『
最初に、そう思い浮かんだ。
******
俺が生まれたのはどこだったか。……たしか、落ち着いた環境で出産を迎えてほしかった父の希望で、生まれたのは日本の病院だったような気がする。結局、物心がついたときには日本にはいなかったのだから余り関係ないのだが。
俺の両親は様々な国を飛び回った。飛ばされ回ったに近いかもしれないが。各地の国連支部に飛ばされ、支部の数を増やすべきだと主張した瞬間に新支部の支部長に据えられたこともあったらしい。まるで昇進とはかけ離れた道だが、両親は充実していると笑っていた。
望む望まないに関わらず、まだまだ幼い俺は二人について世界各地を巡った。ある程度判断ができる年齢――と言っても五歳かそこらだが――になってからは、望むなら日本の親戚のところで平凡に暮らしても良いと勧められていた。
……きっと、大人しくそうしていれば良かったんだ。
俺は世界の危険さをまるで知らなかった。世界とは善意で回っているのだと信じて疑っていなかった。両親が常日頃言うように、人々はまず対話を通して相互理解を試みて、それから平和的に妥協点を探っていくのだと思い込んでいた。妥協など望まず、相手が自らと違うということだけを認識して対話を放棄する人々が多くいると、純粋な俺は考えたこともなかった。
間抜けな話だ。本当に善人ばかりの世界であるならば両親が世界を飛び回ることもなかったし、そもそも彼らがわざわざ『対話が大事』と主張する必要も無かったというのに。
宗教問題で頻繁に小競り合いが起こる地域。そんなところであろうと、両親は変わらなかった。同じように、両親の周りの人々も変わらずに善人ばかりであった。俺は何も警戒などしていなかった。
だから、その油断が両親の死を招いたんだ。
両親を亡くした俺は、両親が俺を預ける気でいた親戚にそのまま引き取られた。叔母の文子とその夫の一仁の家庭だ。そこで俺はそれまでとは打って変わった何の変哲もない暮らしを送るようになったのだ。
両親が死んだのは、俺のせいだ。俺がいなければと何度思ったことか。余りに辛過ぎる現実に、幼い俺の心は簡単に折れてしまったのだった。
******
『いいや、
次に、先の言葉を否定した。
******
フリーオ。
この世界での俺の、友。
ボーグル行商団の皆はとても親切で、俺にとってかけがえのない宝物になりつつあった。だが、やはり久方振りに親しくなれた同年代の友人は何物にも代えがたい。
ダーニホグ村で過ごした数日は、きっとアンダーワールドにやって来てからの数少ない平穏な日々だった。南帝国を回っている間はずっと、この世界の知識を吸収することで手一杯で余裕なんてまるでなかった。フリーオと出会えて、俺はやっと詰まっていた息の吐き方を思い出せたんだ。
フリーオは今何をしているだろうか。もう、死んでしまっただろうか。彼と別れて半世紀も経つ。二度と再会は叶わないのだろうか。
……思えば、あそこでのゴブリンとの戦いが
あのときは致し方なかったとはいえ、話し合うことを諦めて武器を手に取った。そして血に塗れ、死体の上に足を乗せた。
何が両親の遺した『形見』だ。まるで大切になんてできなかった。
両親の死を乗り越えられず、自らの不甲斐なさに俺はその場で立ち止まっていた。前を向くことも、足をどこかに進めることもできない。ただ立ち尽くして、そのくせ視線だけは一丁前にそっぽを向いていた。
だから、俺は何も学べないままに『形見』を見失ったんだ。
******
最高司祭猊下か? ……いいや、違う。なぜか、違う。本当に? 違う。どうして違うんだ? 絶対に、違う。違わない。違う。か? 本当に。
『
『僕の、大切な人だ』
******
俺は最高司祭猊下に敬神モジュールを埋め込んでいただいた。話し合いで折り合いをつけたいだなんていう素晴らしい下らない願いを忘れ、ただ正面だけを向けるようにしてくださったのだ。
数多のダーク・テリトリー人ダーク・テリトリーに住まう怪物を殺した。罪なき生きていることが罪な奴らを血祭に上げた。
……なぜだろう。胸に違和感があるのは。
これは、あの方が望んだこと。何も間違っていないのに。
頭が、痛む。
ツキン。と痛みが走る。
ナニカが違う、のか?
******
剣戟の音が聞こえる。意志と意志が激しくぶつかり合い、火花を散らす音。
―――ああ、懐かしい。
『魂』に刻み込まれた音だ。俺の中の全てが、その音に郷愁を覚えた。
……郷愁?
違う。俺に故郷はない。各地を転々とした俺にとっては、両親をなくした俺にとっては、日本も世界のどこも故郷ではない。
なら、俺は何を懐かしんでいるんだ?
第一、今の世で剣で争う者などいないだろうに。
『SAO』
何だろう。意味の分からない単語だった。
「修正、最高司祭猊下……」
******
最高司祭猊下は素晴らしい。
最高司祭猊下は美しい。特に、その凛々しい横顔が俺は好きだ。
最高司祭猊下は素晴らしい。
最高司祭猊下は恐ろしい。標的を見詰める冷たい瞳には背筋が凍る。だが、そんなところも好きだ。
最高司祭猊下は素晴らしい。
最高司祭猊下は可愛らしい。本人は隠しているつもりだろうが、
最高司祭猊下は――最高司祭猊下……?
何だろう、ナニカが明確に違う気がする。
最高司祭猊下とは、誰だろう。アドミニストレータ猊下……?
でも
******
空を飛翔するとき、地上では到底味わえない感触を得る。
ああ、でも、やはり飛竜の背よりも自らの翅で飛ぶ方が俺の性には合っている。一度ケットシーの知り合いに乗せてもら……った……?
おかしいな。俺にとって飛竜の背に乗ることなんて、《陽纏》がいるのだから日常だというのに……?
第一、翅ってなんだ、翅って。そんなものが人間に生えているはずがないだろうに。
『ALO』
何だろう。意よ味のうせ分いからない単の語だっくにた。
「修正、公理教会……」
******
俺はいつもそうだ。
両親も。その『形見』も。ジーギスも。大事にしたかったものを自分で壊していく。
それは、俺が歩みを止めたから。目を逸らしたから。両親の死から何も成長できていないから。
目を、逸らすな。
受け止めろ。
曲がってても良い。後ろ向きでも良い。
足を止めるな!
誰だろう。俺に世界を教えてくれた人がいた気がする。真実を受け止めることを教えてくれた。半ば押しつけるようであっても、
誰だろう。
誰ダっけ。
******
『GGO』
何だろう。
ツキン。
ああ、まただ。
フリーオと会ったときもそうだった。痛みが段々と増していた頃だった。脳が直接刺激を受けるような感触。
ツキン。
きりとあすなくらいんえぎるりずべっとしりかりーふぁ■■■ゆうきゆなのーちらすかずとあすなりょうたろうあんどりゅーりかけいこすぐは■■ゆうきゆうなえいじあるごえりう゛ぁたろうじゅんしうねーてっちたるけんのりきくおかくらはしでぃらんみるねるれこんゆーじーんもーてぃまーれいちぇるまさきちみずきみほるんあいむきょうこしょうぞうくりすはいとあきしげむらこうじろきりとあすなくらいんえぎるりずべっとしりかりーふぁ■■■ゆうきゆなのーちらすかずとあすなりょうたろうあんどりゅーりかけいこすぐは■■ゆうきゆうなえいじあるごえりう゛ぁたろうじゅんしうねーてっちたるけんのりきくおかくらはしでぃらんみるねるれこんゆーじーんもーてぃまーれいちぇるまさきちみずきみほるんあいむきょうこしょうぞうくりすはいとあきしげむらこうじろきりとあすなくらいんえぎるりずべっとしりかりーふぁ――
ツキン――。
******
「紡いだ絆があるだろう! お前を待っている人間を思い出せ! みんなを、――
******
******
******
脳の中央辺りに異物が挿入されている感覚がする。これは実に気持ちの悪いものだ。筆舌に尽くしがたいというやつだろう。
テレビの砂嵐のような脳内からノイズが消え、凪いでいく。鏡のように空を映し出す湖面に似た清涼さを感じた。
ゴリ
そんな音を立てながら、半ば以上額に埋まっていた結晶が抜け落ちていく。ゾワゾワとした感覚が脊椎を駆け抜けるが、それも今の満たされた心に対してはただ一つの波を起こすにも足りなかった。
―――シノン。詩乃。
それが、
額から敬神モジュールが抜けると同時に、脳の奥底から『穴』が補填されるように感じる。補修されるように感じる。致命的な『穴』が、
完全に体外に排出された薄紫の三角柱が僕の膝の辺りに転がった。
地面に屈していた膝に手を置き、立ち上がる。脚を振り上げ、三角柱の上に叩きつける! 瞬間的に足裏を硬化させ、一切の躊躇なしに踏み砕いた。
バキン
小気味良い音を立てて結晶は破片の山へと変わる。
その音に気づいたのか、《ソード・ゴーレム》の攻撃を捌いたキリトがこちらを振り返った。
視線を合わせる。口角を上げ、僕を取り戻してくれた『憧れの英雄』に再会の言葉を紡いだ。
「待たせたね、キリト君」
「――ッ! レント!」
キリトは喉を震わせて僕の名前を下に乗せた。
―――感動の再会としたいところだけどッ!
その前に、
ノックバックから回復したゴーレムは、再びキリトに向かって剣を振り上げた。それにキリトは剣でブロックの構えを取る。僕は地面を蹴って加速を始めた。
キリトと巨人の剣が触れ合うまで、あと三、二、一……。
カーン!
高い音が響く。キリトが完璧にパリィした音だ。だが、同時に体勢の崩れた彼をゴーレムの追撃が狙っている。
「スイッチ!」
声をなけながらキリトの前に飛び込み、ゴーレムの追撃を剣先で絡め取りながら、その胴の剣を《白夜の剣》で殴りつける。同時に《心意の腕》と呼ばれる整合騎士の中でも一部しか使えない秘技を解放する。
不可視のエネルギー塊のようなものは、ゴーレムの巨体を物ともせずに弾き飛ばす。カーディナルが最初にしたように、ゴーレムは階層の端まで吹き飛んだ。
「――《ソード・ゴーレム》、
アドミニストレータは僕を見て苦々し気に吐き捨てた。それに思わず笑いが零れる。
「ええ、そうですね。貴女にはとても感謝しますよ、アドミニストレータ。貴女のおかげで、僕は全てを取り戻せた」
崩れかけた体構造を修繕し、ゴーレムは立ち上がった。先程までキリトを執拗に追っていた眼差しは完全に僕を見据えている。
キリトが僕の横に並ぼうとした。しかし、僕はそれを手で制する。今は久し振りの感覚を思い出しておきたかった。
「……僕は《
言葉が流れ出ると同時に、半分以上が欠損していた鎧とその下の簡素な服は掻き消え、代わりに懐かしい白い軍服とマントが身に纏わる。腰に差した《白夜の剣》はそのままに、両手に二丁の《SIG SAUER P229》を構える。
襲いくる巨人の全身の刃を一度に視界に収める。その動きを予測し、刃の接続部分を狙って両手で交互に銃弾を放つ。迫りくる刃は鉄板の入った足裏で逸らし、尖っていない剣の腹を蹴って上からゴーレムを見下ろし、二丁拳銃を乱射。最後に至近距離からゴーレムの胴の内部に銃口を差し込み、引き金を引く。放たれた弾丸は結晶にめり込んだ。
各部に撃ち込まれた銃弾を関節部から排出しながら、ゴーレムは再び剣を接続する。その間に僕は距離を取る。
「――僕は《白い悪魔》。妖精の国を翔る者」
近代的な軍服は柔らかい白コートに変わり、背中に脱色されたように真白の薄い翅が生える。最後の弾丸を放つと同時に霧散した拳銃と同じように、空中から二本の白い剣を引き出す。
床を蹴ると同時に背中の翅を震わせ宙に舞う。僕が立っていた場所には金色の剣が突き刺さっていた。空中にいる僕に向かって、なおもゴーレムの追撃は続く。だが、それの何と避け易いことか。いつかのユウキの剣に比べれば蠅でも止まってしまいそうだ。
軽やかにゴーレムの周囲を飛翔し翻弄する。そして生まれた隙を逃さずに、一呼吸の間にヒット&アウェイを終えた。ゴーレムの胴体には内部の結晶を貫く二本の剣が突き刺さっている。それも僕から離れればすぐに儚いエフェクトになって散った。だが、結晶体には確実に傷が残る。既に表面全てを覆うほどに罅が走っていた。
「僕は《白の剣士》。鉄の城を登る者」
背中から翅は消える。僅かに長くなっていた耳も人間サイズに戻り、コートが少し重くなる。腰の白い神器を抜いた。
ただ普通に歩くようにして《ソード・ゴーレム》に接近する。核である薄紫の結晶が壊れかけていようが、意思なき人形は獰猛さを崩さずに僕へと襲いかかる。
剣を胸元まで上げる。
目を凝らす。巨人が透けて見えることはなかったが、意識を冴え渡らせる。
振り下ろされた剣を皮膚一枚で躱し、剣を振り抜いた。
バリン
ガラスが割れるような、脆い音がして核は割れる。入っていた罅に従い、粉々に砕け散る。同時に支えを失った三十本の剣がその場に乱雑に落ちた。ガシャガチャと金属の擦れる音が部屋に響く。
感情の乗らない顔でこちらを見るアドミニストレータを見上げた。
「僕はレント。VR世界を故地とする剣士だ。――後は、貴女だけだけですね」
剣先を向ければ、彼女は嘲るように笑った。
「は。たかが人形一体を隙間を突いて崩しただけで随分と強気じゃない!」
アドミニストレータは残った左手で優美な剣を突き出す。その先端から黒い雷が宙を駆ける!
「エンハンス・アーマメント!」
「無駄よ! 私のシルヴァリー・エタニティの方がプライオリティは高い!」
《白夜の剣》が肥大化し、元の《災厄の岩》の面影を現す。黒い閃光はその内へと吸収されていくが、比例して薄白色の透き通った剣身は黒に染まっていく。それが染まりきってしまえば、許容量を超えた神聖力の雷光が僕を貫くことだろう。
―――だが!
ここは意志が力になる世界。アンダーワールドだ。
「人を支配することしか知らない者に、負けるわけがない! 人を愛さない者にッ!」
剣が一気に澄み渡る!
「ッ、愛は支配なり! 私は全てを支配し、全てを愛する! 膝を屈せよ! 頭を垂れろ! 恭順せよ!」
反対に、アドミニストレータの言葉に従って、純黒の奔流も勢いを増す! 獲物を食い千切ろうと暴れる蛇のようにのたうち回る光は、こちらの手から剣を奪うほどの勢いを見せる。
「愛は支配などではないッ! ――神聖力解……放ッ!」
一瞬の雷電の隙間で剣を捻り、黒光に対抗する白光を放つ! 吸収した同威力の雷を増幅した白い雷は黒い雷を跳ねのけ進む!
アドミニストレータは憎悪を籠めた視線を白雷に向け、黒と白の拮抗が僕と彼女の中間まで至ったときに、左手の剣から最後の閃光を渾身の力で放った。
スーッと息を吸う。声を出す準備を整える。
猛烈な黒雷は均衡点を丸ごと飲み込んで、白雷を伝って僕の手元まで奔る。このままでは僕も間違いなく飲み込まれてしまうだろう。だが、黙って受けてやる必要などどこにもない。
視界がスローモーションになる。黒い光をギリギリまで引きつけ、神器の剣先に触れるか否かというタイミングで剣を斜め後方に振り抜く。剣を辿った雷はその軌道を正確になぞって、そのまま戻ってくることはなく後方の壁にぶち当たる。
受け流したというのに黒光のその狂暴なまでの破壊力は僕の全身を揺さぶる。このままでは次の一撃でアドミニストレータに息の根を止められてしまうだろう。
しかし、僕は独りではない。
雷に対処し終えた僕は叫んだ。
「スイッチ!」
激しく揺れる視界の端を、
とても久し振りに《SIG SAUER P229》と打ちました。まあ、コピペなんですけれども。
次話でアドミニストレータ戦は決着がつくのでしょうか。ついてくれるとありがたいと私が思っています。最高司祭と元老長と剣の巨人が全然大人しく退場してくれませんでした……。
ところで、とうとう私も原作に再び追いついたのですが、……ユナイタル・リング編書けますかねぇ、これ……。