SAOUW~if《白夜の騎士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 先週は例の感染症ではありませんが体調を崩してしまい更新できませんでした。ま、まあ、不定期投稿って言ってるしね! ……すみません。
 では、先週お送りしたかった十五話です、どうぞ。


#15 破棄

「目を開けなさい、レント・シンセシス・トゥエンティ」

 

 柔らかく蠱惑的な女声が耳をくすぐった。慈愛の籠ったそれは、しかし同時に強くこちらの従属欲を掻き立てる支配者の声だった。

 重たい瞼を持ち上げれば、一糸纏わぬ美しい女性がこちらを見下ろしていた。その女性を認識して、俺はすぐに自分の姿勢が臣下としてふさわしいものであることを確認する。

 

「……どうか、状況の説明をお願い申し上げます、アドミニストレータ様」

 

 片膝を立て、胸に片手を当てる。この俺を天界より呼び出し、整合騎士の地位を与えてくれた最高司祭様に敬意を表明する。

 

「ええ、良いでしょう。楽に聞きなさい」

「はっ」

 

 ありがたいお言葉だが、整合騎士である俺はこの程度でどこかが苦しくなるような軟弱な身体はしていない。そんなことより最高司祭様に跪くことの方が余程重要だ。

 

「このセントラル・カセドラルに侵入者が来ているわ。アリス・シンセシス・サーティもあちらについたみたいね。貴方は下に行って仕留めてきなさい」

 

 最高司祭様は冷たく、鼻で笑うように言った。俺はすぐに軽く頭を下げてから立ち上がる。

 最高司祭様の部屋の床にある昇降板に乗れば、それは音も立てず滑らかに降下を始めた。

 

「ああそれと、殺していいのは金髪の男だけよ。他は利用価値があるから」

 

 最高司祭様はもうこちらを見ていなかった。

 

******

 

 昇降板が下りていくにつれ、階下の光景が目に入ってくる。そこでは警戒した面持ちの三人の剣士がこちらを睨んでいた。

 一人はアリス。一人は黒髪の青年。もう一人が金髪の青年。それぞれ立派な神器と思われる剣を佩いている。

 最高司祭様の言った通りの光景だ。最上階に近いこんなところまで敵意を抱いている者が侵入するとは。

 俺は鋭く息を吸った。今回の覚醒での記念すべき一戦目だ。いつもの口上を舌に乗せた。

 

「人界歴三二四年、俺は公理教会最高司祭アドミニストレータ様により、この人界に整合騎士として天界より召喚された。死亡したタルビス・シンセシス・トゥエンティの後任として、彼の座した『トゥエンティ』をいただいたのだ。また俺の才を評価なさって、最高司祭様は召喚されたばかりの俺に神器である《白夜の剣》を与えてくださった。そのご恩に報いなければならない」

 

 鞘から自らの白く濁った透明な剣を抜く。その切先を侵入者どもに向けた。

 

「これより《白夜の騎士》レント・シンセシス・トゥエンティ、見事整合騎士としての務めを果たして見せよう!」

 

 降下し終わっていない昇降板の床を蹴り飛ばして先制攻撃を仕かける。

 黒髪の青年が歯を食いしばり目を瞠る。驚きと納得と、そして後悔に哀しみの織り交ざった多彩な感情。その歪な美しさに目を引かれるが、青年がその表情を見せたのはただ一瞬のみだった。

 青年は黒い神器と思われる剣を構える。俺の進路にその刃を置いて防御姿勢に入った。そこに俺は迷わず自らの《白夜の剣》を重ねる。

 ガンという非金属同士がぶつかる重たい音が、その戦闘の幕を切って落とした。

 黒髪の青年は衝突の反動に身を任せて後ろに離脱する。入れ替わりに今度は金髪の青年とアリスが俺に剣を向ける。最初に地面を蹴ったのは金髪の青年だ。その薄い水色の透き通った剣を振りかざす。後方のアリスは武装完全支配術を発動して遠距離からの援護を図っているようだ。

 俺は青年の剣――これは氷だろうか――を軽く受け流し、しかし追撃を入れる間もなくその場を離れてアリスの花弁を避ける。青年の攻撃は大振りで粗雑であったが、それはまず間違いなく本命がアリスの《金木犀の剣》だからだろう。

 

「この期に及んで俺を傷つけないことを望むか。それは、少しおこがましいとは思わないかな、アリスちゃん?」

「ッ、貴方は最高司祭様に操られているのです! その貴方に意味もなく傷を負わせることなどできません!」

「……ふうん。なるほど、それがアリスちゃんの反逆の理由かな?」

 

 自分の目つきが剣呑になるのを感じた。

 

「まあ、どうでもいいけど、ね!」

 

 俺は剣を振るう。飛び退った俺の間合いには当然三人の誰もいないので、二人の青年は俺の行動の意味を分かってはいなかった。俺の剣の動きと同時にアリスが壁まで吹き飛ばされ、ようやく俺が()()をしたのだと気づく。

 

「アリスに何をした!」

「騒がしい」

 

 もう一度剣を振れば、金髪の青年は宙に打ち上げられる。

―――お?

 どうやら不可視の斬撃が襲いくる直前に剣を間に挟んだようで、俺の望んだように上下に体を泣き別れさせることはできなかった。床に落ちて悶絶する青年がこの《心意の刃》を見破ったとは思えないが、剣士としての第六感だろう。運の良いことだ。

 

「……おい、レント」

「いきなり名前で呼び捨てにするとは、立場が分かっていないのか、大罪人?」

「俺は大罪人じゃない、キリトだ」

 

 思わず、目を瞬かせてしまった。別にこれから打ち負かす存在の名前など聞いていないのだが。

 

「レント、本当に覚えていないのか? さっきまで肩を並べてたじゃないか」

「……何を言っているんだ? 俺はつい先程最高司祭様の御手で眠りより引き上げられた。肩を並べるどころか、貴様と会ってすらいない」

「それは! ……それは、お前が記憶を消されているからだ。俺達は和解した。それで、二人でこの塔を上って、大浴場でお前はあの元老長に連れていかれたんだ! お前が覚えていないのは、元老長か最高司祭に記憶を消されたからだ!」

 

 

 

 

「――だから? そもそも、俺には長期睡眠に入った記憶がない。だというのに凍結が解除されたようにあの方に出迎えられた。記憶がいくつか消されていることなど百も承知だ。……だが、しかしなるほどな。俺があの方を裏切ったから、御手を煩わせることになってしまったのか。お前達を処理した後に謝罪に赴かねば」

 

 

 

 

 俺の言葉にキリトは呆然とした目を向けた。それはふらつきながらも立ち上がった金髪の青年とアリスもであった。

 

「レント……貴方はなぜ、記憶を操作されていると知りながらあの方に従うのです!?」

「アリスちゃん、その質問の答えは自分でも分かっているだろう? 整合騎士になって日の浅い君はまだ経験していないだろうけど、一定以上の年数を過ごした整合騎士は残さず記憶を消されたことがある。それなのに皆、あの方に反旗を翻そうとは思わない。それはあの方が従うべきお方であり、我々はあの方に従うためにこの人界に降りてきたからだ」

「――それは違う!」

 

 自らが叙任されてよりの記憶を残さず持っている整合騎士はほとんどいない。恐らくは最高司祭様による凍結処理――封印や肉体の整備が目的だ――のときに同時に記憶が抜かれているのだろう。

 俺は声を上げた金髪の青年に胡乱気な目を向ける。青年は気圧されたように顎を引きかけるが、逆に一歩踏み出しながら叫んだ。

 

「貴方はキリトと同じ『外の世界』の人間だ! 決して、最高司祭に天界から召喚された存在なんかじゃない!」

「……はあ?」

 

 『外の世界』。その言葉に頭痛のような感覚を得るが、表には出さずに横目で青年をねめつける。

 今度こそ青年は圧に負けて重心を後ろに傾ける。その肩をキリトが掴んだ。何やらこちらに聞こえないようにキリトは青年に囁く。

―――大方、作戦会議ってところだろう。

 

「あああああ!!!」

 

 作戦会議を終えたキリトが黒い神器を掲げて駆け出す。反射的にそちらに注意を向けそうになるが、その後ろで左右に散開した残りの二人も視界に収める。

 思わず口の端が上がった。

―――ああ、いけない。

 この癖は自分でも直さないといけないとは思うのだが、強敵と出会うとついつい戦いに夢中になってしまう。

 

「さあ、お前達はどこまで至るかな!?」

 

 キリトの一閃は重たい。正面からかち合ってしまえば、膂力で弾き返すには――できないとは言わないが――少し時間がかかる。動きが止まるその隙を見逃すほどアリス達は温くない。

 俺の選択は受け流し。白い剣身の上を黒いそれが滑る。耳を引っ掻く不快な音が鳴るが、それ以上にキリトから溢れる剣気が齎す快感の方が余程大きい。

 俺に流されたまま駆け抜けたキリトの後ろから現れた金髪の青年が、その剣を斜め下から逆袈裟に振る。それを仰け反って躱せばアリスが放つ花弁が足元を通り抜ける。

 足首を斬られてしまっては堪ったものではない。僅かな出血は許容しつつ、左右の足を入れ替え踏み替え花弁の嵐を耐え抜く。

 その頃には、体勢を取り戻していたキリトが二撃目を加えようと水平方向に剣を引いていた。

 

「面白い」

 

 口角が吊り上がるのが止められない。俺はキリトを視界に収めつつ、しかし金髪の青年の方へと跳ぶ。彼が三人の中では最も与し易い。そもそも殺しても良い相手の方が戦うのは楽だ。

 《白夜の剣》と相手の神器が触れるか否かというところで、俺は青年に真っすぐ向けていた刃を床へと方向転換する。硬いものを穿つ音がし、床と剣の間で火花が散った。その反動に乗せて身体を宙に放る。身を回転させながら剣を上から青年に何度も叩きつける。素直な青年は俺の剣を自らの剣で余さず受け止めた。一撃目で青年の手は痺れ、二撃目で剣は弾かれる。しかし何とか三撃目に剣を間に合わせたことで逆に体勢は完全に崩れ、四撃目を準備する俺の目の前にその首を晒す。

―――ちっ。

 しかしその絶好のチャンスは、アリスが青年を庇って間に駆け込んだことで潰える。アリスを殺してしまっては最高司祭様の命に背くことになるので、俺はアリスの首に当たりかけた剣を上方に逸らす。

 俺に斬られると思ったアリスは咄嗟に目を瞑っており、俺はその隙に床に着地して距離を取った。

 ふっと軽く一呼吸置こうと思ったところに、横合いからキリトの突きが繰り出され、俺は後ろに宙返りをして避けることになる。

 ガシャンと揺れる鎧で重たい音を奏でながら、今度こそ床に手をついて深く息を吸う。なぜか、斬りつけたカセドラルの床が崩れていないことに安堵している自分がいた。この頑丈なカセドラルがあの程度で壊れるわけもないのに。

 

「システム・コール、ジェネレート・エアリアル・エレメント」

 

 一旦《白夜の剣》を鞘に収め、俺は十の指先に薄緑の光球を浮かべる。三人の連携が思いの外強固であるので、三対一では決着がつけられないと悟ったのだ。

 俺が風素術を扱うのを見てアリスが花弁を散らす。彼女ほどの腕前になれば、確かに風に飛ばされても花弁に乗ってすぐに復帰できるだろう。だが――

 光球を混ぜ合わせるように両手の指を巻き込みながら十ある風素を一つに集約する。そんなことをすれば臨界に達した風素は破裂するだろう。そこを何とか抑え込む。繊細な風素の扱いが要求されるが、そんなもの十年以上も前に習得している。混ぜられた風素は一つの球のように見えても、実際にはその内部で十個の風素が融けながら、しかし独立して流れている。

 

「……バースト・エレメント」

 

 呟くと同時に小振りな球は炸裂し、内に込められていた十の風素がこのカセドラル九十九階を巡る。巡りながら解け、そのそれぞれが風の力を振るい始めれば、階層一帯に猛烈な風の流れが生まれる。

 その気流は腕で指示した通りに流れる。ひとまずは気流をキリトと、アリス達との間に流し込んで分断する。俺とキリトの周りを轟音を立てながら風が回っていた。

 

「――レント、お前はアンダーワールドでもこんなことできるのかよ」

 

 キリトは呆れたように眉尻を下げながら言った。

 

「だからそう気易く呼ぶな、反逆者。手が滑って殺してしまうだろう。俺が殺していいのはあの金髪の男だけなんだから」

「ユージオだけ? それはアドミニストレータの指示か?」

「…………」

 

 わざわざ会話をする必要もない。思わず声を漏らしてしまったが、本来であればいくら剣技の衝突が楽しいからと言って速やかに任を果たさない理由にはならない。会話は無駄な行為だ。目覚めたばかりで少し気が弛んでいたのかもしれない。胸の裡でいけないと自省した。

 キリトの黒い剣と鍔迫り合う。キリトの濃黒の瞳が、こちらを真っすぐ見つめていた。

 

「答えろ、レント!」

「騒がしい。会話など無駄な行為でしかない、どうせただの敵同士だ」

「くッ!」

 

 キリトは俺の言葉に顔を歪ませる。そして、食い縛った歯を剥きながら絞り出すようにして声を出した。

 

 

「……お前はッ、そんなことを、言う人間じゃ、ないッ!!!!」

 

 

 キリトの剣気が一瞬で膨れ上がった。腕が押される。整合騎士である俺が、押し負ける。

 同じ黒でも、その標準服とはまるで違った、もっと上質な漆黒の上衣がぼんやりとキリトの体にかかって見えた。

 自覚もないままに俺は怯んで片足を引いていた。半身になってキリトを受け流そうとする。しかしキリトは激しく足音を立てながらも床を蹴り、身を捩った俺に追随する!

 

「ああぁッッ!!」

 

 その黒い神器が、先程よりも増大して襲いくる! かち合わした《白夜の剣》が、重みを受け止めた腕が震える。上からの重みに負けて膝をついた。

―――こんな、こんなこと認められるか!

 大丈夫だ、落ち着け。自分で自分に言い聞かせる。こんなものは所詮はただの力押しだ。何がキリトの琴線に触れたのかは分からないが、俺の言葉に反応して逆上しただけだ。火事場の馬鹿力にも等しいこれが、そう長く続くはずがない。技量比べとなれば、大丈夫、俺が勝っている。

 

「――おい、レント」

 

 キリトの喉から、重たい音が響いた。

 

「お前は、何を思って会話が無駄だなんて言った」

 

 ゴクリ。鳴ったのは、俺の喉だった。

 会話に乗る必要なんてない。無視をすればいい。いや、逆にここは会話に乗るべきだ。そして相手を少しでも落ち着かせるんだ。

 そう言い訳をして俺は口を開いた。

 

「……会話をしたところで、何も、変わらないだろッ」

 

 俺が言葉を紡ぐほどに、身にかかる重圧が増していく! キリトの純な黒い瞳に黄金の輝きが光った。

 

「お前は、前はそんなこと言わなかった。いつも、いつも、会話を大事にした。相手の想いを探った。戦わなくて済む道を模索した。その心はどこに行ったッ!」

「知るか! 俺にはそんな過去なんてない! それこそ、お前の作った妄想じゃないのか!」

 

 そんな、そんな軟弱なことを、正義の執行者たる整合騎士がするはずが、

 

 

 

 ツキン

 

 

 

 その痛みは小さかった。小さいながらに、誤魔化すことなんてできないほどに俺を苛んだ。眉間に皺が寄り、顔が歪む。

 しかしキリトは俺の表情の変化には気づかなかった。いや、気づいても腕の痛みが原因だと思ったのかもしれない。彼はなおも言葉を続ける。

 

「いいや、違う! たとえ、お前が俺との記憶を全て失っていたとしても、『会話が無駄』だなんて、そんなことお前が言うはずがないんだ!」

 

 キリトが急に手首を切り返す。消失した重みに俺は神器を宙に彷徨わせ、下からキリトに払い除けられた。手元から剣が飛ぶ。床の上を巨岩から生まれたその剣は滑った。

 キリトに胸倉を掴まれ、引き摺り上げられる。俺の目を覗き込まれた。その鬼気迫る顔に抱いた動揺が、恐怖が、透けて見られていた。

 

「お前らしくもない。図星なんだろう。お前なら、こんな状況になっても諦めたりなんかしなかった。動転なんてしなかった。自由なその手で神聖術でも何でも使って俺を弾き飛ばしていただろう。なぜ、そうしない。なぜ、そうできないッ! それは! お前が、大事なものを忘れているからじゃないのか……!」

 

 唇が震えた。指先まで痙攣し、キリトの言葉にただただ打たれるしかなかった。

 

「思い出せ、思い出せよっ! それが、大事な思い出なんだろ!? お前が、何よりも大切にしたかった()()じゃなかったのか!?」

 

 額に細かい痛みが断続的に入り続ける。まるで燃えているかのようだった。

 

 

 

「――()()の遺したっ、お前の意志じゃなかったのかっ……!」

 

 

 

 額から薄紫の物体が抜け落ちて、床に高い音を立てて転がった。




 キリト君が遂に原作でも成し遂げなかった言葉によるシンセサイズ破棄を成功させました、おめでとう!
 まあ、主人公のシンセサイズは諸事情でちょっと弱いんですけれど、それでも金星です。
 ぶちギレキリトさんですが、多分原作でも『アリスなんかどうでもいい』ってユージオが言ってたらキレていたと思うんですよね。『……知らない』はギリギリ許されたのかな、と。

 延期になったアニメの放送がとうとう迫ってきました。動悸が激しくなりますね!
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