SAOUW~if《白夜の騎士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 お久し振りです。ちょっと遅刻しました。まあ、不定期更新になると宣言していきなり半年も失踪しかけたのですから、十分程度は誤差とお思いください。
 それではWoU編本格始動です! どうぞ。


#26 続開

 サブコントロールルームには重苦しい空気が漂っていた。無論全ての原因は襲撃者、引いてはその背後にいる権力者のせいであるのだが、正しくタイミングが悪かったとしか言えない。何もキリトが混乱の中にいて正常な判断をつけかねている瞬間でなくともと、どうしても思ってしまう。内部時間が千倍になっていることを考えれば、本当にピンポイントで狙われたようなものなのだから。

 

「……桐ヶ谷君のフラクトライトは限界のところで踏み止まっているっす。今は現実世界から彼にアクセスすることはできないっすが、アンダーワールドの方から彼の意識に直接『赦し』を与えられれば、もしかするかも……」

 

 比嘉の顔に浮かぶのは迷いだった。彼からしてもこの希望は本当に一縷のもの。理論的に検証することも叶わない、そうであればいいのにという、願いにも近い細く残った望みだ。それを口にするのは科学者として、何より人として彼を躊躇わせたのだろう。

 グッと拳を握る。

 

「それなら、僕がまたダイブします。彼の罪の意識の原因がこちらから出向くのが一番手っ取り早いでしょう」

 

 僕のその申し出は当然のものだったが、菊岡は首を横に振った。

 

「いいや、それは駄目だ。そもそも翔君、君はアンダーワールドから一ヶ月振りに戻ってきたばかりだ。それだけでなく、あちらで切り刻まれた、と。アンダーワールドにペインアブソーバーなんてものはないんだ。幻肢痛の可能性も考えられる。君の検査もまた重要事項だよ」

「……チッ」

 

 菊岡の言葉は正論だ。今はそんなことなど頭の内から追い出していたが、確かに一ヵ月ぶとに使用されている全身の筋肉は早くも限界を迎え始めている。僕が半ば以上傷病人であるということは事実だった。

 

「なら、私が行きます! 翔君が駄目でも、私にその理由はないでしょう?」

 

 明日奈と菊岡が視線を交わす。一切揺るがない榛色の眼光が鋭く菊岡を貫く。本気の彼女は、たとえ相手がこちらの命を軽く吹き飛ばすような化け物でも怯みはしない。今の彼女は明らかに本気だった。

 

「……良いだろう。すぐにSTLの準備をしよう」

「それから」

 

 比嘉が、これまた真剣な声を上げる。

 

「君達には非難されるかもしれないっすけど、僕らにとって桐ヶ谷君の命と同じくらいに重要なことがまだあるっす」

「……《アリス》ですか」

 

―――アリス?

 僕が理解していないのを察したのだろう、神代博士が説明のために口を開いた。

 

「アリスは個人名であると同時に概念の名前でもあるわ。《人工高適応型知的自律存在(Artificial Labile Intelligence Cybernated Existence)》を略して《A.L.I.C.E》。ラースが目指す完成形の人工知能のことよ。そして、その手がかりになるであろうフラクトライトの持ち主の名前が、運命の悪戯かしらね、正しく《アリス》だったの」

「そうっす。内部時間ではもう何年も前になっちまうんすけど、桐ヶ谷君を送り込んだ村の少女が禁忌目録を破ったんす。彼女はボトムアップ型の希望なんすよ……!」

「だから、それを相手さんも狙っているというわけだ」

 

 ほぼ確実に彼らが言及する《アリス》は僕が知る『アリス』と同一存在だろう。和人が送り込まれていたかどうかは知らないが、『アリス』はルーリッド村で村の掟を破り中央に連行されている。それは数年前であり、また僕が知る限りではこの数年間で連行された罪人はキリトとユージオだけだ。たとえ罪人が整合騎士になるときにその記憶が消されるとしても――実際、僕はアリスのことを覚えていなかった――、他に数年間で整合騎士に叙任されたのはエルドリエだけで、彼はユージオによって四帝国統一大会優勝者という騎士叙任経緯が明らかになっている。今のカセドラルに罪人がいない以上は『アリス』で間違いない。

 

「現在のライトキューブクラスターには複雑なロックがかかっていて、外部からの入力で《アリス》のライトキューブを取り出すことは不可能っす。……時間をかければ別っすけど、流石にそこまで奴らが長居しないことを願うっすね」

「ただ、それには一つ抜け道があってね。内部にあるコンソールを使ってログアウトすれば、《アリス》のライトキューブをこちらで確保することができる。そのためにはアンダーワールドで《アリス》を見つけ出し、彼女をダーク・テリトリー内にある《ワールド・エンド・オールター》からこのサブコンへログアウト処理させなくてはならないんだ。明日奈君、君には和人君のケアだけでなく《アリス》の回収も頼みたい」

「……はい、分かりました」

 

 菊岡の要請を、明日奈は一瞬の逡巡の後に素直に受け入れた。

―――まだ、菊岡さんの方がマシだ。

 非合法の武力行使で奪取を目論むような軍事大国に渡るならば、まだ話の解る菊岡に管理してもらいたい。それは僕と明日奈の共通意志だ。結局はどこが最初に兵器転用するかという問題にしかならないのかもしれないが、僕らはまだそこまで菊岡を見損なってはいない。

 

「――それで、僕からもう二つ」

「……なんだい?」

 

 菊岡が眼鏡を上げる。彼はポーカーフェイスを崩さないが、その後ろの比嘉などは考えていることがよく伝わってくる。『まだ何かあるのか』。初対面で少し不名誉な印象を与えてしまったようだ。

 

「僕はあちらの世界でその《アリス》と交流がありました。推測になりますが、現在の居場所も心当たりがあります」

「っ本当かい!?」

「ええ」

 

 手早く、今度は僕から彼らに説明する。ルーリッド村から央都に連行され整合騎士にされ、そして最終的には最高司祭に刃を向けた少女のことを。

 

「《東の大門》。あれの耐久値がそろそろ限界を迎えるはずで、彼女は民を守る意志を強く持った騎士です。闇の軍勢と戦うためにそこに出陣している可能性は相応に高いです」

 

 僕の言葉を聞いた比嘉が指を走らせる。

 

「た、確かに《東の大門》の限界、つまり《最終負荷実験》までは内部時間でもう日にちがないっす。ああ、ったく! こうなると、戦いの中で《アリス》が死んじまうって可能性も……!」

「それと、規律を破ることが求めるAIの条件であるならば、もう一人、ユージオという青年も禁忌目録違反を犯しました。彼も保護対象でしょう」

「うん。アリスさんとユージオさん、ね」

 

 明日奈が頷く。ユージオの行方には正直心当たりがない。行動予測をしようにも、彼とは接点が少な過ぎた。情報が足りない。

 だが、アリスを追ってカセドラルを登りきったユージオのことだ、生きているならばほぼ確実にアリスの傍にいる。

 

「ユージオ君に聞けば、多分キリト君の居場所も分かると思う。……任せるよ、明日奈ちゃん」

「ちゃんと二人で帰ってくるね」

 

 明日奈が大きく頷くと、脇に控えていた安岐が彼女を外へと導く。比嘉と神代も視線を合わせてパネルを操作し始めた。

 その様子を僕は後方で眺めることしかできなかった。ここにいるその道のエキスパートを遮るような実力は僕にはない。この弱りきった体では論外だし、そもそも元々の体力であっても本職の自衛官には到底敵わないのだから戦力にもならない。当然の話でしかないのだが、それがどうにも歯痒かった。

 ギリと歯ぎしりが鳴る。その音にハッとして、爪で肉を破りそうになっていた拳を緩めた。

 

「あ、あの」

 

 と、青白い顔の研究員の一人が声を上げた。比嘉と神代はそれでも微塵も反応を示さなかった――無視しているのか、集中していて本当に気がついていないのかは分からない――が、菊岡が顔を研究員に向けた。

 

「僕は大蓮君のメディカルチェックをしてきますね……」

「ああ、お願いします、柳井さん」

 

 柳井と呼ばれた研究員は僕の方を見て顎を突き出すように頷き、サブコンを出て行った。慌ててついて行く。脚が縺れそうになった。

 扉を抜ければ、そこで柳井は僕を待っていた。

 

「えと、僕は柳井、って言います。……とりあえず、こっちへ」

 

 柳井はキョロキョロと目玉を左右に動かす。まるで誰かに見られないようにしているようだ。

 彼の後を重たい体を動かして追いかければ、しばらくしたところで一つの扉を指差した。

 

「ここに入ってください」

 

 柳井に促されるままその小部屋に入れば、無機質な部屋は実に簡素で――きっと個室になる予定だったのだろう――、壁際に空の棚が並ぶのとベッドが一つあるだけだった。

 しかし、僕の視線はベッドの中央に鎮座する異物を捉えて離さなかった。()()は部屋の無機質さに合わせたかのようなメタリックボディで、シャープなヘルメット型のデザインが特徴的だった。

 

 

「ナーヴ、ギア……!?」

 

 

 思わず喉が鳴る。メディカルチェックという名目には余りに不釣り合いな、夢の機械(殺戮道具)。なぜ、どうして。そんな疑問符は尽きることがなかった。

 柳井は僕の脇を抜け、ベッドの上のその機体を持ち上げる。

 

「でも、これはただのナーヴギアじゃない」

 

 そして僕にその正面を見せつけてきた。元々は正規品を持っていたのだから、それとの違いはよく分かる。額の上部のナーブギアのロゴに、大きく『Proto』とつけ加えられていた。

 いや、違うか。ここから正規品になるに当たって『Proto』が削られたのだ。その他の能力と共に。

 

「……ふふ、分かったみたいだね。そう、これはあの茅場先生の使っていたプロトタイプナーヴギアなんだ! まさか菊岡さんが確保してこんな海上に持ち込んでいるとは思わなかったよ!」

 

 狂気染みた表情で柳井は笑う。大きく目を開き、口角は吊り上がっている。

 

「――っと、そうだね。まずは説明をしなくちゃか」

 

 一転、最初の陰気な雰囲気を取り戻して柳井はナーブギアをベッドに戻した。

 

「このナーヴギアはプロトタイプだけど、正規品よりもむしろ高性能だ。って、それは君も重々承知か。何せ、あの茅場先生とやりあったんだから」

 

 柳井は皮肉めいた口調で言う。先程から随分とこちらへの当たりが強く感じるが、こういう性格なのだろうか。

 

「それで高性能のゆえんは、別にスペックがハイエンドモデルの上を行っているってことだけじゃない。確かに処理能力も高いし許容電力量及び瞬間消費電力量も比べ物にならないほど多いけど、それはあくまでも土台に過ぎない」

 

 勿体ぶって柳井は指を振る。どうにも人の癇に障る動きが得意らしい。ふと、その天狗の鼻を折りたくなって口が滑った。

 

「ええ、そうでしょうね。何せ、フラクトライトの疑似的な読み取りまで行っていたんですから」

「――…………は?」

 

 柳井はポカンと口を開ける。もしや的外れなことを言っただろうかと焦りかけたが、彼はすぐにこちらにくるりと背を向けてぶつぶつと独り言を口にする。

 

「何で知ってるんだ。誰が知らせた。あれは機密情報じゃないのか。おかしい。どこだ。何が情報源だ」

 

 その様子で少し留飲が下がったが、これ以上はやり過ぎだろう。

 

「僕はVR空間で茅場の『意識』と出会っています。それであの人が自分の脳にスキャニングをかけ、それが成功したことを知りました。フラクトライト研究は茅場晶彦の目指すところでもあったんでしょう? それを知ってしまえば、彼が自分の身で試したのが初期実験だったことは予想がつきます」

「か、茅場先生に会ったのか!? クソ、なんて羨ましい……」

 

 もう取り繕うことも忘れて、柳井は正面からこちらを睨みつけた。流石に居心地が悪くて、咳払いをする。

 

「あー、それで。まさかそのナーブギアを見つけたことを自慢したかったわけじゃないでしょう?」

「チッ、そうだよ。……大蓮君。君は、アンダーワールドにダイブしたいかい?」

「ええ、できるなら今すぐにでも」

「それなら、これを使うといい」

 

 柳井はしたり顔でプロトナーブギアを指した。

 

「……それで、時間加速はどうクリアするんですか? 流石に一千倍加速には耐えられないでしょう」

 

 それができていたならばハイスペックなんてものではない。この数年の目覚ましい技術革新を鑑みるに、たった数年前とはいえオーパーツレベルだ。

 

「ああ、確かに一千倍は無理だ。でも十、いや三倍なら十分に耐えられるスペックだよ。まあフラクトライトに直接接続してニーモニックビジュアルデータを使うわけじゃないから、感覚自体は通常のVRの範囲内だけど」

 

 専門用語は正確には把握できないが、恐らくはあの余りにも真に迫った体感覚は味わえないということだろう。まあ、目的達成のためだけならば問題はない。

 

「それで、どうするんだい。これを使うかい?」

 

 柳井はこちらを見る。その目は黒々としていた。

 

「……使わせていただけるのなら、使いたいと思います。ですが、貴方はなぜここまでしてくれるんですか」

「それはまあ、僕は君に大きな、おーきな、借りがあるからね。君が気づいていなくても。だから、これはそれを返す一端みたいなものだ」

 

 柳井はヒラリと手を振った。

 

「それじゃあ、結城さんがダイブする隙に君をダイブさせる。そのタイミングは菊岡さんや比嘉さん達も結城さんの方に注目するはずだからね」

 

 柳井はそう言いつつ、壁面のタイルを取り外した。一枚捲ったそこには操作パネルが存在し、色々な配線が通っている。

 

「へへ、これで回線に無理矢理接続するんだ」

 

 ナーブギアの後頭部から伸びるケーブルを小脇に抱えていたノートパソコンに接続し、それを媒介としてまた別のコードを壁の配線に繋ぎ合わせた。

 カタカタ。キーボードの上を指が小気味の良い音を立ててスルスルと、ヌルヌルと動く。柳井は真剣な表情でしばらくその作業を続け、一つ頷いてパソコンの画面を閉じた。

 

「よし、これで大丈夫なはずだ。君は時間が来るまでこの部屋で待機していてくれ」

「わかりました。――何から何までありがとうございます、()()さん」

 

 彼は部屋を出て、またキョロキョロと左右を窺ってからサブコンへと戻っていった。

 一人になって、もう少し部屋を観察する。備えつけの机にはホテルのようにペンつきのメモ帳が置かれていた。流石に引き出しに聖書は入っていなかったが、そのペンを持つ。軸には『ラース』と刻印がされている。

―――柳井、やない。柳井、ね。

 

******

 

 ウィンと前触れもなく部屋の扉が開いた。せかせかとした柳井が入ってくる。彼が出て行ってから二時間と少しが経っていた。備えつけのデジタル時計は十七時を示している。

 

「うん。じゃあ、始めよう。ナーブギアを被って」

 

 少しだけ、怖い。その気持ちは確かにある。ハイスペックなままということは、きっと人の命を容易く奪える機能も維持されている。恐らくは研究用だったのだろう。危険性は排除されていない。

 だが、それを認められる。怖いと感じ、それを自覚し、自認し、その上でそれを踏み越えて行動できる。だから大丈夫だ。

 ナーブギアを装着する。懐かしい感触だ。目元を覆うリング状のアミュスフィアとは違う、ヘルメット型の重みを感じる。

 

「準備大丈夫です」

 

 ベッドに横になる。脇に椅子を置いてまたキーボードを叩いていた柳井がこちらを見た。

 

「それじゃあ、行くよ。タイミングはそっちで、起動ワードは変わらないから」

 

 頷きを返し、右手を強く握り込む。息を吸って、吐いて、また吸った。

 

「リンク・スタート!」




 変更のない情報は共有場面を大幅にカットしていますが、スーパーアカウントのことやワールド・エンド・オールターのことはきちんと主人公も把握しています。ご了承ください。

 今日でレントの物語を投稿し始めて四周年記念日になります。この日に投稿を再開しようと決めていたのにグダグダになってしまいました、反省。
 次の投稿は未定ですが、どうぞ完結までよろしくお願いいたします。
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