SAOUW~if《白夜の騎士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 前話にサブタイトルを入れ損ねていましたが入れておきました。今話は現実世界編です。どうぞ。


#38 往訪

 GGOでアルゴと狩りに出ていた私が()()に気づかなかったのは、システムの穴というより私の不注意が原因だった。

 ゲーム内でアスナのメール着信通知を受け取ることはできる。だが、それはあくまで着信通知だけだ。そして当然なことだが、それはゲームにログインしている間だけだ。

 夜も更けて日付も変わり、私達はGGOをログアウトした。そして気づいたのだ。

―――アスナからの連絡……!?

 帰りかけて靴を履いていたアルゴを慌てて呼び止めた。

 

「アルゴ!」

「んっ、シノちゃん、夜に近所迷惑だヨ……。どうしタ?」

 

 振り向いたアルゴにスマホの画面を見せつける。差出人の名を見てアルゴも慌てて靴を脱ぎ捨てた。

 

「しょ、詳細は?」

 

 普段の冷静な様子などかなぐり捨てたアルゴと一緒にメールを開く。

 

『緊急事態です』

 

 そんな嫌な文句から始まったメールを目で追うにつれ、私とアルゴは色を失っていく。

 

「ナーヴギア、ですって……」

 

 二人揃って床にへたり込んでしまった。そのまま数分が経過する。状況を咀嚼するのにはそれだけの時間が必要だった。

 

「……どう、しよう」

 

 ぽつりと零れた声にアルゴが反応することはなかった。

 無言のまま過ぎ去っていく時間を消費する。手を動かしたく思って淹れたコーヒーで頭を覚醒させ、ようやくアルゴが口を開いた。

 

「シノちゃん、六本木に行こウ」

「六本、木?」

「『ラース』だヨ。もう見逃せなイ。直接向かうんダ」

 

 アルゴの表情はいつも通り、とは言えないが落ち着いたものになっていた。

 

「でも、ラースに行ったところで何も……」

 

 アルゴは指を振った。

 

「チッチッチ。違うヨ、できることはあル」

 

 アルゴはまたファイルを取り出した。

 

「これは六本木のラースの物資搬入等の履歴だヨ。調べている間に資料の一つとして貯めておいたものダ」

 

 再び現れた違法捜査による代物に呆れかえる。この《鼠》はしかるべき処置を受けるべき存在ではないのだろうか。

 

「でも、それで何が……」

「ここ数ヵ月で六本木のラースから大がかりな装置が運び出された形跡はナイ。加えて電力使用量にも大きな変化はナイ。どういうことか分かるカ?」

「……あっ。もしかして、キリトが実験で使っていたSTLって」

「多分、六本木にもSTLがあるんダ。そうじゃないと辻褄が合わなイ」

 

 アルゴの言葉は確かな覚悟を秘めていた。

 

「っ、行かせないわ。明日奈だけでも、もう分の悪い綱渡りなのよッ」

 

 アルゴは両手で私の頬を包んだ。

 

「怯えないで、シノちゃん。大丈夫。本当は分かってるんでしょ? 菊岡はそんなに薄情な人じゃないし、明日奈が見逃されたんだからもう一緒だ。これは決して翔の命を奪う決断じゃない。むしろ、翔を助けるための決断だ」

 

―――腹を、括ろう。

 

「……分かったわ。行きましょう、六本木に」

 

******

 

 六本木の雑居ビルの一つ、表からではまるでそうと分からない場所にラースはあった。

 その割に普通に設置されていたインターホンを前にして躊躇した私を後目に、アルゴは平然とそれを叩いた。

 

ピンポーン

 

 安っぽい音が鳴り、何だか拍子抜けする。

 

「シノちゃん、こういう施設は表面上は普通を突き通すのがセオリーなんだヨ。動揺しちゃいけないゼ」

 

 そのタイミングでインターホンから応答がある。

 

『は、はい……?』

 

 真夜中だというのに中には職員がいたようで、深夜の来客に疑問の声を浮かべていた。

 

「私は《鼠》のアルゴです。菊岡誠二郎二等陸佐にアポイントを取ってこちらまで参りました。オーシャンタートルの菊岡二佐に『《鼠》のアルゴが来た』とお伝えください」

『は、はい』

 

 見るからに女子高校生のような外見の人物が二人、突然の訪問に加えて秘密の研究所とはまるで不釣り合いな組み合わせだ。職員の声は戸惑いに満ちていたが、アルゴが余りにも正確に菊岡について述べるものだから押しきられていた。

 

「アポイントって……」

「もちろん、取ってなんかないサ。だけど《鼠》の名前を出せば菊岡は間違いなく察するはずサ」

 

 しばらくその場で待っていれば、インターホンから中に入るようにという指示が流れた。指示する声と同時にドアのロックが解除される音が聞こえ、アルゴがそれを押し開ける。

 鉄筋コンクリート製の廊下が伸びていた。その両脇にいくつもの扉がまた設置されている。

 

『通路の最奥、右手側の扉をお入りください』

 

 アナウンスに従って無機質な道を歩く。目的の扉にアルゴが手をかけ、私を見て頷いた。それで生唾を呑む。

 アルゴが開いた扉の中には、鉄筋コンクリートの雑居ビルとは思えない内装が広がっていた。

 壁一面に広がるホロウィンドウ。その下には実体のモニターも幾列にもなって並び、部屋の一帯は物々しいサーバーとコンピューターの群れに占拠されている。片隅に追い遣られたスチールロッカーの扉は解放され、最初は本棚として用いられていたのだと何とか判別できる書類の山の上には白衣が何枚も積み重なっていた。

 そして部屋の中を歩き回る白衣を着た研究員達。室内は日付も回った深夜でも活気を持っていた。そもそもこの部屋には窓がなく電灯も仄かに点いているのみなので、深夜だと大半は理解してすらいないのかもしれない。

 

「あー、えと、菊岡さんとはこの通話が繋がってる、から」

 

 アルゴに応対したのと同じ声を出す職員が、アルゴにヘッドセットを差し出した。ついでのように私にもヘッドセットが一つ。

 

「あー、モシモシ? 菊岡、聞こえているカ」

 

 アルゴはたちまちの内にこの空間に馴染み、放置されていたキャスターつきの椅子にどかりと座り込んだ。私もその横のパイプ椅子に腰を下ろす。

 

『……聞こえているよ。そこにはシノン君もいるのかな?』

「ええ、いるわ。お久し振りね、菊岡さん」

 

 動揺を押し殺し、冷めた声で返答する。OS事件の際に私とアルゴが接触を持ったのはそもそも菊岡を通してだ。私と彼女の繋がりを推測するのは難しいことではない。

 菊岡の声を聞き、私には動揺と同時に平静が訪れていた。開き直ったに近い感覚なのだろうか、GGOで照準を覗いているときと限りなく近い精神状態を引き出せていた。

 

『アスナ君とは違って君には口止めをしたはずだが?』

「私がされたのはあくまで()()()よ。『推測』を止められていなければ、『訪問』も止められてはいないわ。一言一句違えずあのときの言葉繰り返してあげましょうか?」

『……はぁ。分かったよ。これは不問に付そう。それで、君達は何が目的でそこに来たんだい?』

 

 アルゴに目配せする。単純な事態の説明なら彼女の方が余程上手くやる。私では感情を抑えることができないだろう。

 

「マ、そちらさんの状況はアーちゃん――アスナから大体聞いてるから説明は不要だヨ。レン坊がナーヴギアまで使ったって言うから、心配で取る物も取りあえずここまで来たのサ。ここならアンタと直接話せるだろうし、S()T()L()もあるしナ」

『まさか、君らは……』

「その、まさか。少しでも人手が欲しいんじゃないのカイ? 腕利きのVRプレイヤーが今か今かと出番を待っているんダが、ハードを提供するつもりハ?」

 

 アルゴがあくどい笑みを浮かべながら菊岡を揺さぶる。数瞬の思考時間を終え、菊岡が回答した。

 

『承諾した。今から詳細な作戦の説明をするから、二人は六本木のSTLを使用してほしい。そこには丁度二台のSTLが配置されている』

「あーっと、それはできない相談ダ。オレっちはダイブはしなイ。他にすることがあるからナ」

「そういうわけで、ダイブするのは私だけ。構わないわよね、菊岡さん?」

『……ああ。シノン君なら《太陽神ソルス》のアカウントを過不足なく使えるだろう。それを準備させよう』

「ありがとう」

 

 スムーズに進んだ話にほっと胸を撫で下ろす。これで、翔のもとに。

 菊岡からの指示が飛び、動き回っていた職員がSTLの準備へと走り出した。私にも書類が回される。そこには《太陽神ソルス》のアカウント情報やアンダーワールドの詳細なデータが記載されていた。それに加えて菊岡より送信されたという作戦書だ。その書きぶりに改めて彼が自衛官であるのだと実感する。

 STLの公式データに目を通し、安全面では自己責任を徹底するという条項に迷わずサインする私の横で、アルゴと菊岡はまだ言葉を交わしていた。

 

「フゥン、つまり今敵さんはFLA倍率を下げようとしているんだナ? でもそれっておかしくないカ?」

『……確かに、時間が限られているのは向こうの方だ。僕らは耐えていれば自衛隊の本隊が応援に来てくれるだろうから良いが、向こうは限られた作戦時間を延長する手段がFLA倍率だったというのに……』

「つまりそれは何か理由が隠れているってわけダ」

 

 アルゴは一度、言葉を溜めた。

 

「ナ、菊岡さん。オレっちって実は結構性格悪いって言われるんダ。そのオレっちが敵だったとしたら実行する策があル」

『それは?』

「外部プレイヤーを引き入れるのサ」

 

 その言葉に、菊岡の周囲の人間がどよめいたことがヘッドホン越しに伝わってきた。

 

「アンダーワールドを秘匿しなきゃいけないのはラース側で、アリスさえ確保できれば敵さんにとってはどうでもいいんだからナ」

『で、でも外部から引き込むって』

「アンダーワールドがザ・シード系列なら当然コンバートだってできるし、そもそも今のレン坊だってナーヴギアでダイブしてるんだロ? ほぼ同型のアミュスフィアでできない理由がなイ。FLA倍率が一倍になればアミュスフィアでも十分対応できル、違うカ?」

 

 菊岡に叫ぶ声が微かに聞こえる。『菊さん、メインコンが取られてるっすから外部回線も繋ぎ放題っす』だろうか。

 

『……だが、どう対処すれば。サブコンからでは回線を切断することはできない。たとえできたとしても、クローズドにしてしまえば六本木からのダイブも外部との通信も不可能になって不測の事態に対応できない』

「方策は二つ。外部プレイヤーに働きかけてダイブを防ぐか、こちらも同じ手法を取るか、ダ。さて、オレっちがなんでダイブしないって言ったか分かったカ?」

『――助力を、要請する。《鼠》のアルゴ』

「対価ハ?」

『成果によって応相談、かな』

「にゃははは、精々ふっかけられるよう頑張るとしようカナ!」

 

 話はまとまったようだ。そこでSTLの方も準備が完了し、私は別室へと案内される。明日奈のスマホに軽くメールを認め、私は大きな機械と一体化したベッドに横たわった。

 私が使うアカウントはスーパーアカウントの《太陽神ソルス》。設定された能力は二つ、《広範囲殲滅攻撃》と《無制限飛行》。正規のゲームではないため実に安直なネーミングだが、できることが大変分かり易い。

―――待っていて、レント。

 私の意識は落ちていった。

 

******

 

~side:アルゴ~

―――さて、どうしたものかね……。

 菊岡にはああ強がってみせたが、実際に自分に何ができるか考えたとき、その力は余りにか細いものに過ぎない。

 襲撃者がグロージェン・ディフェンズなのだから、まず引き込むのはアメリカのVRゲーマー達だろう。お国柄として日本よりもスプラッタ物やリアルで危険な物が人気であることを考えれば、ペインアブソーバーがないことや質感の確かな血肉をぶちまけられることをネタにプレイヤーを集めるに違いない。

 アメリカと日本の時差は、東海岸がマイナス十四時間、西海岸がマイナス十七時間だ。現在の日本の時刻が午前二時頃であるから、東海岸は午前十二時、西海岸は午前九時だ。完全な日中である。ただの平日ではあるが、そもそもの人口が多いからアクティブプレイヤー数はかなりのものだ。

 

ブーブー

 

 眉間の皺を伸ばしていると、スマホが振動した。メールを受信したのだ。発信元は――結城明日奈。

 ダイブしている彼女がメールを打てるわけがないから、訝しみつつも中身を確認する。内容を精読し、持ってきていたオーグマーを装着してそちらで改めてメールの添付ファイルを開いた。

 

「初めまして、アルゴさん。私はユイと申します。パパとママとニイを助けるのにお力を貸してください!」

「にゃははは、君が噂のユイちゃんか。もちろん、こちらこそ心強い助っ人ダ」

 

 可愛らしい妖精と指先で握手を交わす。彼女は打ち解けるための笑顔をすぐに解いて思案を始めた。

 

「日本のVRプレイヤーを集めるのはリズベットさん達にお任せしたいと思うんです。なので、アルゴさんには他国のプレイヤーを止める方向で動いてもらえませんか?」

「それは、どうしてダ? オレっちのネットワークは悔しいが海外じゃ力不足ダ。反対に国内なら有力だゾ?」

「……私は、皆さんに本アカウントをコンバートしてもらいたいんです」

 

 本アカウントのコンバート。それは禁じ手に等しい。なぜなら、開発途中のアンダーワールドからコンバートしたデータを回収する見込みは立たないのだから。

 

「菊岡、聞こえるカ?」

 

 オーグマーの上から脇に置いてあったヘッドセットを被る。綿密な意思疎通のために通話は維持してあった。

 

『ああ、聞いているよ。今、君はユイちゃんと話しているのかな?』

「アー、ユイちゃんの声は聞こえないのカ。マ、そういうことなんだが、ユイちゃんからの提案ダ。日本の協力者には自分の本アカウントのデータをコンバートさせたイ」

『は……、本アカウントだって?』

「アア。菊岡さん、考えてくレ。時差の問題もあるし、今日は平日。元々の人口差もあって日本の協力者はアメリカ人と比べてそう多くは集まらなイ。それを対抗させるには強いアカウントが必要ダ。そこで、その取引材料が欲しイ。コンバートしたデータをサルベージすることはできるカ?」

 

 通話口の向こうで、菊岡が比嘉健に尋ねているのが聞こえた。そして、その返答は

 

『できる。少し時間はかかるかもしれないが、必ず返還すると約束しよう』

「ああ、ありがとウ。その保証があるかないかで大違いダ。マ、通常アカウントも色々使うとするヨ」

 

 そこでこちらのマイクをミュートにし、ユイちゃんと改めて向き合う。

 

「じゃあ、リズちゃん達によろしくナ。オレっちの伝手も使って集めるが、そっちは任せるヨ」

「はい! コンバートを許可してくれる人、それはできないけどダイブはしてくれる人、それぞれ掻き集めてきます!」

 

 ユイちゃんは可愛らしく敬礼して姿を消した。

 

「ヨシ、やるカ」

 

 取りあえず暈す部分は暈しつつ、様々な国内の情報筋にアンダーワールドの事情を流す。問い合わせ先はユイちゃんにしつつ、日本のVR界に息を吹き込む。

 深夜二時はむしろアクティブ数の多い時間帯だ。SNSを見ても反応を示す人は多い。《鼠》の印を前にすればその真偽を疑う声も少ないようだった。

―――へへ、日頃の行いってナ。

 これから早朝の時間帯になり、日が昇ればアクティブになれる人数は加速度的に減っていく。しかしそれまでにアクティブプレイヤーが参加できない状況なんかを存分に嘆いてくれれば、参加できる人間の目にも留まり易く、参加させ易くなる。

 国内への仕込みを終え、今度は海外の情報サイトを開いた。FLA倍率がまだ一倍になっていないからか敵の工作は見つからなかったことに安心する。

―――後手には回ってない、カ。

 行うのは簡易的な情報工作だ。まず、これから虚偽のVRワールドの招待が行われるが、それは日本へのサイバー攻撃の一環であり参加しないようにという内容をネットに流す。とはいえ《鼠》の名前が利かないアメリカでは大した効果は期待できない。下手な陰謀論と思われるのがオチだろう。

 敵の工作が行われてから流す用の偽装データを準備する。過去の日本であったハッキング事件と同じルートで接続回線が繋げられていることが検証の結果分かったという真っ赤な嘘だ。こういった類の偽装工作を複数の視点から作成すれば陰謀論にも多少の真実味が生まれ、ダイブを躊躇させることができるはずだ。

 他にもペインアブソーバーがないことによる弊害に関する論文を捏造する。元からその類の研究はされていたが、結論が明言されていないそれを適当に弄ってそれらしい形をつけてネットの海に放流する。作成日時も適当に過去日付にしておけば偽装がバレる時間を稼げる。

 後は敵の動きを待つだけだ。




 しののん参、戦!
 本当は折角六本木に行ったので重村教授とかともお話しさせたかったんですが、この時間帯は重村教授はお家でお休みになってるので無理でした。
 アルゴのお蔭で原作よりも敵プレイヤーは少なく味方プレイヤーは多くなります。名もなき死者を減らす二次創作なので、アンダーワールド人はいっぱい救いたいですからね!
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