SAOUW~if《白夜の騎士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 さてさて、アニメを見ながらプロットを修正する毎日です。うろ覚えが良くないようろ覚えが……。取りあえずはアドミニストレータ戦の決着から、三人称視点でどうぞ。


#24 切断

 レントに胸を貫かれたアドミニストレータは後ろによろめいて数歩下がった。レントも、朦朧とした意識ながらも、彼女を逃すまいと剣を胸から引き抜かないように数歩前進する。

 

「……カハッ」

 

 アドミニストレータの口から乾いた空気が漏れる。彼女の身体は常人のそれとは違って、胸に開いた大穴の縁からはただの黒が広がっていてまるで内部組織を見通せない。《白夜の剣》を中心に同様の黒を覗かせる亀裂が四肢に向かって走っていた。それはまるで壊れかけの陶器の人形のようだった。

 

「まさか……、この私がこんな無様な姿を晒す、なんて……」

 

 息も絶え絶えの様子ながら、この場にいる誰よりも生に近い顔つきでアドミニストレータは吐き捨てた。

 アドミニストレータが一睨みすると、レントの全身に突き刺さった鋭利な髪は上下に波打ち、レントの両腕と右膝を斬り飛ばした。体を支える部位を切断されたレントは、自身の傷口から流れる血の中にぐしゃりと崩れ落ちた。

 《白夜の剣》が自然とアドミニストレータの胸から滑り落ちる。

 

「こうなったら、仕方ないわ……。予定より、早過ぎるけれど、あちらの世界に行きましょうか……」

「なっ……」

 

 キリトが呻く。だが彼も両肩から先を失って立ち上がることすら儘ならない。その目前で、アドミニストレータは床を爪先でなぞった。それが何かのキーだったのだろう、床から直方体の無機質な石棺染みたオブジェクトがせり上がってくる。

 キリトはそれに見覚えがあった。レントもきちんと見れば似た物を想起できるだろう。それはシステムコンソールであった。言葉だけではなくその方法まで示され、キリトは真剣に彼女を、彼女が現実世界にログアウトすることを何とか防ごうと藻掻く。だが両腕もなく血を失い過ぎたキリトにはその場を動くことすら難しかった。

 

「それじゃあね、坊や達。次はあちらで会いましょう」

 

 アドミニストレータは勝利を確信した顔でキリト達を見下ろした。レントの血液で紅く濡れた髪でコンソールを操作し、すぐにその身は光の柱に取り込まれる。そしてその光の中を段々と上昇し始めた。

 

「ぐっ、う、あああああ!!」

 

 レントが吠え、同時に彼の身体が心意によって浮き上がり、両手を失ってなおアドミニストレータをこの地に留めようと歯を剥く。だがその最後の抵抗もアドミニストレータの微笑を崩すことすら叶わない。彼女の髪が踊り、レントの身体にいくつもの切断線が入る。

 ぼたぼた、と。

 血ではない。

 レントの、肉、が。

 ぼたぼた、と。

 床に落ちた。

 誰が見ても明らかに死んでおり、さしものレントも肉片に変えられてしまえばもう二度と動くことはなかった。

 

「う、あ……」

 

 キリトは大きく、信じられないというように目を見開く。彼の中のレントはいつだって余裕綽々で勝つ――何度か負けたことはあるが――確かな存在だった。その彼が、目の前で無惨な姿に変えられてしまった。

 キリトの脳内は現状を否定する言葉で埋まっていた。あり得ない。そんなはずがない。そう、あのときだって。ヒースクリフにその身を貫かれ命を落としたと思ったあのときだって、彼は生きて戻ってきたのだから。

 ヒースクリフとの戦いを思い出して自身を勇気づけようとしたキリトは、しかし同時に思い出してしまう。ヒースクリフに対しても、レントが負ける原因がキリトにあったことを。

 あの戦いでもキリトとレントは無言の内に連携を取っており、ヒースクリフの奥の手を見破れなかったことの責任はレントと二人で分け合うべきものだ。その代償としてキリトもレントも自らの命を失う寸前まで追いやった、ただそれだけなのだから。

 だが、今この場にそれをキリトに伝えられる者はいない。ユージオは肩口から血を流したまま倒れ伏し、アリスも気を失っている。カーディナルは疲労困憊で、絶望を瞳に込めてアドミニストレータの背中を見据えている。

 何より、キリトを一番に正せる、諭せるレントがもうここにはいないのだから。

 キリトは深い自己嫌悪に陥った。それはトラウマを刺激されたという面も当然ある。だが、それは所詮一過性の物に過ぎないはずだった。何せ、レントはここ(アンダーワールド)で肉片に変わろうが死ぬわけではないのだから。ここはSAOではない。リアルワールドの人間であるレントの死はログアウトと等価であり、決して永遠の離別を意味しない。

 それを思い出しさえすれば、キリトも再び顔を上げることができた。

 

 

 

 はずだった。

 

 

 

 その場面を目にできたのはカーディナルだけであった。

 彼女は光に包まれて消滅――ログアウト――したアドミニストレータの残滓とレントの成れの果てを呆然と見つめていた。

 追い詰めた。二百五十年の宿願が果たされた。そう思った矢先に、その宿願を取り逃し凄惨なスプラッターを目撃させられた。彼女もアドミニストレータ同様、レントが外部の人間であることは察知していたが、そうであったとしても全身を切り刻まれる姿は衝撃的であった。

 彼女が何とか震える脚を叱咤しながら立ち上がり、再び傷を負ったユージオと、両腕を欠損したキリトの治療に赴こうと虚ろにそちらを向いたとき、一連の騒動の幕引きとなる衝撃が世界(サーバー)を襲った。

 それは、恐らく実際にアンダーワールドの大地が揺れたのではなかった。だが世界の管理者という側面を持つカーディナルは、システムと同期した彼女は激しく頭を揺さぶられるような感覚に襲われた。

 二百五十年。その年月が彼女を生かしていた。

 長い年月の中、同期し同化したカーディナルシステムを、彼女は人体に合わせて調整していた。一部のデータはオミットし、大図書館を外部端末として移し替えた。そうすることで彼女自身はライトキューブに収まるフラクトライトの一つであり続け、同時にカーディナルシステムでもあり続けた。

 もしも身体を慣らすようなその行動がなければ、彼女はこの衝撃でカーディナルシステムとリセリスに分離していたか、さもなくばこのサーバーに強く結びついたカーディナルシステムに人格を丸ごと持っていかれていたであろう。

 割れるように痛む頭を抱えながら、しかし彼女は自身の責任感をもって他の三人の若者が大事ないかを確かめに走った。

 そして見つけたのである。

 キリトが、正しく魂が抜けたように焦点の合わない瞳を虚空に向けている様子を。

 

「ッ! キリト! おい、キリトよ!」

 

 反射的にカーディナルはステイシアの窓を開く。だがそこに異常はない。天命は減少しているが、それも生命を脅かすほどではなかった。

 すわログアウトしたのかと一瞬脳裏を楽観的な考えが過るが、正規にログアウトしたアドミニストレータの身体は光の粒子に解けて消え、恐らく非正規であろうログアウトをしたレントの身体――肉片の一つ一つ――も同様に消滅している。こうしてカーディナルの腕の中に肉体が存在する以上、キリトが突然ログアウトしたとは考えにくい。

 ならば、なぜ。カーディナルはその疑問の答えを見つけるためキリトの額に杖の先を当て、ステイシアの窓で分からない、より詳細なユニットプロパティを参照する。

 深刻な顔は一瞬にして驚愕、次に困惑、それから絶望へと移り変わっていった。

 

「そんな……、フラクトライトが、まるで励起しておらんではないか……!」

 

******

 


 

******

 

~side:翔~

―――最悪な、目覚めだ。

 僕は重たい瞼を持ち上げた。たしか詩乃とデートに行った日から大体二十日ほどは経っているのだったか。約一ヶ月動かさなかった体は、しかし存外に弱ってはいなかった。瞼を重たいと感じはしたが、SAOから帰還した――二年振りに体を動かした――ときを思い出せばこのくらいはどうということはない。

 瞼を開けたところで、どうやら巨大なVR機器の中にいるようで、視界は依然として薄暗いままだった。全身に感じる病院服のような簡素な服、身の下のジェルベッドから考えるに、このVRハードはメディキュボイドと同系列の機体なのかもしれない。

 などと思索に耽っていると、僕がログアウトしていることをようやく認識したのか、プシューと何とも気の抜ける音を立てながら頭をすっぽり覆っていたパーツが持ち上がって視界が一気に明るくなる。

 軽く頭を振って首を傾げ、肩を回しながら上体を起こす。手で揉み解すように両脚の感覚を確かめ、ベッドの右脇に脚を下ろした。

 足裏をピタリと冷たい無機質な床につけ、右腕に繋がる点滴の管の先にあるガードル台を支えにゆっくりと立ち上がる。和人などはSAO帰還後すぐに歩き出したそうだが、僕はそんなことはなかった。何とか、当時の和人よりは安定しているだろう――と思いたい――足取りで歩行を始める。

 このVR機が置かれている部屋は、正しくこの機械のための部屋なのだろう。近代的な温かみのない壁に四方を囲まれた部屋の中にはメディキュボイドをコンパクトにしたようなVR機体と、それに付属するベッドと点滴しか存在しない。そしてそれがもう一セット。

 

「……和人君。まさかログアウトしてこないなんてことは……、明日奈ちゃんがこっちにいるからないか」

 

 剣で道を切り拓く世界である意味では活き活きとした顔を見せる親友を思って一瞬不安に駆られるが、彼の最愛があちらにいない以上、あちらで終わらせるべきことを終わらせればすぐにログアウトするだろうと思い直す。あちらでどれだけ時間がかかるかは分からないが、たしか内部時間は一千倍加速を受けているのだから、こちらで待っていれば間もないはずだ。

 息を荒げながら、僕は部屋を見渡して発見した扉へと向かう。一見無菌室のように見えて苦い気分になるが、ここにいるのは僕と和人だけ、別段無菌にしているわけではないだろう。繊細な電子機器があるため埃などは十分気をつけているかもしれないが。

 一呼吸を入れてから引き戸を開く。滑りの良い扉は音もなく動いた。

 廊下に出たら周囲を見渡して探索する。今僕が出てきた部屋が『STL室』と名づけられていることは分かったが、簡単に見通せる辺りに案内図のようなものは存在しない。いつかのオベイロンの秘密研究所のようにはいかないようだ。

 ガードル台を掴んでいない左手を壁に当て廊下の右方向へと探索の足を進めながら、僕は再び思索を巡らせた。

 《STL》というのはあのVR機の呼称で間違いないだろう。機体の上部に《Soul TransLator》の刻印があったから、それの略称に違いない。それにしても『魂の翻訳機』とは随分と大袈裟な名前であることだ。

 しかし、あれはそう宣うだけのスペックは誇っていた。僕は記憶が戻るまではすっかりあそこを異世界、もしくは通常世界と信じ込んで、人工の世界だとはまるで考えもしなかったのだから。

 だがそれはただ五感に与えられる情報が高精度だったからだけではない。僕があそこを本当の世界だと思った一番の理由は『人』だ。

 アンダーワールドの人々は皆、リアルワールドの人間と何ら変わりない言動をしていた。今になると、それがどれだけ荒唐無稽な話なのかが分かる。

 『STL室』と銘打たれた部屋に実際には《STL》は二台しか存在しなかった。あと数箇所同様の部屋があったとしても、STLの絶対数が少ないのは間違いない。そもそもあれだけハイスペックな品を大量生産できるとは――現在の技術では――思えない。

 だが、アンダーワールドには大量の人々がいた。到底NPCとは思えない言動をする人々が。最終的に人口は八万に到達していたはずだ。ハードウェアにしても、ダイブする人間にしても、それだけの数を確保することなどできない。更に言えば、あちらの人々はきちんとあちらの人々として余計な記憶を何一つ持たないままに生まれ、老い、死んでいった。何百年にも渡って。そんなことをリアルワールドの人間にさせることは不可能だ。つまり彼らのほとんどはNPCでないとおかしいのだ。言動がプリセットされているとは決して思えないから、恐らくはAIなのであろうが。

 

「……意志を持つAI。AIの壁を越え、人とまるで同じ言動をするAI」

 

 ユイやユナ。AIのハイエンドと言えば彼女達が真っ先に思い浮かぶ。だが、アンダーワールドの人々は彼女達よりも更に『人』に近かった。

 

「ユナはトップダウン型の最高峰AI、それを上回るならボトムアップ型……?」

 

 ボトムアップ型の完璧なAI。はっきり言わせてもらえば、いくら現実と遜色ない世界を味わわせられるVR機があると言っても、単純な価値で言えばボトムアップ型のAIの方が上だ。

―――いよいよ目的が分からない……。

 そもそも正体不明のこの研究所の主が僕の治療を引き受けた理由は何だ。僕の存在が何かあちらのメリットになるのか。それとも僕を治療しないことがあちらのデメリットだったのか。

 まるで情報が足りていない。憶測を働かせることすらできない情報の薄っぺらさに舌打ちが漏れる。と、そこで僕は左手が案内板に当たったことに気づいた。

 僕としては結構な距離を歩いた気でいたのだが、案内図の簡易地図を見る限りほんの僅かしか歩いてはいない。体力の減退は深刻な課題のようだ。

 案内図の中には当然『STL室』の文字と『現在地』の表示があり、そこを中心に何か情報が得られないかと探っていく。少し離れたところに『サブコントロールルーム』の文字を発見する。『メインコントロールルーム』も当然存在するのだが、そちらは遥か下層――この建物は多層構造、それも階層ごとの広さを見るに四角錐状のようだ――にあり現在の体力では辿り着けるかどうかすら怪しい。ひとまずはサブコントロールルームに向かってみるべきだろう。

―――というか、まさか誰も気づいていないのか?

 衝動的に目覚めた後に動き出してしまったが、普通に考えれば治療していた患者が目を覚ますかどうかは治療者が気にかけているところではないのだろうか。STLが動作を停止しているのだからそちらからも分かりそうなものだが。

 取りあえずは方針が決まったことを良しとして、疑問を飲み込みながら再び歩き出した。

―――ああ、情報が欲しい!

 サブコントロールルームに近づくにつれ、段々と激しい物音がするようになった。駆ける人の足音、焦ったような声。心がざわめき立つ。

 

「ぁ……。大蓮、君?」

「え――?」

 

 全く思いもよらない知り合いの声に、思考が途切れる。

 そこにいたのは、安岐ナツキだった。死銃事件の際に世話になった、自宅最寄りの大きな病院のナース。だがこの建物はその病院とはまるで別の代物であり、彼女がここにいる理由が分から……、

―――菊岡か……!

 そも、死銃事件のバックアップは全て菊岡の差配であった。となれば、もしかすると安岐は病院からではなく菊岡からの派遣であったのかもしれない。そうと仮定するならば、僕が今いるこの建物も菊岡関係ということになる。

 

「あ、と、お久し振りです、安岐さん」

 

 道中独り言ついでに喉を慣らしておいたおかげもあって、旧知の人間に情けない声を聞かせずに済んで良かった。

 安岐は僕の言葉で再起動し、何度か瞬きをしてから、悩むように眉を寄せて顎に手を当てた。そのポーズも一、二秒の刹那に解かれ、以前のような笑顔を見せた。

 

「その様子なら記憶は戻っているみたいね。……本当に、良かった。それじゃあ、ちょっとついて来とくれ、少年」

 

 本当に軽く、柔らかく胸を小突かれる。力加減が絶妙に調整されたそれは、僕の心を温めた。

 安岐の後ろに続いて歩く。どうやら彼女もサブコントロールルームに向かっているようで、元々の進路と変わりはなかった。

 両開きのドア、の脇の小さな機械に彼女は首から下がっている通行証のようなものを押し当てる。すると、やはりスムーズにドアは自動で両側に開いていった。

 安岐は躍るようにその中に入り、声からしてとても上機嫌に室内の人々に告げた。

 

「安岐ナツキ二等陸曹、ここに大蓮翔さんが無事回復したことを報告します!」




 というわけで、アニメと同じ24話でアンダーワールド前編は終了です。そしてこのままアンダーワールド後編、と行きたいところなのですが。
 近頃、私自身が忙しくなってきてしまいましたので、ひとまず来週の更新は見送りたいと思います。それから先のことはまた来週に決めます。
 できれば毎週投稿を続けて一年くらいで完結させたかったのですが、情勢がそれを許さないというか……。もしかしたらアニメと同じく半年ほどの休止になるかもしれません。
 雲行きが怪しくなってきましたが、これからも拙作をお願いします。
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