SAOUW~if《白夜の騎士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 とうとうWoUが最終回を迎えてしまいました……! 次回作も楽しみです。
 こちらは山も谷もない情報の擦り合わせ回になります、どうぞ。


インテグレーティング編
#25 情報


 その部屋の前方には広い壁一面に大きなモニターが存在し、それを眺める少し高い位置に様々な計測値を示す表示パネルと操作パネルがズラリと並んでいた。サブコントロールルームという名称ではあるが、一見したところではそうと分からないほどの技術力――言い換えれば資金力――を感じる。そも、この建造物自体も約二百五十メートル四方の底面を持つメインの四角錐に加え、その下にはそれを支える土台が更に広く作られている。これだけの大きさの建造物を使っているという時点でその資金力は底が見えない。

 安岐の声に反応して室内の視線が一気に彼女に、それから僕に集中する。

 視線の元を辿る。まずは、やはり想像通りの菊岡の姿がある。その脇にはパネルモニターを必死の形相で見つめていた軽い見た目をした眼鏡の男性と、同じようにモニターを観測していた短髪の女性。両者とも僕の知る人物だ。比嘉健と神代凛子。二人は()()重村ラボの出身であり、神代とは直接会ったこともある。

 だがその三人がいようとも、僕の意識が真っ先に向いたのは別の一人だった。

 

 明日奈。

 

 明日奈が、そこにいた。

 思わず部屋中を舐めるように見渡し、しかし他に僕の知り合いを見つけることはできなかった。白衣姿の研究員らしき人が二、三人。スーツ姿で強面の男性がこれまた二、三人いるが、僕の望む姿はない。

 僕の来訪がその部屋に齎した空隙のような沈黙は、明日奈の口からふっと零れた息で途切れた。

 

「――久し振り、翔君。残念だけど、ここにしののんはいないよ」

「……久し振り、明日奈ちゃん」

 

 からかうような声色で紡がれた言葉はスルーしつつも、その内容に思わず肩を落とす。ここがどこかは分からないが、詩乃と再会できるのはしばらく後になりそうだ。

 改めて意識を周囲の人間に向ける。研究員達は揃って気弱そうな顔で、それから僕とも直接関わりがないため行動を起こす気はないらしい。スーツの男性達は僕に対して僅かに警戒した目線を送った後は、既にそれぞれの作業に戻っている。……彼らで気になるのは、拳銃を所持していること。敢えて見える位置に携帯はしていないが、服の上からその存在は窺える。

―――自衛隊、か。

 菊岡は総務省の役人と名乗っているが、和人曰く彼は防衛省にも出入りしている。安岐はまず間違いなく菊岡の指示で動いており、その彼女は『二等陸曹』と階級を名乗った。男達は屈強な肉体を誇り、平然と拳銃――それも警察のリボルバー式ではない自動拳銃――を持ち歩く。

 これらの条件を並べれば、菊岡が自衛隊、すなわち防衛省の人間――総務省、防衛省のどちらが主かは分からないが――であり、ここが自衛隊の施設であることが推測できる。そうなればこの施設にかけられた巨額の費用の出所も頷けるというものだ。

 

「やあ、大蓮君。君は無事に目を覚ましてくれたみたいで本当に良かった。そうでなければ僕は常に狙撃に怯える暮らしになるところだったよ」

 

 肩を軽く竦め、菊岡は軽い冗談を零す。

 『狙撃』。そのワードで、多大な心配と迷惑を現在進行形でかけ続けている詩乃に対しての罪悪感が湧く。が、それと菊岡への対応には何ら関係がない。

 僕は小さく呼吸をして、口を開いた。

 

「菊岡さん。貴方に言いたいことが三つあります。よろしいですか?」

「ああ、もちろんだとも」

「では一つ目。僕を救っていただいたこと、深く感謝します。あの記憶は、決してなくしていいものではありませんでした。本当にありがとうございます」

 

 僕は深々と頭を下げる。心の中で数秒数えてから頭を上げる。一つ目は、謝礼。まずは言葉の上だけでも返礼をしてからだ。――相手に反対意志を示すのは。

 

「二つ目ですが、僕はA()I()()()()()()()()()()()()だと考えている、とだけ。重要なことですが、今は置いておきましょう」

 

 その場にいた全員が軽く目を瞠る。明日奈だけはやや呆れが入ったような表情をしているが、菊岡などは反対に驚愕の中に称賛の色が見え隠れしていた。

 AIの人権を尊重する。その言葉に含めたのは、AIの()()()()への反対。

 先程考えたように、真のボトムアップ型AIが完成すればそれは偉大な成果となり莫大な利益を生み出すだろう。その利益は多種多様な分野に渡ると一般的に考えられているが、ここが自衛隊の設備であることを踏まえれば、開発は軍事目的によるものと簡単に推察できる。

 戦争で正面に立って戦う航空機や車輛の操縦士をAIにする。それだけで人的資源という現代社会で非常に重んじられるものが節約できるからだ。

 しかし、だ。トップダウン型のAIでは一々戦闘ごとに学習プログラムを組まねばならない上に、ロボット三原則ではないが、『殺すべき人間()』と『殺してはいけない人間(味方)』の識別をさせることが困難だ。またそれらを乗り越えたとしても――ユイやユナのような莫大な学習から成り立つワンオフのAIを除いて――臨機応変な対応が難しい点から、細かな対応が必要な末端の戦闘員には向いていない。

 翻ってボトムアップ型なら、AIであっても普通の人間と同じように扱え、アンダーワールドのような時間加速世界を用いれば短い期間で多くの自立思考存在を育てて――勝手に育って――量産が叶う。自律思考と量産化を成り立たせられるボトムアップ型AIの軍需的価値は非常に高いのだ。

 だがそれは結局ヒトにとってだけ都合の良い話だ。現実世界に肉体は持たないが、ヒトと同じ思考力を持ち、同じように感情を抱くAIの意志を一切考慮に入れていない。アンダーワールドで彼らと生きた僕からすれば、それは決して許されることではなかった。

 それらを込めた二つ目であったが、僕の現在の主眼はここではなかった。軍事転用までにはまだ猶予があり説得のタイミングが持てるだろうが、今すぐに確認しなければならない事情があったのだ。

 

「三つ目です。僕()、とはどういうことですか」

 

 短い文言でも僕がいかに真剣であるかは十二分に伝わったらしい。菊岡は顔を引き締め、重々しく語り出した。

 

「それは今から明日奈君にも伝えようとしていたことだよ。君にももちろん聞いてほしい。今の彼の、一切の予断を許さない状況を、ね」

 

 菊岡はそう切り出したが、そもそもとして僕は現状に関して全くと言って良いほどに無知だった。菊岡が防衛省の人間で軍事転用を目指してボトムアップ型AIを生み出そうとしていること。その程度が僕の限界だ。なぜ()()コントロールルームに詰めているのか、和人君に何があったのか、なぜ明日奈がここにいるのか、そもそもここはどこなのか、あのVR機器は、アンダーワールドとは何なのか。その全てを僕は知らなかった。

 

「……まずは、そうだな。そもそも僕達が基幹にしている理論のことを教えよう。それは《フラクトライト》と言うのだが、まあ、簡単に言ってしまえば『魂』だ」

 

 菊岡は慎重に言葉を選びながら話し出した。できるだけ簡潔に、しかし確実に説明をする。

 

「脳構造を支える外フレームとして存在するマイクロチューブ内の光量子、フラクトライトがチューブ内を高速で動きながら人の『魂』として情報を伝達しているという説さ。我々ラースは、その理論に基づいて様々なものを開発した」

「ソウルトランスレーター、ですか。……なるほど、『魂』であるフラクトライトに直接アクセスするフルダイブ機。それなら向こうでキリト君が言っていた一千倍加速も可能、と」

 

 光の速さに勝るものは現在存在しない。一千倍に加速された世界の情報は、たとえ脳が処理できなかったとしても光であるフラクトライトならば処理できる、というわけだろう。

 

「ああ、その通りさ。そして同時に『魂』の一端を掴んだ我々は、それの複製に挑戦した」

「その結果がアンダーワールドの人間っす。赤子のフラクトライトから平均的な共通領域を抜き出してコピーして、フラクトライト専用の記録媒体であるライトキューブに封入したっす」

「だが、そこで問題が発生した。理由は分からないが、複製フラクトライトから育ったアンダーワールド人は『決まり』が破れなかった」

 

 ……いよいよ、ロボット三原則の世界だ。『人を殺してはならない』という原則と、『人に従わねばならない』という原則(『人を殺せ』という命令)の矛盾。それを超えられないAIでは軍事転用は叶わない。

 

「だから僕たちはそこに新たな刺激を与えるために桐ヶ谷君に研究協力をしてもらっていた。そしてとうとう、その矛盾を超えられたフラクトライトを発見した。これが我々ラースの事情さ」

 

 菊岡はそこで一旦言葉を切る。変わって、明日奈が我慢できないと言うように口を開いた。

 

「翔君。君は、以前の記憶はどこまで持っているの……?」

「……僕自身が覚えているのは遊園地での事件までです。恐らく、最後に記憶が暗転する瞬間に僕は撃たれたのでしょう。和人君はあちらで、外傷が原因で記憶を失った僕を治療するためにあのSTLを使ったんだろう、と言っていましたが」

 

 菊岡が頷く。

 

「その通りさ。君の脳では記憶を復元することは不可能だった。だから、フラクトライトに維持されている記憶を呼び覚まして転写するためにSTLを使った。どうやらその甲斐はあったみたいだけどね。君が記憶をなくしたのは確かにその事件さ」

「それでね、翔君。和人君は君とはまた別の件でSTLを用いた治療をしなければならなくなったの」

 

 明日奈が続け、同時にその目で僕に語っていた。細かいことはまた後で、と。和人の容態が気になるのは彼女も、いや、彼女こそだろうに、僕が事情を把握するのを待ってくれているのだ。大人しく肩を竦めた。

 

「で、その治療もようやく終わりそう、ってときになって最大の事件が起こったっす」

 

 比嘉が軽く

パネル上で指を躍らせて画像を表示する。左上には2026/07/06の14:10と日付と時刻が表示されている。

―――あの日から、一ヶ月。

 

「今日、この小笠原沖に浮かんでいるラースの研究フロート、《オーシャン・タートル》に侵入者が現れたっす。その襲撃で僕らはメインコンを放棄、このサブコンまで逃げてきたわけっす。幸い、奴らの狙いであるライトキューブクラスター――ああ、ライトキューブの保管庫っす――は隔壁で守られていますし、桐ヶ谷君が使っているSTLは占拠されたロウワーシャフトじゃなくてアッパーシャフトにあるっすから無事っす。問題は、あちらに専門家がいるかどうか、ってことくらいっすね」

 

 監視カメラの映像切り抜きであろう、その襲撃者達の画像を比嘉は画面に流していく。

―――!

 

「ちょっと止めてください!」

「おわっ、ちょ、どうしたんすか、いきなり?」

 

 僕は画像の一点に目を止める。菊岡は僕のこういった行動に慣れた様子で、自分の手元のコントロールパネルに指を滑らせた。

 

「何か気になることでもあったかい?」

「……正直なところ、自分でも正確性に難ありとは思いますが、この襲撃者に少しだけ心当たりがあります」

 

 比嘉や部屋の隅で耳を傾けていた自衛官などは胡乱気な目を僕に向ける。確かに、この実験施設――海上にあるらしいが――で何が行われているかすら知らなかったただの高校生がいきなりそんなことを言っても信憑性に欠けるだろう。

 だが、菊岡は試すような目つきでありながらも一考の余地を残している。背中に当たる明日奈の視線からは信頼を感じる。それだけあれば十分だ。

 

「襲撃者は、アメリカ、カリフォルニア州サンディエゴに本社を置く『グロージェン・ディフェンス・システムズ』。いわゆる、民間軍事会社です」

 

 僕は比嘉の手元を借り、監視カメラの映像を流す。

 

「僕が心当たりを持つのはこの二人」

 

 順番に二人を指差す。片方は好戦的で銃を構えつつひたすらに前に進む男。もう一人は現場の中でも指揮官格で周囲に指示をしている。

 

「こちらの指揮官は余り自信はありませんが、アメリカのVRゲーマーです。プレイヤーネームは《Subtilizer》、GGOの第一回BoBの優勝者です」

 

 僕はもう一人を指差しながら、逸る呼吸を何とか抑える。

 

「こちらの男は……。本名、ヴァサゴ・カザルス。SAOサバイバーで、当時のプレイヤーネームは……《PoH》」

 

 その名前を口にしたとき、後ろで明日奈が息を呑む音がした。SAO対策室で散々その名前を聞いたであろう菊岡も苦い顔をした。

 

「結局は映像越しに確認できる動きの癖でしか、判断はできていません。ですが、僕がこの男を見間違えるはずがない……! 彼の今の所属は、たしかグロージェン・ディフェンズでした」

 

 SAOを生き抜き日常に戻ったアルゴ。彼女は現実では単なる女子高生でしかないが、VR世界では《SAO全記録》の効果もあって相当に名の知れた情報屋だ。VR対策コーチとして――後ろ暗くはあるが――一般企業で活動するヴァサゴの情報は掴み取っていた。

 

「ふむ……。なるほど、アメリカ、か」

 

 菊岡は頤に手を当て、眉根を寄せる。そして手を大きく広げて眼鏡を押し上げて溜息を吐いた。

 

「まったく、うちも困ったものだ。――しかし、そうなると相手さんが《オーシャン・タートル》の内部構造までご存じだったのが納得できるというものだ」

 

 苦々しく溢す。菊岡よりも上の防衛省の人間がアメリカと取引、完成品のAIだけを掠め取る計画を立てていたというわけだ。彼としては憤懣遣る方ない話だろう。

 

「襲撃者は潜水艇で侵入した後、《オーシャン・タートル》内を最も効率よく制圧できる方法で制圧した。更には迷うことなく電力供給のメインケーブルまで遮断されてしまったからね」

 

 メインケーブルが遮断というところで、比嘉が沈痛な表情を見せる。

 

「……それっす。それさえなければ、まだ良かったんすよ」

「どういうことですか?」

「――桐ヶ谷君、それから大蓮君も最後にはセントラル・カセドラルの頂上にいたっすね? そこから大蓮君はログアウトして、桐ヶ谷君はログアウトできなかった。それは桐ヶ谷君がログアウトするよりも前に、あいつらが電源ケーブルを切断したからなんす」

 

 電源ケーブルが落とされ、ダイブしたまま閉じ込められる。ナーブギアのデスゲームよりは余程信じやすい話だが、基本的にはメインの電源供給が途切れてもサブがあるのが一般的だ。第一、このサブコントロールルームを始めとして電気は供給されている。

 

「電源の問題じゃないんす。問題だったのはケーブルを切断された瞬間に流れた過電流の方っす」

 

 過電流、嫌な言葉だ。その言葉は僕に死を想起させる。だが、和人はまだ死んでいないはずだ。比嘉の語り口はそういうものだ。

 

「……最悪の一歩手前、そこまで今の桐ヶ谷君は陥ってるっす。STLに流れたサージ電流は、瞬間的に桐ヶ谷君の感情を増幅し、実現化してしまった。その感情は――自己否定。何が原因かは分からないっす。でも、桐ヶ谷君の自己破壊欲求がSTLによって実行されてしまったことは事実っす」

 

 比嘉がキーボードを操作すると、画面に靄に包まれた黒々とした穴が表示される。

 

「桐ヶ谷君が喪失したのは言うなれば『主体』っす。人は何かの意志決定をする際、フラクトライトのイエスノー回路を処理するんすけど、そこでの判断基準は『自己イメージ』、つまり自分がそれをするかどうか、自分とは一体どんな存在なのか、そういったものに依ってるっす。桐ヶ谷君はそれを喪失してしまっている」

 

―――自己否定。

 強くなり過ぎた自己否定は、そのまま自己を破壊する。自己イメージを自ら破損させた和人は自らの意志もなくしてしまった。今の彼にできるのは、意志を持たない身体に染みついた動きだけ。

 

「翔君、あっちで一体何があったの?」

「……僕は和人君じゃないからはっきりそうだと断言できるわけじゃないけど、彼が自身を否定するきっかけはいくつか思いつくよ。一つはユージオ――和人君と共にカセドラルを駆け抜けたアンダーワールド人の行動。最後の戦いで彼は和人君をその身を挺して守った。その後の生死は分からないけれど、SAO以来和人君は自分が庇われることに少し否定的だったからね」

 

 明日奈が苦い顔をする。きっと彼女も和人から謝罪を受けた記憶があるのだろう。最終戦で自分がヒースクリフを一人で倒せなかったがために危険に晒してしまった、と。

―――気にするなと言っても君は気にするんだろうね。

 

「もう一つは……僕自身のことだよ。僕はアンダーワールドから自分の意志でログアウトしたわけじゃない。僕はあの世界で、……負けたんだ。勝てなかった。和人君の目の前で、身体をバラバラに解体されて死んだ」

「それは、…………」

 

 明日奈が口籠る。始めは否定しようと思ったのだろうが、和人を思い出せばそんなことはできなかったのだろう。

 たとえ自分が一切関わっていなかった戦いだったとしても、仲間を目前で失えば和人は()()()責める。助けられなかった自分を、戦えなかった自分を、負けてしまった自分を。彼はそういう人間だった。

 

「――君は、本当に悪くないんだよ」

 

 溢した言葉は、誰に届くでもなく空気に溶けて消えた。




 これからの本作ですが、長期で更新停止を決定することはしないことにしました。
 確かに今後のプライベート事情を鑑みればとても忙しく更新などできるのかは怪しいところですが、私にとって本作の更新は息抜きの趣味ですので、気が向いたときに書き進めたいと思います。
 不定期更新――一応、最初からそういう態ではあります――ですが、これからも本作をお願いします。
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