SAOUW~if《白夜の騎士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 再びアンダーワールドに戻ります。どうぞ。


#39 進発

「ん……」

 

 床の上で眠って少し硬くなった体を解しながら起き上がる。夜が明けた。僕がこの世界に来て三日目の朝だ。二日目の午後から戦闘に入ってしまったため長く感じていたが――暗黒界の赤黒い空が余計に時間感覚を奪っているのもある――、まだたったのそれだけしか経ってはいない。

 僕は柳井にFLA倍率三倍でダイブさせると聞いていた。しかし実際には当初は百倍で運行されていたらしい。アスナからそれを聞いたときは、柳井の僕への殺意を見誤っていたことを危うく思ったものだ。

 菊岡はFLA倍率を五倍に保ったらしいが、柳井が嘘をついていた――もしくは誤解していた――のか菊岡が僕の負荷の限界を見極めているのかは分からない。

 アスナがダイブしたのが五時過ぎだったと言うから、状況が変わるまでに長ければ彼女のダイブから三、四日分の時間の猶予があるはずだが、

―――きっと、そう上手くはいかないよね。

 明確に予測することはできないが、漠然とした予感が僕にはあった。《暗黒神ベクタ》以外にまだ一波乱残っていると。

 僕が動いたからか、同じく床で丸まっていたユージオが目を覚ましたようだ。昨夜、流石に天幕から追い出した女性陣も朝一番で再び集まってくる。皆で朝食を食べ、僕らが支度するということで再び女性陣は天幕を出ていった。

 キリトの介護を手慣れた様子でユージオが熟すのを眺めつつ、僕は自分の支度を終えた。手慣れているとはいえ流石に僕の方が早い。介護経験のない僕が無闇に手を出しても邪魔であろうし、とっとと外に出てしまおう。

 火の明かりのみだった天幕から外に出れば、赤く焼けた空でも日が昇ったことの分かる明るさに目を細めた。

 

「遅いですよ、騎士はいつでも戦闘態勢であるべきです」

 

 天幕を出たところにはすっかり鎧を身に着けたアリスとアスナが待っていた。二人とも支度が早い、のではなくそもそも彼女達は朝食を食べに来たときには大半の支度を終わらせていたからだ。

 

「そもそも僕は鎧を着ける方が向いてないからね。さっきの寝巻の方が強いかもよ?」

 

 売り言葉に買い言葉というか、僕とアリスのやり取りはいつもこんな感じだ。僕はユージオがまだ出てこないことを確認し、声色を切り替えた。

 

「アリスちゃん、ちゃんと騎士長に挨拶してきたかい? ――きっと、今生の別れになるよ」

「ええ、無論です」

「……本当にやり残しはない? もうこの世界には戻ってこられない可能性が高い。慎重に――」

 

 僕の言葉を遮ってアリスは大きく溜め息を吐いた。

 

「まったく、貴方は私を連れていきたいのですか、そうではないのですか」

「連れてはいきたくないよ。連れていかなきゃいけないだけだ」

 

 その返答には余計に大きな溜め息を返された。

 

「軟弱な回答ですね。ユージオもそうですが、貴方達は悩み過ぎのきらいがあります。もっと胸を張れば良いのです」

 

 ドンと胸を叩かれ、鎧同士がぶつかる音が鳴った。

 

「そもそも戦に出るのですから、死ぬつもりはなくとも死ぬ覚悟はできています。家族とも小父様とも今生の別れなどとうに済ませました。ただ一つ心残りがあるとすれば、ルーリッドの村でユージオと祝言を挙げられなかったことくらいでしょうか」

「しゅ、祝言!?」

 

 黙って聞いていたアスナがそう噴き出した。

 

「ええ。女の幸せが結婚にのみあるなどとは到底思いませんが、孫の顔を見せるという親孝行ができなかったことも無念の一つです。セルカがいるので家は続くでしょうが」

「ユージオ君とそんなに進んでたなんて……」

 

 アスナがそう零せば、アリスは不機嫌そうに眉を歪めた。

 

「……まぁ、ユージオの許諾はもらっていないのですが」

「はは、あの鈍感ぶりじゃそうだよね」

 

 アリスは僕の足を踏みつけた。そして僕の呻き声など聞こえないようにアスナに尋ねた。

 

「昨晩の話を聞く限りではキリトもユージオの同類だと感じたのですが、その上でアスナに尋ねたい。どうやってキリトを攻略したのです。私も、その、小父様に茶化される程度には積極的にやったのですが……」

「効果はなかった、と」

 

 キリトのこともあってユージオにその余裕がなかっただけかもしれないが、アリスも攻めあぐねていたようだ。

 

「ど、どうやってって、それは、えーと、あ、ユージオ君、もう来そうだからリアルワールドでね!?」

「え、ええ? ……まあ、良いでしょう。あちらでの最初の楽しみにしておきます」

 

 アスナの慌てふためきようにアリスは困惑したようだが、赤面するアスナを見るに青空の下では口ごもるような手段を取ったようだ。そんなことを考えていたら、アリスに踏まれていない方の足をアスナにゆっくり踏みしめられた。

 

「……お二人とも、僕が踏み台じゃないってこと気づいてる?」

 

 そのとき、危急を知らせる笛――法螺貝のようなものだ――の音が野営地に響いた。

 天幕から飛び出したユージオと共に事態の把握のためにベルクーリのもとへと駆けつけると、彼は遠視の神聖術を用いて遠くを見ていた。

 その横に並んで対象を探す。ベルクーリが見ていたのはアスナが《無制限地形操作》で作った峡谷であった。暗黒騎士と拳闘士が綱をかけてそこを渡っているのだ。

 

「本当に、勝つつもりがまるで感じられませんね」

「ああ。《暗黒神ベクタ》の目的が勝利にねぇってのはその通りみたいだな」

 

 峡谷と言っても決して迂回できないようなものではない。かなりの時間がかかるであろうが、綱渡りのような方法を用いるよりは余程マシだ。

 峡谷は風の吹き溜まりになる場所であり、そもそも綱渡り自体の成功率が高くない。渡っている者は戦士であって曲芸師ではなく、今この瞬間にも次々と谷底へと落下している。ましてや夜間に渡り終えることすらせず、日が昇ってこちらに発見されている始末だ。綱を切るだけでこちらは労せず大量の兵を削ることができる。圧倒的な隙であった。

 

「よし、こいつは戦争だ。あの綱を切りに行くぞ」

「でもっ……」

 

 レンリが目を逸らす。峡谷を渡すあの綱を切るのは、間違いなく飛び道具を用いる彼の役目になる。同じ戦士として、無様な死に方を強いる苦しみを彼は感じているのだろう。

 

「俺達は人界軍の騎士だ。もう戦になっちまってるんだから暗黒界人に情けをかけるべきじゃねぇ。レンリ、頼むぞ」

「……はい、騎士長閣下」

 

 レンリが騎士の礼を取る。ベルクーリはこちらに向き直った。

 

「レント、お前はこの場に補給部隊と共に残れ」

 

―――は?

 思わぬ言葉に思考が止まる。

 

「ふ、お前さんも平静じゃねぇな? よく考えてみろ。いくらベクタが兵の損耗を気にしないとしても、この行軍は異常だ。そこには何か別の狙いが隠されているとは思わないか?」

 

 その言葉で止まった脳味噌を回転させる。

 

「つまり、ベクタの目的はむしろ僕らをあの峡谷に誘導することにある、と?」

「そうだ。結局、奴の目的がアリス嬢ちゃんに終始するのであれば、釘づけにできる適当な戦場を準備するのが手っ取り早いからな」

 

 要するにベルクーリは、僕に後方からベクタの動きを監視しろと言っているのだ。

 

「ですが、なぜ僕が?」

「お前さんが一番戦場を速く動くからに決まってるだろ。《陽纏》は走るのが速い。そりゃ飛んだ方が速い分には速いが、離陸と着陸の時間と微調整を考えりゃ総合的には《陽纏》に軍配が上がる。ついでにお前さんが乗っていれば突破口を開くのも余裕だろうしな」

「分かりました」

 

 ベルクーリの意見に反論する点はない。疑問を投げてはみたが、感情的にもベクタには『外』の人間の手で始末をつけたいものだ。

 

「十分後には兵の行軍を開始する。補給部隊には最低限の護衛だけ残し、残りは突撃して峡谷のこちら側の敵を一掃、綱を切断する!」

「「「おう!!」」」

 

******

 

 本隊が出陣してから約一時間が経過した。僕は丘の上から戦闘状況を確認しつつ、ベクタの姿を探していた。

 

「よっ、レント。様子はどうだ?」

 

 フリーオが身軽に僕の隣に腰を下ろした。

 

「……予定通り、こちらの優勢。敵将はまだ向こう岸にいるみたいで敵軍には統率も実力者も欠けている。押される理由がないね」

「にしちゃ、随分暗い声だな」

「フリーオも人のこと言えないよ」

 

 僕らはどちらも微塵たりと口角を上げていなかった。

 

「そりゃあな。暗黒騎士は気難しい野郎どもばっかだったが、騎士長がイスカーンを倒した後には拳闘士の奴らとは宴会までしたんだ。見知った顔の死体が並ぶってのに喜んでなんかいられるかっての」

「……ごめんね」

「お前が謝ることじゃねぇよ。ベクタと出身が同じっつったって直接関わりがあるわけじゃねぇんだろ? 貴族の中に良い奴がいるように、リアルワールド人にだって人の善し悪しはある。当たり前の話だ」

 

 アリスやユージオといい、僕の友人の懐の深さには感服するばかりだ。それに甘えてしまう自分が情けない。

 

「ん? おい、ありゃ何だ」

 

 フリーオが戦場の奥の空を指差した。そこからは何百筋、何千筋もの赤い光が地面に降り注いでいた。

 それとよく似たエフェクトを、僕は見たことがあった。

 

「ログ、イン……?」

「あぁ? ろぐいん?」

 

―――どうやって、STLは世界に数台しかないはずじゃ……。

 

「考えろ、考えろ。どうしてだ? STLの数に誤りがあるはずがないから、つまりあれは別のハード。あれだけの数普及しているものなんてアミュスフィアくらいだ。アミュスフィアでダイブできるのか? ……ナーヴギアでできるんだ、ザ・シード規格であれば可能だ」

 

 訳の分からないことを呟き始めた僕をフリーオが困惑の目で見ているが、今は考察の方が優先だ。

 

「だけどナーヴギアで五倍が限度ならアミュスフィアが耐えられるFLA倍率はもっと低いはず。わざわざ内部で使える時間を縮めるメリットがあるのか? そもそもあれは敵か、味方か……。菊岡さんが外部勢力を引き入れるはずがないから敵と仮定して、……時間的優位よりも数の優位を取ったか。じゃあ、あれは数を確保できるアミュスフィア利用のVRユーザー……。きっと出身はアメリカだな」

 

 そこで一旦思考にけりをつけ、フリーオに向き直った。

 

「フリーオ、頼みがある」

「お、おう。なんだ、言ってみろ」

「拳闘士の長に共闘を申し込みに行ってほしい」

「は、はぁ!?」

 

 フリーオが驚きの声を上げながら立ち上がる。丁度良いから神聖術で作った簡易的な望遠鏡を渡して戦場を示す。

 

「あいつらはきっと人界軍と暗黒界軍の区別をつけられずに全員を殺そうとするはずだ。つまり共通の敵になる。あれは余りに数が多いから、イスカーンが仲間思いなら生き残りのために協力してくれる、と思う」

「まぁ確かにイスカーンはそういう奴ではあるが……」

「頼むよ、フリーオ」

「――よし、分かった。良いだろう、行ってやる」

 

 フリーオの思考時間は非常に短かった。短く承諾を示してくる。

 その声が余りに竹を割ったようであるから、思わず僕は口を滑らせてしまった。

 

「ありがとう。……きっと、これが最後の別れだ。今度こそ、もう二度と会えなくなる」

 

 フリーオの表情が止まる。

 

「またな、なんて言わないよ。――ありがとう。フリーオ、僕の友達。そして、さようなら」

「お、おう! そうさな。……やっぱ、お前に行商は似合わねぇよ。ここを去って故郷に帰りやがれ。さようならだ、レント」

 

 声の震えを隠して言葉を紡いだ。

 

「はっ。引き留めて、くれないんだ。こういうときは、お世辞でも惜しむもの、じゃないの?」

「なーに言ってんだ」

 

 皺くちゃの顔に涙を伝わせながら、フリーオは息を吸った。

 

「ボーグル行商団の掟だろ? 『来る者歓迎、――」

「「――去る者祝福』!」」

 

 僕らは笑い合った。出会ってから一番とも言えるくらいの良い顔で。

 

「あっ、そうだ。共闘の許可が出たら何でも良いから合図してね。アスナちゃんに頼んで橋を架けてもらうから。そしたらフリーオもまた補給部隊に合流してね」

「締まらねぇなぁ、ったく。分かったよ」

 

 補給部隊には戦場を迂回しつつ南方へ向かうように指示を出す。敵部隊の所在は割れているし、ベクタもこちらの軍にはまるで興味を示していないから警戒は最低限で十分だろう。不測の事態があれば神聖術で合図をするようにとも護衛部隊の衛士長に指示をし、僕は《陽纏》と共にフリーオのもとへ向かった。

 

「本当に大丈夫なの? 飛竜に馬を運ばせるなんて」

「おう、安心しろ。お前さんが陣に来る前にもう実験済みだ」

「この老人は……」

 

 フリーオを僕の鞍の後ろに乗せ、《陽纏》が両足で彼の馬を掴み上げる。馬の顔がどこか哀愁漂うものに見えたのはきっと気のせいではないだろう。厄介な人物の乗騎になってしまったものである。

 《陽纏》で峡谷の反対側まで行って一人と一頭を降ろし、僕はすぐさま戦場へと《陽纏》の首を向けた。

 地上ギリギリを飛ぶ僕の上空を、丁度黒い飛竜が飛び去っていくのを確認できた。きっとベクタの乗騎だろう。《陽纏》よりも早く戦場に到達したその飛竜は上空で様子を見続けているようだった。

 《無制限地形操作》を使ったアスナが崩れ落ちる横に《陽纏》から飛び降りる。

 

「レント、ベクタが出たか!」

「こちらに来た理由は別ですが、先程確認しました。戦場の上空まで来ましたが、まだ降りてくる素振りは見せていません」

「つまり私の隙を狙っているわけですね」

 

 アスナに手を貸しながらアリスが呟く。彼女がそれを認識している限り、最悪の事態は遠退くだろう。

 

「……レント君、あの人達って」

「多分リアルワールドの人間だろうね」

「私が、何とかしなきゃ」

 

 そう言って剣を天に掲げて再び権能を披露しようとするアスナを、アリスと二人がかりで止める。

 

「アスナ、無理はせずに。戦術も何もなく剣を振り回すだけならば、私達の敵ではありません」

「それもそうだけど、アスナちゃんにはもう一つやってもらいたいことがあるから余力は残しておいて」

 

 昨夜の軍議では《無制限地形操作》は後一、二回が限度だと言っていた。既に暗黒界軍とリアルワールド人を区切るような岩山を作っているから、もう限界が近いはずだ。彼女には無理をさせることになる。

 

「騎士長、新たな敵には戦略的勝利の概念がありません。同じ人間ではありますが、仮初めの命を盾にただ虐殺を楽しもうというだけの存在です。長くかかずらう必要はありません」

「おう。密集陣形で損耗を減らしつつ、徐々に撤退する!」

 

 騎士長の指示で部隊がまとまる。圧倒的な数の差がある敵を前に展開し乱戦状態になるのは望ましくない。しかし統率者がいない暗黒界軍はそうもいかず、端から敵の波に呑まれ始めていた。

 

「アスナちゃん、向こう岸から合図があったら峡谷に端を架けてほしい。できるかな?」

「え、うん。多分そのくらいならできるけど、でもどうして?」

「今、フリーオに向こうの拳闘士の長と交渉してもらってるんだ。それが成功すれば、あのプレイヤー達相手には共闘できる」

 

 皮肉なものだ。先程まで戦争していた相手の方が、故郷の住人よりも余程信頼が置けるのだから。

 

「っと、早いな。もう来たよ」

 

 峡谷の反対側で今朝方聞いたばかりの笛が鳴り響いた。アスナに目配せする。

 頷いたアスナが剣を高く掲げると、空にオーロラが浮かびガラスの反響音のような耳鳴りを引き連れて大地が揺れた。

 峡谷の両岸から岩が伸び、中央で接合される。見事な岩の橋が峡谷にかかっていた。

 

「さて、と。一波乱を乗りきろうか!」




 ここからアンダーワールド大戦は加速していきますが、プロットは未だありません。皆の見せ場を作りたいところですが、レンリ君すら回収できるか怪しくなってきてしまいました……。頑張らねば。
 そういえばしていなかったので、人界編と大戦編で章分けをしてみました。
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