Fate/Unlimited Engel's cofficient   作:空想病

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セミラミスのターン


第二十二話 第四次聖杯戦争の生き残り

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 冬木教会。

 窓辺に数羽の鳩がとまり、主人たる女性の指先で優しく撫でられている。

 

「ふむ…………どうやら、冬木の英霊は全員、事なきを得たようだの」

 

 裸の上に白い大きめのシャツをまとう彼女は、使い魔である鳩を冬木市全域に散らして情報を収集していた。

 間桐邸──柳洞寺──廃ビル──すべての戦いの行方を、黒髪の美女はこの場にいながら観ていた。

 教会の神父が使用する住居スペースでゆったりとくつろぎつつ、半ば同棲中の男──元ルーラーにして元マスターの青年──天草四郎に向けて、簡潔に述べる。

 

「おぬしが気にしていたイレギュラー──あの衛宮士郎なる若造、こんな状況だというに、呑気に食材の買い出しへ向かっておるぞ」

 

 それを受け取った男は、

 

「ああ。それは何よりです」

 

 紅茶をカップ二つ分淹れて、テーブルへと運ぶ。

 

「……」

 

 胡散臭い笑みだと、セミラミスは本気で思う。

 アッシリアの女帝に、二つあるカップのもう片方を受け皿(ソーサー)ごと渡して、男は対面のソファに腰を落ち着けた。

 紅茶の薫りを堪能しつつ、天草は事も無げに言い放つ。

 

「おや? 私がオススメした本は読まれなかったので?」

 

 彼の視線の先には、テーブルに山積みされた小説や戯曲の本があるが、

 

「おぬしが最近読み終わったというやつか?」

 

 それをオススメされた女は指一本触れていない。

 

「ふん──何やら興が乗らん。今生(こんじょう)における世界の四大悲劇などと呼ばれておるらしいが、まるで興味が湧かん。なにより、この作者の名、どうにもいけ好かんのだ」

「世界屈指の著作家をそこまで嫌うとは。……何やら因縁でもありそうですね?」

 

 さてなと女帝は一言で切って捨てる。

 草葉の陰で泣く──よりも大声を奏で大手を振り舞台に上がって演説をぶつように「なんとも酷い言われよう!」と笑いながら悲嘆の限りを尽くす作家(キャスター)の声が聞こえたような気がしても、ここにいるセミラミスとは縁のないことである。

 そんな女帝の怜悧な美貌に対し、神父は真面目な声を送る。

 

「今回は、貴女が最初から味方で助かりました。おかげで前回より、索敵も対処もやりやすい」

「ふん。ぬかすな、()ルーラーのくせに。

 我がやらずとも、ルーラーの感知能力でだいたいのことはやってのけれるであろう。それこそ、教会の霊器盤にも頼らず、な」

「確かに。ですが、いかに私でも、戦場を直接見るようなスキルは持ち合わせておりませんので。やはり、貴女の力添えは必須ですよ」

 

 女帝の指摘に曖昧な微笑と反論を並べて首を傾げる相手に対し、セミラミスはカップの中身に口をつけることで己の表情を隠す。

 そうでもしなければ、微妙に歪んだ口元を見られてしまいそうで、少し気恥ずかしい。

 

「それにしても、あの水着獅子王、アルトリア・ルーラーも、大それたことをします」

「む? ああ。……最悪の事態は免れた──というべきかの?」

 

 冬木の英霊──各陣営に対する同時襲撃。

 果断な戦闘計画であり、槍兵(ランサー)による威力偵察から時を置かずして攻勢をかける様は、獅子奮迅の誉れ高き円卓の王の差配そのものというべきか。

 

「しかし──、……」

「何だ? 何か気になることでも?」

 

 珍しく言い淀む天草の様子に、セミラミスは眉を(ひそ)めた。

 青年は告げる。

 

「どうでしょうか。今回の攻勢は、些か性急な気がしなくもありませんでした。兵は拙速を尊ぶとよく言いますが──いえ、円卓勢の人員配置についても、かなりよく考え込まれていることは疑いの余地がない。ですが、何故あの騎士を──前回と同様に、あのアグラヴェインを使っていないのか」

「気になる、か────確かに、あの黒い騎士の能力を加えられれば、こちらの損害は酷いことになっていたであろうな?」

 

 セミラミスは十年前を思い出す。

 

 冬木の聖杯戦争に暗殺者(アサシン)として召喚されたはずが、どういうわけだか円卓の騎士を率いる王と矛を交えた。

 冬木の聖杯とは違う“別の聖杯”を有しながら、この地で行われる戦争に介入するという、謎の英霊──それが、あの水着獅子王であった。

 あの獅子王の幕下──忠臣たる七騎の英霊に対し、セミラミスを含む冬木の陣営は苦戦を強いられた挙句、────今、彼女たちはこうして受肉を果たしている。

 

「まったく、わからぬものだな」

「? ──何がです?」

「おぬしとこうしていると、十年前の“大戦”が嘘のように思えて、な」

「“大戦”というべきかどうかについて議論は尽きませんが……ええ。確かに。今はこうして普通に生きているというのは、信じがたい話です」

「ああ、そうだな」

 

 その通りだと思った──

 セミラミスは覚えている。

 

 十年前。

 自分たちは負けた。

 完膚なきまでに負けたはずだった。

 

 冬木の陣営──「槍兵」が主人と共に討たれ、無銘の「弓兵」はマスターと共に姿をくらまし、円卓の騎士と真っ向から戦った「竜殺しの英雄」も、最後には力尽きた。世界を征そうと欲する「騎兵」はアグラヴェインと、彼の能力で強化された騎士たち──獅子がごとき英兵の大軍に宝具でぶつかり合い、半人前のマスターを残して果てた。

 冬木の英霊五騎が、水着獅子王率いる円卓の騎士との戦いに敗れた。

 最終的に残っていたのは魔術師(キャスター)暗殺者(セミラミス)の二騎。

 そして、異様なる聖杯戦争に駆り出されたルーラー・天草四郎時貞であった。

 

 

 

 そうして、あの災厄が生まれた────

 

 

 

 冬木の聖杯から溢れた泥──それがすべてを台無しにした。

 セミラミスは過日の光景を脳内から追い払うように首を振るう。

 

「あの忌まわしい聖杯、否、聖杯などと呼ぶにも(あた)わぬ汚泥のために、我等が一人残らず(たばか)られていたとは」

「──ええ。それだけは、まったくもって痛切の極みです」

「おぬしにとっても散々であっただろうな? せっかくの願望機が、まさかあのような偽物とも呼べぬ殺戮の権化になりはてていたなどと」

 

 天草は苦い表情で微笑みを作ってみせる。

 あの聖杯は使えない……使い物にならない……少なくとも、天草四郎が(いだ)いた願望を実現するには。

 その事実を知った時、溢れかえる災厄をせき止めようと足掻いた男の表情を、セミラミスは忘れない。

 生き残った女帝(セミラミス)を受肉させ、「好きに生きてください」と戦いから解放した男の背中を、セミラミスは覚えている。

 

「案ずるな、マスター」

 

 あの日。そのまま別れても良かったはずの男の裾を掴んだ──戦争のさなかに出会い、手を結び、この男の戦いを見届けたいと──心の奥底でくすぶっていた願い──聖人の絶望を見届け終えたセミラミスは、今、こうして、彼の協力者として、同じ時間(とき)と道のりを歩んでいる。

 セミラミスは微笑(わら)う。

 

「おぬしの次なる願いは、必ずや果たそう──あの聖杯を」

「……“壊す”……」

 

 セミラミスは大いに頷いた。

 天草四郎は、十年もの間に渡って連れ添ってくれる女に頭をさげた。

 

「そういえば。ぬしの義弟──言峰のボウヤは?」

「今回の戦闘で起きた諸々……その隠蔽工作を行ってくれてますよ。その点に関しては、まったく抜かりありませんよ、彼は」

 

 各地で起こった戦闘の隠蔽処理をはじめ、柳洞寺で昏睡状態となった寺の関係者へのケア、病院などへの根回しなど、聖杯戦争の監督役は多忙を極める。

 

「いや、そうではなく」

「?」

 

 セミラミスの懸念はそこではなかった。

 

「ぬしが気づいておらぬはずがなかろう? あの小僧は──」

 

 女帝が言いきらぬ間に、二人はサーヴァントの気配を感じた。

 敵襲ではない。

 二人が生活する部屋の扉の前に、“彼”が降り立ったことを実感する。

 天草は来客を迎え入れるべく席を立った。セミラミスも格好を改める。

 扉を開けると、予想に違わぬ金色の英霊が姿を現していた。

 

「随分とお早いご到着ですね?」

「ふん。出迎えご苦労──というには、些か遅かったな?」

 

 視線を受けたセミラミスは不愉快げに鼻を鳴らした。

 天草は快くサーヴァントを室内へ招き入れる。

 そのように(ぐう)して良い客人であり、何より、天草四郎たちの協力者だ。

 多少気位が高く気難しい面もあるにはあるが、彼の有する数多ある宝具のおかげで、自分たちは水着獅子王の謀略の網目を潜り抜けていることを思えば、感謝してもしきれないほどである。

 

「申し訳ありません。朝食などはいかがしますか?」

「その程度は外で済ませてある。あのじゃじゃ馬の復讐者、(オレ)のサーヴァントと共にな。そう気を使わんでよい。(オレ)もおまえたちも、今はなにかと(せわ)しい時節なのだからな」

「ああ、これは失礼を、キャスター。──いえ」

 

 金色の髪に紅玉の瞳、端正な顔立ちに不敵な笑みを浮かべた男。

 当世風の身なりながらも、身に着けたものは高級な代物ばかり。

 前回の聖杯戦争から辛くも生き残った、三人目のサーヴァント。

 

 

 

「ウルクの賢王…………ギルガメッシュ王」

 

 

 

 

 

 

 

 




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