こんないっぺんに、七騎のサーヴァントに魔力を供給するとか、むむむ無理むりムリ無理! ありえないから!」
舌を打つオルタ。
「私よ、剣をひけ」
そう忠告し黒槍の穂先で剣を抑えたのは、おなじオルタ組のランサーであった。
「この少年以外に、我等のマスターたりえるものは、ほかに存在しないと考えるべきだ……貴様がここでマスターを殺すつもりなら、我等が総出で止めに入るぞ? なぁ
「そういう、モグ、ことだな、モキュ」
「チッ……理解した、私よ」
オルタは黒剣をさげた。
凍り付いたリビングの空気が平温に戻る。
「大丈夫ですか、マスター?」
「すいません、未熟な私では黒い私を止めるのに遅れて」
「あ、ああ。だいじょうぶだ。ありがとう、セイバー、リリィ」
身体を支えてくれるセイバーとリリィに感謝しつつ、士郎は首筋をさすった。
さすがに、一日に何度も殺されかけたせいか、精神的な衝撃はそこまでひどくはない。
士郎は即座に黒い騎士へ向き直った。
「ごめん、オルタ」
「……なに?」
「俺、そこまでわかっていなかったというか……セイバーたちがどんな事情でここへやってきたのか、考えが浅かった……本当にごめん」
「貴様は、……」
オルタは何かを言いかけて口を
「……よい。貴殿らの用意した食事は美味であった。それに免じて許そう、我がマスターよ」
「ありがとう、オルタ」
士郎は心底から微笑んだ。
「……じゃあ、とりあえず冬木教会に行きましょう。
そこで改めて、聖杯戦争のことを教わりなさい」
凛に促され、士郎はセイバーたち全員分の衣服……レインコートを用意すべく、立ち上がった。