SAOUW~if《白夜の騎士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 お久し振りです……。失踪はしたくないという思いで頑張っています。どうぞ。


#33 戦線

 前陣と後陣の中間地点、そこに《陽纏》を降ろす。着陸の余波で砂埃が舞い、周囲の煙幕が晴れる。

 突如として現れた飛竜に混乱しているゴブリンを《陽纏》が咥え上げて噛み殺す。

―――一人。

 頭を振って暗い考えを払い落とし、《陽纏》の背中から飛び降りる。腰の剣を抜く。

 

「さぁ、この整合騎士、レント・トゥエンティを越えられるかな!!」

 

 簡素な名乗りに、しかしゴブリン達は足を止める。当然だ。彼らに整合騎士と対峙するだけの実力はないのだから。

 まあ、足を止めたからといって安全なわけではないのだが。

 

「ギャァ!?」

「おッ……!?」

 

 既に《陽纏》は戦闘態勢に入っている。飛竜の常とは違って地上を駆けることが好きな彼は、また地上戦も得意なのだ。太い脚で地面をしっかりと捕捉し、前肢の爪と長い首の先の牙で一つ、一つ着実に命を摘み取っていく。風を抱いて空を飛ぶための大きく分厚い翼は羽搏かせることで包囲攻撃を防いでいる。これで未だブレスを温存しているのだから、飛竜一頭の戦闘力の高さが窺い知れるというものだ。

 前陣の煙幕も晴れてきた。前陣を抜けきれなかったゴブリンは取り残されてしまった敵陣の中で磨り潰されていくことだろう。抜けた先でも《陽纏》が陣取っている。その前後を通り抜けることは叶わない。それはつまり逃げられないということであり、

 

「整合騎士よ、覚悟ぉ!!」

 

 体格の違いから出し抜ける可能性のある僕へとゴブリンが殺到するということでもある。

 運良く《陽纏》の着陸地点よりも後陣よりを走っていた連中は既に後方に走り抜けている。大人数で一斉にかかれば僕の脇を抜けてそちらに合流することもできるだろう。それにどうやらゴブリンの長はそちらのグループにいたようで、統制を取り戻すことも叶うはずだ。

―――幾分かの犠牲は受け入れねばならない、か。

 僕は何も上空で無為に時間を過ごしたわけではない。この戦争が始まる前に、僕はファナティオ副騎士長に呼び出されていた。

 

『これは騎士長閣下の指示ではありません。私の独断です。なので、この指示に従うかどうかは貴方に一任します』

 

 その一言から始まったそれは、しかし軽々に拒絶できるような重みのものではなかった。

 

『貴方は自ら、可能な限り損耗する命をなくしたいと言ったわね。そのための指示よ。――貴方は損耗する命を無視しなければならない』

『は、い?』

『……カセドラルの戦いのときに私を助けたあの坊やもそう、貴方達は実力は確かでも戦争に向かう覚悟が足りていない。敵味方を同時に救うことができるのはただ神のみ。いえ、もしくは戦争に関わりなく人命を救助するためだけに動く者でしょう。いずれかの陣営に属す以上は、貴方に守れるのは味方の命だけということを自覚しなさい』

『それは、分かっています』

『本当に理解しているかは怪しいところだけど、続けるわ。そのためには我々が最もすべきことは敵の殲滅よ。戦争はどちらかが負けるまで続く。勝つまでではなく、()()()()()よ。此度の敵の動きはこちらの理解の範疇にないわ。ゆえに彼らを負かすことは尋常の戦果では足りないでしょうね。つまり、どちらかの陣営の戦力が潰えるまでがこの戦争の継続期間になるわ』

 

 その言葉に、僕は唾を呑んだ。薄々、僕自身も予感はしていたことだったが、こうも明確に言葉にされれば打ちのめされるものがある。

 

『大局観を持ちなさい。この場に集まった者のみであれば、人界軍の方が余程少ない。死者を少なくするために貴方のすべきことは人界軍を皆殺しにすること。それも油断している今の内に』

『何をッ……!?』

『無論、そう行動するのであれば整合騎士が残らず立ち塞がるけれど。合理的に考えればそれが貴方の目的に最も適っている。しかし、現実は必ずしもそうではない。我々はここで暗黒界軍を打ち払ったとしても暗黒界人を全滅させはしないわ。反対に、人界軍が敗れ去った後には人界人は残らず死滅するでしょう。そこまで長い目線を持てば、貴方がすべきことは暗黒界軍の殲滅になる』

 

 ファナティオは僕の目を覗き込んだ。

 

『その覚悟を持ちなさい。そしてそのための行動を取りなさい。目先の命に囚われるな。敵の殲滅力に関して、貴方一人の命と人界軍の兵士一人の命は取り換えの利くものではない。彼らは防衛のための命であって、殲滅のための命ではない』

『何が、言いたいんですか』

『簡単な話よ。貴方はより多くを救う、すなわちこの戦争を早く終わらせるために、自分の手の届くところで死んでいく兵士を見捨てなければいけない。それができないのであれば、遊軍などと名乗るなッ!』

 

 ガツンと頭を殴られた気がした。

 ラフコフ討伐戦の記憶、それは僕に苦い味を思い出させるものだが、同時に味方を誰一人傷つけなかったという誇るべき記憶でもある。

 それが、今は足手纏いになっていた。今はあのときではない。たった数十人同士の戦いではない。

 

 

 人命は、同じ重さをしていない。

 

 

 敵と味方で違う。味方であっても能力の違いで命の重さは違う。当たり前の発想なのかもしれない。しかし気づきたくない発想だった。それを受け入れてしまえば、僕の中の何かが変わってしまうような気がしたから。

 だとしても、それでも、僕は気づかなければいけない。人界を守るために。少しでも多くの命を拾い上げるために。

 ファナティオとのやり取りを思い出して、自嘲の笑いが零れた。人命は同じ重さであるから、多くを救うことこそに意味があった。しかしそれを達成するために僕は人命に優先順位をつけた。矛盾だ。本末転倒の結果だ。

 僕はそれを呑み込んで、剣を振るう。自分と《陽纏》で安全に処理できると判断した数のゴブリンを殲滅する。たとえ背後で兵士の悲鳴が上がろうが。

 後陣の人数がいればあの程度のゴブリンであれば背後に抜かすことはないはずだ。後陣でどれだけの被害が出ようと人界にゴブリンを逃がすことはない。そう確信できるなら、今も噴き出る鮮血の持ち主の犠牲は許容しなければならない。

 無心で切り刻んだゴブリンの死体の中で、《陽纏》に翼で叩かれてハッとした。ゴブリンは死に絶えた。ならば、僕は次の戦場に向かわなくては。

 救う命を選び取るために。

 

******

 

 《陽纏》の、飛竜の機動力は遊軍である僕にとってはかかせないものだ。ゴブリンが駆け込んだ後陣ではなく、その鼻先を前線へと向ける。

 この戦い、アリスに任された作戦のために一般兵が神聖術を使うことは推奨されていない。しかし僕ら整合騎士の場合はまた別の話だ。

 

「システム・コール、ジェネレート・ルミナス・エレメント、インプルーブ・オーガン・アビリティ」

 

 懐かしい神聖術だ。今ではまた違った詠唱で叶う視力強化だが、フリーオとの再会が少し懐古の念を湧かせていた。

 前線を広く確認する。左翼のエルドリエは煙幕が晴れた今では堅実な戦いができている。そもそもゴブリンの族長は後方に抜けており、残っているゴブリンはただ数がいるだけで統制が取れていない。強者もおらず手こずることはないだろう。

 中央のファナティオへと目を移す。今のファナティオは容赦がない。いやむしろ余裕があるからかもしれない。僕に大局観を説いた彼女の視点は、既に個人戦力の域を超えていた。この戦場を上空から見ているかのような立ち居振る舞いだ。

 彼女は後方が盤石であるという事実の上で、自らの余力を残すという考えを捨てて武装完全支配術を連射していた。一撃で葬れなかったジャイアント族の長は、しかし金縛りのように恐怖に身を取られている間に続く第二射で射抜かれている。

 更に彼女はこの戦場において記憶解放術を使用したようだ。《天穿剣》の記憶解放術はその剣自体が光の集合体と化す。簡単に言えば巨大レーザーブレードというわけだ。ジャイアント族はその威力の前に二の足を踏んでいた。

 実際にはそれほどに神器に負担をかけてしまえば破損の危険性が出てくるため、既にファナティオは神器を鞘に仕舞い、四旋剣が差し出した通常武器を携えている。だがジャイアントにその実情は伝わらない。彼女の余力を残さない戦い方は同時に強力な牽制になっていた。これも恐らくはファナティオの狙い通りだろう。

 彼女の指揮官としての才は突出している。人望も含めてベルクーリが騎士長の座にいるが、統率者としてはファナティオの方が実力は上だ。そもそも四旋剣を率いて効果的に彼らを運用していたという実績から見ても人を使うことが上手いのは間違いない。

 その四旋剣は、指揮を執り始めたファナティオに代わって中央の最前線を支えている。彼らの連携は見事なものだ。個人主義の暗黒界人にとっては連携という存在自体が影の薄いもの。彼らの動きに早々対応はできない。

 中央の安定した戦いぶりに胸を撫で下ろしながら、右翼へと視線を動かす。デュソルバートの部隊だ。

 少し、目を細めた。

 神聖術で強化された視力でデュソルバートを観察する。彼は右翼の最前線から、固定砲台のように広範囲を破壊する武装完全支配術を使い続けていた。《熾焔弓》の武装完全支配術は負荷が矢に集中するため、他の剣の神器よりも武装完全支配術による天命の減少が抑えられている。そのため無理なく連射が可能なのだ。

 その大量破壊の脇を駆け抜けてきたゴブリンと右翼の兵士は剣を交えている。左翼、中央と比べても敵の数が少ないため、このままなら戦線崩壊の兆しは見えないだろう。

 このままなら。

 《陽纏》の首を叩く。それだけで僕の意思を汲み取ってくれた飛竜は翼を動かした。戦闘中の兵士の頭上を抜け、デュソルバートへと向かう。

 僕の接近に気付いたデュソルバートは一瞬訝しげな顔をしたが、変わらず弓を引こうとする。そしてようやく思いが至った。矢の残数という、神器の天命よりも明確な彼の継戦能力の限界に。

 矢筒の上で彼の手が空を切ったとき、今まで仲間の死骸を盾にしながら接近していたゴブリンの長が姿を現す。整合騎士よりも敵勢力が優れている部分の一つ、すなわち観察力と狡知だ。彼らはデュソルバート本人よりも的確に彼の限界を見ていた。

 しかし矢が尽きた程度で終わるような小物が整合騎士であるはずがない。長の指示の下で走り寄ってきたゴブリンをたちまちの内に斬り伏せる。だがその背後から仲間を貫きながら迫る剣はデュソルバートの想定外を突き、彼の鎧に傷をつける。そこにすかさず足元に滑り込んできたゴブリンが甲冑に包まれた脚を抱き留めた。

 複数という利点を生かし、数々の捨て駒を使って釘づけにしてとどめを刺す。強敵と戦うのに実に有効的な策だ。このような搦め手に弱いのが整合騎士の短所だ。

 だが暗黒界人のその長所は同時に短所にもなる。潔さと無縁の彼らは、圧倒的優位に自分が立ったときに激しく油断する。傲慢になると言い換えても良い。

 実に、狙い目だ。

 デュソルバート隊で分隊長を務めている男が駆け出すよりも早く、《陽纏》が戦場に到着する。その爪で事態の呑み込めていないゴブリンの長を掬い上げ、顔面にブレスを吐きかけた。それでもまだ息のあったゴブリンだが、喉に《白夜の剣》を突き刺すことでその命を絶つ。油断はしない。素早く、反撃の余裕も与えずに、だ。

 上空に旋回しながらデュソルバートへと近寄る。その道中でゴブリンの長の死体を地上に投下し、万が一にも動き出さないよう全身を粉砕する。

 デュソルバートは、着陸した《陽纏》の背の僕に微妙な表情をした。

 

「……助けてもらったことには感謝しよう。しかし、やり過ぎではないか?」

「あの過度な装飾はゴブリン族の長でしょう。であれば、多少やり過ぎであればゴブリンの戦意に影響が出るやもと思ったまでです。余り効果は期待できませんが。それより、これを」

 

 《陽纏》の鞍に括りつけておいた中身の詰まった矢筒を投げ渡す。彼の継戦能力という欠点は、しかしファナティオによって僕に注意されていた。そのため矢筒を準備していたのである。

 そのくらいなら彼に直接言えば良いと反論したのだが、ファナティオにはファナティオの考えがある。彼女の視点は既にこの戦場から半ば離れている。左翼を敢えて薄くしたのもそうだ。この戦闘を通して、彼女は整合騎士を成長させようとしているのだ。それにはまずは自覚が大切。他者に言われて意識するのでなく、一度自ら失敗させることで自覚を促すと言うのだ。

 人界を背負った戦いだというのに、彼女にはそれだけのことを考える余裕があった。悪く言えば、勝った気でいるのだ。だが正確には勝つ算段をつけた上で、勝利以上のものを得ようとしている。そこに失態があれば、僕やベルクーリが何とかする、何とかしてくれるとファナティオは考えている。その期待には応じなければならない。

 前線に出てきた各種族の長は対処できた。次の大きな動きまでは僕がしなければならないことはない。《陽纏》の手綱を繰り、一般兵との戦闘に身を投じた。

 

******

 

~side:ユージオ~

 僕に任されたのは後陣の中でも最後列、補給隊の防備。はっきり言ってしまえば閑職だ。だけど、別に僕はそれを不満には思っていない。なぜならこの補給部隊の中にはキリトのいる車もあるからだ。むしろ気を遣われた方なのだと理解できる。

 そもそも、やはり僕は積極的に暗黒界のヒトと剣を交えることに抵抗がある。きっとここを抜かれれば人界の危機だと明言できる最終防衛線のような場所でなければ戦力にならないだろう。そんな自分を、僕は誇らしく思う。

 奪う戦いではなく、守る戦いこそが僕の本望だ。

 遠くで《東の大門》が崩落した音が聞こえた。それでも補給部隊は平穏を保っている。補給隊長のフリーオさん――本人は隊長という呼び名が気に入らないようで、補給()長にしてくれと頼んでいる――の陣幕だけは常に誰かしらが忙しげに出入りしているが、それだけだ。僕らのもとまで敵が来たとき、それは前方に布陣する並みいる整合騎士が突破されるとき。そんなときは来ないだろうという油断が、僕らの間には漂っていた。

 そんな僕の耳に剣戟の音が届いた。そこで、疑問が湧く。

―――どうして戦闘音が近づいた?

 多少であれど陣の内部に侵入された可能性がすぐに浮上してくる。傍で待機していた伝令役に事前に決められていた合図を送る。彼はフリーオさんのところへと駆けていった。これで補給部隊自体は大丈夫だ。後はフリーオさんの統率のもと、事前の取り決め通り移動の態勢を整えられる。

 そう安心した僕の視界の端を、緑髪の整合騎士が横切った。

 グルンと顔を向ける。レンリ殿と思われる整合騎士は既に補給部隊の中へと紛れ込んでしまって見つけられない。

 理由の分からない彼の行動に一瞬気を取られたが、先程よりも更に大きくなった鋼の鳴る音に引き戻される。

 大きく息を吸った。

 

「補給部隊、回避準備ッ!」

 

 フリーオさんの手際は見事だった。彼は行商団を率いていた経験を活かし、この補給部隊の天幕全てを可動式にしたのだ。その仕かけが動き出す。

 人界中から掻き集めた馬がそれぞれの天幕を引くと、天幕はたちまちの内に幌馬車に変わっていく。その仕かけを理解してはいないが、フリーオさんがいなければこうはならなかったということだけは理解できる。

 補給部隊の防衛部隊に布陣の指示を出す。人に指示を出すのは余り得意ではないのだが、この布陣は事前に定められていたもの。そこに滞りはない。

 リネルとフィゼルという苦い思いを味わわせてくれた二人組も、この防衛部隊に配属されている。二人は防衛部隊の中でも先頭に立って大まかに敵の数を減らすのが役目だ。反対に、僕は後詰めとして最後尾に位置している。

 天幕の移動が始まったのと同時に、前方に敵影が現れる。

―――想定より、多い!

 これほど早く前衛が打倒されるとは思えないため混戦の中で抜けてきた敵が主体だと思ったのだが、数が多く、その動きは統率が取れている。

 唾を呑み、指示を飛ばした。

 

「散開っ! 敵を後ろに通すな!」

 

 僕の言葉通りに部隊の兵士は散らばっていく。この辺りは既に平地に入り始めていてとても封鎖できる狭さではない。密集して敵に対応しようとすれば、統率の取れた相手ではすぐに回り込まれてしまう。苦渋の決断だ。数で劣るとは言いがたいが、ここまで抜けてきた実力を見るに兵士達は不利な戦いを強いられることになる。

 奥歯を噛み締め、少しでも兵の負担が減るように僕も《青薔薇の剣》を抜いた。




 活動報告で危惧したような事態にならず良かったです。
 ファナティオさんageなのかよくわからない感じになってしまいました。先がよく見えているといえばそうなのですが、足元を掬われそうなやり方と言いますか。ちなみにファナティオさん的にもレンリ君の逃走は想定外で、結果として補給部隊が危機なのでやっぱり足元掬われてますね。
 レンリ君の覚醒を書かなければならないのはそうなのですが、それ以上にユージオ君をカッコよく活躍させたいという思いが。というか、フリーオのお陰で天幕移動してるってことはレンリ君も戦線離脱しているのでは……?
 どないしよ()
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