SAOUW~if《白夜の騎士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 シノンさんのターン! どうぞ。


#41 逢瀬

 私に与えられたミッションは《ワールド・エンド・オールター》に終始するものだった。祭壇側からアリスを迎えに行き、もしもアリスが敵に確保されていた場合は奪取するか敵の祭壇への到着を妨害する。

 レントのもとへ行かせてもらえなかったことは嫌がらせではないと信じたい。確かに、大きな問題が生じていないのであれば現在最も手薄な場所に派遣されるのは当たり前の話だ。

 私は《太陽神ソルス》の能力である《無制限飛行》でまず周囲の環境を偵察した。赤茶けた台地が広がる中、問題の祭壇は中空に浮かんでいた。

―――飛行が必須なのね。

 きっと現地人が下手に触れられないようにしてあるのだろう。だが、それが私にとっては好都合であった。

 空を飛ばなければ辿り着けない場所が目的地だ。周囲にはいくらか岩山もあって起伏に富んではいるが、あの祭壇のある浮島は一段と高いところにある。すなわちそこに向かって飛べば周囲から丸見え、狙撃がいくらでも可能だ。

 大まかな把握を終えた後は、より細かな観察に入る。アリスを迎えに行くにしろ敵を迎撃するにしろ、先に戦場にいるのに狙撃ポイントの確認を怠ってはスナイパーの名折れだ。

 都合の良い狙撃地点をいくらか見繕い、ようやく私は祭壇から離れるように飛行を始めた。次は周囲の索敵だ。少しずつ範囲を広げていき、動体反応を探る。

 

「にしても、弓、ね」

 

 《太陽神ソルス》に標準装備されている武装は弓であった。これを媒体に《広範囲殲滅攻撃》を放つことができるのだが、ALOで使用しているとはいえ私としてはスナイパーライフルの方がありがたかった。

―――貴方ならどうしたのかしらね。

 レントなら、VR適性Sの特権を振り翳してライフルでも準備してしまうかもしれない。私にもできないものかと、ふと思った。

 エイジの話を聞いた。彼はVRの運動システムと親和性が高過ぎるあまり、高性能ハードであるナーヴギアではNFCの症状を示した。しかし出力が控えめなアミュスフィアに切り替えたことで、単に高VR適性なだけでNFCの症状を克服したのだとか。

 私はアミュスフィアでVR適性A+の判定をもらっている。より高性能なSTLなら疑似的にSの真似事ができるかもしれない。

 私は一つの岩山の上に降り立つ。アリスを探しに行こうにも敵と入れ違いになったら笑えないため、余り祭壇からは離れられないのだ。少しくらい時間を使っても構わないだろう。

 レントは何と言っていたか。たしか……

 

『できると信じてたんだよ。無理を通せば道理が引っ込む。システムの規定を覆すくらいに信じ込む。それが、多分あの摩訶不思議な現象の条件なんじゃないのかな』

 

 彼個人も理解しきれていないようであったが、今はその言葉さえあれば良い。彼が黒と言えば白も黒、とまでは言えないが灰色を黒だと信じ込むくらいならできる。

 だから、私は信じるのだ。

 手に持った大仰な弓を見下ろす。見つめる。脳裏に愛銃を思い浮かべれば、段々と弓の上にヘカートのシルエットが重なってくる。

 

「……なんだ、できるじゃない」

 

 一瞬の閃光の向こう側には黒々としたアンチマテリアルライフルが鎮座していた。

 浮き立つような気分で動作の確認をする。問題点を挙げるとするなら装弾数であろうか。ヘカートの装弾数は七発という意識が邪魔をして、折角思い通りになるというのに弾倉には七発の弾しか入ってはいなかった。

 仕方ないので腰の矢筒も同様のイメージで予備弾倉へと変換する。一度やって慣れたそれはすぐに終わった。

 ライフルに変わった武装を携え、改めて宙に昇る。スコープを使って肉眼よりも遠くまで眺めれば、この世界に来て初めて動く物体を視認した。

―――あれは、竜?

 スコープの倍率を弄って観察する。黒い竜が何者かを乗せてこちらへと向かっていた。その何者かは金色の鎧を抱えている。まさか鎧だけということはないだろうから、きっと誰かなのだろう。

 その後ろにもまた別の竜が見えた。こちらは白い。そしてその背には二人の人物が乗っていた。水色の鎧を着た人物と――

 

 

―――レント。

 

 

 確認できたのは白い鎧だけだ。この距離ではスコープを使っても色程度までしか判別はできない。それでも、ただそれだけでも、私にはそれがレントだという確信があった。

 色が白いからではない。たとえ彼が黒く染まっていようが鮮血に塗れていようが、私の心が間違わない。

 あれは、レントだ。

 しかし状況が分からない。レントが前の竜を追いかけているのは間違いないが、それが追撃のためか奪還のためか、はたまた護衛のためかも分からない。

 そのときレントが何やら魔法のようなものを放った。それは彼にしては珍しい頓珍漢な軌道を描いて黒い竜を逸れて走ったが、明確な敵対の意思を示していた。

 

「OK」

 

 前衛(レント)が敵の間近にいて、後衛()がそれをスコープで覗いている。いつも通り、()()()()()だ。ならばすることは決まっている。

 先程確認した狙撃ポイントの一つに速やかに身を潜める。スコープ越しの姿が段々と大きくなり、ヘカートの有効射程へと敵が踏み込んでくる。

―――あと、もう一手。

 対空狙撃なんていう無茶苦茶に挑むのだ。私のヘカートにできないことはないと信じているが、狙いをつけ易くするもう一手が欲しかった。

 スコープの向こう側で、記憶より少し大人びた顔がようやく認識できるようになったレントがこちらを向いた――気がした。

 まさか見えているはずがない。遮蔽物がないとはいえ一キロメートル以上の距離があるのだ。肉眼では砂粒ほどにも見えてはいないはずだ。

 それなのに、私には彼が何とかしてくれるのだという確信だけがあった。

 

******

 

~side:レント~

 何かに見られている。それが僕が最初に感じた違和感だった。

 前の飛竜をひたすら見つめるユージオとの無言の追跡劇の中で、僕は焦燥を抱いていた。《陽纏》に疲労が見え始めていたのだ。

 大地を駆ける彼はスタミナに長けているが、約半年のブランクはいかんともしがたい。人間を二人乗せているのは向こうの飛竜も変わらないというのに、段々と《陽纏》の限界は近づいていた。

 先程妨害のために放った神聖術はベクタに向かうことはなくあらぬ方向へと飛んでしまった。あの絡繰りが分からないままでは向こうの速度を落とすことも難しい。

 そんなときに視線を感じたのだ。反射的にそちらを見るが、当然そこには何もない。赤い土と岩ばかりだ。

―――でも、な。

 理論でも推測でもない。感覚の話、直感の話だ。

 

 僕は、奴に隙を作らなければいけない。

 

 そんな指令が頭に直接送られてきたようだった。脳がそれに染まる。純度を高めた思考が高速で回転する。

 

「ユージオ君」

「どうかした?」

「今から神聖術で奴の飛竜に向かって水素を放つ。武装完全支配術でそれを凍らせられるかな?」

「氷の足枷を嵌めるってこと?」

「その通り」

 

 ユージオが術の詠唱を始めたのを聞きながら、僕も詠唱を始める。

 

「システム・コール、ジェネレート・アクウィアス・エレメント、フォーム・エレメント、ストリーム・シェイプ、ディスチャージ!」

 

 僕の右手から《青薔薇の剣》を伝いながら水柱が飛竜へと飛ぶ。それに気づいたベクタが黒いオーラに浸した右手を向けるが、既に形づけられた神聖力を吸収することはできないようで対処に失敗した。

 奴が飛竜を操って回避する前に、水柱の端が飛竜の尾に当たった。それだけでは所詮は水であり行動の抑制にはならない。

 

「エンハンス・アーマメント!」

 

 ユージオの詠唱が終わり、剣から走るように凍結が進む。ベクタがそれに気づく頃には飛竜の尾までが氷に囚われていた。

 しかしユージオの氷はあくまで通常の氷だ。ベクタは一瞬止まったのみで、平然と剣で飛竜の尾の氷を打ち払ってしまった。

 ユージオの舌打ちが聞こえたそのとき、僕の耳は懐かしい風切り音を捉えていた。

 

 

ダン!!!

 

 

 ベクタの飛竜が()()()()()()。片翼のつけ根を正確にその弾丸は貫き、飛竜は大きく姿勢を崩した。あの翼ではもう飛翔することは難しい。スパートをかけた《陽纏》との距離はドンドンと縮んでいく。

―――あの音、あの弾。何より、あの()()

 心が弾んでいた。そんな場合ではないというのに、僕は喜色を表情に出さないことに必死だった。

 冷たい気迫が僕にまで感じられた。あれは間違いない――

 

 

――シノンだ。

 

 

「これは、勝たなきゃな」

 

 僕の呟きを置き去りにして《陽纏》は岩山に不時着したベクタを追って急降下する。ユージオが《陽纏》の着陸を待たず飛び降り、僕もそれに続いた。

 

「ふむ……。まさか狙撃されるとは」

「《暗黒神ベクタ》。僕のアリスを返してもらう」

 

 悠然と立つベクタに向けてユージオが剣を構える。僕もそれに並んだ。

 

()()、か。若い、若いな」

 

 ベクタはユージオの言葉に半笑いしながら剣を軽く構えた。

 

「ユージオ君、注意を。意識を奪ってくる攻撃を見極めて」

 

 《暗黒神ベクタ》に与えられた権能は一体何なのだと、ずっと僕は考えていた。それには先程の水柱への対応で一つの推測が立った。

 あのオーラだ。最初は闇素の特殊な使い方かとも思ったが、それなら水柱のような物質にも対応できてしかるべきだ。それができなかったということはあのオーラは闇素ではない。何か全く別種のものだ。

 アンダーワールドの神話において《暗黒神ベクタ》はあらゆる災いの根源に座す存在だ。その彼の神としての個性が最も現れるのは《ベクタの迷子》の伝承だ。他の伝承がただの自然災害なのに対し、この神隠しにのみは意思が関わっている。

 《ベクタの迷子》の特異な点は何か。それは『記憶』に関しての言及だ。神隠しについての伝承は普通は消えて再び現れるのみだ。しかし《ベクタの迷子》では『別の場所』に『記憶をなくして』現れる。

 『記憶をなくす』。これが《暗黒神ベクタ》の権能の一端なのだとすれば、奴に許された能力は個々のユニットデータへのアクセスに違いない。アリスやユージオの意識を奪ったのもその能力だろう。それならオブジェクトに干渉できないのも辻褄が合う。

 

「了、解!」

 

 僕とユージオは左右からベクタへと迫る。ベクタは右手の剣を僕に向け、左の掌をユージオに向けた。

 オーラが走る。

 先にユージオが呑まれた。それを横目で確認した僕も、間を置かずに視界を黒く染められる。

―――予想より速い……!

 だが、僕の意識が遠退くことはなかった。僕目がけて剣を振るおうとしたベクタがそれに気づいて困惑した一瞬の隙で、奴の剣を打ち払ってカウンターを仕かける。それはベクタの片頬を斬るに留まった。

 

「なぜだ? なぜ心が吸えない? 水色の方はやはり若い味がしたというのに」

 

 ユージオと僕の違い、それはアクセス方法の違いだ。ユージオはライトキューブから直接フラクトライトをアンダーワールドに繋げている。僕は脳の電気信号をナーヴギアに伝わらせている。つまり僕のフラクトライトに触れることはできない。

―――好機!

 僕はベクタへの距離を詰める。至近距離で剣を交わした。こちらの剣閃をベクタは正確に見切り、刃を合わせてくる。その刃に黒い靄がかかることはあれど、こちらの意志が奪われるようなことはない。

 

「……薄いが、風味は感じられるな。ああ、それだけで甘美だと分かる。あちらの騎士は若く淡泊で冷氷のような心だった。だがお前の心は濃厚なのだろう。風味だけでこれほど香しいのだから!」

 

 強く剣を撥ねられる。だがパリィ型に後れを取るような僕ではない。それは軽くいなしてなおも攻めを続ける。相手の余裕を奪うように。

 

君の魂はきっと甘いだろう(Your soul will be so sweet)

「何を、ふざけた、ことを!」

 

 ベクタの剣技は悔しいことに確かだ。しかし僕の方が上回っている。それなのに攻めきれないのは、剣以外での体捌きで劣っているから。いや、平静さの違いか。

 ブレークポイントをこちらから作り、一度飛び退る。押しきれない原因が分かったのなら改善するまで。

 

「Stay cool。冷静に、だ」

「……なるほど、お前は日本側のダイバーなのか。だから味わえない」

 

―――おっと。

 何気なく使ってしまった英語で正体が露見するとは、いよいよ冷静ではなかった。向こうの言葉に反応した時点で疑われていたのだろうが、我ながららしくない。

 

「まあ、それは肯定しましょう。ですが今の僕の立場は人界軍の騎士です。それをお忘れないように、皇帝ベクタ」

「残念だ。では風味だけでも味わうとしよう」

 

 今度はベクタから仕かけにかかった。足元の岩を蹴り飛ばそうとして――動きを止めた。

 

「リリース・リコレクション」

 

 いつの間にか凍りついていた足元から始まった凍結は、ベクタの顔までを覆い尽くした。ベクタの体に氷の茨が伝い青い薔薇が咲く。そこから黒々とした神聖力が溢れ出した。

 そしてその神聖力の粒子が、爆ぜた。

 爆風に腕で顔を覆う。困惑したユージオの声が聞こえた。

 

「何ッ……!?」

「ジェネレート・エアリアル・エレメント、バースト!」

 

 煙幕を吹き飛ばし、周囲を確認する。

―――ベクタは!?

 

「こっちだ!」

 

 カンという剣が剣を弾く音が届く。それはユージオがベクタの剣を弾いた音であった。完璧なパリィだ。剣にオーラを伝わせる隙も与えない。だがベクタにはもう片手がある。

 左手から溢れ出たオーラでユージオの力が抜ける。ベクタが振り上げた剣は僕が飛び込んで弾く。その間にユージオも我に返る。

 

「厄介な!」

「まともに打ち合うのは危険だ」

「だけど、やるしかない!」

 

 たたらを踏んだベクタにユージオが踏み込む。今度は左手を狙っていた。確かに、放出する左手がなければ剣を弾くことは難しいことではない。

 僕もそのカバーに入る。右手の剣で防御せざるを得ない角度で剣を差し込みその動きを封じる。

 

「はッ!」

 

 一息にユージオがベクタの腕を斬り飛ばした。肩口から腕が吹き飛ぶ。

 

 

「飽きたな。お前の魂は浅い。水を飲まされ続けているようだ」

 

 

 ベクタの左肩からオーラが噴出する! それが剣を振り抜いたユージオへと走る。僕はベクタの右手を封じていたために反応が間に合わない。

 

「ユージオ君!」

 

 ユージオを襲うオーラに直接の殺傷力はないはずだ。少なくとも今まではそうであった。しかしベクタの表情は、此度のこれが今までの比ではない力の奔出であると示している。

 フラクトライトに干渉する力。伝承では記憶を奪うほどのものだ。それが全力で一人の人間を襲えば、その末路は分かりきっている。

 オーラがユージオに届く、その間一髪のところでオーラの波を金色の花弁の防波堤が切り裂いた。

 

「ユージオ、敵の隠し玉には常に注意しなさい」

 

 金色の騎士が、鞘を杖替わりにして立ち上がっていた。

 

「アリス!」

「レント、貴方も何を焦っているのです。急いては事を仕損じるなど当たり前ではありませんか」

「ごめんね」

 

 アリスが起きたことでこちらは三対一だ。ベクタの権能が効かない僕と動きを封じられるユージオ、そこに遠距離攻撃が可能なアリスが加わることの戦術的広がりは圧倒的だ。

 

「アリス、君を味わうのは最後にしたかったのだが」

 

 ベクタの意識がアリスへと集中する。

 僕は目を瞑った。

―――今、だね。

 

 

ダン!!!

 

 

 次の瞬間、ベクタの胸には大穴が空いていた。

 

「は……?」

 

 後衛(シノン)がいるのだ。前衛()に求められるのは一瞬の隙を作ること、それだけだったのだ。

 ユージオが作った一瞬は見逃された。ベクタにまだ余裕が見えたからだ。だがアリスの登場でベクタの余裕はなくなった。奴の意識がただ一点のみに集中した。

 飛竜を撃ち抜かれたときからベクタは狙撃を警戒していた。この土壇場でそれを失念したことが奴の敗因だ。

 ベクタは膝をつき俯せに倒れた。その体が粒子に解けていく。

 

「レント、レント! 空から人が!」

「ごめん、アリスちゃん、ユージオ君。ちょっとだけ後ろ向いてて」

 

 にやけそうになる顔を引き締め、岩山を蹴り飛ばして跳躍する。そこに足場があると信じ込むことで心意で宙を歩く。

 上から降りてくる彼女は今まで見た中で最も神々しかった。神であるスーパーアカウントを使っているから当たり前なのだが、僕にはそれ以上に輝いて見えた。

 手を差し伸べる。彼女の伸ばした指の先と交わる。握り込むように、離さないように掌を繋ぎ合わせ、そこを支点に身を翻して腕の中に抱え込む。

 体温をこの距離で感じたことは初めてだった。結局あの日に告白もできていないのに踏み込み過ぎかもしれないが、そんなことを気にはしていられなかった。

 細い肩と腰を抱き、こちらの背に回された腕の優しさを感じる。肩口に顎を乗せるようにして言の葉を紡いだ。

 

「ただいま、シノン」

「おかえりなさい、レント」




 大功労のシノンさん。銃弾二発でベクタを見事に撃破してみせました。二組のカップルにダブルデートのごとく倒されたベクタさんに感想を聞いてみたいものです。

 氷みたいなユージオと練乳みたいなレントでかき氷にしたら美味しい、的なことをベクタに言わせようかと思ったのですが、ちょっと格好悪かったのでお蔵入りになりました。
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