~side:レンリ~
拳闘士達に後を任せ、人界軍は南へと邁進し始めた。彼らを共闘できるなら、この戦争を終わらせる鍵は間違いなく《暗黒神ベクタ》だ。あいつさえ倒せれば残りの暗黒界人とは和平交渉を行うことができる。
―――もう、戦わなくて良い。
何より命が失われずに済む。その希望を胸に、僕は飛竜を走らせていた。
ベクタはレントさん達を追いかけて南下していった。神の力を持つ者の前にどれだけ役に立てるかは分からないけれども、暗黒界人に剣を向けるくらいなら肉壁にでもなった方が良い。
『外』から来た人々はこちらで天命を全損しても『皮』を失うだけで命を落とすわけではない。それを聞き、僕はベクタに対して純粋に敵意を持つことができた。
騎士の役目は『人』を守ることだ。
『立派な騎士』になることが今の僕の至上命題だ。そして『立派な騎士』とは『人』を守れる騎士のことだ。
剣を持つ覚悟はできた。傷つける覚悟も。だけれども暗黒界人とて『人』であることには変わりなく、矛盾を押し通すことが僕には求められていた。
だが皇帝は違う。奴は『皮』を失うだけで命は失わない。奴はただひたすらに『人』を苦しめている。『人』の敵であり、倒しても『人』を損なわない。それは僕が最も望んでいた敵の姿だった。
あの赤い鎧の軍勢も皆『外』から来たと言う。ゆえに彼らに対しても当て嵌まることではあるのだが、ベクタがその首魁であることに変わりなく、その首を狙うことが一騎当千の騎士としてはふさわしい行いに思えた。
人界軍の上空を旋回しつつ、高い位置から僕と騎士長閣下は周囲の警戒を行っていた。行軍の速度は飛竜のそれよりも圧倒的に遅い。しかし置いていっては意味がない。この瞬間にもベクタが《果ての祭壇》に近づき世界の終焉を齎そうとしていると思えば、手綱を握る手に力が入ってしまうのも仕方のない話だった。
「レンリ、少し落ち着け。逸っても利はない」
閣下にまでそう言われる始末だが、それでも落ち着いていられる状況ではないと叫ぶ自分がどこかにいた。
「……あっ」
―――見つけた。
人界軍の補給部隊の幌馬車だ。僕が気づいたのとほぼ同時に閣下もそれに気づく。そして状況が全く芳しくないことにも。
「くそッ」
赤い鎧の軍勢だ。補給部隊は遺跡のような廃墟を仮の拠点とし、そこで籠城戦に挑んでいた。しかし補給部隊の護衛は本当に僅かなものだ。たった二つの入り口を死守するのも既に限界を迎えていることが遠目でもよく分かった。
未だに壊滅していないのは偏にアスナさんの力によるものだ。彼女は一人で片側の入り口を守り通している。白い鎧は地に塗れ、片腕も斬り飛ばされてしまっているのにその細剣で全てを斬り倒していた。
―――反対側は……、
「レンリ! 指揮を頼む!」
閣下が飛竜の手綱を繰ろうとする。
―――『頼む』。
その言葉がこの数日ずっと僕の胸を苛んでいた。峡谷の谷の綱を切り落としたとき、本当はやりたくなどなかった。しかしやらねばならないとも理解していた。人界を守る騎士として、騎士道精神に背くとしても切らねばならなかった。矛盾を押し通すべき場面だった。
あのときも閣下は僕に『頼む』と言った。直接的にはその言葉が僕にあの行為をさせたのだ。
それを恨んでいるわけではない。むしろ逆だ。あの言葉があったからこそ、僕は騎士らしく行動できた。感謝すべきなのだろう。
しかし、しかしだ。僕はその言葉を言われる度に自分の中の何かが削れていくのを感じていた。それが何かは朝の時点では分かっていなかった。
でも、今分かった。
削れていたのは
『頼む』と
僕は
閣下が僕に軍の指揮を任せようとした理由は明確だ。遺跡をぐるりと囲う赤い鎧の軍勢は推定で二万近くの数を誇り、今にも崩壊しそうな戦線を助けるためには僕か閣下のどちらかは突貫せねばならない。そしてその突貫が命を捨てるに等しい行為だということも、また間違いなかった。
きっと閣下に僕を侮る気持ちはない。単純に、あの人にとっては他の騎士の誰よりも自らの命が軽いだけなのだ。それでも僕は軽んじられたように感じてしまった。僕の意志が。あの程度の数の敵に、たかが必死に近い状況で臆するような半端者の騎士であると。
それは許せなかった。僕は誰にも認められる『立派な騎士』にならねばならない。軽んじられては、僕も、何よりあいつが浮かばれない。第一、騎士
理論と感情、その両方に突き動かされ、僕は閣下を片手で制していた。
「僕が行きます。閣下は挟撃の用意を!」
「――おう!」
飛竜を操り遺跡目がけて降下を開始する。その間に、先程しそびれたアスナさんの反対の入り口の戦況を目で確認した。
そちらの口には倒れ伏した護衛隊が幾人も積み重なっていた。あれだけの損害が出ては護衛隊にはもうほぼ戦力は残っていないはずである。
―――あの子だ。
キリトさんの世話をしていた二人の修剣士も、また戦闘に参加していた。赤髪の女の子の剣は血で塗れている。既に人を斬ったのだ。
彼女達は騎士としての第一歩を踏み出していた。僕なんかよりもずっと先に。そして今、また彼女は先に進んだのだ。守りたいもののために他の誰かを傷つける覚悟を手に入れたのだ。
すっ、と胸のつかえが取れたような気がした。いいや、きっと違う。つかえが取れたのではなく、つかえなんて気にかからないほどに体の内から溢れ出るものがあった。
僕も騎士としてふさわしい行動を。――彼女に。
「リリース・リコレクション」
《雙翼刃》を宙に飛ばす。これで最前に並ぶ敵の列を一掃することはできるだろう。だがそれでは意味がない。二万もの数がいるのだからすぐに次が補充されて終わりだ。
僕は脳裏に描く。僕が憧れる騎士の姿を。
それは騎士長閣下ではない。尊敬はするが、あの人に憧れはしない。僕がなりたいのは騎士であって騎士長ではない。
それは副騎士長でもない。一つの信念のためには何でもするという気概は彼女が騎士団の中で最も持っているであろう。だがその振りきり方を僕は望まない。
それはレントさんや、ましてやアスナさんでもない。彼らは僕とは違いすぎる。生まれが違えば育ちも違う。僕の小さな視点では彼らの見ているものは理解できない。
僕が憧れる騎士、それは透き通る氷の意志を持ったユージオさんだ。
元々はただ流れゆくだけだった彼は、守りたいもののために覚悟を決めて意志を固めた。《東の大門》でのあの短い邂逅だけで、その何物にも侵されない意志を僕に感じさせたのだ。それは清々しく、また僕に一つの道を示してくれた。親友のために戦い続ける今の僕は、彼の言葉の上に立っている。
その想いを刃に込める。感謝にも似た憧憬。彼のように、この意志を貫き通す。
―――僕は『人』を守る『立派な騎士』になる。
「――バースト」
《雙翼刃》が戦場を駆ける。敵の層を縦横無尽に切り裂き、遺跡から二回りほどを血の海に染める。鮮血が舞い、腕が千切れ、足が崩れ、首が飛ぶ。凄惨な光景が広がっていくのに心が痛むが、それも今では耐えて乗り越えることができる。
痛みをなかったことにするのではない。痛みは痛みとして捉え、立ち上がれなかった自分を忘れずに心の中に留め、僕は『騎士』として立つ。
《雙翼刃》が通った後の地面は急激に冷えていく。何周も遺跡の周りを駆け巡れば赤い大地には氷が張り、まるで肥沃な土壌から生える蔓のように氷の茨が立ち上る。
茨の棘は鋭く、冷たい。茨に巻き取られて鎧の兵が何人も氷漬けになっていく。それすら呑み込んで茨は伸び、遺跡を囲う垣根のように確かな厚みを持った茨の障壁が完成した。
「っは、はぁ、はぁ」
初めて行使した大神聖術、いや大心意に目が回る。飛竜はそんな僕をゆっくりと敵の駆逐された地面へと連れていく。
「――ユージ、お……先輩、じゃない?」
飛竜へと駆け寄ってきた赤髪の――たしかティーゼさん――修剣士が、その背から降りた僕へと困惑の声を上げる。彼への憧れを乗せた心意は彼の武装完全支配術とそっくりな結果を齎したから、その誤解も致し方ないだろう。
―――……。
だから、少し感じた胸の痛みのようなものは気のせいだ。
「ティーゼ、速い、よ……。コホン、騎士様! ご助力、心から感謝申し上げます!」
もう一人の修剣士――ロニエさん、で合っているはずだ――がティーゼさんに遅れてやって来て、騎士の礼を取る。
僕も呼吸と眩暈を落ち着かせながらそれに返礼していると、更に後方からアスナさんがこちらに向かってきた。右手で斬り飛ばされた左手を接着している様子に目を逸らす。
「ありがとうございます、レンリさん。凄いですよね、神聖術で斬れた腕も治るんですから」
「アスナさんこそ、補給部隊を守っていただき本当にありがとうございました。……神聖術で傷は治っても痛みはなくなりません。その経験もです。しばらくは安静になさってください」
僕の労りの言葉は、しかし逆効果だったようでアスナさんは眉間に皺を寄せた。
「そういうわけにもいきません。あの氷の茨、先程確認しましたが強度は普通の氷と同じようなものでしょう? すぐにまた突破されて包囲されてしまいます」
「それは……そうですが」
流石に高い優先度と天命を持った氷を生成することは叶わなかった。あの足止めも二万の前ではすぐに溶かされてしまう。
「そこでレンリさんにお願いなんですが、敢えて一か所だけ穴を空けてほしいんです」
「それは、どうして?」
「敵方には指揮官もいなければ軍略もありません。突破口があるとなったら、障害物を撤去する面倒な作業よりも安易なそこに挙って押しかけることになると思います。侵入経路を一つに絞れれば、私とレンリさんだけでもかなりの防衛が可能です」
その言葉は確かに理のあるものだった。
「分かりました。では早速そうしましょう。僕が先触れとして来ましたが、すぐに騎士長閣下の率いる本隊が到着するはずです。上手く挟撃に持ち込むことができれば、勢いを削げるかもしれません」
アスナさんは頷きを返した。
補給部隊を遺跡の中にいよいよ隠し、負傷者の手当を開始させる。僕とアスナさんだけが入り口に立った。遺跡を回り込まれないようにもう片方の口は瓦礫で塞いである。退路を断ってしまったことにはなるが、そもそも二万の軍勢に包囲されていて脱出することはできないだろうから問題はない。
「じゃあ、行きます」
記憶解放術を解除した《雙翼刃》を飛ばし、茨を斬り飛ばす。数瞬の後、突破口が開けたことに気づいた鎧の軍勢が、一斉にその穴を目指して走り出した。
「レンリさん。もしもの場合は、私を盾にしてください」
「え?」
「私は彼らと同じリアルワールド人、ここで死んでも実際の命はなくなりません。貴方の命の方が私が感じる痛みよりも余程大事です」
「……分かりました」
そう返答しながらも、僕にはそんなことはできないと確信していた。
先程の戦いぶりを見て、アスナさんが他の鎧の連中と同じで『皮』を使っているのだとしても、僕はその中に確かな『人』の輝きを見つけてしまった。僕には彼女を損なうような選択は取れない。
だって僕は副騎士長でも、レントさんやアリスさんでもないのだから。僕には『大局』を見ることはできない。それは怠慢で愚昧だと罵られることもあるだろう。だが、僕はそれに胸を張りたい。僕は一人の『騎士』として、常に目の前の『人』を大事にすると決めたのだから。
「行くぞ、相棒!」
二つの刃が空を飛ぶ。その軌道にあった首がごっそりと宙を舞った。だが赤鎧の軍は怯まない。『皮』である利点を最大限に押しつけてくる。
―――たとえ、ここで死のうとも。僕は『立派な騎士』になれたよね?
それを肯定する声が聞こえた気がした。
******
~side:アスナ~
整合騎士のレンリさんが来てくれたことで戦況は一変した。一度取られたブレークタイムのお蔭で、私はまだ戦えている。
補給部隊と共に休息を取っていた遺跡の周りに赤い光が降り注いだときは、私は重たい絶望を覚えていた。
補給部隊につけられた護衛は本当に僅か。《無制限地形操作》を行うにはまだ体調が思わしくない。一つだけ幸いなことは拠点とした遺跡が籠城戦を行えるくらいのものであったことだけだ。
それでも私は剣を離さなかった。キリト君がいるから。彼を守るためなら、私は悪魔に魂を売ったって良い。その後で取り返しに行くけれども。
護衛部隊の奮戦で片方の出口を守り、もう片方は私が守る。勝利条件は私が《無制限地形操作》を行えるようになるまで。しかしそれは遠くゴールの見えない戦いだった。何せ、戦いで傷つく度に集中することなどできなくなっていくのだから。
だからレンリさんが来てくれたときには心の底から安堵の息を吐いた。ベルクーリさんの援軍も近いと聞き、余計に安心した。
その心も、しかし三度目の降り注ぐ光でポキッと折れる音がした。
「嘘、でしょ……」
隣で戦っていたレンリさんもその顔色を青白く染める。なぜならその光は氷の垣根の内側に降りていたから。
脳裏に全滅、壊滅などの言葉が浮かぶ。茨の内側の戦闘要員はもう私と彼の二人だけなのだ。入口を塞ぐので手一杯だ。
振り向いたところで光が収まり、その中から人影が現れる。
「アスナ、助けに来たわよ!」
それは見慣れた桃色髪の親友で。その隣には小竜やバンダナ、スキンヘッドをトレードマークとする友人が並ぶ。
へなへなと腰が抜けた。レンリさんがギョッと目を剥いた雰囲気を感じる。リズ達の慌てようを見るに、きっと後ろの敵が武器を振り翳しているのだろう。でも緊張から一気に弛緩した体は言うことを聞いてはくれなかった。
「これは《閃光》らしくもない。腰を抜かすなんて可愛らしいことだな」
飛んできた手斧が背後の敵を撃砕する。
「エリヴァさん!」
「俺だけじゃない、みんないるぞ」
彼が示す先を見れば、《スリーピング・ナイツ》のみんなや《風林火山》、ALOの領主さん達など、見知った顔が勢揃いしていた。
「アスナさん、彼らは?」
ALOの妖精達が飛び出して敵を抑えてくれている間に、レンリさんが一歩下がって息を整えていた。
「彼らは『外』の私達の仲間です」
「『外』の……。そうですか、それは良かった」
彼はホッとしたように笑った。
「えっと、どうかしましたか?」
「――いや、『外』もこの世界と変わらないんだって確信が持てて安心したんです。『外』にもたくさんの『人』がいる。良い人も悪い人も。仲間思いの『人』もたくさん」
昨夜の軍議で見た彼の顔とはまるで違う、その誇らしそうな顔に私も満面の笑みを返した。
「はい、私達の故郷ですから!」
レンリ君のターンはこれで終了。ちなみに筆者はレンリ×ティーゼを推しています。
現実世界の仲間達が合流できましたね! 原作よりもその数はめちゃくちゃ増えてます。やったね!