Fate/Unlimited Engel's cofficient   作:空想病

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第二十一話 撤退

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 冬木各地で同時襲撃が進行している中──

 衛宮邸にて。

 

「ほ、ほんとうに、俺なんかが乗って、大丈夫なのか?」

 

 士郎が尻込みするのも無理はない。

 少年の前に屹立(きつりつ)する荘厳な白馬──ランサーアルトリアの愛馬の背に、いかにマスターとはいえ、ただの人間が触れることすら憚られた。それはまるで、聖画を汚して破くような畏怖に似ている。

 だというのに、ランサーは柔らかい微笑みで、自らのマスターへ手を差し伸べ、委細かまわず馬上へと導いた。

 

「ええ。我が友、ドゥン・スタリオンの脚であれば、一人や二人騎乗者が増えたところで、どうということもありません。さぁ、マスター」

 

 騎乗主の言葉を肯定するように、白馬が軽く(いなな)いた。

 それでも士郎には騎乗することへの抵抗、その要因が、もう一つある、

 

「いや、だけどさ──て、うわっと!」

「時間がありません、マスター。失礼を!」

 

 背後からセイバーに脇を抱えられるようにして、半ば強引に馬上へ促される。

 ランサーにも腕を掴まれ、そのまま彼女の跨る鞍の前部へと乗せられた士郎。

 

「俄かには信じがたい話ではありますが──マーリンの語った話が事実であるならば、今この冬木の地に、我が円卓の騎士たちが集っている。彼らの手によって、凛をはじめとした士郎のご友人方になにかあっては、あなたに顔向けできません。早急に止めなければ!」

「花の魔術師──あのロクデナシ、言いたいことだけ言って消えおったからな──相変わらず掴みどころがない──いずれにせよ、円卓が我等の敵であるかどうか、その真偽は量っておくに越したことはない」

 

 セイバーとオルタは、双方の底意はどうであれ、冬木各地で戦っている円卓勢との対面を望んでいた。

 

「今回は我等四騎で一気に向かう──我等に追いつけないリリィ、アーチャー、ライダーは(やしき)の留守を頼むぞ」

「は、はい!」

「お任せを」

「おい、待て。私にはバイクがあるぞ?」

 

 謎の対抗意識を燃やすメイドオルタであるが、さすがに地上を高速起動する自動二輪車というのは、朝の交通ラッシュには致命的にあわない。

 ならばバイクで空を翔けてやると意気込む彼女を、ランサーオルタは一言で留めた。

 

「────メイドたるもの、家を守ることに関して比類するものなし。いってらっしゃいませ、ご主人様」

「あ、ああ、頼むな」

 

 苦笑しつつも後事を託す士郎。

 ライダーはモップ片手に、満足そうな表情で仁王立ってみせた。

 ランサーオルタは、ラムレイの背にセイバーオルタと共に騎乗しつつ、漆黒の鎧兜に身を包んだ。

 

「では、参りましょう」

 

 出陣の準備は整った。

 意気込み、ランサーの背後──ドゥン・スタリオンの背へと軽やかに飛び乗るセイバー。

 そんな彼女に、士郎はしどろもどろに振り返った。

 

「あの、セイバー、せめて、俺が、そっちに」

「何を言うのです! その位置でなければ、英霊の一種たる英馬の全力疾走から脱落しかねない! シロウを頼みましたよ(ランサー)!」

「ええ、間違いなく」

 

 ランサーの眩しい微笑に見下ろされ、士郎は身を縮めるほかない。

 少年はもはや逃れようのない現実を自覚しつつあった。

 イリヤとバーサーカーたちが、一足先に桜と慎二──間桐邸の方へ飛ぶがごとく駆け出した以上、こちらもぐずぐずしているわけにはいかない──分かってはいるのだが。

 

「……」

「どうかなさいましたか、士郎?」

「い、いや──ランサーは、その、鎧は?」

「胸甲などを着用しますと、硬い鎧が士郎の体を傷つけかねません──ご心配なく。この状態でも、私の騎乗スキルに問題ありません」

「そ、そっか…………そうか」

 

 さすがの士郎も意識せずにはいられない。

 鎧を展開していないランサーの衣服は、いろいろと目に毒というか。

 剥き出しの太腿(ふともも)の艶もそうだが、その存在を強調してくる胸の開口部など、少年の背後に柔らかな感触と体温を直で伝えてくる。

 男として、これはいろいろと、つらい。

 

「では。我々がまず向かうのは、凛のところですね」

「マーリンの言っていた地点まで一気に駆け抜ける」

 

 ランサーとランサーオルタが手綱(たづな)を振るった……次の瞬間、

 

「うわぁっと!」

 

 たった一蹴りで宙を跳ぶ騎馬。それが二騎。

 先行は不意の敵襲に備えてランサーオルタとセイバーオルタ、その次に士郎(マスター)を乗せたランサーとセイバー。

 空を疾駆する騎影は瞬きの内に神速の域へ到達し、一路市街地を目指した。

 士郎の眼下に、朝の冬木市が縮尺模型(ジオラマ)のように広がっている。まさに目が回るような光景だ。手綱を握るランサーの両腕がなければ、うっかりそのまま落馬していたかも。

 高所への恐怖と、背後から圧しつけられる柔らかさで、脳がまったく情報を処理しきれなくなる。

 

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待て!」

「今しばし辛抱してください士郎、あと少しで着きますから」

 

 純粋な眼差しで微笑まれては、どこがどこに当たっていると指摘するのも躊躇(ためら)われた。──誰にも見咎められない位置で本当に良かった。耳まで茹で上がった顔を覗き込まれては男子の沽券(こけん)にかかわる。背中と後頭部の感触が嫌でも冴えわたっていくのを、士郎は甘んじて受け入れるほかない。

 

「──あそこのようですね」 

 

 先行していたオルタ二人が、高高度より目標地点を見定め降下していく。

 オルタたちが突撃して行く先は、何の変哲もない──廃ビル。

 前のめりになるランサーから背筋に加わる圧力が、これでもかとばかりに少年の理性を蹂躙(じゅうりん)する。

 

「マスター、衝撃に備えて!」

 

 黒い騎手が廃ビルの一角に突っ込んだ。

 士郎たちも数秒後、打ち棄てられた建造物に破壊の進撃を試みる。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 廃ビルでトリスタンと対峙する凛。

 周囲はトリスタンの宝具“痛哭の幻奏(フェイルノート)”のトラップだらけという窮地にあって、その戦気と戦意は最高潮に達していた。

 

「やるわよ、アーチャー!」

「承知した!」

 

 凛がコートの懐から宝石を取り出そうとした────まさに、その時。

 

「──ッ! 凛!」

 

 アーチャーが何故か攻撃を中断し、凛を胸の内に包み込んだ。

 分厚い胸板の匂いに顔をうずめさせられ、窒息しそうなほどの羞恥を覚える。

 

「ちょ! どう」

 

 したのか問う間もなく、轟音と衝撃がビルの壁面を貫いた。

 舞い上がる噴煙と破砕の嵐。

 トリスタンの仕業かと思われたが、違った。

 

「馬鹿な、こんなにも早く!?」

 

 哀しみの子が狼狽する姿がかろうじて見えた。

 薄暗い廃ビル内でも、その黒い騎影、黒き聖槍を携える王の様は、闇の帝王のごとく屹立している。

 

「なるほど。奴からの情報は正しかったようだ────久しいではないか、トリスタン卿」

「……………………我、が、……王」

 

 まるで身を斬られたかのように表情を歪める騎士。

 

「ほう? ──円卓を去った貴公が、いまだ私を王と呼ぶのか?」

 

 悪辣な指摘の刃に、トリスタンは心臓を穿たれたかのように身をすくませる。

 騎士の動揺を攻め立てるように、漆黒の王──セイバーオルタが粉塵の影から躍り出た。

 突如として現れた漆黒の君主に対し──トリスタンは冷徹に対応。

 

「“痛哭の幻奏(フェイルノート)”!」

 

 真空の矢が無数に射出され、セイバーオルタの突撃を辛くも封じる。

 黒い聖剣は、とりあえず周囲に張り巡らされた不可視の糸の罠を斬断し尽くすのみで終わった。

 直後、さらなる爆音が廃ビルの内部に響き渡る。

 現れた騎手は燦然と輝き、神霊とも見紛う高貴な王の姿を顕現していた。

 その背後から飛び降りたのは、円卓の騎士のすべてが記憶に留めたままの、壮麗なる王の姿。

 

「マスター、大丈夫ですか!?」

「な、……なんとか」

 

 セイバーに手を貸されて馬上から降りる少年。

 

「なるほど…………彼が」

 

 トリスタンの鋭い視線。

 少年がそちらに意識を向ける間もなく、アーチャーの腕から解放された少女が駆け寄ってきた。

 

「な、え、衛宮くん?!」

「ぶ、無事か、遠坂?」

「ちょ、どうして衛宮くんたちが、こんなところに…………ていうか、なんで前かがみ?」

「ぐ」

「そこは聞いてやるな、凛──男子の(さが)というものだ」

 

 疑問符を頭上に浮かべる凛。

 アーチャーの武士の情けに助けられた士郎は、あらためて凛を襲撃していたサーヴァントを眺める。

 

「あれが、円卓の騎士? ──セイバーやランサーたちの?」

「……はい」

 

 セイバーの苦々しい表情。それにも勝る苦悶の表情を、トリスタンは己の面貌に刻まざるを得なかった。

 

「なるほど──百聞は一見に如かず──実際に、この目で事実を前にすると、何とも言えません……ガレス殿が撤退を決めたのもやむなしというところでしょうか」

「ガレス……彼女も召喚されていたのか?」

 

 セイバーからの問いかけに、トリスタンは自嘲気味に笑みを浮かべた。

 

「……いけませんね、私の口は軽すぎる……思い返してみれば、我が王への諫言にしても、そうでしたね」

「トリスタン(きょう)──」

 

 過日の思い出に胸を痛めるセイバー。

 彼女にかわって、ドゥン・スタリオンから下馬したランサーが提言する。

 

「降伏なさい、トリスタン卿。

 私を──いえ、私たちを未だに王だと言ってくれる(けい)に対し、刃をむけるのはいかにも忍びない」

 

 王は人の心がわからない────その言葉を奉じ、円卓の不和を顕在化した張本人への、最大級の恩情とも言えた。

 しかしながら、トリスタンは寂しげに頭を振るのみ。

 

「申し訳ありません、聖槍の王よ──我が剣を捧げ、忠誠を誓った王は、今生においてただお一人だけなのです」

「……そうか」

 

 痛恨と言う風に瞳を伏せるセイバーとランサー。

 

「ならば()く消え失せよ」 

 

 裏切り者への制裁を即断し、実行に移すべき突撃するセイバーオルタ。

 かつての忠臣への気遣いも何もない。ただ苛烈。ただ冷酷。己の理想と目的のために、黒き暴君は一切の容赦をもたないのだ。

 士郎やセイバーが止めに入る間もない速攻……トリスタン自身も、その運命を従容と受け入れようとした、まさにその時。

 

 

 

『そこまでだ、(けい)ら』

 

 

 

 声と共にどこからか飛来したトランプのカードに、セイバーオルタは進攻の脚を止める。

 トリスタンが思わず周囲を見渡した。

 

「我が、王?」

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 彼女の声は、遠く離れた位置にあるすべての円卓の騎士──ランスロット、モードレッド、ガウェイン全員のもとに届いていた。

 全員がすべての戦闘行動を停止し、王からの君命に傾聴する。

 

『トリスタン卿。ランスロット卿。モードレッド卿。ガウェイン卿──此度はここまでだ。全員、無事に我がもとにまで、エハングウェンに撤退、帰還せよ』

「そんな!」

「我が王!」

 

 当然、異論抗弁はそれぞれにあったが、

 

『皆、よく働いてくれました────今は戻りなさい、今は。…………いいですね?』

 

 優しく慈しみに満ちた水着獅子王の発言に、誰もが二の句を継げなくなる。

 

「──かしこまりました」

「王の、ご命令のままに」

「チッ……しゃあねぇか」

「承知いたしました、王」

 

 間桐邸にて、バーサーカーと刃を交わしていたランスロットが退却していく。

 

「あら、逃げるの?」

「挑発しても無駄です、狂戦士のマスター殿……おそらく、再び相まみえることになりましょう。その時まで、勝負は預けておきます」

「■■……」

「追わなくていいわ、バーサーカー。桜たちは無事だったし────なんか、変な魔力で見張られてるし」

 

 柳洞寺にて、銀髪の女サーヴァントと宝具の撃ち合い寸前までいっていたガウェインが、剣をひいた。

 

「何よ、これで終わり? 騎士様が尻尾まいて逃げるの?」

「王の(めい)ですので──名も知らぬレディよ。次こそは、必ずや決着を」

「いんや。次は俺の宝具でブチ殺してやるからな! 首洗って待ってろよ、女!」

「そ。期待しておくわ~?」

 

 そして、廃ビルにて。

 

「では。私もこれにて失礼を」

「おい貴様。我々がここから逃がすとでも思っているのか?」

「黒き我が君よ──追ってこられるというのであれば止めはしませんが──その時は相応の覚悟を。今生(こんじょう)における我が王、その力、水着獅子王の宝具の一撃にさらされることは、まず間違いないでしょう。……では」

「待て! 待ちなさいトリスタン卿!」

 

 セイバーがトリスタンを止めようとするが、無駄であった。

 

「追うな、(セイバー)(オルタ)も」

「マーリンの話──奴の与太話と言うわけではなかった、それが知れただけでも、良しとしよう」

 

 ランサー二人の進言に、セイバー二人は従うほかになかった。

 しかし、解せない。

 

「ルーラー、水着獅子王──いったい、何者なのでしょうか?」

「どうやら。我々以外のアルトリア・ペンドラゴンが存在するということは確かなようだ。……しかし」

 

 珍しくセイバーオルタが語気を濁す。

 

「まぁ、良い。これで我等も撤退だ。戦闘のせいで腹が減った──馳走(ちそう)を用意せよ、我がマスター」

「あ──ああ。分かった…………けど」

「けど? シロウ、何か問題が?」

 

 アルトリア四人──付け加えて凛とアーチャーの視線を受けつつ、士郎は告げる。

 

 

 

 

「うち、もう冷蔵庫が(から)だから…………食材、買い出しに行きたいんだけど────付き合ってもらっていいか?」

 

 

 

 

 気抜けする一言に、セイバーとランサーは軽く笑い、オルタたちは無言で頷いてみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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