Fate/Unlimited Engel's cofficient 作:空想病
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士郎は見慣れぬ巨人の前で、はにかみながら抱き着く少女の微笑を交互に見返す。
「イ、イリヤ。な、なんで日本に?」
「えへへ。昨日の夜に、日本に着いたの。もちろん、アインツベルンのプライベートジェット機でね」
「な、なるほど──いや、ていうか、そっちのデカいのは──、いったい?」
人と呼ぶには超然的すぎる魁偉な大男は、依然として士郎の方を睨み据えたままだ。
衛宮邸のチャイムを連打していた真犯人は、雪のように儚く白い頬を士郎から離す。
「こっちは、わたしの“
「サーヴァント……ってことは!」
「うん。──その様子だと、どうやらシロウも英霊を召喚しちゃったようね……でも」
一瞬の沈黙。
士郎の左手に刻まれた令呪に目を
そこには、武装こそ展開していないが、セイバーとリリィとアーチャー──士郎のサーヴァント三騎が、イリヤの従える狂戦士を警戒し、今にもマスター二人の間に一刀をもって割りこもうという剣幕を振り撒いていた。
イリヤは微苦笑を浮かべつつ、セイバーたちを諭すように語りかける。
「心配しなくても大丈夫。わたしはお兄ちゃんの、シロウの味方だから」
「…………その言葉、信ずるに足る証拠は? いきなりマスターの自宅に、狂戦士のサーヴァントを引き連れ現れるなど」
「信じられないというのなら、今ここで、わたしのバーサーカーと殺し合いでもする?
近くにタイガがいるのに騒いだりしたらどうなるか、考えれば分かりそうなものだけど?」
セイバーたちの眉間に青筋が奔ったのをマスターである少年は幻視した。
「お、おい、イリヤ」
氷雪の女帝とも評すべき玲瓏な笑みを浮かべる童女の様子に、彼女を抱きかかえる士郎の腕が強張った。
状況の推移についていけないマスターの手前、さらに、強壮かつ強靭な魔力に満ち満ちた狂戦士を前に、セイバーたちにどれほどの勝機があるものか、彼女たち自身も測りかねた。
「やめておけ、私たち」
「ランサー……」
凍結したような一触即発の空気を、遅れて現れたランサー……切嗣の残した和服姿の女性が解きにかかる。
「そこもとのマスターが、我等のマスター……シロウを殺すつもりであれば、このように粗雑な児戯に興じるはずもない。第一、仮にもマスターの
「……確かに。戦うのが目的であるのなら、悠長に語らう道理などない。敵であるなら、リビングにいる大河諸共、我等を奇襲強襲しても、不都合はない……か」
「フフ。そーいうこと。ランサーのあなた、切嗣の格好をしてるだけあって、少しは物分かりがいいわね」
イリヤの年相応に可憐でにぎやかな笑みに、セイバーたちは身構えるのをやめた。
「ですが。説明を願えますか、シロウ?」
「何故、聖杯戦争のマスターが、ここに? しかも妹御というのは?」
「というか、そんな、お姫様抱っこをしたままなんて──男女としてあるまじき行為では?!」
「え、ええと、イリヤはなんというか」
小猫のように頬をすりよせ、「久々のシロウ分」を摂取しようと甘える童女のことを、どのように説明したものか迷う少年の姿に、セイバーとリリィとアーチャーは憮然とした瞳で睨みつける。
六つの翠玉の輝きに圧倒される士郎であったが、助け船はすぐに訪れた。
「なになに? 皆、急にどったのー? って、あれー! イリヤちゃんじゃん! どしたの? 去年のクリスマス以来じゃない?」
大河がリビングから現れた。
それよりも先んじて、玄関先に待機していたバーサーカーが一瞬にして霊体へと転じた。
士郎の保護者にして半同居人は、久しぶりの再会に頬を緩ませる。
「ドイツのお
「うん、久しぶり、タイガ♪ ごめんね、驚かせようと思って連絡もしないで来ちゃった!」
「ううん! イリヤちゃんならいつでも大歓迎!」
大河の様子に、魔術的なものは一切感じとることができない。
セイバーたちはようやく、イリヤへの警戒レベルを下げ始める。
「──大河……申し訳ありませんが、こちらの方は?」
「ああ、セイバーさん達は初めましてよね? この子は切嗣さんとアイリさんの娘さんで、イリヤちゃんっていうの。士郎とは、義理の
「……言っておくけど、タイガ。私の方がシロウのお姉ちゃんだからね?」
「んあれー? そうだったかにゃー?」
イリヤの見た目は、完全に年少者の──それも「背伸びをしたいお年頃」のそれでしかない。
呵々大笑する大河からの完結明瞭な説明に、ひとまずの納得を得るセイバーたち。
士郎本人もセイバーたちへ曖昧に頷くので、敵対者ではないという判を押す。
「でも、ごめんねーイリヤちゃん。私、そろそろ学校いかないとだから」
「
「あ、そだ! せっかくだから、セイバーさん達と士郎と一緒に、冬木を観光していってよ! 士郎は今日休ませる予定だから、存分に使い倒していいよー!」
「ほんとに! やったー!」
お気に入りのオモチャを手に入れたという風に喜ぶ少女であるが、イリヤもまた聖杯戦争のマスターの一人であることを思えば、セイバーたちは気を緩めきることはできない。
「これからよろしくね、セイバー」
士郎の腕から飛び降り、玄関で靴を脱いだイリヤスフィールは握手を求めた。
アルトリアたちを代表するように、セイバーはイリヤと初めての邂逅を果たした。
「士郎ー! セイバーさん達とイリヤちゃんのことよろしくねー! あと桜ちゃんのこともー」
「わかってるよ」
「んじゃあ、晩御飯までには戻るからー!」
元気に出勤していく大河を、士郎とセイバーたちと共に門前にて見送った後、
「……それで? なんだって日本に?」
士郎は改めて問いかける。
イリヤは再び年不相応な物言いを繰り出した。
「言ったでしょ? わたしはバーサーカーのマスター、この冬木の聖杯戦争に参加するマスターの一人よ?」
確かにそう聞かされはしたが、いまいち実感できていない士郎の様子に、イリヤは小さな肩をすくめてみせる。
「──士郎は戦った? あの“
「戦った? ランサー……」
瞬間。昨夜、学校のグラウンドから、屋敷の土蔵まで追ってきたサーヴァントのことを想起する。
「まさか、イリヤも?」
「そ。戦ったわ。短い金髪に、黒髪が混じった、女の槍兵」
イリヤはバーサーカーに再び実体を与えながら、士郎の問いに答える。
「昨日の夜。冬木の上空に入った途端、いきなり挑まれたわ。バーサーカーの全力だと一瞬で機体がバラバラになりそうだったから、そこが面倒ったらなかったわね。……なんで落ち込んでるのよバーサーカー。別に怒ってないってば!」
狂化して理性のないサーヴァントの様子を目敏く感知するイリヤ。
士郎やセイバーたちには
イリヤは傷心するバーサーカーを宥め終えると、昨夜の状況を思い出してムカっ腹をたてていく。
「相手もそこまでやる気がなかったから、すぐに逃げられちゃった。もう。ちょっかいをかけるだけかけて逃げるとか、迷惑この上ないわね」
「そっか。イリヤが無事でよかった」
そう言って頭を撫でてくれる兄の言葉に、イリヤは口の端を持ち上げるしかない様子だ。
士郎は思わず呟く。
「一体、何者だったんだ、あの槍使いの女の子」
「さぁ。……セイバーたちは何か知らないの?」
「さて──実際に戦ってみないことには、なんとも言えません」
いまだにイリヤへの警戒感が深いセイバー。
銀髪の少女はきょとんとした瞳で剣の英霊たちを見渡した。
「え? 戦ってないの?」
「我等七騎が召喚されたのと同時に、敵が退却を選んだもので。
よほど勘の鋭い傑物か、あるいは単なる斥候……敵情を視察するだけの────! シロウッ!」
一瞬すぎて反応が遅れた。
叫ぶセイバーに肩を掴まれ強引に背後へさげられる。
『その疑問なら、私が説明してあげよう』
その声は唐突に表れた。
イリヤがバーサーカーの剛腕に護られ、士郎もまた四騎のアルトリアたちに囲まれる。
しかし、
「まさか、……そんな」
そのセイバーの顔色は、驚愕の一色に染まっていた。
彼女たちの視線の先──衛宮の屋敷の瓦屋根に腰掛ける、白いローブ姿の魔術師の姿を仰ぎ見る。
「馬鹿な!」
「な、なぜ……あなたが」
「ありえん。貴公も、否、貴公が──サーヴァントとして召喚されたというのか?」
アーチャーが水鉄砲の照準を震わせ、リリィがカリバーンの剣先を落とし、ランサーが聖槍の先端を現れたサーヴァントに向けるのを躊躇した。
セイバーが、アルトリアたちすべてが知悉する存在──騎士王の助言者にして予言者──アーサー王伝説の宮廷魔術師──湖の妖精ヴィヴィアンによって、楽園の“塔”に幽閉されしもの──
「────マーリン……」