SAOUW~if《白夜の騎士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 現実世界の話は残念ながら二話で終わって、再びのUW、後編です。どうぞ。


#10 呼出

「ん?」

 

カキン

 

 剣で相手の得物である斧を弾いて、後方に飛んで距離を取る。

 俺の耳元で、耳障りな小型の虫の羽音のような音がしていた。

 

『二十号! 早くセントリアに戻るのです!』

 

 キンキンとした声はあの道化(元老長)のものだ。何でも、《央都セントリア》の中心に聳え立つ《セントラル・カセドラル》に侵入者が現れたのだとか。

―――そう簡単に侵入されるものでもないだろうに。

 セントラル・カセドラルはそもそも、その立地が侵入者を許さない。貴族や王族の居住地の更に奥にあるため、下手な部外者はそれぞれの権力者によって摘まみ出されるのが常だ。

 それに加えてセントリア地域管轄の整合騎士の面々がいる。たとえ単騎でも、彼らが侵入者ごときに後れを取るとは思えない。

 はあと溜め息を吐けば、俺の正面に立つ集団がざわついた。

 

「ああ、ごめんごめん。ちょっと上司、上司でいいのか? まあ、上の人間から帰投命令が出たんだ。お前らとはもう遊べないみたいだ」

 

 集団――汚らしいオークどもの顔が喜色に染まる。

 だがそれも、俺が真白の剣先を足元の死体に突き刺せば静まり返る。

 

「というわけで、こっからはお遊びなしで殲滅だ」

「ちょ、ちょっど待で! お、おらたちがなにしだってんだぁ!?」

 

 オークが泣き叫ぶように、唾を吐きながら叫ぶ。その醜悪さに思わず眉を顰めるが、会話をしようという能があるならつき合ってやらねば可哀想である。

 

「うーん。強いて言うなら、ダーク・テリトリーにオークとして産まれたのがいけないのかな」

「……は?」

「お前達オークは本能的に人間を襲うだろ? 俺はそれを先手を打って防いでるだけなんだよな。つまり、お前達が何をしたかではなくて、何をするだろうかってところが問題なわけだ」

 

 俺の言葉でオークどもの顔面が絶望色で染まる。少し胸が痛むが、生まれの違いはどうしようもないのだから諦めるしかない。

 

「……で、それだけ?」

「な、な、なんでこんな目に――」

 

 何もなさそうだったので、俺は片手で剣を振り抜いてオークの首を刎ね飛ばした。

 目の前のオークの数は約二十。もう既に二桁の死体を作ったことを思えば、十分な戦果だろう。

―――さて、何分で終わるかな。

 個人的な主義で秘奥義は使わない俺だが、この程度の数なら五分も要らないで済みそうだ。

 結局、骨のあるオークは誰もおらず、俺は三分後には剣の血振りをしていた。

 

「《陽纏(ヒマトイ)》!」

 

 名前を呼べば、俺とはまた別の方でオークの首を噛み切っていた俺の飛竜がこちらを振り返る。口元から赤黒い肉片が垂れ下がっているが、不思議そうにクリクリした目でこちらを見る姿はとても可愛らしい。

 

「元老長に呼ばれた。帰るぞ!」

 

クアアアア!

 

 欠伸のようにも聞こえる独特な鳴き声を上げて、《陽纏》が足音を立てながらこちらに駆けてくる。

 《陽纏》は飛竜の中でも珍しく、飛ぶことがそれほど好きではない。むしろ走る方が好みのようで、戦闘においても他の飛竜とは違って大地を走りながら戦うことが多い。

 俺の前で止まった《陽纏》の首を軽く叩いてから、背中に括りつけられている鞍に跨った。

 

「ごめんな、《陽纏》。元老長が急げって言うから、今日はこっから飛んでくれるか?」

 

 走ることが好きな《陽纏》だが、普段は飛竜が走るほどのスペースがセントラル・カセドラルに存在しないためにストレスが溜まり易い。他の飛竜は塔の周りを飛ぶことでストレス解消をしているから問題ないのだが、《陽纏》はそういうわけにはいかない。《陽纏》を衆目に晒すことはできないから、いつもいつも《陽纏》には我慢をさせてしまっている。

 そんな理由もあって、日々の任務では可能な限り《陽纏》には走らせている。今回はその暇がないのが残念だ。俺も《陽纏》の背に乗って風を切る感覚は好きなのだが。

 コクリと《陽纏》が頷く。俺は感謝の意を込めて首を撫でた。

 

「じゃあ、セントラル・カセドラルまで頼むよ」

 

 俺が声をかければ、《陽纏》は一声鳴いてから、バサリと大きく翼をはためかせた。

 グッと地上からの重力を感じながら、浮遊感に身を委ねる。《陽纏》は走るのが好みだが、決して飛ぶのが嫌いというわけでも、ましてや苦手や下手なわけでもない。

 朝日の光を背中に感じながら、俺は一路西、果ての山脈の内側、人界の中央、要するにセントラル・カセドラルに急いだ。

 

******

 

 流石に飛竜は速い。果ての山脈間近のダーク・テリトリーから人界の中央まで一っ飛びだ。

 鼻歌混じりにセントラル・カセドラルの三十階――飛竜の発着場がある――に近づく。既に他の整合騎士により撃退されているだろうが、一応と思って周囲の索敵をしたときに俺は気づいた。

―――!

 

「あれは……エルドリエか!?」

 

 セントラル・カセドラルの周囲に作られた薔薇の庭園で、俺の同朋である整合騎士の一人、エルドリエ・シンセシス・サーティーワンが糸の切れた操り人形のように蹲っていた。

 手綱を繰り、薔薇園の上空に《陽纏》を向かわせる。地上に降りる手間も惜しく、そのまま鞍から飛び降りた。

 

「おい、エルドリエ!」

 

 ペチペチとエルドリエの頬を叩くが、何の反応も示さない。つい最近召喚されたばかりといえども、彼も一端の整合騎士としての誇りを持っている。こんなことをされたなら普段の彼は苛立たし気に手を払うはずだ。何の反応も見れないエルドリエに、いよいよ俺は焦り始める。

 

「む。これは、レント殿」

 

 焦っていた俺は注意が散漫になっていたのだろう。後方から近づく存在を、声をかけられるまで感知できていなかった。

 振り返れば、真紅の鎧に身を包んだ弓を持った整合騎士がいる。デュソルバート・シンセシス・セブン。かなり古参の整合騎士だ。

 

「……デュソルバート殿はエルドリエ殿がこうなった事情をご存じですか?」

「ああ。貴殿も元老長に呼び出されたのであろうが、件の侵入者によるものだ。整合騎士への攻撃。即ち、教会への明確な反逆行為だ」

「エルドリエも侵入者、いえ、反逆者の対応に?」

「元は地下牢に収監されていたのだが、そこより脱走。アリス殿の指示により待機していたエルドリエ殿が脱走した反逆者を発見し、戦闘に移行したそうだ。我は偶然央都に戻る途中だったのだが、脱獄に気づいた元老長が我々を招集したようだ。我がここに到着した折には、既にエルドリエ殿は……」

 

 エルドリエは崩れ落ちてはいるが、その天命に減少はほとんど見受けられなかった。

 

「どうやら反逆者は妖術の類を操る者のようだ。エルドリエ殿に何事かを告げると、エルドリエ殿はこのようになってしまった。そこを射取ろうとしたのだが、我の腕が足りない余りに取り逃した」

 

 無念とでも言うようにデュソルバートは首を振った。

 

「……反逆者は貴方の矢から逃れるほどの手練れでしたか。それにしてはエルドリエ殿には搦め手を用いたのが不思議です」

「ああ、それは武器を持っていなかったからだろう。千切れた鉄鎖を武器として操っていたようだからな」

「なるほど……。ならば、デュソルバート殿は武器庫を見張るべきでしょう」

「武器庫……?」

 

 俺は頷く。エルドリエの鎧についた僅かな擦過痕は鎖を用いたことを確かにし、同時に整合騎士の鎧の頑丈さも示していた。

 

「ええ。武器のない反逆者です。教会にこのまま楯突くならば、まずは真っ当な武器を手に入れたいはずです。ゆえに最初に武器庫を目指す。もし、武器庫に来なかったというなら大人しく逃げ帰ったということでしょう」

「……理解した。では、エルドリエ殿は貴殿に任せるとしよう」

 

 ガシャリと音を立てながら、デュソルバートは頭を下げた。俺も会釈を返す。

 真紅の鎧を纏う整合騎士が、少し離れた場所から飛竜に乗って飛び上がった。三十階の方に向かう彼を見送って、俺はエルドリエに視線を戻した。

 

「にしても、何があったんだ……?」

 

 思いつく限りの精神治癒系の神聖術を順番にかけていく。しかしどれも手応えがない。ともすれば、これはデュソルバートの見立てとは違って精神に異常を来す類の術ではないのかもしれない。

 そっと、エルドリエの口が僅かに動いた。急いでその口元に耳を寄せる。

 

「――は、は……う…………え?」

 

―――これは、錯乱状態か?

 

「落ち着け、エルドリエ。お前はエルドリエ・シンセシス・サーティワンだろ? 天界より最高司祭様に召喚され人界を守る命を受けた、誇り高き最新の整合騎士だろう?」

「………せい、ごう……」

「ああ、そうだ。お前は整合騎士だ。母はいない。いや、天界でならいたかもしれないが、この人界には最高司祭様に召喚されなければ存在しない」

 

 エルドリエの背中を摩りながら、彼にゆっくりと語りかけていく。大丈夫、大丈夫と。

 チクと、僅かな頭痛がした。

 

「さいこう、しさい……さ、ま」

「ああ、そうだ。お前はその命を最高司祭様に捧げたんだ。こんなところで蹲っている暇などない。そうだろう?」

 

 トントンと背中を叩くうちに、エルドリエの顔には血の気が戻ってきた。

 

「――あ? ……レン、ト殿……?」

「おっ。気がついたか。俺のことは分かるみたいだが、現状は把握できるか?」

 

 エルドリエがやや虚ろな目、しかし先程と比べれば明らかに光の戻った目で俺を見つめた。二、三度瞬きをしてから急に起き上がろうとし、バランスを崩して倒れた。

 

「おいおい、落ち着けって。どうした。まずは俺に報告してくれないか?」

「え、ええ……。……私は我が師アリス様に命じられ、ここで侵入者どもを待ち受けておりました。そして奴らと戦闘になり、戦闘の最中に何事かを言われ……。そこから記憶がありません」

 

 その説明はデュソルバートの言葉とも一致する。つまりは合っているのだろう。

 

「何を言われたかは分かるか?」

「それは……。何か、『母』のようなこと……?」

 

 そこで、エルドリエが頭痛でもするかのように頭を押さえた。何か痛むのか、酷く顔を顰めている。

 

「無理をするな。お前は何らかの術をかけられた可能性もある。自分の身体だからと驕るなよ。それに、たかが侵入者ならお前の報告をゆっくり聞いてからでも間に合うさ」

「い、いえ。……あの者達は、ただの侵入者と言うには腕が立ちます。早く捕らえねば……」

 

 俺はエルドリエの頭にポンと手を乗せた。

 

「ま、安心しろ。侵入者は今デュソルバート殿が追っている。それにカセドラルにはお前の師であるアリスもいるだろう。正か副かは分からないが、騎士長だっている。いくら侵入者の腕が立とうとあの人達がすぐに負けるなんてことはあり得ない」

 

 俺がそう言えば、エルドリエはようやく納得したように頷いた。そして徐に口を開く。

 

「……侵入者は、前日にアリス様がノーランガルスの修剣学院より連行した罪人です」

「罪人、か。罪状は?」

「同輩である修剣学院生の殺傷です」

 

 ピクリと自分の眉が図らずも動いたのを感じた。

―――殺人、か。

 嫌な言葉だ。この世界では中々聞くことのない単語。罪も罪、正しく大罪に値する禁忌目録違反だ。いや、禁忌目録に制定されていなかったとしても到底許されざる罪だ。

 しかしそれだけに、人を殺せる者は恐ろしい。何の理由があってかは知らないが、そのためには人殺しすらも厭わないことだ。となれば、捕縛どころか殺害しなければ止めることは叶わないかもしれない。

 

「それは……。でも、どうやって脱獄したんだ?」

「彼らの腕に手錠がついたままであったこと、鎖の先が千切れていたことを思えば、恐らくは互いの鎖を打ち合って天命を削りきったのでしょう」

「……ちょっと待て。侵入者って一人じゃないのか?」

「え、ええ。侵入者、いえ反逆者は二名です」

 

 頭が痛くなってくる。殺人を起こせる覚悟を持った反逆者が二人もいるとは。思わず身震いした。

 人は、ダーク・テリトリーの住人とは種族が違う。本能的に他者を害そうなんてことは考えず、ただ慎ましく生活を送るだけだ。二人も反逆者が出たのは、どちらかが主犯で片方はそれに影響されただけなのかもしれない。

 

「反逆者の特徴は」

「……どちらも修剣学院の生徒らしく年は十代後半から二十歳程度でしょう。片方は黒い学院の制服を着ていて、黒髪黒目。もう一方は青い制服に、金髪と緑色の目をしていました。鎖を武器としていたために扱いは余り巧くはありませんでしたが、身体の使い方自体は上等なものでしょう。黒い方は鞭を使う流派に縁があるらしく、鎖もある程度は扱っていましたが……」

 

 エルドリエは最新の整合騎士だが、戦力分析には長けている。その彼に上等と言われるということはやはり相当な手練れだ。修剣学院の生徒と言うが、戦力としては一流の剣士と想定した方が良いだろう。

 

「その他は」

「……神聖術に関しても、中々でした」

 

 そこから、簡単にエルドリエに戦闘の流れを解説させる。

 この、薔薇園でも少し開けた場所で会敵。互いに戦闘態勢に入った後、ただちに黒い方の反逆者がエルドリエと正面から打ち合った。神聖術の撃ち合いはエルドリエが制したが、実際には目晦ましが目的であり、後方より接近した青い反逆者にエルドリエは奇襲を食らう。武装完全支配術でそれを防ぎ、一対二で対決。その途中で例の精神的な揺さぶりを受けた、と。

 

「お前、反逆者どもに『母親』に関して何か言ったのか?」

「いえ、まさか。そのような無駄口を叩くわけがないでしょう」

「……そうだろうけれど」

 

 エルドリエは生真面目であるし、尊敬するアリスに頼まれたとあれば真剣にこの任務に臨んだだろうから、無関係な『母親』を話題に出すはずがない。

―――なら、どうして。

 反逆者どもは『母親』という言葉をなぜ使ったのか。エルドリエを掻き乱すにはこれ以上ない言葉だったことが今になれば分かるが、それをどうして反逆者が知り得たのか。

 

「――悩んでも仕方ない、か」

「どうかされましたか?」

「いいや、何でも。……それより、エルドリエ。そろそろ身体の方は大丈夫かい?」

「は、はい!」

 

 エルドリエは慌てたように立ち上がった。そして軽く埃を払う。

 

「ふーん。……だけど、お前は一回反逆者どもに膝を屈しているわけだからな」

「つ、次は決してこのような無様な真似は!」

「いいや。言葉を聞くだけで駄目なら、それは別に無様でも何でもなく弱点を突かれたって話だ。エルドリエはその弱点がバレているんだから、流石にもう一回同じことをさせるわけにはいかない。分かるな?」

「……はい」

「うん、ならよろしい。というわけで、お前はもう休め。俺はこれからデュソルバート殿を追いかける」

 

 不服そうに、エルドリエはこくりと首を縦に振った。

 

「いいか? もしお前が俺を追って来たり、休養を取らなかったりしたらアリスに言いつけるからな。それで、しばらくは俺がアリスと日がな一日稽古をすることにするよ」

「なッ!?」

「それが分かったら大人しく先輩に任せとけ」

 

 コツリ。緩く握った拳でエルドリエの額を小突く。彼は師匠であるアリスを敬愛している。ならば、こういった類の仕置きが一番効くだろう。

 

「……では、任せました」

 

 エルドリエは腰を曲げて、俺に頭を下げる。それから、足早に薔薇園の方に向かった。きっと戦闘の際に荒れてしまった部分を修復しに行ったのだろう。俺もそのくらいの後始末なら目くじらを立てようとは思わない。

 

「さて――」

 

 俺は軽く伸びをして、ずっと近くに待たせ続けていた《陽纏》のもとへ足を向けた。

 

「それじゃ、今度こそ三十階までよろしく」

 

 《陽纏》の背中でゆったりと風を感じながら、俺は考える。

 反逆者、それも黒い方の反逆者の話を聞いたときに感じた、頭痛と共に頭の奥から染み出てくる既視感の正体を。

―――問答を、一度してみたいな。




 キリト達より少し後にカセドラルの塔を上っていく主人公です。
 ところで、整合騎士の面々との戦闘がない分、流石にアニメと同じ話数で終わらせることは難しそうです。オリ主君がどれだけキリト達相手にごねるかにかかってますね。
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