SAOUW~if《白夜の騎士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 現実逃避の投稿です。今回はレンリのターン、どうぞ。


#34 重荷

~side:レンリ~

 ガタガタ震える。

 膝を抱えて震える。

 耳を塞ぐ手と、目を塞ぐ手と、口を塞ぐ手と……、あと首を絞める手が足りない。

 暗黒界人は嫌いだ。恐ろしいのもあるが、自分をここまで恐れさせているということが怒りを呼ぶ。でも、それ以上に暗黒界人をここまで恐れている自分が嫌いだ。

―――いいや、違う。

 知っている。知っているとも。自分が真に恐れるのは暗黒界人ではないと。暗黒界人を殺して()()()ことだと。

 自慢ではない。客観的判断として、整合騎士として実力()十分な僕は、きっと数多の暗黒界人の首級を上げることができるだろう。だけれども、それはとても恐ろしいことに思えた。

 整合騎士は最高司祭様が取り上げられた大切な記憶を、――望めば――カーディナル様に返していただける。解凍された直後にそんな話をされ、よく分からないままに頷いた。そして僕は自分の罪と向き合うことになった。

 

 親友殺し。

 

 誰も、それを糾弾はしなかった。当然だ。これが明らかになったのはあくまで僕の頭の中での話。他には誰も知らず、事情を知っていた者も整合騎士を糾弾などできないのだから。

 だが自分が何よりも自らを責めた。自分よりも、きっとあの親友の方が有望だった。それは叶わぬ未来への過度な期待なのかもしれないが、自分には間違いないように思えた。自分は彼の命を奪って良いような器ではなかったのだ。

 誰かを害するのが怖い。

 誰かを害したとき、その責任は自らにのしかかる。肩が、重くなる。記憶を取り戻す以前に最高司祭様に失敗作と呼ばれたのも、きっとそれをどこかで感じていたからだろう。記憶を取り戻してようやく自分の恐怖の原因を見定めることができた。……見定めたところで、到底克服などできないのだけれど。

 いっそ見定めなければ、ただの命を落とすことへの恐怖だと踏み越えていくことができたかもしれない。恐怖の正体も知らぬままに乗り越えることができたかもしれない。今では、それは遠い話だ。

 暗黒界人にも同じ重さの命があると知ってしまった。オーク族の長の要望である、亜人族への差別撤廃。その第一歩として整合騎士は教導された。僕だってそうだ。彼らにも彼らの暮らしがあり、知恵も心もあり、そして話し合いのできる相手だと知ってしまった。ただの蛮獣と――文字通り――斬り捨てることはもうできなかった。

 人の命を奪えば、その人の人生を背負わねばならない。他の整合騎士はきっとそれを理解し、受容し、そしてそれも構わないと胸を張るのだ。僕には、できそうにない。

 いっそ下級兵士ならば良かった。彼らは一人では弱いが、皆で支え合える。それは戦闘だけでなくそれ以後に関してもだ。この戦いでどれだけ暗黒界人の命を奪おうと、その重みは全員で分散して担うことができる。

 僕は整合騎士だ。一人で背負わねばならない。それも、下級兵士とは比べ物にならない数多の命を。

 それが怖くて僕は逃げたのだ。逃げてしまったのだ。いまだ背負わぬ重みに怯え、気づけば補給部隊の天幕に紛れ潜んでいた。

 まさか前陣があれほど早くに抜かれるとは思っていなかったのだ。油断していたのだ。言い訳は何とでもできるかもしれない。だが結局は、この期に及んで整合騎士として戦うことを呑み込めなかっただけだ。

 周りが酷く騒がしくなった。僕のいない後陣がそう長くゴブリンを足止めできるとは思わない。きっとこの辺りまで敵が突破してきたのだ。それで補給部隊の移動作戦が始動したに違いない。

 これらの天幕は実に簡素な造りだ。そもそもこの渓谷自体が《東の大門》があるせいで無風に近く、十一月にもかかわらず比較的気温が高い。そのため使用している布が分厚いだけで十分な保温機能になった。

 この天幕にも誰かが入ってくる。そっと息を潜めた。そんなことをしてもこの天幕も移動するのだからすぐに気づかれてしまうだろうに、少しの自尊心が身を隠させた。

 

「ロニエ、急ぐよ!」

「う、うん!」

 

 声は若い女性二人分。しかし、その二人は明らかに別の荷物を引き摺っていた。こっそりと物陰から覗けば、それが件の剣士の青年だと分かる。

―――彼女達は、その世話役の……。

 少しでも多くの戦力――整合騎士――を集めようとした騎士長閣下はユージオ・サーティツーを招集するにあたって、彼の要望で青年とその世話役を陣に置くことを許可した。そのため修剣学院の上級修剣士である彼女達は他の学友とは異なって補給部隊所属ではない。つまりこの天幕を移動することは仕事には含まれていないはずだが、手早く、しかし確実に、以前から準備していたと明確にわかる手つきで天幕を畳み始めた。

 天幕の中心に立っている檜柱は中央の杭で二つの部品が組み合わされたものであり、それを引き抜けば当然柱は中央から分離する。天幕の天井部分には枠組みがないため、柱が抜ければ布はへたり落ちた。上級修剣士の二人はそれに目もくれずに天幕の四隅へと急いだ。天幕の布を地面に固定しているのは四隅の杭だ。それを引き抜き、天幕を張っていた四隅の柱に準備されていた車輪を固定する。天幕内の物資固定棚はそもそもが台車に乗ったような形状であり、天幕の枠組みと接合すれば一気に車輪で動くようになる。

 そこまでは規定された天幕の畳み方だ。これから外側についている取っ手と馬を繋げて引っ張る形に持っていくのだ。しかし彼女達はまだもう一作業残っていた。そう、青年の車椅子だ。この天幕はそもそも青年の退避場所だったのだろう、天幕には車椅子を固定できる仕組みが備えられていた。

 彼女達はそこに車椅子を括りつけた。ここまでは順調に見えていた。だが順調なのはそこまで、いや、そもそも彼女達の見事な手捌きでも遅かったのだ。

 天幕が裂かれる。ゴブリンが踏み込んでくる。車椅子という明確な重石のために彼女達はそもそも天幕に辿り着くのが遅かった。作業も多かった。裂かれた天幕から外が覗くが、この天幕は殿のようになってしまっている。これではゴブリンが到達するのも無理はない。

 僕は膝をより強く掻き抱いた。飛び出せば、きっとあのゴブリンは倒せる。でも、それで良いのか、僕には分からない。今彼女達を助けたところで、取り残されたこの天幕はすぐに他のゴブリンに包囲される。僕は何人のゴブリンを殺さねばいけないのか。何人の人生を背負わなければいけないのか。もし彼女達がその乱戦で命を落とせば、守りきれなかった僕の肩にはその二人の命ものしかかる。

 無理だ。

 僕にはできない。

 それなら、ここでただ漫然と死を待てばいい。

 誰の生死にも関わらなければ誰の人生を背負うこともない。自分の命だけ抱えて、重みに押し潰されずに終われる。

 そう思って、目を背けた。

 

「ヘヘ、逃げ遅れたイウムの娘だぁ。オレの獲物、獲物!」

「てぃ、ティーゼ」

「さ、下がりなさい! それ以上近づけば、斬ります!」

 

 怯える二人の声が聞こえる。それでも二人が逃げることはない。なぜなら、青年がいるから。

 自嘲の思いが湧き上がる。誰かの命を守るため脅威へと立ち向かう。恐怖を踏み越える。その様は、僕なんかよりもよっぽど騎士にふさわしい。僕は立派な騎士になんかなれない。

 『レンリ、お前は立派な騎士になれる』。そう言ってくれた親友の声が聞こえる。そうだ、あの頃は無垢にそう思っていた。でも無理だったんだ。お前の命を抱えることですら重たくて膝が折れてしまう、こんな僕なんかでは立派な騎士になんかなれっこなかったんだ。

 

「オラアァ!」

 

 ゴブリンが得物を振り被った音が聞こえる。耳を塞ぐ手が足りない。あと数瞬で二人の少女の悲鳴が聞こえるだろう。彼女達もやはり前線に立つには覚悟が足りない。他人を守る意志はあっても、他人を害する意識が足りない。それではゴブリンに剣を向けたところで何の役にも立たずに、あの細い体を血に染めることになる。

 瞑っていた目を、ぎゅっと更に強く瞑り込む。だが、次に聞こえてきたのは予想外の剣を()()音だった。

 思わず目を向ければ、ゴブリンも、少女達も揃って狐につままれたような顔をしている。僕はベルクーリ騎士長閣下の言葉を思い出した。それは青年が自分の《心意》で閣下の攻撃を防いだというもの。今も、きっとそれに類することをあの青年がしたのだろう。身動ぎ一つ自分の意志ではできないというのに、彼女達を守るという思いがそれをなした。あの青年にはあらゆるものを背負う覚悟が、きっとあるのだ。だからそんなに強く誰かを思える。

 臍を噛んだ。

 なぜ? ……少し、それが悔しく、羨ましく思えたから。

 ただ膝を抱えて震えている自分と違う姿に、憧れを抱いたから。でも、その憧れを抱いた姿もすぐに消えるだろう。いくら青年の意志が強かろうと、あの状態ではまともな抵抗はできない。すぐに限界が来る。

 だから、臍を噛んだ。

 

「わけ分かんねぇが、関係ねぇ。さっさと殺しちまえばいいんだ、そうだろぉ!?」

 

 再びゴブリンが得物を振り被った。僕は思わずそちらに半身を向ける。でも立ち上がることはできない。ゴブリンの朴訥な大剣が見えた。それだけで膂力が高いことが見て取れる。

 それが振り下ろされる瞬間、ゴブリンの胸元に()()()()()

 それは水色の剣。最初は切っ先だけ見えていたのが、押し込まれたことで刀身のほとんどがこちら側へと飛び出す。ゴブリンは唖然と黄色い眼を見開き、動きを止めた。あれは心の臓を正確に貫いている。武器自体の性能の高さから言っても即死だろう。

 剣が引き抜かれるとゴブリンはぐったりと崩れ落ちた。その背後にいたのは、やはり、整合騎士の鎧を着た金髪の青年だった。

 

「ティーゼ、ロニエ、無事かい?」

「ユージオ先輩! はい、キリト先輩もご無事です!」

「助けていただき、ありがとうございます!」

 

 そうか。そう言えば、あの青年とユージオ・サーティツーは修剣学院の同期だったか。かつての僕とあいつのように素晴らしい二人組だったのだろう。

 ユージオさんの鎧は血で汚れていた。鎧だけではない。その綺麗な金髪にも泥汚れに混じって血が見え、頬には乾いた返り血がこびりついていた。明らかに、何人もの敵を倒した後だ。

―――流石、だ。

 ユージオさんと初めて会ったとき、自分と似たものを感じた。きっと彼も他者を害すことを得意としていないと。話してみればそれが事実であることはすぐに分かった。今回の戦いでも、補給部隊の警護の任を与えられ、どこかほっとした様子だった。

 だというのに、彼は立派に騎士として戦っている。多くの命を殺している。その意味が分からない彼ではないだろう。分かった上で、その若い双肩で担おうとしているのだ。

 再び、僕は俯いた。

 

「うん。二人は外で馬を繋いで、早くこの天幕を移動させてほしい。頼めるかな?」

「もちろんです! 迅速に退避を終わらせます!」

 

 ティーゼと呼ばれていた方だろう、少し上ずったような声でもう一人を引き連れて天幕を出ていった。

 すぐに戦場へと戻ると思ったのに、ユージオさんはまだ天幕の中に留まっていた。

 

「ええと、レンリさん、ですよね」

 

 体が揺れ、隠れていた棚に鎧がぶつかって音が出てしまった。こうなっては白を切ることはできない。大人しく、立ち上がった。

 

「……いつから、気づいていたんだい?」

「最初から、です。貴方が補給部隊に、その、」

「逃げた」

「……と報告されたので、天幕を動かす際に確認するよう指示したのですが、見つけられず。所属が補給部隊ではないあの二人には指示が届いていないと思い当たってこちらに来ましたので」

 

 彼は最初から僕を探していたのだ。その事実に戦慄する。彼こそが僕の肩に重荷を載せてくる悪神のように見えた。

 

「何とか防備の手を回していますが、このままでは人界に抜けるゴブリンも出てきてしまいます。どうか、剣を執ってはもらえないでしょうか」

 

 彼はあくまで低姿勢だ。こんな逃亡者になぜそんなに気を回すのか。……僕が実力だけなら整合騎士並みだから、だろう。

 思わず、口から弱音が飛び出した。

 

「――できない、できないよ! 僕には、彼らを殺すことができないんだ! 彼らだって物じゃない、ただの悪魔じゃない。それぞれにそれぞれの家族がいて、人生がある。それを僕が摘んでしまうことなんて……ッ」

 

 弱音は、気づけば詰るような勢いになっていた。

 

「君は、君はどうしてそう平然としていられるんだ!? 君だって僕と同じだろう!? 誰かを傷つけ、その人生を丸ごと背負い込むなんていうことをどうしてできるんだ!」

 

 ユージオさんは一瞬虚を突かれたような表情をして、苦笑した。

 

「確かに『平然としている』なんて言われると応えるね……。僕だって別に平静なわけじゃありません。苦しいし、辛いですよ。誰かから奪い取る戦いなんて真っ平ご免だ」

 

 彼は、存外苦々しげに吐き捨てた。だが即座に柔らかい笑みを浮かべる。

 

「でも仕方ないんですよ。これは、奪い取るための戦いじゃない、守るための戦いです。僕には守らなきゃいけない人がいる。彼らを守るためなら、僕は何人だって殺しますよ。どれだけの人生も背負いますよ。世界を敵に回しても、カセドラルを背負うことになっても、それでも僕は大事な人を守りたい。ただそれだけなんです」

 

 氷のように冷ややかな、しかし確かな熱量の込もった言葉が脳に染み渡っていく。

 

「人界を守りたい。知り合いを守りたい。何も生命だけじゃない、彼らの尊厳を守るために僕は剣を執りました。これを下ろすことは僕にとっては何よりも恥ずかしいことです。それは自らの手で彼らを放り捨てるようなものですから。だから僕は背負い込んだ重荷で押し潰され、這うことしかできなくなってもこの剣を握り続けます。それが僕の意志です」

 

 自分の身が恥ずかしくて背けていた目線を上げれば、煌く瞳とかち合った。深い緑色は苦悩と悔恨と諦観とを混ぜ込んだ、『覚悟』の色をしていた。

 気圧され、後退る。

 

「レンリさんには守りたいものはないんですか? その剣を捨てることでなくしてしまうものはないんですか?」

 

 浮かんでくるのは親友の顔と言葉。『お前は立派な騎士になれる』。その最期の言葉を、僕は嘘にはしたくない。

 

「……もう行かないと。では」

 

 ユージオさんは肩で風を切るように天幕の外へと駆けていく。

 僕は、それを追いかけた。

 思わず足が動いていた。さっきまで立ち上がることすらできなかったような膝は、しかし柔軟に曲がって僕の身を外へと連れ出す。

 背中を誰かに押された気がした。立ち上がった瞬間から、突き飛ばされるように天幕を出る。そこには既に水色の整合騎士はいなかった。あちこちで剣戟音が響いている。きっとそのどれかに紛れてしまったのだろう。

―――こんな覚悟で、良いのだろうか。

 まだ自分が戦えるかどうかは分からない。それでも、僕はもう背負ってしまっているのだ。親友という、僕にとって何よりも大切な彼の命を、人生を、その全てを。だったら、僕が戦わなければ彼という最高の戦士まで戦わずに終わることになる。彼の尊厳を穢さないために、僕は彼の分まで騎士として戦わなければならない。

 そんな、どうしようもない心が僕を動かしていた。これから背負うことになる命を見ずに、何よりも大事なものだけを見る。軽く吹けばそれだけで消えそうな火だが、確かに灯っていた。

 

『ああ、それでいい。それでいいんだ。その火を段々大きくすればいいんだ』

 

 そんな声が聞こえた気がする。

 腰に備えた《雙翼刃》を手に取る。戦場で立ち尽くす僕を良い獲物だと思ったのだろう。瞬きの内に周囲にゴブリンが集まってきた。彼らは僕の鎧を見て「大将首だ」と口々に叫びながら僕を包囲する。

 他の整合騎士なら包囲されれば不利を強いられることになる。だけど、僕と僕の《雙翼刃》なら別だ。

 

「僕は、レンリ。整合騎士、レンリ・トゥエニセブン! これより、僕は僕とあいつのためにお前達の命を絶つ!」

 

―――そして、背負ってみせる、たとえ最後の瞬間にその重さで潰れることになろうと!




 最初から最後までたっぷりレンリ君でした。原作よりも悩みが深刻化しているせいで、キリトさんパワーだけではメンタルケアは無理でした。ユージオ君のカウンセリングでもまだ足りないですね。まだまだ弱々メンタルですが、頑張っていって欲しいです。
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