SAOUW~if《白夜の騎士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 最初に、先週投稿した#2においてナンバリングが間違っていたことをお詫びします。こっそり直しておきました。今話は前話に続いて四字熟語タイトルです。どうぞ。


#3 融通―無碍

 私の知る『彼』――大蓮翔が死んだことを知らされた日の午後、私は独り翔の病室にいた。

 呼吸は安定し、呼吸器はもう外されている。大事を取って貼られた電極、一定の間隔でピッピッと鳴るモニター、それと一つだけの点滴が私と共に翔を見つめていた。

 そっと翔の手を取る。温かく、大きな手。力ない掌を何とはなしに握り、握り返さない手に胸が痛む。何とも勝手な話だ。脳にダメージを受けた彼は未だに昏睡状態で反応することはあり得ないのに。

―――記憶の有る無しに関わらず、ね。

 これからの彼との関係について考えていたとき、病室にノックの音が響いた。

 

「……どうぞ」

「やあ、詩乃君。――それから、翔君。翔君の保護者の方はどちらかな?」

 

 入ってきたのは菊岡だった。いつもの胡散臭い笑いを少し翳らせている。流石のお役人様も病室くらいは弁えているようだ。

 

「……文子さんは自宅に物を取りに行っています。あと十分ほどで戻ると思います」

「そうかい。それならそれまでここにお邪魔させてもらうとしよう」

 

 菊岡は部屋の片隅にあったパイプ椅子を引き出し腰を下ろした。

 

「翔君のことは本当に残念なことだったと思う」

「……」

「こちらで少し調べたんだけれど、どうやら今回の犯人はSAO被害者の弟らしい」

 

 ああ、そう言えば『兄貴』だの何だのと言っていたような気もする。

 

「そしてそのお兄さんなんだが、……どうやらラフコフに所属していたプレイヤーで、討伐戦の際に翔君に殺されたらしい」

「――は……?」

 

―――まさか、復讐?

 いや、あの男は翔の顔を知らなかったし、むしろ警察に恨みがあるような発言をしていた。ならば翔が居合わせたのは偶然に過ぎない。

 しかし翔がそうだったとは思えない。今思えば彼の様子には少し違和感があった。そもそも通りすがりで事件に介入していくほど彼はお人好しだっただろうか。……お人好しではあったかもしれないが、あの犯人を取り押さえる隙は何度かあったはずなのに、彼は敢えて見逃していたようにも思える。

 

「まさか、翔がこうなったのは自業自得とでも言いたいんですか?」

「いやいや、まさか。ただ、そういう前後関係があったというだけさ」

 

 菊岡は大袈裟に首を振ると、視線を穏やかに眠る翔に向けた。

 

「……彼は、記憶喪失だそうだね」

「ええ。……ただ、幸いにも失くした記憶は三、四年分程度で済む可能性が高いそうよ」

 

 強がりに過ぎなくとも、ここで取り乱すような真似はしたくなかった。

 

 

 

「その記憶、取り戻す方法があるとしたらどうする?」

 

 

 

「――は……?」

 

 先程と全く同じ音が口から漏れる。先程と違って頭の中は一瞬で真っ白になった。

 

「そ、そんなことができるの? だって、もうどこにも彼の記憶のバックアップはない、って……。まさか、貴方、どこかで彼の記憶でも浚ったことがあるの?」

「いや、そうじゃない。バックアップを持っているのは僕じゃないし、まして他の誰でもない。彼自身だ」

「だから、脳のバックアップ領域も破壊されているって」

「そのバックアップは脳に取られているわけじゃない。いや、脳と言っても良いかもしれないが、とにかく現代医学で捉えられていない領域だ」

 

 現代医学で捉えられていない領域、その言葉が話の胡散臭さを一気に増す。

 

「……揺れる光子、フラクトライト。僕達が研究している新しい概念だ」

「フラクトライト? 何よ、それは」

「簡単に言ってしまえば、人の魂さ。今まで解明されてこなかった魂の所在、正体。それを――それ自体でなくともその一端を僕達は掴んだと確信している」

「…………」

「人の脳を構成している様々な細胞の間を、脳の骨格とでも言うべきものが走っている。それをマイクロチューブと呼ぶんだけど、チューブと呼ぶだけあってその中は空洞になっている。そしてそこに封入されているのがフラクトライト、光なんだ」

「……それで?」

「この光はマイクロチューブの中を動き回り、脳に種々の刺激を与える。これが人間の魂として人を動かしている。それとは別に、フラクトライトには記憶を運び、蓄える力も持っている」

「記憶を蓄える力……」

「ああ。そして僕達《ラース》はこのフラクトライト研究の一環としてあるブレインインターフェースを開発したんだ。名前は《ソウル・トランスレーター》、略して《STL》。これを使えばフラクトライトに接続してそこから直接情報を取り出したり、短期的な情報を書き込むことができる」

「――つまり、翔のフラクトライトに蓄えられている記憶をその……《STL》で取り出して、また翔に書き込んで記憶を取り戻そうってことかしら」

「その通り! 流石だね」

「それで、その処置を執り行うための許可を取りつけに来たのね」

 

 まさか保護者の許可も取らずにそんな開発段階の怪しい技術を適用する、要するに人体での臨床実験の被検体にするわけには流石の菊岡でもいくまい。

―――文子さんが認めるかどうか、ね。

 文子の戻る時刻を気にして、そこで私は気づく。

―――私はこの話に賛成、している。

 こんな胡散臭い男の怪しい話に、説明を聞いただけで一も二もなく乗ろうとしていた。私は自分の浅ましさに呆れる。翔のことが好きだなどと思っておきながら、記憶を失った翔のことを支えるどころか、翔が記憶を失わないことだけを祈っているだなんて。

 

「戻ったわよ、詩乃ちゃん――って貴方……総務省の菊岡さん、でしたか。お見舞いありがとうございます」

 

 正にナイスタイミングというやつだろう。文子が病室へと入ってくる。文子は菊岡を認めるとキュッと目を眇めた。

 

「それで、お忙しい貴方がわざわざ翔の病室にまで足を運んだのはどういうわけでしょうか。何か用事でも?」

 

 文子からは明らかな敵意を感じた。彼女と菊岡の間でかつて何があったかは知らないが、菊岡は例の胡散臭い笑みを浮かべるだけだった。

 

「ええ、翔君の記憶の件で。我々が所有する技術ならば、現代医学でも不可能な彼の記憶の復元ができるかもしれないので、そのご説明を、と。できれば詩乃君にも同席していただきたいのですが」

 

 チラリと文子は私に視線を向けた。私が首を縦に振ると、文子は一度目を泳がせた後に頷き返した。

 

「分かりました。ひとまず話を聞いて、詳しくはその後にしましょう」

 

******

 

「本当に、これで良かったのかしら」

 

 患者のいなくなった翔の病室を眺めながら、私は呟いた。

 病院の厚意で貸してもらった会議室で、菊岡は同様の説明を文子にもした後、私達に決断を迫った。

 

『しかし、現在《STL》はこの世界に5台しかありません。その中でもフルスペックで稼働できるのは極秘の研究所にあるものだけです。翔君の治療をするにはこちらを使うしかありませんが、何分非常に機密性の高い研究所ですので迎え入れられるのは翔君本人だけです。見舞いを受け入れることも当然ながらできませんし、研究所の所在を教えることもできません』

『……随分とできないことばかりなのですね』

『はい。大変申し訳ありませんが、こればかりは譲れません。そして更につけ加えますが、貴女方とそれから翔君のご家族を除いた人にはこのことについて一切口外しないようにしてください。それはこの処置の話だけでなく、フラクトライトや《STL》のことに関しても』

『それは、どうしてでしょうか? そこまで厳重にする意味が分からないのですが』

 

 文子の不信感を隠さない質問にも、菊岡の返答の色は変わらなかった。

 

『国家機密ですので。たとえ貴女方がこの話を受け入れなかったとしても、口外禁止は守っていただけると助かります』

 

 その笑顔の裏に滲み出る圧迫感に背中を冷や汗が伝う。これは殺気にも似た威圧だ。もはや脅迫でしかなかった。

 

『……詩乃ちゃんはどう思う? いや、聞くまでもないっか』

『そんなこと……』

『いいよ、それは当然の感情だからね。私だって旦那が出会ってからの記憶を全部忘れたってなったら何とかして思い出してほしいと思うし、こんな話があったら迷わずに飛びついていたと思う。詩乃ちゃんは翔のためを思える、考えられるんだからそれだけでも十分だよ』

 

 優しく微笑む文子に、私の視界は少し潤んだ。

 

『……私から見ても、この三年間を翔から奪いたくはない。あの子はようやく変われた、それを元に戻すなんてあんまり。――どこか癪だけれど、菊岡さん。その話、お受けします』

 

 文子は菊岡に頭を下げ、菊岡はそれをにっこりと見つめていた。

 それからは早かった。菊岡が持ってきていた何枚かの契約書に目を通し、文子が署名していく。それが全て終わったら翔の搬送はたちまちのうちに行われ、病院の屋上からヘリコプターに乗せられた翔は太陽の傾いた空を東に飛んでいった。

 私はもぬけの殻となった病室を後にして家へと帰る。道中で昨日の首尾を尋ねるようなメッセージが多数入っているのに気づき、それに返信した。

 

『翔は実の両親の知り合いに呼ばれて急遽アメリカに発つことになり、今見送ってきました。しばらく会えなくなってしまうから、みんなにはよろしく、だそうです』

 

 私はそれきり、皆からの連絡に反応することもなければ自分からも連絡を取ってはいない。

 だって、皆と一緒にいたら絶対に『彼』のことを思い出してしまうから。

 何度見たかも分からないあの日の夢から覚めれば、もう夜も更けていた。今更何をする気も起きず、再びベッドに倒れ込む。

 あの日の夢を見るか、それとも『彼』と過ごす日々の夢を見るか。起きたときの現実が変わらないなら、どちらにせよ悪夢に違いなかった。

 

******

 


 

******

 

 この世界で目覚めてから、約半年が経った。相当長い時間をここで過ごしている。いや、積極的に元の世界に戻ろうと思っていないのだから、過ごした時間の長さを振り返るのはまだまだ早いのかもしれない。

 あの最初の町を出てから、南帝国の国土をボーグル行商団は東西南北に巡り歩いていた。あの町は南帝国の中でも南西の方角に位置する町であり、そこから時計回りに街道沿いの町々や村々を歩いていた。そして今は南東の町を出たところで、もうそろそろ国土を一周することになる。これは存外早いペースだ。

 

「レント! 今日の鍛錬を始めるぞ!」

「はい!」

 

 物思いに耽る俺を、行商団の一人が呼んだ。焦げ茶色の長髪を馬の尾のように束ねた無精髭の彼、ジーギスは、行商団に入る前には少し大きめの町の衛士をしていたそうだ。そこでは衛士団が組織されていて、最終的にはそこで後輩の指導をする立場にまでなったらしい。

 そんな彼は旅の間、まだ若く体力を持て余している俺に戦闘訓練をつけてくれている。今までは彼がこの行商団の中で最も体力溢れる人間だったのだが、俺が入った今は俺の方が元気だろうとのことだ。実際に天命の最大値を確認させてもらったが、彼よりも俺の方が多かった。寄る年波には勝てないということだろう。

 行商団は常に移動し続けているわけではなく――体力的にそんなことができる団員は限られている――、日中は休み休み、天候が悪ければその間隔も短くなる。のんびりした旅路では確かに体力が余っていた。

 今はその休憩に入ったところだった。

 

「それじゃ、今日は手合わせしてみるか」

「了解です!」

 

 ホイと放られた木剣を受け取り、呼吸を整えた。地べたに座って水を飲んでいる団員は余興代わりにこちらを眺めていた。

 

「よし、じゃあ、お前からかかってこい」

 

 ジーギスはゆるりと両手で握った木剣を胸の辺りまで上げて構えた。俺は利き手の右手に木剣を握り、少し切っ先を下に向けて半身に構える。

 む、とジーギスが眉を顰めたのが見える。衛士団式の剣術を彼には教わっているのだが、そのどれよりもこう構える方がしっくりと体が落ち着くのだ。それは既に彼に伝えており不思議にしていたが、これもベクタの迷子になる前の影響なのかもしれないと考えていた。

 余計な考えを頭から振るい落とし、ジーギスにだけ集中する。こちらを訝し気に見はしたが、既にその気配は消えて真剣にこちらを見ている。

 地面を蹴って一気に接近し、ジーギスの間合いの一歩前に左足を思い切り踏ん張る。その反動で足元の土が巻き上がり、一瞬だがジーギスの意識が逸れる。その隙に右足を踏み込み剣を斜め上から振り下ろす。ジーギスはそれに瞬時に反応して剣を合わせてくる。そこで左膝から力を抜く。ジーギスと力比べをすれば負けるのは目に見えているのだから勝負するだけ馬鹿らしい。

 予想と違う軌道を描いて下りた俺の木剣にジーギスが剣を合わせることはできず、俺の前にジーギスの胴が晒された。

 そこから斬り上げることは難しいため抜いた力を左膝に入れ直し、俺とジーギスの距離が一気に縮まる。しかしジーギスの右膝蹴りを視界の隅で確認し、俺はやむなく近距離を放棄する。右足で踏み切り後ろに思い切り飛べば、鼻先をジーギスの木剣が轟音を立てながら通り過ぎた。

―――間合いから離れて正解ッ!

 地面に埋まった木剣を見れば、あれに当たっていれば悶絶して負けが決まっていたことは間違いない。

 最初の交錯は、目潰しをしたにも関わらず間合いに入って決めきれなかった俺の失点だろう。ジーギスも少し溜め息を吐いているように感じる。次の一手を考えなければ。

 今度は直線的ではなく、やや弧を描くように左回りでジーギスに迫る。ジーギスは落ち着いてこちらに身体を向け、俺の剣に剣をかち合わせてきた。ガッという硬質な音が鳴り俺の身体が少し下がる。走ってきた勢いを乗せたというのに、いくら真上からの振り下ろしとはいえ木剣が重すぎるだろう!

 少し勢いを殺されたが、そこで木剣沿いにジーギスの剣を斜め下に流す。ジーギスの体勢が崩れた隙に彼の後ろに回り込んで右手の剣を容赦なく振るう。それは身体を反転したジーギスの斬り上げにより防がれた。今度は俺がジーギスの前に大きく胴を晒すことになり、素早く剣を返したジーギスの水平斬りが迫る。俺は目を見開く。軌道を、迫りくる木剣の軌道を見切る。左足で大きく跳躍し、両膝を胸に着けるようにして脚を曲げて木剣を回避しようとする。ジーギスはしかし軌道を無理矢理曲げて宙にいる俺を狙う。

―――見ろ! しっかり見れば突破口も見える!

 木剣に意識を集中させれば、ややその動きがスローモーションで見える。俺は左足を伸ばし、狙いを定めて踏み込んだ。足裏はジーギスの木剣の峰を正確に捉え、その衝撃で俺は上に、木剣は下に弾かれる。

 空中で姿勢を整えた俺は右手の剣をピタリとジーギスの首に当てた。

 

「っは、はぁ、っはぁ」

「――っはあ、これは、驚いたな。まさかレントに一本取られるとは」

「はあ、っは、はあ」

 

 ジーギスの声に反応することすらできない。今の応酬だけで俺はすっかり息を切らしていた。

 

「おいおい、じゃあ行商団の衛士は交代かい?」

「ジーギスもこんな若い子にやられてんじゃないよ!」

 

 手合わせを眺めていた団員達が野次を飛ばす。ジーギスは笑いながら手を振っていた。

 

「いやあ、ちと油断してたわ。だが次やったら流石に負けんぞ?」

「っは、もう、でき、ませんって……」

 

 ジーギスの呼吸はもう整っているが、俺はまだ息も絶え絶え、木剣を持つ気力も湧かない。護衛というのはその場の強さだけではなく継戦能力も求められるものだ。まだまだ俺には荷が重いだろう。

 

「さて、それじゃあ、レントが歩けるようになったら出発としようか」

 

 グルトが皆の意識を集めて高らかに告げた。

 

「次の我々の目的地、最南の村、《ダーニホグ村》へ!」




 融通:その場その場で適切な処置を取り、滞りなく通じさせること
 無碍:妨げがなく、何物にも囚われないこと

 初めての戦闘シーンは行商団員との手合わせということになりました。
 裏話になりますが、この戦闘で主人公は大分トリッキーというか曲芸のような戦闘を繰り広げています。たとえるなら牛若丸のような。それのせいもあってジーギスの対応には粗が出ているのですが、本当ならばこんな動きはできません。アンダーワールドは現実世界と極々近い造りですし、レベルが上がれば確かにいやあり得ないだろ的な行動――人体を遠くまで弾き飛ばすとか――も取れますが、まともな戦闘をしていない主人公のレベルはそこまで高くありません。しかし本人がアンダーワールドをゲームの世界と認識しており、『ゲームならこのくらいできるだろう』と疑いなく信じているため、《心意》を知らず知らずに使っていて常識外れの戦闘ができます。木剣をスローで見ている辺りも《心意》で無理矢理見ています。

 VR適性Sは記憶がなくとも十分チートですねー。ズルーい。
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