6/1追記:投稿前に確認せず色々とやらかしていたのを修正しました。
いつもと同じ起動ワードを唱えればヘルメット型の機械がほのかな振動を伝えてくる。
慣れ親しんだVRに落ちていく感覚。アンダーワールドがVR空間であるという事実を否応なく伝えてくる。少し寂しくなった。
フッと全身が浮遊感に包まれる。正確に言えば触覚が遮断されたことによる無感覚なのだが、この感覚とVR空間へのログインがほぼ同時に発生するため
―――ここ……!
願う。祈る。思う。
ただひたすらにイメージする。
サザークロイスで目覚めた己を。整合騎士として戦った己を。《白夜の剣》を腰に差したレント・シンセシス・トゥエンティを。
全身に感覚が戻る。重力に捕らわれ、息が詰まる。
それと同時に、パチと光る。閃光にもならない、小さな火花。白い花弁が舞ったようなその一瞬で、空気の匂いが変わった。
ゆっくりと目を開く。明るい。日中のようだ。顔を上げて辺りを見回す。
「――ビンゴ」
少し気鬱になりそうな光景だが、第一段階はクリアだ。
僕はセントラル・カセドラルの最上階に立っていた。そっと腰を触るが、何もない。次に四肢を眺める。身に纏っているのは簡素だがしっかりした作りの白い服。こちらに心当たりはなかったが、身体感覚は実に馴染み深いものだ。
グッ、パッと手を握ったり開いたりする。ぐるりと一周回ってみて、確実に自分の体であることを認識する。
「さて、ここから、だね……」
自分の体に向けて人差し指と中指を揃えてS字を描く。ポウッと指先に灯った光が弾けてウィンドウが広がる。《ステイシアの窓》だ。
様々な数字が広がる。オブジェクト操作権限は六十台、システム操作権限は二十台。天命は五千弱だ。これらの数字は一般ユニットではあり得ない。この時点で半ば以上決まったようなものだが、ユニットIDを見て確信した。
「僕は
言葉がストンと落ちる。グッと背を伸ばした。
******
僕の感覚としてはついさっき――アンダーワールドで考えれば約半年前――の反対にセントラル・カセドラルを下っていく。目的地は武器庫。まずは装備を整えなくてはならない。《白夜の剣》も収蔵されているなら武器庫にあるだろう。
オーシャンタートルで目覚めた後はリアルの肉体の余りの重たさに驚いたが、今度はその軽さに驚いている。もちろん運動能力の差であるはずだ。整合騎士としての身体能力スペックが非常に高いことは事実だが、リアルの身体能力も相当鈍っていることは確かだろう。
こうしてダイブして改めて思うが、ナーヴギアは本当にオーバースペックだ。茅場本人のものであることを踏まえても、だ。
システムに介入する力。そう呼ばれるものを僕らは持っている。VR適正Sとされるゆえんだ。これが初めて観測されたのはSAO、ナーヴギア環境下でだった。ALO以降のアミュスフィア媒体ではそれほどの現象は起きていない。骨や筋肉が視えたりゾーン状態になったりはしたが、それは僕の意志がシステムを捻じ曲げたわけではない――VRシステムの深くまで接続したという方が近い――。オーグマーでの戦闘もバグのようなもので、ALOでオベイロンらと対決したときのキリトとの感覚共有は、恐らく茅場のデジタルゴーストの介入の結果だ。
すなわち、システム自体への自力での介入はナーヴギアの性能があって初めて成り立つと言える。
その現象を比較的一般に落とし込んだのがアンダーワールドの環境だった。《心意》と呼ばれる事象は整合騎士の間では常識であり、一般のアンダーワールド人の間でも少し詳しい人なら聞き覚えのあるものだ。剣の道を究めるなら――《心意》という名前は知らなくとも――間違いなく立ち寄る『思い』による自己強化が最たるものだが、《心意の腕》など心意の効用は幅広い。手軽なものだ。
菊岡や比嘉の話を聞いた限りでは、恐らくフラクトライトが直接接続されていること――もしくはフラクトライトのみで接続していること――が心意のための重要ポイントだ。
しかしナーヴギアには前例がある。茅場がフラクトライトを想定してそれへのアクセスを目指したためだろう。僕がダイブに使っている茅場用モデルならより《心意》を起こし得る可能性が大きい。そこに賭けて僕はシステムへの介入を試みた。そしてそれは無事に成功したわけだ。
僕のアバターは整合騎士として活動し、一度完全に天命をなくしてロストした『レント・シンセシス・トゥエンティ』の体だ。所持品以外のデータは全て――天命は回復しているが――維持されている。
菊岡の許しを得ていない以上、僕のログインは非正規なものであり、使えるアカウントは一般人のもののはずだった。しかしそれでは足りない。到底、《東の大門》で行われる暗黒界との戦争に参加できるだけの戦力には達しない。
だから僕はこの整合騎士のアカウントを使えないかと思ったのだ。この体なら戦争に参加する以上の働きができる。
しかしまさか本当に上手くいくとはというのが僕の正直な感想だ。茅場のナーヴギアのスペックに驚かされるばかりである。そもそもアンダーワールドのシステムは最新のSTLに合わせたものであり、ナーヴギアは数世代遅れた機体だ。フラクトライト対応の《心意》に加速時間。ナーヴギアでは存在しなかった機能に適応してみせたことからして既に異常なのだ。
目論見がうまくいった喜びに足が弾みつつ、茅場の無茶苦茶さに一周回って溜め息が漏れた。
武器庫の前辺りまで来て、《白夜の剣》を対象にした探知神聖術を放つ。途端、武器庫の扉が木製の別の扉に塗り替えられた。
「え?」
蹴破られたようにその扉が勢いよく開く。扉の意匠は最上階でアドミニストレータと対峙したときに現れたものと同じであり、そこから飛び出してきた人影も同じものだった。
「お、お主……!? まさか、レント・シンセシス・トゥエンティかっ!」
カーディナルと名乗っていた少女が杖の先をこちらに向けながら誰何の声を飛ばしてくる。僕は両手を挙げた。
「はい、レント・シンセシス・トゥエンティです。たしか……カーディナルさん?」
「……本当に、お主なのか?」
「お疑いならユニットIDを確認しますか? いや、貴女が気にしているのは『レント』に誰がログインしているかでしょうからそれでは確認になりませんか」
僕が肩を竦めて見せれば、カーディナルは不服そうに杖を下ろした。
「……確かに、今はお主の言う通り真偽を確かめている余裕はない。ゆえに一つだけ聞こう。お主は何をしに来た?」
「人界とキリト君を救いに。次点で、アリスちゃんとユージオ君の保護に」
「よかろう。……もうすぐ、《最終負荷実験》が始まる。お主はどうするか?」
「整合騎士としてすべきことは決まっています。カーディナルさん、《白夜の剣》はどこに? それから《陽纏》はカセドラルにいますか?」
カーディナルはわざとらしく溜め息を吐いた。
「心配するだけ無駄じゃったか。大体、お主らは関係のない話であろうに」
「キリト君を守ってくれたお礼です。――ありがとうございます」
「……感謝せねばならんのは儂の方じゃよ」
それはどういうことかと問いを重ねようとしたが、カーディナルはついて来いと言うように身を翻してしまった。
彼女が出てきた扉は消えており、元の武器庫の扉を彼女は杖で軽く叩いた。重たい音を立てて扉が一人でに開いていく。
「《白夜の剣》は生憎ここにはない。他の装備を見繕っていけ」
「……では、お言葉に甘えて」
薄暗い武器庫に足を踏み入れる。ルミナスエレメントを解放して端まで見渡す。
―――端まで、か。
半年前はいくら明るくてもこの武器庫を一望できることなんてなかった。内部にはみっしりと武具が積まれていたからだ。しかし今はすっかり閑散としている。
そこからはアドミニストレータの消失と、人界秩序の再構築が窺える。アドミニストレータは人界に武具があることを内心認めていなかった。全てを支配したい彼女は反乱の芽となり得る武器を取り上げたかったのだ。結果として人界に武具は最低限しか存在せず、ほとんどがこの武器庫に集積されていた。
それが開放されている。まさか奪略がされたわけでもないだろうから、きっと人界の民に武器を配り防衛体制を築いたのだ。ベルクーリは生きていた。彼がいれば柔軟な対応が望める。
壁に剣がいくつかかかっていた。埃も積もっておらず、丁寧に手入れされているのが分かる。壁かけより適当な一振りを外し、自らの手に収める。少し重いが致し方ない。
その区画は整合騎士用の装備がまとめられているようで、例の鎧もいくつか並んでいた。少し悩み、周りへの主張も兼ねるものだからと諦め半ばに一つの鎧の色を白く変えた。
神聖術は便利なもので、鎧の色を変えたり造形を多少弄るくらいは簡単に熟せる。鎧はできるだけ軽く、動きの邪魔にならないように改造する。防御力は犠牲になるが僕の戦闘スタイルからすればそもそも重視すべきは機動力だ。
などとぼやきつつ鎧に腕を通す。適当に鏡を作って確認し、最後に剣を腰に差して準備は完了した。
武器庫の外ではカーディナルが腕を組んで待っていた。
「うむ、装備は大丈夫なようじゃな。それでお主は今のアンダーワールドをどれほど理解しておる」
「《東の大門》の天命がいよいよ尽き、恐らくはベルクーリ騎士長が音頭を取って民を訓練し人界軍を作ったと推察しています。詳しくは何とも」
「分かった。では《飛竜舎》に行くまでに説明しておこう」
カーディナルはスタスタと階段を上っていってしまう。飛竜の発着所がある二十階までは長い。時間潰しには丁度いいだろう。
「そうじゃな。ではアドミニストレータと戦ったあの後から話すとするか。――お主があ奴に殺されログアウトした後、この世界を揺るがすような衝撃があったのじゃ。それによってキリトのフラクトライトは致命的な障害を抱えた」
「それは『外』でも確認できています。外部電源が強制的に切断され想定外の挙動を起こしたそうです。キリト君のフラクトライト活性も今回の目的の一つです」
「それではやはり『外』からでも……」
「ええ。キリト君のフラクトライトに直接アクセスするにはこのアンダーワールドを経由する他ありません」
「それは……危なかったわ……」
カーディナルはそっと息を吐いた。聞けば、本来ならアドミニストレータを排除した後にはこのアンダーワールド自体をリセットしてしまう予定だったらしい。それがキリトまで巻き込んでしまう可能性を考慮して手を下さなかったのだとか。実際に行われてしまっていたらキリトの身――フラクトライトだが――がどうなっていたかはわからない。英断だったと言えるだろう。
「仕方なく儂がアドミニストレータの代理として統理教会をまとめることになったんじゃ。全く意図しておらんかったが、完璧なクーデタじゃな。ベルクーリが儂を支持してくれたお蔭で大きな混乱は起きんかったのが幸いじゃ」
「騎士長は無事でしたか。それは良かった……」
「ああ、整合騎士の凍結も全て解除した。今の整合騎士団は史上最大戦力を運用しておる」
どこか自嘲的で、自慢げで、同時に自戒するようにカーディナルは言った。
「それは三十一、いえ三十人の騎士団が《東の大門》でダーク・テリトリー側の侵入に備えているということですか?」
《東の大門》は門というだけあって山間の細い通路を塞いでいる。つまり門が破れたところで侵入できる数は限られており、それだけの整合騎士が一同に会せば相当有利に戦いを進められるはずだ。
「……いや、そうではない。そも、《東の大門》にばかり集中して他の方角を疎かにすることはできんから、常より警戒を強めて南北西に二人ずつ配置しておる。――そして、現在の整合騎士団に所属しているのは二十二人だ」
ピクと眉が動くのを止められなかった。
―――冷静になれ。
「理由をお聞きしても?」
「安心せい、死んではおらん。……いや、それもわからんか。凍結を解除した者も含めて全騎士に事情を話したのじゃ。アドミニストレータの行ったシンセサイズのことも、あのソード・ゴーレムのことも全て」
「ッ――」
息を吸えば良いか吐けば良いか悩み、呼吸が詰まった。
「その上で選択を求めたのよ。『整合騎士団に残り《東の大門》の崩壊に備える』か、『整合騎士団を辞し自由の身となる』かをな」
「それで……」
「うむ。それで六人が騎士を辞した。理由は様々じゃったがな。今は残った人員で回しているのみじゃ」
誰が残り、誰が去ったのか。凍結のタイミングもあって僕も騎士団の全員を把握していたわけではない。僕の知己とて、アドミニストレータの所業を知ればどう動いたかは分からない。
「そう暗い顔をするでない。何も悪い話ばかりではなかったのじゃぞ」
「と言うと?」
「……暗黒界側とはそもそも和議の準備が進んでおったのじゃ」
「え?」
「ふふ、お主の意志なのだろう? 言葉を交わし、相手の想いを考え、可能な限り争いを避ける。キリトも叫んでおったではないか」
脳裏に浮かぶのは、アドミニストレータに再シンセサイズされた後の九十九階でのキリトの言葉だ。あの戦いをカーディナルはどこかから観測していたのだろう。何を思ったかは知らないが、カーディナルはそれを適用したらしい。
「一応の混乱を抑え、人界軍の編成と訓練を始めた頃に儂とベルクーリを中心に和平交渉に赴いたのじゃ。道中も色々とあったが、あちら側にも志を同じくする者がおって無事にあちらの都、《オブシディア》に到着した」
丁度その辺りで《飛竜舎》に着く。扉を開けた途端、《陽纏》が駆け寄ってきて鼻先を擦りつけてくる。しばらくは好きにさせ、コミュニケーションを取りながら騎乗の準備を進める。
「暗黒界の意思決定は《十侯会議》、すなわち十人の代表者の合議制で行われておる。暗黒騎士、暗黒術師、拳闘士、商人、暗殺者、平地ゴブリン、山ゴブリン、オーク、オーガ、ジャイアントの代表者じゃ」
スラスラとカーディナルが並べ立てる。暗黒界の様子は文献や伝承程度でしか知らない――整合騎士の任務でも接するのはゴブリンや暗黒騎士だけだ――ために追いついていくだけで必死だが、カーディナルがそれだけ熱心に和平を望んでいたということは伝わってくる。
「半数が和議に賛同すればよく、その切り崩しも進んでおったのじゃが……」
「何があったのですか?」
何もなければ戦に発展はしていない。和議が成立し、《東の大門》に向かったのは軍ではなく護衛隊になったはずだろう。
《陽纏》の鞍に跨る。鐙を踏みしめ、姿勢を整えた。
「一応の決着が見え、大門にて調印式を行う流れじゃった。少なくとも、儂らがオブシディアを発つ頃には。しかし、大使として残してきた整合騎士の二名との連絡が一昨日の昼を最後に途絶えた。様々な手段を用いて安否を確かめたが、恐らくは……」
「斬り捨てられた、と。しかし、なぜかというのもわからないのですか」
「わからん、何もわからんのじゃ。ゆえに、我らは控えさせていた人界軍を大門前へと進ませた。儂は最後の砦よ。と言っても、儂一人で守れるのは民の尊厳くらいのもの。もしも人界が蹂躙され、多くの涙が落ち、命が弄ばれるような事態になったら、キリトには悪いが――」
「そこまでで大丈夫です。絶対に、そうはさせないので」
「……ああ、頼むぞ。それでは行くと良い。お主にステイシアの……いや、剣の加護があらんことを」
カーディナルが《飛竜舎》の扉を開け、《陽纏》の轡を持って外へと誘導した。
「それと、そうだな。もし暗黒界のことをもっと知りたいのであれば、交渉団で働いていた行商の団長を尋ねるといい。大門前の野営地で補給部隊を見ておったはずじゃ」
《陽纏》が翼を伸ばし空気を掴み始めるところで、カーディナルの言葉が耳に響いた。
「名は――フリーオと言う」
序盤からアクセル全開、無茶苦茶を押し通す主人公でした。次回にはもっと多くのキャラクターと再会させ……られたらいいなぁ。