SAOUW~if《白夜の騎士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 また間が空きました、反省ですね。活かされそうにない反省ですが。開戦一日目が落ち着きそうです、どうぞ。


#35 小康

~side:ユージオ~

 レンリさんと別れて僕は自分の言葉を振り返っていた。

 守りたい人を守るために僕は剣を執った。そのことを悔いる気持ちは一切ない。それでも、戦わなくて済む道がなかったのかを常に問い直している。

 もちろん、フリーオさんを中心に使節団がその道を探り続けていたのは知っている。整合騎士に叙任された後、平穏を望んだ僕はキリトと一緒にルーリッドの村に帰っていたが、頻繁に帰ってくるアリスを通して中央の混沌とした様子も聞いていたのだ。

 思えば、あの日々が僕の人生で最も心穏やかな時間だったのかもしれない。出戻りの形になってしまった村で生きづらい感覚を味わっていたことは間違いないけれど、記憶を取り戻したアリスのお蔭で騎士として叙任された話を疑われることはなかったし、ずっと心残りだったアリスの件も解決して燃え尽きていた。

 ベルクーリ騎士長閣下に参陣を持ちかけられたときも、最初はそれに乗る気はなかったのだ。当初はそもそも和平交渉が進み本当に戦争になるとは騎士長閣下自身も考えていなかったようだけれど。

 僕はもう剣を執るだけの意志を持てなかった。一人では生活できないキリトの介護をするという、ただそれだけが当時の僕の生きている理由だった。他にはもうこの世に何の未練もなかった。

 それが変わったのは北の山脈を越えてゴブリンが村に侵攻してきた夜だった。村の外れに住んでいたから、僕が襲撃に気づけたのは村が燃えてからだった。大慌てで剣だけを掴んで走り出そうとして、そこでキリトを思い出した。身動きのできないキリトを誰が来ると知れない小屋に放置はできない。だからと言って、彼を背に負って戦うのは余りに現実的じゃない。逃げるのにもそうだ。車椅子を作ってもらったが、あの辺りは整備されていない道も多く、車輪で素早く動くのは不可能に近かった。

 そこで僕は停止してしまったのだ。

 その僕を救ったのは飛竜の羽音だった。小屋の戸を押し開いて硬直した僕の目の前に、アリスが彼女の飛竜である《雨縁》を降ろしたのだ。

 激しく混乱する僕に、アリスは一度大きく張り手をした。それで悩んでいた中身が丸ごと吹っ飛んで、真白になった脳に彼女の言葉が入り込んだ。

 

『貴方はその力で何をなしたいのですか。何をなすべきなのですか。剣を持つなら、それを見定めなさい』

 

 二人でいるときは砕けた口調を使うようになっていたアリスのそれは、整合騎士の先達としての言葉だった。僕は三十二番目の整合騎士で、《青薔薇の剣》の柄を握った。そうしたら、それからは止まるべきじゃない。迷っていたとしても、迷うとしても、その剣を握った責任は果たさなければいけない。自分を信じなければいけない。

 目が覚めたような気がした。薄膜を隔てて見ていた世界が急に鮮やかに見えてきていた。そこで僕は自分が剣を振る『意味』を決めたんだ。

―――僕の剣は守るために。自分の守りたいものを守れるように。

 かつてアリスを失い、彼女を取り戻したらキリトを失った。僕はもう二度と身を切られるような思いを味わいたくない。たとえ全世界に私欲の塊と非難されるとしても、僕は彼らのために世界を敵に回すことを決めた。

 アリスはそんな僕の宣言を聞くと笑ったのだ。

 

『それでこそユージオね。そもそも貴方はあの最高司祭様に歯向かったのよ? 世界なんてとうに敵に回してるじゃない』

 

 それから《雨縁》の背にキリトを乗せ、僕とアリスは襲撃者のゴブリンを迎撃した。自分とキリトに冷たく当たっていたとしても村の人々を憎むことはできなかった。剣を持つ理由を思い出した僕は、それまで自分の中で仄かに燻ぶっていた村人への怒りが憧れから生まれたのだと悟った。僕は平和に暮らす人々を何より尊いと感じ、そんな彼らに交じれない自分に呆れていたのだ。

 それに気づいたら、村を襲撃するゴブリンを知らない振りをすることはできなかった。アリスとキリトを守るという意志は揺るがないが、人界の民の全てもまた僕は守りたかった。

 ゴブリンを撃退し、半壊した村の中で僕らは朝日を浴びていた。そこでアリスから来訪の理由、すなわち暗黒界との和平の決裂と戦争の気運を聞かされた。騎士長閣下に参陣を頼まれたというその言葉に、否と言う気はもうなかった。

 だから今、僕はここにいる。暗黒界のゴブリンであっても同じ命、同質の魂を持つと知りながら、僕は彼らの血を《青薔薇の剣》に吸わせている。全ては人界を守るために。

 血振りをする。それで剣は元の薄い水色に戻るが、同色に染められた鎧は赤黒いままだ。それが僕の罪を糾弾する。暗黒界の民といえど平和に暮らす人々ではないのか、お前の守りたい世界ではないのか、と。

 だから僕は願うのだ。願うしかないのだ。人界の整合騎士として剣を執った義務だ。両方の世界を救えないなら、片方だけでも救ってみせる。それでもどうか、暗黒界の平和が崩れない内に戦いが終わりますように。

 軽い祈りを天に捧げる。《創世神ステイシア》がいないとしても、きっと何かに届くと信じて。

 

「――まさかこんな後ろに整合騎士が居残ってるとはねぇ。天幕まで動き出して、こりゃ大将首ぐらい取ってかねぇと割に合わねぇなあ」

 

 死体の間を一人の大柄なゴブリンが歩いてきた。見た目からして明らかに他のゴブリンよりも装飾が多い。体のサイズで首長を決めるジャイアントと違ってゴブリンの首長は体格だけでは決まらないが、首長のゴブリンはその威を示すために多くの装飾品を身に着けるそうだ。

 

「お前がゴブリンの長か」

「ああ、山ゴブリンの族長コソギだ」

 

 幸い、周囲に他の人影はない。人界軍の状況が少し不安ではあるが、あの幼い二人に加えて今はレンリさんもいる。だから心配しなくても大丈夫だ。

 

「こちらも陣を崩されているんでね。その首、貰い受ける」

「はっ、やってみやがれってんだ!」

 

 ゴブリンの族長――コソギが雄叫びを上げながらその片刃の大剣を振り上げる。僕は正確にそれを観察した。

 

「エンハンス・アーマメント!」

 

 《青薔薇の剣》を大剣に合わせる。コソギは刃同士が接触する直前で膝を折り、身軽に前転した! そして改めて超近距離からその大剣で斬り上げる!

 その刃の先を見る。右肘を経由する軌道を描くそれは、きっと僕の首を刎ねるだろう。彼は鎧に守られていない顔を狙ったのだ。

 それは正しい選択だ。だが同時に読み易い選択でもある。

 

「リリース・リコレクション」

 

 今度は静かに囁く。反対に《青薔薇の剣》自体を媒体にして伸びる氷の茨は、凄まじい速さで大剣ごとコソギの腕を絡め取った。フリーオさんの情報通りだ。ゴブリンの強みは身軽さと柔軟性を駆使した曲芸的な動き。それを封じれば好機が巡ってくる。

 腕を捕らわれたことで一瞬とはいえコソギは動きを止めた。彼が再始動する前に、僕は改めて目の前にあるその首を断つ。ゴトリと零れ落ちた頭の後を追うように、制御をなくした首なしの身体が倒れた。

 

「ユージオさん」

 

 いつの間に近づいていたのか、振り向くとフィゼルとリネルがいた。

 

「意外ですね。カセドラルで会ったときは私達にまるで警戒しなかったような人なのに、敵だからってこんなにあっさり」

 

 リネルがしゃがみこんでこつんとコソギの死体をつつく。

 

「私達が一番首取ったと思ったのになぁ。レンリっちまで出てきて獲物横取りされちゃったし、一番はユージオさんに譲らないと」

 

 フィゼルが周囲を示した。そこには数えきれないほどのゴブリンの死体が横たわっている。

 二人はそれで満足したのか、僕の前で揃って頭を下げた。

 

「「騎士様、ご命令をお願いします」」

「……まずは報告から。補給部隊と天幕、防衛部隊の損害は?」

「補給部隊の人に被害は出てません。天幕が破けたのと、車輪とかの木組みが壊れたのが数件。でも一件を除けば移動中の事故とか整備不良みたいだし、物資にも損害はなし」

「防衛部隊も死者は一割を切ってます。負傷者も少ないです。侵入したゴブリンも全員殺しました」

 

 最後にリネルとフィゼルは顔を合わせて「「ねー」」と言う。可愛らしい様子で血生臭いことを言う二人には、いい加減慣れた。

 

「それじゃあ次は原状回復だね。フリーオさんに補給部隊の再配置を依頼してきてほしい。僕は防衛部隊の再編制をしつつ、前陣の戦況を確認する」

「了解しました」

 

 二人は軽やかに走っていく。正式に叙任されていない二人は修道服姿だが、二人の俊敏さも合わせれば人界軍で飛竜に次ぐ伝令役だ。それは速さの面でも、強さの面でも。彼女達なら多少の敵に出くわした程度では役目の妨害にはならない。

 土煙が晴れ、僕が指揮すべき防衛部隊の兵士が見えてきた。

 

「さて、もう一踏ん張りだ」

 

******

 

~side:レント~

 一日目の戦いが終わった。夜間に休戦するという暗黙の了解があるわけではないが、前線を張っていた三部族全ての長が倒れ、暗黒界軍の攻めの手は緩んでいる。その隙に人界軍も一息をつくことができていた。

 僕も血と汗でぐしゃぐしゃになった装束を清め、与えられた天幕で水を飲んでいた。遠くの峡谷の上空で赤い光が煌いていた。

―――騎士長の武装完全支配術……。

 ファナティオの読み通りだ。地上戦で成果が出なければ暗黒界軍は空中戦を仕かけてくる。人界側の航空戦力は整合騎士の数少ない飛竜のみであり制空権を取ることは難しく、空を押さえられては前と上からの二方面攻撃に戦線が崩壊する。そこで人界軍は罠を張った。

 それがベルクーリの武装完全支配術。前もって峡谷を埋め尽くすように彼の剣閃を仕込んでいたのだ。敵の航空戦力にそれをぶつけて壊滅させる。それは一旦の猶予を与えるのみならず、同じことを再びできないと知らない敵に航空戦力を用いること自体を躊躇させる効果を生む。

 そして空から攻撃できないと知れば、一日の戦いが終わって満ちたであろう空間神聖力を用いようと敵の術師が出張ってくる。それを討つのがアリスに与えられた役目だ。

 峡谷の全てを焼き払うような神聖術は後方の陣幕からでもよく確認できた。それは日中に失われた命の光であり、新たに多くの敵を死に誘ったであろう殺戮の光だ。吐き気がする。

 暗黒界軍は人よりも夜目が利く。夜間は複数人でチームを組んで明かりを絶やさないように立ち回るよう兵に指示し、僕は中央のベルクーリの本営へ向かった。

 

「――《光の巫女》ぉ?」

 

 ベルクーリ自身の指示で、整合騎士はこの天幕に入るのに許可を必要としていない。僕が天幕を持ち上げたとき、ベルクーリのそんな声が聞こえた。

 ベルクーリは中でファナティオと食事を摂っており、そこにアリスが何かを報告していたようだった。

 アリスが目線だけで僕にも同席を求めたので、事情も分からないまま横脇の椅子に座る。

 

「はい。そのような名称、どんな歴史書でも見かけたことはありませんが、敵の司令官がそれを強く求めているのは確かなように思われます」

「敵の司令官、《暗黒神ベクタ》ねぇ。神の降臨なんぞ俄かには信じがたい話だが、そいつが《光の巫女》を探していて、それが()()()()()()()として、重要なのはそれがどう戦況に影響するかだぜ」

 

 《光の巫女》。その名称は僕も聞き覚えはないが、敵の司令官であるベクタが()()()を求める事情にはいささかならず心当たりがある。

 

「アリスちゃん、その話は一体どこから?」

「――敵の、オーガの族長からです。彼はこの侵攻は彼らの望むところではなく、《光の巫女》を求める皇帝ベクタの専制によるものだと言いました。また、あの術式を放った私のことを《光の巫女》であると認識していました」

 

 そこでアリスはベルクーリに向けていた体をこちらに向け直した。

 

「ところで、レント。最近になって貴方のことが少しは分かるようになってきたのですが、貴方がそうやって情報自体を訝るとき、それは貴方にとって都合の悪いときですね? そしてそれを揉み消そうとしているときです」

 

 思わず、拳を握った。

 

「もしや、《光の巫女》に関して知っていることがあるのではないですか? そもそも貴方やキリトの話が本当なら《暗黒神ベクタ》が実在して降臨するはずがない。そこの関係はどう説明するつもりですか?」

 

―――これは、嵌められたね。

 彼女が同席を求めたのは僕の意見を求めたからではなく、僕を糾弾するためだ。『神』の存在と僕の説明は確かに矛盾する。そこを彼女は見逃さなかった。

 ベルクーリとファナティオも僕を見つめている。その瞳は一切の虚飾を許さないだろう。彼らの前で問い詰めたのも僕を逃がさない覚悟の表れか。

―――腹を括るか。

 

「……一つずつ弁解しましょう。まず、『神』の存在について。『外』の世界からここに来るために、僕らはこの世界で被るための『皮』を必要とします。あちらにはその在庫の一つとして、こちらで言う『神』が準備されています」

「つまり中身はただの人であると?」

「はい。ただし『神』の『皮』にはそれ自体に強大な権能が設定されていますから、中身が只人であっても能力は本物です。今回、敵は《暗黒神ベクタ》の『皮』を用い、暗黒界の民を良いように使ったのでしょう」

「『敵』……?」

 

 ファナティオが引っかかりを覚える。本当に彼女達は鋭く、聡い。

 

「はい。貴女方の『敵』でもあるかもしれませんが、直接的には()()()『敵』です。『外』の世界も一枚岩ではなく、僕はこのアンダーワールドを直接監視している者の側に立っているのですが、ベクタの中身は僕らを襲撃した者です。その目的はアンダーワールドよりの人攫い。具体的には――」

 

 そこでアリスを指差した。ベルクーリが顎を撫でる

 

「そりゃあ、()()()()()か?」

「ご慧眼、お見事。そのためユージオ・サーティツーも本来なら対象のはずですが、『敵』は未だアリスちゃんしか捕捉できていません。僕個人の目的がキリト君と人界の守護にあることは偽らざるものですが、僕が所属する陣営の目的にはアリスちゃんとユージオ君の保護も含まれます。もうしばらくすれば頼もしい援軍が到着する予定なので、そのときに明かすつもりでした」

「それは、なぜ?」

 

 アリスが眉根を顰める。彼女は嘘偽りを嫌うが、誤魔化しや隠蔽も同様に好まない。理由いかんでは二度と心を開いてはくれなくなるだろう。

 

「騎士アリスの信念の強さを信用していたからです。僕一人では説得できないと考えていました。――僕らはアリスちゃんとユージオ君を『外』に連れていくつもりです」

「何をッ、戦いを捨てて逃げ去れと言うのですか!?」

 

 アリスが机に手をついて立ち上がる。それをベルクーリが抑えた。

 

「まあ、嬢ちゃん。『外』には『外』の事情がある、そうだろ? そもそもレントの様子じゃ、この戦いが終わった後にでも連れ出すみてぇな素振りじゃねぇか」

「……最善はそれです。しかし『敵』がそう簡単に諦めるとは思えない。それでは、本当に殲滅戦になってしまう」

「あー、つまりだ。ベクタは嬢ちゃんを確保するまでは止まらねぇってことか?」

「はい。更に悪いことに、もしアリスちゃんが目の前で命を落とすようなことになったら、アリスちゃんの代替を探して人界の全ての民を検分する可能性まで十分に考えられます」

「そりゃ嬢ちゃんには言えねぇな。下手に責任感じて自害でもされたら目も当てられないってわけだ。――さて、それを聞いた上で、騎士アリスよ、どう返す?」

 

 アリスは少しむくれた様子で言った。

 

「私は黙って自害などしません。死なねばならぬとしても、そのような死に方は認められない。……正直なところ、オーガの族長の言葉を聞いたときにはそのような考えが浮かびかけました。しかし私の命にはもっと有効な使い方があります。ベクタが私を求めると言うならば、私は囮となってベクタとその手勢を引き離しましょう。敵軍は未だ膨大、それを千々にできる策です」

「そうですね。族長を討ったとはいえ、ゴブリン族とジャイアント族の兵はまだ多い。暗黒騎士、拳闘士と合わせれば人界軍が圧倒的に劣勢な事実は変わりません。この辺りで一つ大きな策を打たねばならないのは事実です。閣下、そもそもが少数精鋭の我らにとって小数部隊による遊撃、挟撃は大きな力となり得ます」

 

 アリスの献策をファナティオが支持する。ベルクーリはニヤッと片頬を上げた。

 

「お前さんの見立ては確かに正しい。だが、それは半年前までの話だ。今の嬢ちゃんにゃ要らん心配だったな。まだ嬢ちゃんに手を出してなかった以上、嬢ちゃんが戦場に身を置くのは認めてんだろ? なら、この作戦にも異議はねぇよな?」

 

 僕は、反論できる意見を持ち合わせていなかった。

 

「……条件があります。僕とユージオ君、それからキリト君もその囮部隊に加えること。それから、最終的に二人を『外』に連れ出すことに賛同することです」

「もし断れば?」

「この場でお二人を斬り、アリスちゃんを気絶させて身を眩ませます」

「なっ」

 

 僕の余りの物言いに、女性陣が目を剥いた。だがこれは譲れない。今を生きる彼らを否定することになっても、僕はより多くのAIを救う道を選ぶ。

 

「これは()()を見た判断です」

 

 そうつけ加えれば、正副騎士長は同時に首を縦に振った。数瞬置き、金木犀の騎士もそれに続いた。




 主人公が余り関係のないアリスの部分をカットしたにも関わらず、原作との変更点を追っていたら全然話が進みません。一つの場面にかける文章量が増えたのに対して一話の文量を変えずにいようとしているのが間違いのような気もしますが、きっと良い感じにどこかで帳尻が合うと信じてこのまま突き進みたいと思います。
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