アニメのサブタイトルを引っ張ってきたのではないとだけ釈明させてもらいます。
何とか話を進めるために少し長めですが、どうぞ。
~side:キリト~
「あの巨人は俺とアリスちゃんで抑える。キリトとユージオはアドミニストレータを頼む。……カーディナルも、あの女が相手なら術を使えるだろうしな」
再び向かってきた《ソード・ゴーレム》に応じて駆け出そうとした俺達を、レントがそう声をかけて引き留めた。正直なところ以前のレントの口調――定着してしまっただけらしいが――を知っている俺からすれば今の彼の言動はひたすらに違和感を生むものなのだが、振り返ってレントの目を見た瞬間にそんな考えはどこかへ行ってしまった。
既にレントの視線はアドミニストレータに向いていなかった。先程は、いや、今現在も怒りに打ち震えているだろうというのに、彼はその敵意をアドミニストレータに向けていなかったのだ。
かつてSAOでアルゴとレントについて少し話したことがある。そのとき彼女が言っていたことを思い出した。
『レン坊は感情を持ってないわけじゃナイ。逆に結構多感な方ダ。でも、その感情に呑まれることはほとんどないんだナ、これが。大事な目的があったら、感情を抑えてそれを達成しようとひた向きになル。感情のまま走って目的を達成するキー坊とはまるで違うってことだナ』
冗談交じりだったが、情報屋として鳴らした人物の評だ、大きく間違っていたとは思わない。ちなみにこれの後には『だからレン坊が感情に呑まれるようなときは余程のときダ。選択を間違うナヨ』と続いたのだが。
いくら記憶を失っていようともレントの本質は変わらない。思えば、整合騎士として動いていたときも俺の知っているレントと通じるところが多くあった。
今のレントの瞳は、俺のよく知るものだった。SAOでボス戦を繰り返す度に見てきた瞳。ヒースクリフとの決戦でも、……彼と刺し違えたときにも見せた瞳。ALOでアスナを助けに向かったとき、病院の前で須郷と対面したとき、GGOで死銃と対決したとき。そしてOSを巡って俺達と敵対したときにも見せた瞳だ。目的を遂げるために感情を押し殺し、自分の身を危険に晒すことも厭わない瞳。
―――なら、応えないわけにはいかないな!
彼に記憶がなかったとしても、俺は覚えている。それだけで俺が戦う理由には十分だ。
俺達の反応など気にせずに、言いたいことだけ言ってレントはゴーレムに足を向けた。アリスもすぐにそれに応じる。
「行くぞ、ユージオ!」
少し呆けたユージオに声をかけつつ、俺はゴーレムに向いていた足を悠々と宙に浮かぶアドミニストレータに向け直した。
「――ああ!」
「ふんっ」
アドミニストレータは向かってくる俺達を見て軽く鼻を鳴らした後、右手を空気を掴むように動かす。掌中に一瞬エレメントの光が見え、アドミニストレータが握り込むとそれは細長く伸びて細身の剣へと変わる。
「私自らお前達に死を与えてあげましょう。光栄に思いなさい」
「そんなことを言っておられるのも今の内だけじゃぞ!」
俺達が接触する前に、カーディナルが後方から神聖術を飛ばす。レントの言う通り、アドミニストレータが相手なら彼女の力も当てにできる。
「悪いけど、おチビちゃんの対策くらいしてあるのよ!」
しかし、アドミニストレータの寸前でカーディナルの術は
術が砕けダイヤモンドダストのように舞う中、俺に先行したユージオが床を蹴って空中のアドミニストレータに斬りかかる!
「甘い!」
そう叫ぶアドミニストレータは《青薔薇の剣》を正確に自らの剣で突く。アドミニストレータと違って宙に支えを持たないユージオは、その衝撃で床に落下する勢いで落ちてくる。
「キリト!」
「ああ!」
俺もユージオと同じように床を蹴って跳ぶ。そして目の前のユージオの背中に足を乗せて踏みきり、二段階の跳躍によりアドミニストレータを上から見下ろす。
―――片手剣単発ソードスキル《スラント》!
肩に担ぐような体勢から、全力で剣を振り下ろす! アドミニストレータは舌打ちをしながら剣を合わせに来る。
―――だが、その細さならッ!
高所からという有利さに加え、明らかな剣の質量の差がある。オブジェクト操作権限も彼女が術師であるならさほど高いとは思えない。それに秘奥義も使っていないなら俺が押し勝てる!
だが、アドミニストレータが軽く剣を握り直すと、一瞬で細身の剣は一般的な片手直剣へと姿を変える。更にガツンと重たい音を立ててぶつかった手応えは、女性の細腕と衝突したとはまるで思えないものだった。空中という不安定な体勢のまま、異様に重い剣と鍔迫り合う!
「バースト!」
そのとき、下方からカーディナルの詠唱が聞こえた。アドミニストレータはそちらを軽く見遣って目を瞠り、やや眉を顰めながら左の掌をカーディナルへ向ける。その掌に放たれた術は吸い込まれるが、逆に俺の方へのアドミニストレータの意識は削がれる!
システムアシストに逆らわないようにしながら、僅かに身体を倒して《スラント》の軌道を変える。黒い剣は対峙する剣身を滑りながら、アドミニストレータの右手首を斬り落とす! 俺はそのまま落下するが、両手をついて着地する。
アドミニストレータは自身の右手首を驚きをもって見つめ、左手で軽く触れて出血を止めた。
「……その剣金属じゃないのね、やられたわ。私の身体に金属は触れられないけど、まさか非金属の剣だなんて。いえ、神器ならそういうものも多いかしら。これは改良が必要ね」
癖なのかもしれないが、彼女は頻繁に解析する。対峙するものを、状況を。それはそうできる余裕が彼女にあるからか。その隙を突けはしないか。今の一連の攻撃は即席の連携としては及第点だったと言える。次は――。
「まったく、目障りね」
残った左手で再び細身に変えた剣を振るい、アドミニストレータはその先端から雷撃を走らせた!
予備動作が小さく、俺とユージオは対応できずにそのまま雷撃に呑まれる。そう思ったとき、放たれた雷撃は全てカーディナルの方へと逸れていった。
「――貴女がよ、おチビちゃん!」
その雷撃が突如として導火線のようにして集積され、カーディナルの杖の先へと連鎖して燃え上がる! カーディナルは何とかそれが杖に到達する前に杖自体を放るが、瞬間の後に杖先に集まった黒紫色の雷撃が爆発した!
爆煙と爆風が順番に身体を通り過ぎ、再び瞼を開いたときにはカーディナルの杖はおろか、杖があった場所の床まで消滅していた。そして何とか爆発から逃れたカーディナルも、その両手を左手は手首から、右手は肘からなくしていた。綺麗な切断面、カーディナルの後ろに転がる失った手を見れば、爆発に紛れてアドミニストレータが切断したのだと分かる。
歯を食い縛る。歯の咬合面がすり減る。
視界の奥で火花が散った。
「「ああああああ!!!」」
叫びが重なる。ユージオと同時に駆け出した。
先程とは逆、俺が最初に斬りかかる。今度のソードスキルは片手剣単発重突撃技《ヴォーパルストライク》。肩に担いだ剣に赤い光が宿り、独特のジェットエンジンのような爆音を鳴らす。
跳び上がると同時にソードスキルを解放し、システムアシストに乗って推進力を増してアドミニストレータに迫る!
アドミニストレータはそれに対して剣身を厚くしてハイノルキア流の構えを取る。左手一本で使用する技は《アバランシュ》、またの名を《天山烈波》。修剣学院で散々目にした技だ。
重攻撃同士がぶつかり合う。衝突の反動で身体が吹き飛びそうになるが、何もない空をまるで床があるかのように、いいや、そこに床があると
―――負けるなァ!
互いのシステムアシスト時間が終わり、硬直が始まる。だが、この程度のディレイを踏み倒せないようではレントに笑われる!
再び空中を蹴って、アドミニストレータの真上からお返しの単発垂直斬り《バーチカル》を繰り出す!
硬直を振りきって何とかアドミニストレータは剣を挟むが、それは同時にソードスキルの圧力を正面から受け止めることを意味する。体勢を崩されていた彼女はその圧に押し負け、床へと弾かれるように落ちる!
無様に背中から叩きつけられることはなかったが、床の寸前で空気の中を泳ぐようにして姿勢を保ったアドミニストレータの爪先が床に触れた。瞬間、その床から氷で出来た薔薇の蔓が伸び上がり彼女の踝を絡め取る。
再び上昇しようとしたアドミニストレータは蔓に引かれ動きを止める。その間にも蔓は伸び続け、踝から太腿、そして両腕まで締め上げる。
これは《青薔薇の剣》の武装完全支配術。先程の爆発で失われた床を埋めるように先んじて氷を発生させ、そこに俺がアドミニストレータを撃ち落として拘束する作戦だ。
「ッキリト! 早くとどめを!」
「小癪なァ!!」
アドミニストレータは怒りを籠めて叫ぶ。が、次の瞬間にはその表情は嘲笑へと変わった。アドミニストレータに遅れて床に足をつけた俺は何か行動を起こされる前にその身を斬り裂こうと駆け出すが、時間が足りなかった。
「なぁんて、ね」
アドミニストレータの髪が生き物のように蠢き、その毛先から体を覆い始めた氷に向かって光線が走る!
ユージオが放つ氷は確かに瞬時に物を凍りつかせるが、強度自体は通常の氷と変わらないため、熱線の前ではジュッという音を立てながら融けていくしかない。融けたところは瞬きの内に再び氷へと変わるのだが、その瞬きの内にアドミニストレータは氷の足場から軽やかに離れてしまった。
「ふん、この私をその程度で捕らえられると本気で考えるなんて愚かなことね。――私の動きを掣肘できる者など居はしない!」
アドミニストレータが叫ぶと同時に髪が逆立ち、その足先から真っすぐユージオに向かって薄桃色の氷柱が走る! ユージオは床から《青薔薇の剣》を離して退避しようとするが、それよりも先にその足元が赤く変わった。そしてそこからユージオを取り込むように氷柱が立ち上がる! ユージオも身を捩って引き抜こうとしたが、結局は両手両足、更には胸元まで桃色の氷に包まれてしまった。
「クソォッ!」
俺は走る。既存の秘奥義であればアドミニストレータには筒抜けだ。なら、この世界で知られていない技を使うだけだ!
上位単発技《ジェリッド・ブレード》! 中位級のこの技はどこの流派にも存在しない!
だが、その思惑は簡単に打ち砕かれた。
アドミニストレータが軽く握り込むだけでその剣は姿を変える。今度は更に細身の
カウンターで入った五連撃は正確に肩と胴を撃ち抜き、俺は痛みに悶絶しつつ再度アドミニストレータと向かい合う。
「ッ、まさか……」
「ふふっ。坊やが何を言いたいのかは分からないけれど、この世界を支配するシステムにおいて私が知らないことなんて存在しないわ。そう、それはソードスキルについても、ね」
アドミニストレータが左手の剣を右腰に回す。
「刀単発ソードスキル、《辻風》」
瞬間、俺の腹に湾曲した刃が食い込む。長距離を一気に詰め寄る居合技! 胴が泣き別れする寸前に剣を挟み込みつつ、全力で後方に跳び退る! 冷淡なる敵対者から距離を取りつつ、左手で光素を生み出して簡易的に腹部の出血を止めた。興奮のせいか逆にもう痛みは余り感じないが、天命の減少を全身から抜ける力で知る。
こちらを見遣ったアドミニストレータは、しかしすぐに脇を見た。釣られてそちらに視線を向ければ、そこではレントとアリスが《ソード・ゴーレム》に駆け出したところだった。あの表情を見るに何かしらの策を持っているのだろう。
アドミニストレータはそれを見て、口元を厭らしく歪めた。
ゴーレムとレントが接触した瞬間、先程のカーディナルを襲った爆発よりもずっと激しい閃光が辺りを満たし、視界が奪われる。
嫌な予感がする。
そう思うと同時に、俺は叫んでいた。
「ッ、レント!!!」
閃光が収まりレントはこちらをちらりと確認する。先の一撃でゴーレムはすっかり体勢を崩しており離脱する一瞬だった。
ガッ、と横脇から飛んできた水晶柱のようなものがレントの額に突き刺さった。
「レント!」
アリスの叫びが一帯に反響する。レントは水晶が刺さると同時にその場に蹲った。動揺したアリスを後目に、ゴーレムは無防備に膝をつくレントに無慈悲に刃を振り上げた。
振り下ろされる瞬間にアリスが割って入り、その背中が引き裂かれる!
「アリスッ!!!」
氷漬けにされ青白い顔のユージオが名を呼ぶ。スローモーションのように見える視界の中、金木犀の騎士はバタリと倒れた。
邪魔者を排除したゴーレムが再びレントに刃を振り上げる。しかし、それを止めたのは他でもないアドミニストレータであった。
「止まりなさい、《ソード・ゴーレム》。もうレントはいいわ。先にこっちの坊や達を始末なさい」
残った左手で毛先を弄びながら、アドミニストレータはこちらを流し見た。そして口の端を上げて嗤った。
「レントはねぇ、面白いことに私が何もしなくても既に記憶に大きな穴が開いていたのよ。初めて見たときは驚いたわ。外の世界からの来訪者かと思えば、外の世界の記憶なんてまるで覚えていないんだもの。整合騎士にするときも本当に悩んだのよ。手間をかけずに既にある穴を使おうか、ってね。都合の良いことに丁度最も大切にしたい記憶ごと消えていたから、誰かがお膳立てしてくれたのかと思ったわ」
出血が多過ぎて素早く動くことが叶わない。ゴーレムはそれを知ってかわざとらしくのそりのそりと近づいてくる。
「でも横着は良くないでしょう? だから次点で大切な記憶を抜き取ったのよ。まあ、その記憶の人間はこの世界にはいないし、そもそも生きてすらいないみたいだから剣にはできなかったのだけど。くくっ。でも、本当に面白いわよね。あの改良した敬神モジュールなら、例の記憶の穴に嵌まれば前とは比べ物にならないくらい私に忠実な騎士が出来上がることね。ああ、愉快だわ」
深く斬られたアリスが心配で様子を窺えば、どうにかしたのか、再び手を接着したカーディナルが治癒術をかけていた。
―――ひとまずは大丈夫か。
アドミニストレータの言葉をまともに聞いてしまえば、また頭に血が上ってしまう。そう思って意図的に聞き流していたが、それが気に食わなかったのか、アドミニストレータは不機嫌そうな顔をして手首のない右腕を振り上げた。
「やってしまいなさい、《ソード・ゴーレム》。外の人間のサンプルは一人で十分よ」
その指示が下りた瞬間、ゴーレムは打って変わった素早い動きでこちらへと迫ってくる!
震える膝を叱りつけて立ち上がる。剣を構える。ゴーレムの無機質な動きを見定める。
咆哮を上げながら、逆にこちらから攻めかかる! 攻撃は最大の防御。その精神は忘れない。
初撃はまず右腕の振り下ろしから来る。これはパリィせずに横一歩のステップで避けられる。次は二択。前脚での蹴り上げか左腕での横薙ぎ。横薙ぎの予備動作が確認できた。これはまともに受けられる威力ではないから剣に乗せて上方に逸らす。これで右腕の動きが制限されるから、次のタイミングでは前脚が蹴り上げてくる。これは上から叩きつける斬撃で迎え撃つ。次は自由になった右腕、と思いきや定位置に戻るのが少し早い左腕が斬りつけてくる。
ゴーレムはシステマチックな動きをする。その動きの原則は簡単だ。腕を第一、脚を第二優先攻撃手段として一定タイミングで動かせるもので攻撃する。つまり攻撃を出す部位は読み易い。
だが、防げない攻撃というものも存在する。回避は難しく、パリィも隙を生んでしまう攻撃。それが来てしまえば終わりだ。だから俺はそれを可能な限り避けるべく、足を動かしてゴーレムの攻撃選択肢を狭める。
ゴーレムから逃げてフロアを動き回る内に、気づけば背中側にレントを庇うような位置に立っていた。
大振りな一撃をパリィし、ゴーレムと互いに後方に飛ぶ。丁度、レントの真横に着地した。
「……修正、SAO、最高司祭猊下、修正、ALO、公理教会……」
何やらぶつぶつと呟くその内容に、俺は目を見開く。
―――記憶があるのか!?
レントの記憶喪失は、ユイが調べた限りでは脳の欠損による物理的ロストだったはずだ。だから俺は記憶の回復を半ば以上諦めていたのだ。
だが、そうではないのなら。僅かでも、彼の中に俺達が過ごした年月の記憶があるのならば――!
「ッレント! 思い出せ! SAOを、ALOを、GGOを! お前にとってVRは何だったんだ!? そんな外部入力に負けるなッ!」
「は、無駄よ、坊や。そんな言葉程度で失われた記憶が戻るはずがないのよ」
「いいや、それこそあり得ない! レントはここで終わるような人間じゃない!」
ゴーレムが再び迫ってくる! レントの近くにいる今、下手に攻撃を受け流してしまえば彼に当たる可能性がある。それは認められない。
ガツンと火花を上げて剣と剣がぶつかる。重たい感触に耐え、降り注ぐもう片手をスウェーバックしながら足元に逸らす。
「紡いだ絆があるだろう! お前を待っている人間を思い出せ! みんなを、――シノンを!」
ゴリ
そんな音が聞こえた、気がした。
防御の限界を迎え、一旦のブレイクを得るためにソードスキルでゴーレムを迎え撃ちノックバックさせる。硬直時間と反動で俯いた俺の背後で、音がする。今度はしっかり聞こえた。
バキン
振り返れば、薄紫色の三角柱を踏み砕くレントがいた。
こちらを見てレントは緩やかに口角を上げる。
「
二ヶ所で話が進むと重ねながら二回書かねばならないので、絶対的な時間軸を進めるのが難しいですね。僅かではありますが、前回のラストより進んだのでセーフでしょう。
アニメと同じような展開になっているのが個人的にはツボです。
ちなみにカーディナルの手を奪った爆発ですが、前話時点でもきちんと爆発はしていました。集中し過ぎてレントは気づいていませんでしたが。加えてアリスが花弁で打ち払ってくれたのも原因です。
また、手を失った後のカーディナルはシャーロットの力も借りつつ手首を何とか接着しています。原作でアドミニストレータが右腕飛ばされたのに反応が薄かったのは彼女が欠損部位の修復方法を知っているからだと思うので、カーディナルも同様に自力で修復できることにしました。
まあ、大量出血でヘロヘロなんですけどね! そもそもチュデルキンが暴れたせいでこの部屋の空間神聖力すっくないので。