SAOUW~if《白夜の騎士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 アニメ放映始まりましたね! 本当はこれに合わせて連続投稿をしたかったんです。したかったんです……。
 その予定でしたので今話ではほとんど話が進みませんが、どうぞ。


#16 脱却

~side:キリト~

 カツーン。そんな軽い音が九十九階に響いた。

 敬神(パイエティ)モジュールが抜けると同時に、レントの身体からも力が抜けてその場に膝を突いた。

 虚ろな瞳でレントは宙を見る。その手はダラリと垂れ下がっている。俺は床に転がるレントの白い神器――たしか《白夜の剣》だったか――を拾った。

 レントから力が抜けたのと同時にレントが巻き起こしていた風素術は立ち消え、風の轟音も消えて階層に久方振りの静寂が訪れる。

 

「キリト……? レントはどうしたのです?」

 

 身体にも、身に纏う鎧にも一切傷がついていないレントを見て、アリスは不審感を隠さずに俺を見た。

 

「レントの足元に落ちてる三角柱があるだろ? それが例の敬神モジュールだ。……取られているはずの記憶に関したことを言ってたら、こうしてそのモジュールが抜け落ちたんだ」

 

 チュデルキンに連れ去られたレントを追って大浴場を抜けた俺が見つけたのは、床に血文字で書かれた『両親』という文字だけだった。歪に引き延ばされたその字は、まず間違いなくレントがチュデルキンに引き摺られながら書いたものだろう。

 あの状況下でわざわざ『両親』と書き残したのはなぜか。俺は考えた。リアルの記憶のないレントが俺に伝えたいことは当然限られてくる。そもそもこれだけの符号で俺に伝わるとレントは考えたのだから、俺に分からないはずがないのだ。

 俺とレントは僅かにしか言葉を交わしていない。話した内容は俺とユージオのカセドラルまでの旅路、俺が考えているこの世界の真実、それからあちらの世界でレントと知り合いであったこと……。

―――なるほど。

 レントが『両親』と書き残したならば、それは真実『両親』のことなのだろう。だが俺と同じようにこの世界にレントがダイブしているなら、この世界にレントの『両親』は存在しない。更に言えば、整合騎士であり記憶が封印されたレントは自分の『両親』のことなど微塵も思い出せないはずなのだ。

 それらを合わせて考えれば、つまりレントは『両親』が奪われた記憶の鍵だと考えていて、俺にそこを突いて自分の記憶を復活させてもらいたいのだろうと推測が立つ。

 俺からすればこれが『両親』ではなく『VRワールド』ででもあった方が語り易いのだが、実際には俺が現実世界の話をしてもレントは大した反応を示さなかったのだから、それが鍵というわけではないのだろう。

―――それに、例の()()()()の件もある。

 さしものアドミニストレータでも、先んじて失われていた記憶を奪うことは叶わなかったのかもしれない。ユイが調べた結果によれば、レントは『VRワールド』のことを何もかも覚えていない可能性があるのだとか。

 VRを『僕の故郷』と言っていたレントのことを思うと胸が少し苦しくなる。

 レントは幼い頃は『両親』に従ってあちこちの国を移動しており、まともに故郷と思える場所を持たなかったそうだ。現在の養父母に引き取られてからも、結局自らの故郷とは思えなかったらしい。……俺も、自分が実子でないと知ったときには自宅を『自宅』とは思えなくなってしまっていた。きっとあのときの俺と同じような感覚だったのだろう。

 そんなレントは、VR空間を故郷として強く愛慕していた。SAOを走り抜いて自分に折り合いをつけた今ではレントも養父母のもとを実家と思えているだろうが、レントは常々『今の僕が産まれたのはSAOだよ。だから、あの冷たい鉄の城が僕の故郷なんだ』と口にしていた。……あの城では色々なことがあった。その中で失ったものもあれば、得たものもたくさんある。レントはそこで『自分』を得たのだ。

 今のレントには、その『自分』がない。それどころか、アインクラッドで『自分』が生まれた土壌すら忘れてしまっていた。

 昔、レントの過去の話を聞いたことがある。彼の実の『両親』のことを聞いた。詳細は伏せられたが――あの死銃事件のときにシノンには話したようだが――、そこで彼はとても誇らし気に『両親』のことを語ったのだ。

 彼の両親は国際連合の職員として、何よりも平和という理想を掲げて活動していた。最終的には彼らを狙ったわけでもないテロ行為に巻き込まれて命を落としたそうだが、そもそもそんな危険な任地に左遷されたのは、そのある種頑固とも言える信念ゆえだったらしい。

 『どんな相手でも会話の道を断ってはならない』。『相互理解さえ叶えば、争いは最低限に抑えられる』。『他者を踏み躙ることでしか成り立たないならば、成り立つ必要などない』。

 これらはどれもレントの『両親』の言葉であったという。争いを完全に否定するのではなく、しかし争いは可能な限り避けるべきという立場。その『両親』の態度をレントは深く尊敬していた。

 SAOでは自らの生命を守るためには会話をしている場合ではなかった。そして大抵のmobやNPCには会話するだけのリソースがシステムから与えられていなかった。レントも最初期にはそんな相手に会話を試みたことがあったらしいが、結局は非常に精巧にプリセットされた言葉でしかなかったという。俺とアスナが出会ったキズメルのようなNPCにレントは出会えなかったのだろう。

 ALOやGGOはそもそもPK推奨のMMOであり、互いにそれを合意の上でゲームに臨んでいるから問題はないという判定らしい。実際の命が懸かっていない遊びなのだからレントも軽い。

―――しかし、しかしだ。

 このアンダーワールドは違う。この世界でのNPCは会話の通じない機械ではない。この世界はゲームでもなければ、人工フラクトライト達にとっては俺達にとっての現実世界と何ら変わりない、自らのたった一つの命を大切に暮らす世界だ。つまり先程の信念が適用されるべき世界なのだ。

 レントは自らに敵対するから、アドミニストレータの命令だからと『会話の道を断った』。『相互理解など望まず、ただ争いのみで全てを終えようとした』。アドミニストレータの、『数多の人工フラクトライトを踏み躙って成り立たせている』現在の体制を支持している。

 どれもこれも、レントが『両親』を覚えているのならあり得ない話だった。

 そういった事情を掻い摘んで、手早く簡単にユージオとアリスに説明した。二人はやや複雑そうな顔をしたが、元のレントがそういう信条の人間であることは理解してくれたようだ。

 

「……私は、整合騎士の仕事を知っています。央都が管轄である私がその任に就くことはまずないのですが、そうでなければ大抵の整合騎士にはダーク・テリトリーへの攻撃が課されます」

 

 アリスが重々しく口を開いた。俺はその言葉に首を傾げる。

 

「それは、防衛……じゃなくて?」

「はい。最高司祭様の論理的に言えば先制攻撃による防衛ですが、その実は単なる侵攻に近い部分があります。かと言って、果ての山脈を越えるのはあくまで飛竜と騎士だけ。結局のところは山脈の反対側付近に住む者を、難癖をつけて甚振っているのと変わりません」

「そんな……」

 

 ユージオが言葉を漏らす。それは理想を抱いていた整合騎士の実態への失望か。……いいや、きっと優しいユージオのことだから、アドミニストレータに操られてそんな最も忌避することに近い行為をさせられたレントのことを思ったのだろう。

 場の全員が苦虫を嚙み潰したような顔をした。人の意志を、心を捻じ曲げ、愚弄するアドミニストレータのやり方には反吐が出る。

 と、そこで、蹲ったままだったレントの指先がピクリと動いた。

 

「レント! 気がついたか!?」

「――フリー、ォ……?」

 

 焦点の合わない目でこちらを見つめ、譫言のような音を吐き出す。俺は思わずレントの頬を両手で挟んだ。

 パンという乾いた音がする。こちらの掌にも肌と肌がぶつかる感触がした。レントもそれを感じてか、ようやくしっかりとその瞳がこちらを捉えた。

 

「…………あー、何だ、その、ありがとな、キリト。俺の残したメッセージは伝わったみたいだし」

「ああ」

 

―――()、か……。

 胸の裡で少しだけ落胆する。敬神モジュールが抜け落ちた衝撃で全ての記憶が戻らないか僅かながらにも期待していたのだが。

 まあ、血文字のメッセージのことは覚えているようだし、一応再び敵対することは、なさ、そ……う……?

 

「……今、メッセージって言ったか?」

「あー、うん。さっき色々と脳内で情報がごちゃ混ぜになって処理するのに時間がかかってたんだけど、……てっきり、()()から異世界転移したのかと思ってたよ」

 

 ガシリ。思わず俺はレントの手を掴んだ。こうして話して初めて気づくことがある。ずっと見ないフリをしていたけれど、かつての自分の世界を、確立した自己が立脚していた基盤を、誰にも知られず、誰とも共有できずにたった一人でいたことは、確実に俺の心を蝕んでいたのだ。

 同郷で、日本のことを知っている。それだけで、俺が最後に記憶した『レント』でなくとも、非常に親近感を覚えた。

 

「キリト? めっせーじ、って何だい?」

「んーと、『伝言』って意味の神聖語だな。ほら、さっき話しただろ、大浴場の血文字。あれのことだよ」

「つまりレントは『外の世界』のことを思い出したのですね!」

 

 アリスが瞳を大きく見開いて言った。前々から思っていたが、アリスは中々に好奇心が強い。アンダーワールド人が未だ誰も見たことのない『外の世界』は実にそそられるのだろう。

 

 ガーン!!

 

 突然、身体の芯に響く重低音が鳴る。俺とユージオにアリスは即座に腰を落としていつでも神器を抜けるように構えるが、レントは動かない。

 よく見れば、その轟音の音源はレントが床を叩いた《白夜の剣》だった。今の今まで俺が持っていたはずなのに、いつの間にか抜き取られていた。

 

「アリスちゃん、その話はまた後でしよう。どうやらキリトが言う通り俺の記憶はこれでもまだ欠損があるらしい。ユージオ、キリト、俺はもう整合騎士としては動かない。お前達の望みを叶える手伝いをしよう」

 

 レントはばっさりと言いきり、話を前へと進めていく。やや強引さも感じるそれに、俺は首を傾げざるを得なかった。

 

「今、上階ではアドミニストレータが目を覚ましている。俺にお前達の打倒、及び確保を命じて今頃はのんびり待っているだろうさ。……だから、奇襲するにせよ何にせよ、早く動いた方がいい。きっとそろそろアドミニストレータでなくチュデルキン辺りが待ちかねて下りてくる」

 

 レントはしきりに上と繋がる昇降板を見遣った。確かにその状態ならばここでのんびりレントと言葉を交わしている暇はない。

 

「分かった。それじゃあ、簡単に決めよう。まずアドミニストレータには俺かユージオがこの剣で斬りつける」

 

 俺はレントにカーディナルから貰った短剣を見せた。ユージオが軽くカーディナルについて補足説明を入れる。アリスには既に道中で話していた。

 

「だから、レントとアリスはこれが刺せるようにアドミニストレータと交戦してほしい」

「了解」

「……分かりました」

 

 レントは軽く了承の言葉を告げ、翻ってアリスはどこか煮えきらない態度で頷いた。レントが、そんなアリスを横目で睨む。

 

「……アリスちゃん。嫌なら戦わなくてもいいよ」

「は……?」

「どうしたってアドミニストレータに剣を向けるのに躊躇すると言うなら、足手纏いだ。覚悟を決めないと。俺達はこれから最高司祭に反逆しに行くんだからね」

「それはっ、……そうですね」

 

 レントの言葉には棘があるが、アリスは素直にそれを受け入れた。

 

「私は、まだあの方に逆らうことに抵抗があります。それは例の脳に埋め込まれた術具のせいでもあるでしょう。しかし私は……きっと、あの方が怖いのです」

「怖い?」

 

 とても騎士らしい騎士。武勇を誇り、知恵も深く、精神は強い。そんなアリスと怖いという言葉は、些かミスマッチだった。

 

「……はい。とても、怖い。ユージオやキリトは直接会ったことはないでしょうが、私はあの方に直接お会いしたことが何度もあります。その度に、あの方が持つ圧倒的なまでの風格に気圧されていました」

「アドミニストレータは生粋の支配者だ。そのオーラ……威圧感は冗談でも何でもなく、人の足を簡単に止め得る」

 

 レントも眉を顰めながらアリスの言葉を補強する。俺とユージオは、この二人がそこまで言うという事実に唾を呑んだ。

 

「でも、だからこそ、今ここで覚悟を決めなければ君はアドミニストレータに非難の声を投げかけることすらできない。それでもいいのかい、アリスちゃん?」

「ッ良いはずがありません! ……良いでしょう、私も覚悟を決めます」

 

 アリスは、いきなりその場に片膝をついた。

 

「――創世神ステイシアに、私整合騎士アリスはこの名と、我が神器《金木犀の剣》にかけて誓う。私は最高司祭様からこの不当な支配の理由を聞き出し、最終的にはこの剣を向けてでもユージオとキリトが望みを果たせるようにする」

 

 高らかに告げられた誓いは、九十九階に朗々と響いた。

 感じ入った様子のユージオが口を開こうとしたそのとき、静寂に包まれていたフロアは甲高い騒音に掻き乱されることになる。

 

「まったく、遅いですよ二十号!」

 

 赤と青の二色で構成されたゴムボールのような球体が、百階に繋がる昇降板より跳ね出してきた。それはレントの目の前でクルクルと回転し、地面に人型となって着地した。

 

「この程度の奴ら相手に一体どれだけ猊下をお待たせするのです! これだから騎士どもは使えないんですよ! 三十号含め、侵入者全員まだピンピンしてるじゃあないですか! え、ピンピン!?」

 

 人差し指を立ててレントに怒りをぶつけるチュデルキンだったが、俺達が無傷で囲うように立っていることに気づくと、一気に怯えた様子を見せた。

 

「ひ、ひえぇぇぇ! こ、この、汚らわしい人形風情が! 裏切りましたね!」

 

 俺は三人にハンドサインで、チュデルキンを示す。全員が頷き、同時に剣を振り抜いた。

 俺は斜め下から、ユージオは逆に斜め上から。レントは垂直に、アリスは水平に神器を振り抜いた。

 四本の刃による包囲網。普通ならばこれで完全に決していたはずだが、チュデルキンは元老長という名前に見合ったしぶとさを見せた。

 ボール状に体を変化させ、真っ先に到達したレントの剣を弾力を持って受け止める。それだけなら結局は圧し斬られてしまっていただろうが、しかしここで四人で包囲していたことが裏目に出た。

 レントの剣を受け止めた反動でチュデルキンの丸い体は真下に撃ち落とされた。となれば、俺の剣がそれを出迎えるのは必定。俺の剣に対しても同じようにぐにゃりと身を歪めて耐え抜き、斜め上から来たユージオの剣も跳ね返す。跳ね続けた先で最後にアリスの水平斬りが走るが、これも柔らかく斬りにくい体で迎え撃つと同時に、反対に跳ね飛ぶ。

 そうして、四刃の包囲網の中を猛スピードで跳弾することで、チュデルキンは真横に飛び抜けた。

 

「くそッ!」

 

 レントが思わず吐き捨てる。俺達の剣速を加味したチュデルキンボールは床にぶつかると同時に跳ね上がり、未だ開いたままだった百階への穴に向かった。

 穴に当たる直前でチュデルキンはボール形態を解いて、穴の縁に引っかかる。ブラブラと足が揺れている。

 レントは――きっとまたあの見えない力を使っているのだろう――宙に浮き上がってそのチュデルキンを追いかけた。

 靴を掴んだものの、チュデルキンは靴を脱いで逃げ出し惜しくも取り逃がす。

 その間に俺達三人は下に降りていた昇降板を操作し、上昇を始めた。レントも浮き上がるのを止めて昇降板に着地する。

 動作音をさせながら昇降板は上がりきり、だだっ広いドーム状の空間に出た。

 

「猊下! 二十号が裏切りましたぞ! あいつめ、反逆者共と結託していたのです!」

 

 チュデルキンは裸の女性の目の前に跪き、そう叫んでいた。そして言葉が終わると同時に、俺達の姿を見て悲鳴を上げながら飛び退った。

 スタイルの良いその肉体と、圧倒的な美貌。そして薄紫の美しい長髪が印象的なその美女が、こちらを眺めた。

 

「ふうん」

 

 こちらを観察する無機質な瞳。笑みが浮かべられているというのに、そこには一切の親しみが存在しない。その姿を見て、誰に言われずとも俺もユージオも悟った。

―――こいつが、最高司祭(アドミニストレータ)……!




 完全に繋ぎの話ですね。次話からはとうとうアドミニストレータ戦です。……あ、その前にチュデルキン戦がありましたね。
 ちなみにこのストーリーではアリスは凍結されたベルクーリに会いに行っていません。だからまだ完全に吹っきれていない部分もあったのですが、それも今話ですっかり、というわけでした。

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