~side:アルゴ~
シノちゃんを見送ってしばらく、アメリカのVR関連サイトに敵の手によるものと思われる広告が打ち出された。何でも、新しいVRゲームのベータテスターを募集しているのだとか。予想通り、ペインアブソーバーが設定されておらずリアルな表現を楽しめることを前面に打ち出している。
―――少しは怪しめっての。
アメリカのSNSにはこの
ペインアブソーバーなしでゲームなどできるはずがない。ちょっとした箱庭ゲームなどならまだしも、本格的に戦闘するのに痛みがあってはまともな娯楽にはなりはしない。そもそも痛みを感じながら戦える――たかがゲームで――ようでは、それこそ頭が
―――おっ。
私が撒いた餌に引っかかった者が散見されるようになってきた。事前に準備してあった追加の捏造情報を追加で撒けば、彼らがすぐさま拡散してくれる。日本へのハッキングだという説が盛り上がりを見せれば、当然それを否定する者も現れてくる。しかし有志がアクセス先を探ったりしたところで、実際に日本の沿海で運営される日本のサーバーに接続しているので否定の材料にはなりはしない。むしろ説に実体を持たせてくれる。
もう一つ仕かけておいた痛覚を得ることによる危険性を唱えた論文も発見してくれたユーザーがおり、ペインアブソーバーなしのゲームへ警鐘を鳴らしてくれ始めた。
―――でも、足りない。
この様子では一割も減れば御の字といったところだろう。日本であればと歯噛みするばかりだ。
取れる手段は可能な限り多く取りつつ、並行での日本からのプレイヤー誘致も怠らない。とはいえ時刻は午前三時台。活動プレイヤーの数は減り続けている。それでも私はやるしかないのだ。
そうして迎えた午前六時。複数のアカウントを使い分け、捨て垢を大量に作成して行った私のプロパガンダ行動がどれだけの成果を上げたかは私にも分からない。これでは菊岡に吹っかけるのは無理そうだった。
それでも日本国内には影響を与えられたと思う。Mトゥデにもかけ合って広告を出させてもらった。五時頃にリズちゃんがALOでやって見せた演説を中継報道し、それには多くのVRプレイヤーが心を動かされたはずだ。
先程、日本のプレイヤーの一斉ダイブが敢行された。ありがたいことにSNSでは午前休を取ったプレイヤーまで見つけられた、それもかなりの数。あの《狸》なんかは自分の会社を午前中臨時休業する始末だ。それで良いのかと疑問に感じたが、新生ALOの運営がそれほどに本気で事態に臨んでいる様子は他のプレイヤーにも波紋を広げていた。
最終的に自分の本アカウントをコンバートしてくれたプレイヤーは大よそ千ほど。そうでなくともデフォルトキャラでのダイブを行ってくれた者は五千近くにもなる。
大して今まで確認されたアメリカのダイバーは合計で約四万だ。それは一万強の第一陣と残りの第二陣とに分けられ、第一陣は現地の暗黒界軍と交戦しているのが確認されている。ユイちゃんに連れられたリーファちゃんがダイブした後に現地の軍勢を率いてそちらに加勢に向かったため、日本からのダイバーは第二陣の方へと当てられることになった。
第二陣と対峙していたのは現地の人界軍、それからアーちゃんだ。キリ坊の反応も確認されていたため最優先目標には違いなかった。そこに六千の日本人が下ろされた。
気がかりだったのはレントとシノちゃんだ。シノちゃんは《ワールド・エンド・オールター》に配備された――今からしてみれば失着であった――。そこに敵の親玉、皇帝ベクタとレントの反応が接近していたのだ。
そちらもどうやら二人が上手くやってくれたようで、六本木の分室――こちらが本部ではなかったらしい――のモニター上でベクタを示す光点が消失した。
ほぅ、と息を吐く。この光点の近さからして、二人は再会を果たせたのだろう。
―――良かったね。
恋敵と素直に言えれば良かった。もう、私にその資格はない。レントを好きじゃなくなったわけじゃないし、丸っきり諦めたわけでもない。ただそれ以上に、シノちゃんとレントが笑い合っている光景が好きになってしまっただけなのだ。
アメリカでのダイバー募集は一区切りがついたようで、もう私にできることはない。目元を隠すようにアイマスクをつけ、仮眠を取り始めた。
******
―――できることはない、はずだったんだけどなぁ。
仮眠を取り始めて一時間ほどが経った頃、私はユイちゃんに起こされた。
「アルゴさん! 大変です!」
寝惚け眼を擦りながら彼女の示すホロウィンドウを見れば、それは中国と韓国のVR掲示板だった。
私も流石に中国語と韓国語は理解できない。ユイちゃんが示す和訳を読み進め、思わず舌を巻いた。
「これはやられた……!」
日本のプレイヤーがアメリカのプレイヤーに対して無双している様の画像を切り貼りされ、日本によるハッキング工作であるという宣伝に用いられたのだ。
―――だが、やり口が変だ。
アメリカに広告を打った輩とは別の者が中韓への工作には関わっていると見た。この絶妙に日本への悪意を掻き立てるような文句の書きぶりは、アメリカでの雑な工作とはレベルが違う。
「アルゴさん、どうしましょう!」
「……ムムム。火に水をかけることはできるヨ。それが焼石に水になるかどうかまでは分からなイ。だが、向こうに新手が追加されるのは確実ダ」
「そんな……」
小妖精は眉尻を下げて肩を落とす。その頭を柔らかく撫でた。
「ユイちゃん。私達にできることは一杯あるかもしれないし、何もないかもしれない。だけどね、どちらであろうと私達が一番しなくちゃいけないことは、『みんなを信じる』ってことなんだ。アンダーワールドには私達の呼びかけに応じてくれて沢山の仲間がダイブしてくれた。それに加えてレントやシノちゃん達だって、ユイちゃんのパパとママだっている。彼らはこんな敵に負けるような人じゃない。そうでしょう?」
「――はい、はい! 私は信じています!」
「うン、その調子、その調子。とはいえやれるだけはやらなきゃネ」
ユイちゃんに翻訳してもらいながら、アメリカと同様に中韓の情報サイト、各種SNS、掲示板などで情報工作を開始する。
しかしアメリカでの場合とは違ってユーザーを揺さぶれるネタは限られている。事実を絶妙に歪曲されたそれを虚偽であると主張するのは――それが匿名のネットワークであるから余計に――難しい。
私に切れたカードは日本の情報だけだった。アメリカでベータテストとして募集していたアドレスに日本の有志が対抗してダイブしたことは間違いないが、日本でプレイヤーを集める際に私が大量に拡散した情報が私達の後ろ盾になる。
思惑通り、日本の様子を知ってどちらが真実か分からない以上は傍観の構えを取ろうとするユーザーを確認する。その意見をすかさず確認し、多くの追従者がいるように装えば一つのムーブメントとなる。
だがそもそもとしてこの中韓への工作は論理的なものではない。彼らに眠る反日感情に語りかける類のものであり、ダイブを決めるプレイヤーもまた後を絶たなかった。
「……チッ」
それでも私は工作を続けるしかない。ユイちゃんと額を突き合わせるように作業を続けていた。
そのとき部屋の空気が揺れた。そちらを向けば、記憶にあるものよりも険の抜け落ちた表情の重村徹大教授がいた。
「……君は誰だ?」
重村教授は私を見て不審げな顔をする。それもそうか。たった今通勤――にしては早い時間であるが――した彼は事情を知らないのだ。
横脇から走り寄ってきた研究員が資料を片手に事態を説明、ついでのように私の紹介もしてくれたようだ。
「なるほど、君が《鼠》のアルゴか。娘からよく話を聞くよ」
「ハハ、《歌姫》様にはSAO時代にお世話になったからナ」
―――これも手の一つか。
「そこで教授」
「もう今の私は教授ではないのだが」
「おっと、これは失礼。では、コホン、重村博士。一つ頼みがあル。《ユナ》を貸してはくれないカ?」
重村博士の眉間にピシッと一本筋が入った。
「……とりあえずは理由を聞こう」
「今、アメリカと同様に中韓のVRプレイヤーも敵の妨害工作に利用されてアンダーワールドにダイブしようとしていル。何とか数は減らしたいとは思っているけど、中々難航しているんだヨ。そこで《ユナ》にはアンダーワールドで一役働いてもらいたイ」
「具体的には?」
「ちょっと歌って踊るだけで良イ。《ユナ》の人気は大陸にも伝わっているし、まさかあの《ユナ》がハッキングに力を貸すとは思わないだロ? 中韓の連中に日本の本気を見せつけてやれば、別に動きを強制されているわけでもなし、剣を収めると思ってナ」
「剣を収めなければ、どうなる」
「ダイブしたプレイヤー同士で殺し合い、だナ」
博士は顎に手を当て思案する素振りを見せた。
「……《ユナ》は私の第二の娘のようなものだ。彼女の安全が確保できなければ私は頷けない。プレイヤーと違ってこちらに楔を持たない彼女がもしもアンダーワールドでロストするような事態になっては……」
「そこで博士の力も借りたイ。オレっちじゃそこの問題はクリアできなイ。《ユナ》を損失しないようにする用意をしてほしイ。例えば他のプレイヤーデータに同期させたり、ライトキューブみたいに強制排出できるようにすれば良いんじゃないカ?」
顎に置いていた手を蟀谷に持っていき、博士は大きく息を吐いた。
「良いだろう。鋭二君も何やらダイブするようなことを言っていたらしいから、彼のプレイヤーデータに紐づけしてこちらで引き上げられるようにしよう」
博士はそれきり踵を返し、電話で話し始めてしまった。あの手の人間は人の返答を待たないことが多いことを痛感する。
「マ、これで何とかなってほしいところだナ」
******
~in:オーシャンタートル~
日本のVRプレイヤーをアンダーワールドに招き入れた比嘉は、今までに四度――それぞれレント、アスナ、シノン、リーファのダイブしたタイミングだ――キリトのフラクトライトに僅かな反応をしていたことに気がついた。神代の発言から彼はSTLに接続している他の三人のイメージからキリトのフラクトライトを活性化することを思いつき、それを達成するために研究員をもう一人連れてサブコンを出発した。
その十数分後、サブコンにアンダーワールドからの音声が響いた。
『テスト、テスト。サブコントロール聞こえているか。ヒースクリフはいるか? 応答求む』
その声は数時間前に予想外のダイブをしてみせたレントのものに間違いなかった。モニター前に腰を落ち着けていた神代がすぐにマイクを取った。
「こちら神代、茅場君がいるわけないでしょう。そんなに警戒しなくてもサブコントロールルームで間違いないわ」
『それは良かった。ここで間違えたとなれば笑いごとでは済みませんからね』
『レント、急いでいるのでしょう。無駄話はよしなさい』
その女声に神代と菊岡はサブコンで顔を見合わした。
「失礼だけど、今話した貴女の名前を聞いても良いかしら。私は神代凛子よ」
『私はアリス。右目の封印を突破した者です。ここにはユージオもいます。案じずともそちらに脱出することは二人とも了承しています』
『と、いうわけで。流石にこのコンソールだけで全てを理解することは時間的に厳しいので、オペレーションをお願いします』
「え、ええ!」
神代は逸る心を抑え、声を震わさないように努力しながら内部からのログアウト手順を一つずつ言葉にし始めた。
《ワールド・エンド・オールター》はそもそもが上空にあって通常では辿り着けない。その分、アンダーワールドに配置された他の二つのシステムコンソールと違ってパスがかけられていない。また操作方法も簡便だ。そもそもが不測の事態に遭った職員が内部で取れる最終手段として設計されている以上、多機能を持たせる理由も操作を複雑にする理由もなかった。
ほんの数手順を踏んだだけで、サブコントロールルームに一つのライトキューブが転送された。
「アリスさんの離脱を確認したわ。次はユージオさんで同じ手順を行って」
『了解しました』
これまた数分で二つ目のライトキューブがサブコンに現れる。
「ユージオさんの方もこちらで確保できたわ。……レント君はこの後はどうするの?」
『また戦いに戻ります。ベクタは倒せましたが、奴が次にどんな手を打ってくるかは分かりません。リアルワールド人の不始末は僕達で取るべきです』
「でも! でも、貴方は他のプレイヤーやSTLを使っているアスナさん達とは違うのよ? 茅場君のナーヴギアを使っている貴方はHPが零になったときの命の保証がない。貴方もそこから離脱するべきよ」
菊岡も机に片手をついてマイクを掴む。
「僕からもそれを勧めるよ。既に日本から数千人のVRプレイヤーが応援に駆けつけてくれた。比嘉君の試みが上手くいけばキリト君も意識を取り戻せるだろう。それに――」
『菊岡さん、そこまでです。たとえ貴方方がどう思われていようが、僕にとっては人工フラクトライトの命もリアルワールド人の命も同じ重さをしています』
「自分の命を最優先にしろと言っているんだ!」
菊岡は反射的に口を手で押さえる。大声を出してしまったのが自分でも信じられないようだった。
『……きっとそれが一人の人間としては正しいんでしょう。でも僕は騎士なんです。菊岡さん、貴方が自衛官であるように。――己が命を惜しみ、力を振るえると知りながら戦場に背を向けるなど言語道断! それが僕の覚悟です』
「何を言っているの!?」
神代はなおも反駁しようとするが、菊岡は諦めたように首を振った。
「分かった。そこまで言うのなら僕に言うことはないよ」
「菊岡さん!」
「ここまで意志を固めた人を動かす言葉を僕は知らない。強制ログアウトができない以上、諦めるしかない」
『ご理解いただきありがとうございます。まぁ、シノンに泣かれてしまうので生きて帰りますよ』
それを最後に通信は切れた。モニターでポインティングされたレントが、同様に位置表示されているシノンの光点に近づいていった。
「……菊岡さん、私の悲哀はどこに向ければいいのかしら。盛大に惚気られたような気がするんだけど」
「ははは」
菊岡は乾いた笑いを返した。
「こほん。とはいえ、彼に生きて戻る意志があるならよしとしましょう。何せ彼はVR適性Sだ。その意志さえあればきっと帰ってきてくれます」
「そうね……」
神代は二つのライトキューブに目を遣った。
「本当に、彼らにはお世話になっているもの。アリスを生み出し、守ってくれた。それどころかアンダーワールドすら丸ごと守ろうとしている。一人、二人でなく何人も、遂には何千人も。ね、菊岡さん?」
思わせぶりな神代の視線から逃げるように菊岡は視線を逸らした。
「……全ては成果次第。アルゴ君にもそう言っただろう?」
かなり完結が見えてきました。大胆にカットした部分は原作でご確認ください、というスタイルです。
日本からのダイブは合計で六千人と原作より非常に多くなっています。これは、まぁ、アルゴさんの活躍です。
・ALO以外のほぼ全てのVRワールドからもコンバートを受け入れている。
・プレイヤーデータのサルベージが約束されている。
・《鼠》印かつMトゥデ支援という日本のVR界隈では信頼性の高すぎる情報元。
・コンバートでないデフォルト装備のダイブも受け入れている。
などが主な要因ですね。細かい話をすればレントの存在でSAOの生存者が原作より少し多く、またレントが様々なゲームを渡り歩いているので、その中に多数を動員できる人がいたり、レント達に好感情を持っている人が多くなっていたりがあります。
反対に他国のプレイヤーは大分少なくなっているので大戦功です。原作を知らない登場人物達からすればそれは分かりづらいですが。
OS事件のときにも援軍に来ていましたし、日本のVR界隈ではこの手の救援イベントは定番になっていそうです。