SAOUW~if《白夜の騎士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 何とか間に合いました。現実世界編、またの名を優秀な明日奈さんを楽しむ話をどうぞ。


#9 安心

 過呼吸を起こしかけた私の背中を撫でながら、明日奈はゆっくりと口を開いた。

 

「……私は、しののんから何も聞いていないし、ずっと連絡が取れていなかった」

「…………そんなこと言っても、相手が信じるかどうかは別じゃない」

「ううん、信じるよ。それに、信じさせる。だって事実なんだから。貴女はずっと秘密を守っていたし、私を止めてまで守り抜こうとした」

 

 ぽんぽんと頭を優しく撫でられると、涙が零れそうになる。

 

「菊岡さんにその想いを踏み躙らせは絶対にしないから、安心して。……きっと、しののんは私が誘っても《オーシャンタートル》に一緒に乗り込みはしないんでしょ?」

「……ええ」

「なら、私が見たこと、聞いたこと、知ったこと、しののんに教えてあげるね」

 

 私は明日奈の顔を見た。

 

「翔君が今、どんな状態なのか。どれくらいで治療が終わるのか。しののん、隠してるつもりかもしれないけど、ずっと不安そうな顔してるよ。私は貴女にそんな顔してほしくない。だから、それで少しでもしののんの不安が和らぐなら、私は菊岡さんから何だって聞き出すよ」

 

 その顔は優しさに満ちていて美しく、余計に自分がみすぼらしく感じた。

 

「……ありがとう、明日奈」

「ふふん、それじゃあこれは貸し一つ、ね」

 

 ピンと立てた指が、誇り高く夜空を向いていた。

 

******

 

 一夜明けて。

 学校から帰る途中で、特売の卵を買った。人気のない路地裏を通り抜けて、落ち着いた雰囲気の喫茶店に入った。

 帰宅して、セキュリティ向上により新型になった電子錠を開ける。むわっとした空気が部屋から漏れ出る。荷物を適当に放って、クーラーの電源を入れた。制服を脱ぎ、ラフな服装になってベッドに横たわる。

 一ヶ月ぶりに持つリングを頭につけ、深呼吸した。

 

「リンク・スタート」

 

 見慣れた天井が消える。様々な色の光を認識し、次の瞬間には私の身体は世紀末の世界に立っていた。

 巨大な狙撃銃を担いで、狩場へ向かう。道中で一ヶ月の間の情報を精査する。BoBを挟んでいるだけあって新規情報も多くありブランクを感じるが、どうやらまだ新しいアンチマテリアルライフルの使用者は現れていないようだから、勘を取り戻せば再びトップ層に戻れるだろう。

 狩場に着き、伏射姿勢を取り、スコープに獲物を捉える。スコープ内を緑色の円がその大きさを変えながら踊る。

 呼吸を落とし、心拍を落ち着ける。円が段々小さく、動きの幅が狭まる。その周期を計って軽く調整した引き金を引く。

 ズシンと反動が身体に返ってくる。それでもスコープから目を離さなければ、見事に脳天を撃ち抜かれて死体となった獲物が見えた。

 一つ、息を吐く。

 

「やっぱり、貴方以上の人なんていないわ」

 

 砂塵が吹き荒れる荒野フィールドを眺める岩山に陣取る。荒野を暢気に歩く()()達は私に気づく気配すらない。殺気の感知なんてできるプレイヤーはいない。それにできたとしても私の射撃を避けることは叶わない。何せ、遮蔽物のほとんどない荒野のど真ん中なのだから。スコードロンの一人が撃ち抜かれてから逃げたとしても、十分私の予測範囲内だ。弾道予測線は見えているだろうに、それにいいように踊らされて無様に身体を四散させている。

 一時間ほど狩りをしてログアウトした。

 自室が視界に戻ってくる。クーラーのほどよく効いた室内で、私は汗を全くかいていなかった。ベッドも枕も濡れてはいない。

 そっと立ち上がり、私は呟いた。

 

「――大丈夫。私は、向き合える」

 

******

 

~side:明日奈~

 神代博士の助力もあって、私は彼女の助手のマユミ・レイノルズとして《オーシャンタートル》に潜入した。

 メインコントロールルームで正体を明かし、菊岡さんに説明を求める。そこで私は彼らが、《ラース》が求める《A.L.I.C.E.》の存在を知った。

 人工高適応型知的自律存在。未だ誰も見たことのない完璧なAI。それを開発する研究を彼らは進めている。そのためのSTLであり、そのための和人君による実験だった。

 人の精神をコピーするという倫理的問題を抱えてなお、その開発を目指す理由は戦争に用いるためだった。

 確かに、人間の死者が出ない戦争というのは理想かもしれない――そもそも戦争などするべきではないと私は思うが――。それでもそれは結局兵士として犠牲になるのがAIになるだけで、本質的には何も変わりないと私は思う。ただただ簡単に生み出せるからと、AIの人権を軽視する考えにしかなり得ない。

 私達と菊岡さんの主義が交わらないということを、私はそこで確信した。

 ひとまず菊岡さんが和人君をきちんと治療する気であるということは聞き出した。STLを用いた治療に専属のナース。認めたくはないが、この《オーシャンタートル》だからこそ用意できた環境だということは理解できた。

 菊岡さんは、きっと和人君の件で納得を見せた私に安堵しているのだろう。肩の力を少し抜いた。

 

「菊岡さん。まだ質問があります」

「……何かな?」

「その実験は、和人君に頼む必要が本当にあったんですか?」

 

 VR空間での長時間活動に慣れた存在に、記憶を全てブロックした状態でアンダーワールドで成長してもらう。だが本当に実験の内容がそれだけであれば、……先にここにいた翔君で十分なはずだ。

 

「……どういう意味かな? 僕が最も簡単に連絡が取れ、そして簡単にこちらの話に乗ってくれる人材は彼だと、明日奈君なら知っていると思うが」

「……翔君のことです」

「…………」

「私はあの日、あのテーマパークにいました。そして彼に何があったかも知っています。彼も、和人君と同じようにこのオーシャン・タートルで治療を受けているんでしょう?」

「明日奈さん、まさか翔君って大蓮君のこと……?」

 

 和人君と面識のあった神代博士は、翔君とも知り合っていたのだろう。私は菊岡さんから目を離さないまま頷く。

 

「はい。彼は頭部に損傷を負って記憶の一部を欠損したそうです。その後、和人君と同じく行方が分からなくなっていました。ですが彼が搬送された病院の屋上から、和人君が移送されたときと同じヘリコプターが行方が分からなくなった日に飛び立っています。……これでもまだ白を切るつもりですか?」

「……まさか、大蓮君のことまで探り当てられてるとは思わなかったっす。菊さん、彼の件に関しては完璧に対処したって言ってたっすよね?」

「ああ、そのはずだったんだが。明日奈君には驚かされ通しだ。実に優秀な探偵だね」

 

 きゅうと眇められた菊岡さんの目に見つめられる。それは先程までの単純に私に驚いた様子とは違った。言葉では私に驚いた風を装っているが、目が違う。それはまるで()()()()()()()()()()()()、そんな目だった。

 

「……菊岡さん。何を疑っているかは知りませんが、もう一つ言いたいことがあります。貴方、詩乃ちゃんに何を言ったんですか? 翔君がこの《オーシャンタートル》に運ばれてから、彼女はALOにログインしなくなりました。翔君の偽の動向を伝えた後から、彼女とは誰も連絡が取れなくなったんです。――口止め、したんですよね?」

 

 同じように目を細めて菊岡さんを見れば、彼は一度目を瞑った後に穏やかな目つきになった。

 

「ああ。和人君の場合と違って、その場にいた人への説明が避けられなかったからね。だが今の状況を考えると、明日奈君にも説明をした上で口止めした方が効果が高かったかもしれない」

 

 僕が間違っていたようだと、菊岡さんは笑った。……きっと、私が今の言葉に含ませた誤魔化しは看破されている。それでも、しののんが秘密を守ろうとしたことは認めてもらえたようだ。

 

「それで翔君なんだが、君が言った通り彼は記憶に欠損を抱えている。簡単に治療の方法を説明するが、それはフラクトライトに直接刺激を送ることで欠損部分の記憶を自力で蘇らせようというものだ。これで分かるだろう? そもそも記憶をブロックした状態で放置する今回の実験と、彼の治療は根本から方向性が違うんだ。これでは都合よく彼を被検体にするわけにもいかなかった」

 

 菊岡さんは肩を竦める。それは納得のいく説明だった。また、彼が自分の実験と秤にかけて――和人君というサブプランがいたからだろうが――翔君の治療を優先させたということも、彼なりの誠意なのだろう。

 

「それで、翔君の容態はどうなんですか」

「……余り、芳しいとは言えない。脳の損傷の方は治癒しているのだが、記憶の復元が上手くいっていないんだ。本来の予定であれば長くても一週間ほどで終わると思っていたんだが……」

「序盤は上手くいってたんすよ。反応も上々で。だったんすけど、それからどんどん反応が弱くなって、結局進展はないっす。本当なら記憶の回復した翔君に実験を手伝ってもらう予定だったんすけどね」

 

 比嘉さんもそう口を揃えた。詭弁ではないことは分かる。詩乃にとって、これが良い報告になるか悪い報告になるかは分からなかったが。

 

******

 

 ALOでのリズ達への事情報告が終わった後、私は和人君がいると言われたアッパーシャフトに向かった。詩乃にはこれが終わってからメールで報告するつもりだ。まだ皆とは顔を合わせたくないらしい。

 窓ガラス越しに、ここだと言われた。

 その部屋の中には二台の巨大な機械が置かれていた。技術が流用されているメディキュボイドと似た形状のそれに、それぞれ一人ずつダイブしている人がいた。顔は機会に覆われてしまって見えないが、右の機械に接続されているのが恐らく和人君であるから、左が翔君なのだろう。

―――ッ!

 翔君の手足は衰弱していると言って良かった。SAOとは違ってログアウトできないわけではないが、目的を知らずにダイブしている翔君をログアウトさせて再びログインさせるという行為は徒に彼を混乱させることになる。また治療のためにはアンダーワールドで長い時間を過ごす必要があり、その生活基盤をログイン状態の断絶により頻繁に破壊するのは精神的に良くないだろうという判断がなされたという。

 それは私も仕方ないことだとは思うのだが、肉が落ちている彼の身体を見れば素直に認めることは難しかった。

 その第二STLルームで、私は意外な人物と再会した。

 

「安岐ナツキ二等軍曹であります!」

 

 ピッとした敬礼をすぐに崩した彼女は、死銃事件のときに和人君達がお世話になったナースだ。事情を聞けば、彼女は自衛隊つきの看護学校出身なのだという。彼女ならば面識もあるわけで、私も比較的信頼して和人君を任せられる。

 

「大蓮君、衰弱しているように見えるでしょ」

「……はい」

「でも、あれでも全然マシな方なのよ」

「えっ?」

「寝たきりの状態がもう一ヶ月も続いている。こっちでログアウトさせないように体を動かしたりはしているけど、それにしても限界がある。本当なら筋肉量が半分くらいになっているはずなのよ」

「半分……!?」

「そう。廃用症候群って言うんだけどね。使わなければ人の筋肉は簡単に落ちてしまう。……だけど、大蓮君はすっごい健康体で、しかも一回SAO事件でそれを経験しているからなのか、筋肉の落ちが想定より少ないのよ」

「…………」

「信じられない? 確かに肉が落ちてるのがここからでも分かるものね。でも、あれは元々贅肉が少ない体つきなのが理由だし。――だから、まだ心配するには早いって彼女さんに伝えてあげて」

 

 ボソッと、耳元で囁かれた。弾かれたように安岐さんを向けば、悪戯が成功した子どものように笑っていた。

 

「あの死銃事件のときに洞窟にいた子でしょ? ……菊岡二等陸佐が口止めをしたらしいけど、きっと心配しているでしょうし、彼が無事でいることくらいは教えてあげてほしいの」

「あー、確かに心配はしてますし、教えるつもりではいますけど、……多分、彼女じゃないですよ?」

「えっ」

「えっ」

 

 私達は互いに驚きの表情で見つめ合った。私としてはなぜそんなに安岐さんが驚くかが不思議なのだが。ちなみに、私と一緒に来た神代博士は事情を知らないため困惑した目で私達を見ていた。

 

「いや、あれつき合ってなかったの?」

「は、はい。まあ、お互い両想いだったとは思うんですけど……」

「嘘でしょ……。今の子って、もしかしてみんなあんな感じなのかな」

 

 安岐さんが頭を抱えてしまった。私は神代博士と顔を見合わせるしかない。

 

「神代博士! 聞いていただきたいのですが!」

 

 安岐さんがいきなり神代博士を指名する。驚きつつも、博士は了承した。ついでに、敬語を外してくれるように頼んだ。

 

「私の普段の勤務先は、死銃事件で使ったあの病院なの。それで、たまたまなんだけどどうやら大蓮君の最寄り駅がそこみたいで、朝にちょくちょく見かけるのよ」

 

―――ほ、ほう。

 都内に一人暮らしとは聞いていたが、あの近辺だったのか。話の流れが掴めないが取りあえず相槌は打つ。

 

「それで段々、朝に一人で来なくなったのよ」

「詳しく」

 

 思わず前のめりになった。

 

「朝、黒髪の眼鏡の女の子が一緒に歩いてくるようになって、ちょっと気になって耳を澄ましてみると、『シノン』とか『GGO』とか『スナイパーライフル』とか聞こえてくるんだな、これが。そこでピーンと来たのよ。彼女が、あの洞窟で親密に話していた相手なんだ、ってね!」

 

 ……そう言えば、しののんも都内に一人暮らしだった。それに病院から飛び出して死銃の犯行を止められるくらいにはあの病院から近いはずだ。

 それよりも突っ込みたいのは会話の内容だ。リアルで話すときとVR空間で話すときとで翔君は呼び方を変える。それを考慮すると、二人はVRゲームの話しかしていないことになるのだが。色気の欠片も感じられない世紀末だ。

 

「で、おもしげふんげふん、ちょっと興味深くて観察してたんだけど」

「安岐さん、余り変わってないわよ、それ」

「気にしない、気にしなーい。それで、あの二人の距離感がモダモダするというか、こう友達以上恋人未満、みたいな?」

「あー……。確かに、そんな感じですね」

「あ、やっぱりそうなんだ。それが二月の終わり頃くらいだったかな、今まで『詩乃ちゃん』って呼んでたのが『詩乃』って呼び捨てになるくらいには距離が縮まってたから、つき合い始めたのかなぁ、と」

「それは……確かに」

 

 神代博士も頤に手を添えて考えている。

 私も思い出す。確かに翔君がしののんを呼び捨てにし始めたのはその頃だった。距離も、縮まっていたような気がする。

 

「でも二人はつき合ってませんでしたよ」

「そうなのかー」

「はい。テーマパークに誘って、そこで告白するみたいでしたから」

「……つき合ってないの?」

「はい」

「安岐さん。私、最近の恋愛事情が分からないかもしれない。私だって、結局茅場くんを呼び捨てにしたことなかったし……」

 

 ちょっと微妙な空気になった。

 安岐さんがパンと手を叩く。

 

「と、取りあえず、その子にちゃんと伝えてあげてね。大蓮君の身体は専属の美人ナースがきっちり面倒見てるから安心して、ってね」

「ははは……」

 

 語尾にハートマークでもついていそうな安岐さんの言葉を、私は一部省略して伝えることに決めた。そのまま伝えたら、もしかしたらこのオーシャン・タートルに狙撃銃を持った少女が襲撃に来るかもしれない。

 嫉妬に燃えるしののんを想像して、……きっと、そうなれるほどの余裕があったなら、彼女はあそこまで追い詰められなかっただろうと、少し思った。

 

******

 

『翔君は無事でした。記憶回復治療の進捗は余り良くないようですが、菊岡さん達の態度は信用できるものでした。今もSTLに接続したところを見てきましたが、筋肉は多少落ちているようですが、それも想定以上に良い状態だそうです。私も信頼の置ける人が、和人君と一緒に彼の体調を見てくれています。彼女からも、いつ治療が完了するかは分からないけれど、身体的な危機は訪れさせないと伝えてくれと頼まれました。』

 

 それから、ALOで皆に説明したのと同じ内容を追加して、最後にまた何かあれば連絡しますと書き記して私は送信ボタンを押した。

 願わくば、これで少しでも彼女の心が軽くなりますように。




 傍から見たらつき合っていると勘違いされているカップル。明日奈達に恋バナをさせてみたかっただけです。まさかの神代博士と恋バナ。茅場との馴れ初め話とか、惚気にしか見えなかった筆者です。
 次回からは原作主人公たるキリトさんが頑張ってくれる……はず、です。
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