SAOUW~if《白夜の騎士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 話が進まなくて嘆き悲しんでいる作者です。どうぞ。


#11 痕跡

「おっと、これは……」

 

―――すれ違ったか?

 《陽纏》を三十階の飛竜用厩舎まで連れていった後、俺は三階にある武器庫に向かって階段をひたすら下りた。このセントラル・カセドラルには便利な昇降機のようなものは一基のみ――それも五十階から八十階まで――しか存在しない。

 当然、どれだけ鍛えていようとも階段の上り下りにはある程度の時間がかかる。しかし俺は焦ってはいなかった。それは偏にデュソルバートの実力を信頼していたからである。

 ……だが、その判断はどうやら間違っていたようだ。

 武器庫正面の階段には戦闘の痕がくっきりと残っていた。炎の属性を持つ神器を操るデュソルバートの戦場だったとは思えない、その氷漬けの空間の理由は、氷が行き着く先に明確に転がっていた。

 

「――デュソルバート殿。まさか、貴方が反逆者に後れを取るとは」

「……レント、殿、か。これは、無様なところをお見せする」

「エルドリエ殿とは違い、貴方は妖術をかけられたわけではないのでしょう? 武人として正面から立ち会い敗北したならば、どこに恥じ入る必要がありましょうか」

「……ふっ。分かるぞ、レント殿。どうせエルドリエ殿には、卑怯な手を使われたのだから致し方ないとでも言ったのだろう」

 

 コフッとデュソルバートは少し血を吐いた。

 

「ッ……」

 

 平然とした様子で蹲っているため傷は浅いのかと思ったが、ステイシアの窓を開けば想像以上に天命が減少していた。そしてその減少は未だに続いている。

 

「システム・コール、ジェネレート・ルミナス・エレメント、クローズ・ワウンド。システム・コール、ジェネレート・ルミナス・エレメント、リカバー・ヒューマンユニット・デュラビリティ」

 

 ダラダラと血が流れ続けるデュソルバートの傷に手を翳し、光素を押しつける。ただ光素を解放しただけでも天命を解放する効果はあるのだが、別の詠唱を行うことで効果を高めることができるのだ。

 

「……ありがたいことだ、レント殿。しかし、我は反逆者に敗北した身。おめおめと最高司祭猊下に顔は見せられぬ」

 

 デュソルバートは憎々し気な顔で言うが、そこには何か別の感情も秘められているように感じた。

 

「デュソルバート殿」

「……何だ?」

「不快に思われるかもしれませんが、伺います。――貴方は、反逆者どもに何かを言われてそれが心に引っかかっている。その疑念のために最高司祭様の顔を、()()()見られない。違いますか?」

「…………」

「沈黙は肯定と見做しますよ、デュソルバート殿。……そして、貴方が反逆者どもに言われたのは、例えば両親や友人、恋人や伴侶のような存在のことですか?」

「……なぜ、そう思う」

「エルドリエ殿と同じですね。彼は自らの母のことについて言われたのだそうです」

 

 そこでバッとデュソルバートはこちらに顔を向けた。普段装着している重たい――俺も鎧の標準装備として持っている――兜は破壊されており、その動揺した顔がはっきりと見えた。

 

「エルドリエ殿は詳しくは覚えていなかったらしいですが、その様子なら貴方はきっと覚えているのでしょう? 反逆者は何を貴方方に告げたのですか?」

 

 デュソルバートと目を合わせて、逃げるなと言外に伝える。デュソルバートは一度唾を呑んでから口を開いた。

 

「……我も、全てを理解できたわけではない。ゆえに、簡潔に伝えよう。彼らは、騎士アリスを連れ戻しに参ったのだと言った。彼らはアリス殿が整合騎士となる前の知り合いである、と」

「整合騎士になる、前? そんな馬鹿な。それでは反逆者どもは天界の住人なのか!?」

 

 俺達整合騎士は天界より最高司祭様に人界に召喚される。つまり、人間が整合騎士になる以前のことを知るはずがないのだ。

 

「いいや、違う。……彼らは、我ら整合騎士もまた、人なのだと言った」

「……は?」

「そして、騎士アリスはこの我がセントリア管轄となる以前にこのカセドラルに連行した少女だ、とも」

 

 頭が混乱してきた。そんなわけがない、あり得ないと思う心と、頭のどこかがズキズキと痛みそれは事実だと主張している。

 デュソルバートの言葉には反逆者への不信感はなかった。つまりは、彼はこの言葉を半ば以上信じているのだ。こんな世迷言を信じたのは、きっと反逆者の態度が真実味のあるものだったから。人の目利きをデュソルバートがしくじるとは考えづらかった。

―――つまりはこれが真実か。

 それとも、反逆者どもが戯けたことを心の底から信じきった阿呆なのか。

 

「――我はその言葉で、一つ得心がいったのだ」

「それは……どういうことですか」

「我には、以前から不可解な記憶があった。稀に夢で見る程度なのだが、確かに人として妻と平穏に暮らした記憶が。もちろん、整合騎士たる我に妻などいるはずもない。……しかし、本当に我が元は人間なのだとしたら」

「それが、その当時の名残であると」

「ああ。……彼らは同時に、最高司祭猊下が我々の記憶を操作しているとも言った。あるはずもない整合性の取れない記憶の存在。それが、我には何よりの証拠に思えてならないのだ。猊下に微塵でもこのような猜疑の心を持ったままでは到底お会いすることは叶わん」

 

―――なるほど。

 辻褄は合う。デュソルバートの謎の昇進が、あのアリスの確保を功としたものであれば納得だ。それに彼本人に昇進の心当たりがないことも記憶が操作されていることの証明になり得るし、余計に連行した少女が整合騎士のアリスである可能性も高まる。

 しかし、それはやはり作り話にも思えることだ。

 もっと証拠を集めねば最高司祭様の行いの真実を断定することはできない。

 だが俺はここで一つ納得することもあった。それはエルドリエのことだ。反逆者の言が正しいならば、きっとエルドリエに微かに残った記憶こそが『母』のことだったのだろう。だからそこを刺激され、記憶が混乱した。最高司祭様は人界一の神聖術師であるのだから、その術に抵抗して記憶を取り戻そうとしたことがエルドリエの錯乱状態の原因なのかもしれない。

 

「了解しました。ならば、デュソルバート殿はここで身体を休めてください。傷は塞ぎましたので、体力の回復を待てば再び動けるようになるでしょう。その間に心を決めておくとよろしいかと」

「……レント殿はどこへ?」

「無論、上階です。俺はまだその話を信じきったわけではありませんし、何よりエルドリエ殿に約束した手前せめて顔くらいは見ておきませんと」

「ならば、次は五十階で彼らは足を止めるだろう。あそこには副騎士長殿が四旋剣を連れて待ち受けている。そして、下された命令は『殺害命令』だ。顔を見て話をするなら、早く追いついた方がいい」

 

 そう言って、デュソルバートは目を閉じた。天命を回復させるには休養を取ることも重要だ。

 俺は立ち上がって、階段を見上げて頭を掻いた。

 

「……また、上るのかぁ」

 

******

 

 整合騎士には統一規格の鎧が支給されている。いや、むしろこの鎧を支給されることが騎士の証であったりもするのだ。そのため基本的に整合騎士は非番や休暇でない限りはこの鎧を身に着けている。

 唯一と言って良い例外は、整合騎士長であるベルクーリだ。彼は重たいからと鎧を着ずに軽鎧しか装備しない。下手をすればそれすらもせずに着流しで任務に赴いたりもする。それは圧倒的な実力があってこそのものだ。

 つまり、俺はきちんと鎧を装着しているというわけで。視界を保つためという理由でデュソルバートと違い兜は着けていないのだが、それでも十分な重量がある。また、階段を上るという行動を取れば当然のように関節部分が干渉し、そうでなくともガシャガシャとうるさい。

 

「…………」

 

ガシャン

 

 そっと辺りを見回して、篭手を外した。そう言えば、たしか現在このカセドラル内は厳戒状態で出歩いている者は整合騎士しかいないのであった。

 それに気づいた俺は躊躇いなく全身の鎧を脱ぎ捨てる。もちろん甲冑の下には服を着込んでいるが、流石にカセドラル勤めの修道士や修道女に見せられるようなしっかりしたものではない。

 

「システム・コール、フォーム・オブジェクト」

 

 甲冑に付随している白いマントを取り外し、元から着ていた服と合わせて別の服に成形し直す。それを着れば、一応の形は整う。

 

「……やっぱり、鎧は肌に合わないなぁ。布装備くらいで丁度良いってのに」

 

 元より、相手と剣を正面からぶつけ合うような戦い方を俺は得意としない。攻撃は受け止めるよりも躱すか流すかした方が楽なのだ。そしてそれには甲冑のようなもので動きが鈍重になるのは欠点にしかなり得ない。

 とは言うものの、騎士長だけに暗黙の了解で許されている甲冑の不使用を俺が勝手にするのは良い顔をされないだろう。いくら序列三番目といっても、いや、序列三番目だからこそ駄目か。騎士長は別に気にしないだろうが、騎士長過激派の副騎士長が認めそうにない。

―――ま、今回は緊急事態なんで認めてもらいますけどね。

 事後承諾になるが、今回の戦いで見せつけておけばこれからも認めてもらえるかもしれない。

 そう思えば、聳える階段も少し気楽になった。

 ちなみに脱ぎ捨てた鎧一式もマントと同じように神聖術で形を剣状に変え、腰に吊るしてある。形状変化は材質までは変えられないためにどうやっても服にはできないのだ。この状態にしても、後で今の神聖術を取り消すように術をかければまた元の鎧に戻るのだから実に便利なものだ。

 階段を淡々と一定の速度で上り続けると、途中の階段に血痕を見つける。その血痕は点々と続く、ようなことはなく、代わりにそこより上の階段には何かを引き摺ったような跡が残っていた。

 

「…………あー、これはあの二人か?」

 

 次の整合騎士が五十階で待っているというデュソルバートの言葉を疑う理由はないし、待ち構えているであろう副騎士長がこんなところまで反逆者を迎えに来る性格でないのも知っている。となれば想定外の者による行動だが、厳戒態勢のカセドラルで自由に行動できる者は限られてくる。

 真っ先に思いつくのは、この対侵入者で厳戒態勢になったとしても防衛線に組み込まれないであろう存在。リネル・シンセシス・トゥエニエイトとフィゼル・シンセシス・トゥエニナインだ。

―――功を逸ったか。

 そして反逆者も見た目で簡単に騙されるような質だったようだ。

 

「これは、ちょっと急がないと間に合わないかな?」

 

 肩を回して息を吐き、俺は目の前の階段を駆け上った。

 しばらくそうすれば、五十階の《霊光の大回廊》に到達する。身の丈を遥かに超えた大きさの扉をガンと押し開けば、俺の視界は一面の氷に覆われた。

 

パタン

 

 俺が回廊に入ると同時に、回廊の反対側の、要するに上階へ向かう扉が閉まる。慌ててそこに急ごうとしたが、俺はすぐにその足を止めた。

 

「――これは、盛大に負けましたね」

 

 大回廊は一面氷漬けだ。副騎士長のおつきである《四旋剣》は四人が別々に氷に身を捕まっており、その身体には真っ青な氷で出来た茨が絡まり薔薇の花が咲いていた。苦しそうな顔をしてはいるが、様子からして命に係わるほどの重傷ではなさそうだ。

 床に転がっているリネルとフィゼルの天命を確認する。ステイシアの窓を開けば、ほとんど天命に欠損はなかった。どうやら自分達が備えている麻痺毒を逆に食らって身動きが取れないらしい。ちょこまかと動かれても面倒であるので、しばらくは放置することを決める。麻痺毒で死にはしないのだ。

 一番の重傷者であろうのが、回廊の中央で倒れ伏しているファナティオ副騎士長だ。彼女の周囲にはこの回廊を覆い尽くす氷が存在しない。敵がどれほど愚か者でも彼女を放置して済むとは考えないだろうし、きっと自分でこの氷から脱出し反逆者を消し飛ばそうとしたのだろう。

 美しい回廊のあちこちに焦げたような臭いを放つ穴が存在し、氷の塊も弾け飛んでいるところがある。これらは全てファナティオ副騎士長の神器、《天穿剣》の記憶解放術を使った痕跡だ。それを使ってなお敗北したというなら、完敗と言って差し支えないだろう。

 副騎士長の傍らに膝をつき、その天命を確認する。

 

「……どういうことだ?」

 

 天命の減り具合が四旋剣と同程度かそれ以下だが、これは異常だ。四旋剣より副騎士長の方が長く戦っていただろうし、真上に高く見える天井の破損具合を見るに、あそこまで副騎士長が打ち上げられたことも察せる。あれだけの高さから落とされたなら、この程度の損傷では済まないはずだ。

 

「となると、……反逆者が治療していった、か。意味が分からないな」

 

 副騎士長は治療されているとはいえ損耗している。気を失っているのを叩き起こすのは好ましくないだろう。それに兜が破壊された今の素顔を見てしまったことがバレれば、しばらくは厳しい鍛錬につき合わされそうである。

 リネルとフィゼルよりも、たとえ実力が足りていなかろうが整合騎士として正式に叙任された四旋剣の方が戦況はよく見れていたと考え、俺は四旋剣を解放することにする。

 四旋剣を巻き込みながら回廊を埋めている氷は、恐らく反逆者の武器の武装完全支配術、いや、記憶解放術の結果だろう。しかしそれも名残に過ぎず、術者が去った今では軽く蹴っただけでも氷は欠けた。強度としては通常の氷と変わらないようだ。

 シャラリという軽い音を立てて、俺は自らの神器である《白夜の剣》を抜く。一度呼吸を落ち着け、四旋剣の一人の周囲を刳り貫くように斬り裂いた。

 素早く振るった四閃で、氷は数多の破片となってキラキラと光を反射しながら砕け散った。

 

「さて、反逆者の説明を手短にしてくれるか?」

 

 全く同じ甲冑を着た四旋剣を、実を言うと俺は一目で判別することができない。だが声から察するに、俺が助けたのはホーブレン――四旋剣で唯一の男性整合騎士――だったようだ。

 

「はッ……」

「反逆者は二人ということと簡単な容姿の情報は聞いた。聞きたいのは戦闘力とあちらの損耗具合だ」

「……我々はファナティオ様に下がるよう命じられましたため剣を交えてはおりませんが、ファナティオ様と直接剣戟を行った黒髪の反逆者の剣の実力はファナティオ様と同等かと。金髪の方の記憶解放術がこの部屋を覆う氷と薔薇です。凍らされて身動きが取れなくなってから、あの薔薇が咲き始め全身から力が抜けました。恐らくは捕らえた者の天命を空中に放つ術だと思います」

「へえ……」

 

 空中に放たれた四旋剣の天命。回復している副騎士長の天命。間違いなく豊潤にした空間神聖力を使ったのだろう。

 

「黒い方の記憶解放術は、……お恥ずかしいことに明確には判別できませんでした。ですが何やら神聖力が剣に集中し、剣自体が成長したような……」

「それに副騎士長殿は敗北した、と。大体分かった」

 

 最後の言葉には不服そうな雰囲気を感じたが、事実を事実として認められないほど四旋剣が敬愛する副騎士長は弱くない。気にすることはない。

 

「さて、それなら俺はこのまま反逆者を追いかける。上階にいる整合騎士は分かるか?」

「……アリス殿が八十階の《雲上庭園》に。それと、たしか騎士長閣下がそろそろお戻りになっているはずです」

「……把握した。ホーブレンは他の全員を解放、ファナティオ副騎士長の回復を待って指示を仰げ。では」

 

 事情の把握にまたぞろ時間をかけてしまった。これは整合騎士団の一騎士としては当然の振る舞いだが、追手としては不合理極まりない行動だ。頭が痛くなる。

 氷を剣で砕き払いながら俺は回廊を抜け、扉を開いた。

 

「チッ」

 

 舌打ちが漏れる。俺の目の前には、未だ肝心の昇降板が戻ってきていない昇降機があった。

 昇降係と呼ばれる彼女には客を選ぶ権利も役割もない。反逆者との間の差が再び開いたことに、俺はその場で上層階を睨みながら臍を噛むのだった。




 敗北した整合騎士の方々をスルーしていくわけにはいかずに、いつまでたってもキリト達に追いつけない主人公君。そしてまだ原作主人公が書けなくてもやもやしている筆者。割と自業自得なのはご愛嬌で。
 流石に次回は激突します。するはずです。
 ところで、あの昇降機って不便ですよね。多分、呼べば昇降係ちゃんには伝わるでしょうが、昇降板が昇って降りる間は手持無沙汰というか。まあ、普通のエレベーターもそんな物なんですが。エレベーターしか移動手段がない高層建築は欠陥建築だと思います。
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