SAOUW~if《白夜の騎士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 少し時は戻って、二話分も抱き合っていた主人公とシノンに移ります。どうぞ。


#44 我儘

 惜しい気持ちを抑えつつシノンから両腕を離し、その手を引いて岩山へと戻れば、アリスがジト目でこちらを見ていた。

 

「……レント、貴方、そんな熱烈な人だったんですね」

「後ろ向いててって言ったのに」

「そう言われて素直に従うのはユージオのような者だけです。まあ期間を指示しなかった貴方の落ち度のせいで、結局ユージオもばっちり見ていますが」

「あはは……」

 

 ユージオが気まずそうに頬を掻いた。

 

「それで、その女性はどなたなのですか?」

「私はシノン。今は《太陽神ソルス》としてここに来ているわ」

「なるほど、アスナと同様の『外』の人間でしたか」

 

 アリスはそこで咳払いをした。

 

「で、レントとの関係は?」

「えーと……」

 

 僕とシノンは顔を見合わせるしかなかった。互いに肝腎の言葉は言われていないし言っていない。だからと言って友人であると言うのは御免だ。

 言葉を詰まらせた僕達を見てアリスは大きく溜め息を吐いた。

 

「貴方もですか、レント」

「……これには深い事情があるんだよ」

「それも『外』に行ってから根掘り葉掘り聞くことにしましょう」

 

 アリスは剥き出しにしていた《金木犀の剣》をようやく鞘に納めた。きっとシノンのことも警戒していたのだろう。

 

「これからどうするのです?」

「予定通り《果ての祭壇》を目指すよ。ここまで来ちゃったからね」

「……そう、ですか」

 

 アリスの肩をユージオが無言で抱いた。彼女達に他人のことは言えないと思うのだが、再び剣を抜かれても困るので言葉にはしなかった。

 

「レント、あの男《Subtilizer》なんでしょう?」

「そう、だと思う」

「なら私はここに残るわ」

 

 シノンを振り返りかけた首を止めた。

 

「――頼むよ」

「頼まれたわ」

 

 ベクタを一度撃退したとはいえ奴が舞い戻ってこないとは限らない。《Subtilizer》はGGOの最強プレイヤー、その力はたとえベクタのアカウントでなかったとしても確実だ。安全にアリス達をリアルに送るためにはSubtilizerの足止め役が必要になってくる。

 僕とシノン、そのどちらが足止めにふさわしいかを決めることは難しい。しかしアリス達にどちらがつき添うべきかは一目瞭然、つき合いの長い僕に決まっている。

 

「よし、じゃあさっさと行こうか。あ、飛竜とはお別れで」

 

 アリスの愛飛竜――たしか《雨縁》だ――とユージオが乗っていた四旋剣の飛竜は《陽纏》の後を追ってベクタの追撃に参加していた。岩山に降りていた《雨縁》に跨ろうとしていたアリスは僕の言葉に目を丸くする。

 

「ですが、それではどうやって祭壇に向かうのです」

()()()()

 

 見せた方が早い。僕は瞼を閉じて集中した。

 フッと体が軽くなる。足が緩やかに地面から離れ、見えない力に支えられて僕は宙に浮く。

 

「え、え!?」

 

 ユージオが派手に吃驚の声を上げる横でアリスも目を見開いていた。

 

「それは心意、ですか?」

「うん。さっきは無理矢理空を歩いてたんだけど、改めて考えたらシノンが空を飛べるのに僕が隣を飛べないとかあり得ないから。そう思ったら飛べた」

「貴方は……」

 

 蟀谷に手を当てるアリスに続ける。

 

「多分、飛竜よりも速い。流石に持久力じゃまるで敵わないけど、祭壇までなら僕の方が早い」

「分かりました。それでは、貴方に掴まれば良いんですか?」

「そうだね」

 

 僕の応答を聞いたアリスは《雨縁》の頭を手で撫でた。ユージオも飛竜に別れを告げている。

 

「《雨縁》、ここでお別れです。《滝刳》と仲良くなさいね。最後の命令です。貴女はこの世界で家族を作り、幸せに暮らしなさい」

「《陽纏》も少し休んだら先に北に戻ってね。今までありがとう。それから、さようなら」

 

 《陽纏》の目に浮かぶ涙を拭い、顎下を撫でる。《陽纏》は喉を鳴らした。

 

「――さて。それではお手を取って王女様と王子様」

 

 お道化て差し出した両手を二人が握る。シノンの目線から逃げるように僕は飛び立った。

 

「……『外』に行ったら聞くとは言いましたが、先程のやり取りで大体分かりました」

 

 飛び始めて数分、遠くに小さく浮島が見えてきた頃にアリスが口を開いた。

 

「貴方は自分を出すことを覚えた方が良い」

「出してると思うよ?」

「それは……そう、かもしれませんが」

 

 黙って聞いていたユージオまで僕を責めるような声を出す。

 

 

「レントは何を守りたくて戦っているの?」

 

 

「僕は……そうだな、僕が守りたいのは人命だよ。それは揺るがない」

「それは君の(おおやけ)の部分だろう? (わたくし)の部分はないのかい?」

(わたくし)の、部分?」

 

 それは初めて考える概念だった。いや、とうに失った概念だった。

 僕は自分に何かを守れるなんて烏滸がましいと思っている部分がある。それでも守りたいと叫んでいるのだと、今までは思っていた。しかし違うのかもしれない。ユージオの言葉が僕の言葉に針を刺したようだった。

 だが悩んでいられる時間はなかった。飛竜の数倍のスピードを出して飛ぶのだから、遠くにでも見えた目標にはすぐに辿り着く。浮島はすぐそこであった。

 ユージオにまともな返答もできないまま僕は浮島に足裏を乗せた。心意を切れば、今までの疲労がガクと膝を曲げさせる。差し出されたアリスの手を断り、恐らく頂上にあるであろうシステムコンソールへと歩を進めた。

 コンソール越しに今の状況を聞き、アリスとユージオを菊岡達のもとに送り出すことが叶った。これでアンダーワールドでの僕らに明確な敗北条件はなくなったと言えよう。キリトの精神回復も比嘉が何か策を持っているそうだから。

―――後は、僕の我が儘だ。

 菊岡には責任問題で迷惑をかけてしまうかもしれない。シノンは僕の死に泣いてくれるに違いない。それでも僕はこの世界を戦い抜きたかった。

 自分の脳に負担をかけていることを自覚しながら、僕は心意を用いる。先程は安全性の確保のために使わなかったが、背後で風素を炸裂させることによるブーストもかけ、行きよりも短い時間で僕はシノンのもとへと戻った。

 

「やっぱり、戦いに行くのね」

「……うん」

「折角、私がここを受け持ったっていうのに。――ナーヴギアを使っているんでしょ。安全性は?」

「保証されてないよ」

 

 シノンの視線を、今度はちゃんと受け止めた。

 

「でも僕は騎士だから。人界を守るのが義務だ」

 

 しかしその言葉がシノンの眼光を和らげることはなかった。ユージオとはまた別種の氷を押しつけられる。

 

「は?」

 

 その恫喝するような一音に、僕は唾を呑んだ。何が彼女の逆鱗に触れたかがまるで分らなかったからだ。

 

「貴方は、()()()()は何をしたいの。何がしたくて命を懸けるの。騎士だから? 笑わせないで。それは()()じゃない。貴方が身に着けている数ある側面の一つでしかない。本体の貴方は、ど真ん中にいる貴方の望みは何なの」

 

 シノンの拳が僕のチェストプレートの中心を押す。僕はその言葉の意味が分からなかった。

 

「……これが、例えばキリトを助けに行くためだとかなら理解できたわ。人界軍の中に好きな女がいるとかでもよ。腹は立つけど、それなら背中を蹴り飛ばして送り出したわ。でもそれが義務だから? 重荷しか背負わせない肩書なら捨ててしまいなさい。貴方にこんな鎧似合わないのよ」

 

 いっそ怒鳴りつけられた方が楽だったかもしれない。淡々とした言葉は僕の心の鎧を正確に撃ち砕いていた。

 

「これは、僕の望みだよ。一人でも多くの人を救う。リアルワールド人だろうと、アンダーワールド人だろうと。僕一人の命で多くの人が助かるなら安上がりだ」

 

 思わず眉間に皺が寄っていた。こうも何度も否定されては流石に不愉快だ。

 僕の言葉でシノンは鎧から手を離し、代わりに僕の瞳を覗き込んだ。そして今までの不機嫌そうな表情すら消して言った。

 

 

「――貴方、諦めてるのね」

 

 

 カチリとピースが繋がった。

 それはユージオの言葉で生まれた疑問。僕の(わたくし)の部分の望みとは何なのか。頭の隅に押し遣っていたから気づくのが遅れたが、シノンが言いたいこともきっとそれなのだろう。

 その答えがこれだ。僕は()()()()()(わたくし)の自分になぞ何も守れないと、そう思っているのだ。

 僕は自分に何かを守れるなんて烏滸がましいと思っている部分がある。それでも守りたいと叫んでいるのだと、今までは思っていた。しかし違うのだ。(わたくし)の部分では何も守れるものなどないと諦めているけれども、(おおやけ)の部分なら何かを守れるかもしれないとまだ希望を抱いている。それが今の僕なんだ。

 シノンがふっと美しく微笑んだ。

 

「今の私にそれを拭うことは難しいわ。だけど、今だけは教えて。()()は何がしたいの。何を守りたくて戦場に戻るの。騎士だからとか、名も知らぬ人を守りたいとかじゃない、自然な願いを、聞かせて」

 

―――流石は、スナイパー。

 彼女の言葉は僕の心を丸裸にした。ここまでしてもらって、ようやく僕は自分の願いに手を伸ばせる。とっくに諦めていた(わたくし)の部分の守りたいもの。か細い光。

 

 

「そんなの、親友(キリト)を助けたい以外にあるはずないじゃないか」

 

 

 シノンの指が僕の頬をまさぐる。離した指先には雫が乗っていた。

 

「ようやく吐いたわね。まったく、あの男は男女問わず誑かすんだから。――良いわよ、行ってきなさい。貴方にも助けられるわ。貴方が守りたいものを、守るだけの力が貴方にはある。安心してキリトを助けに行ってやりなさい。英雄(ヒーロー)になれるわよ?」

 

 大きく背中を叩かれた。

 

「シノンは――」

「私はSubtilizerをどうにかするわ。アリスさん達がログアウトしたなら問題はないでしょうけど、まだ彼女が祭壇に着いていない風に装えば余計なことをする時間を与えないで済むでしょ?」

「ありがとう」

「……ところでずっと気になってたんだけど、その腰のは?」

 

 僕の腰をシノンが指差す。それに僕は口に指を当て小首を傾げて返した。

 

「ユージオ君からの預かり物。『キリトの力になれば』だって。シノンの言葉を借りるなら、彼も『誑かされた』のかな?」

「そうみたいね。じゃあ、私も何か預けましょうかね」

 

 シノンは自分の腰へ腕を回した。

 

「と言ってもキリトにはもう十分でしょうし、私からは貴方に……そうね、お守りかしら。貸してあげるわ」

 

 軽く放られた物をキャッチする。それは見慣れた形の弾丸であった。

 

「これ、ヘカートの?」

「そ。時間経過で回復するから一つくらい持っていっても構わないわ。《広範囲殲滅攻撃》なんて仰々しい名前つきよ」

「流石は太陽神」

 

 僕は最後にシノンを掻き抱く。

 

「じゃあ、行ってくるよ」

「ええ、行ってらっしゃい」

 

******

 

 シノンと別れしばらく――数十分ほど――飛べば、ようやく人のような点が見えてきた。ここで焦って突貫しても何の意味にもならない。速度を落として近づきながら様子を観察する。

 まず目立つのは白い鎧の兵達だ。推定で千人以上がいるであろう。アメリカ人プレイヤーが使っていたアバターの色違いだ。次に目に入るのは人界軍の標準装備を身に着けた兵士。こちらは数百の数を維持している。

 そしてそんな中に個性豊かなアバターが、また数百ほど蠢いていた。見える範囲に赤い鎧の兵はいない。戦闘も行われていなかった。

 休息中と思われる集団の中にベルクーリの姿を見つけ、僕はそこ目がけて急降下した。

ゴウッ

 つけた勢いが着地と同時に風を撒き散らし、周りの視線を一身に集める。硬い地面で砂埃が立たなかったことが幸いか。ベルクーリは僕を認識しているようだが、その前に周りに斬られてしまうところだった。

 

「整合騎士レント・トゥエンティ、任を終えて帰投いたしました」

 

 胸に手を当て跪く。久し振りの再会だ、少しくらい格好つけたところで罰は当たらないだろう。

 

「おう、ご苦労だったな。状況説明は必要か?」

「皆さんの様子を見るに、この遺跡でも一戦闘あったようですね。暗黒界軍が見当たらない点から、また別の新手が現れたのでしょう。そこに『外』からの援軍が間に合い、無事に撃退した」

「その通りだ。あれ、お前さんの知り合いだろう? 『外』の戦力は中々な働きをする奴ばかりだ。見たこともない武器を使う奴、亜人族、心意みたいな見えない力で戦う奴まで様々でたまげたもんだぜ」

 

 ベルクーリが指差す方を向けば、アスナを筆頭にキリトとシノン、それからクリスハイトを抜いたいつものメンバーが顔を揃えていた。

 ベルクーリに一礼し立ち上がる。埃を払いながらそちらに向き直り、咳払いした。

 

「みんな、ただいま」

 

 いつかのオーディナル・スケールのときとは逆だ。僕から先に声をかける。皆はあのときと同じで声を揃えて返した。

 

「「「おかえり!」」」

 

 駆け寄ってきた皆にもみくちゃにされる。ALOのメンバーだけでなく、エリヴァやタロウなどのSAOの仲間、GGOやそれ以外のVRワールドの仲間まで。

 

「ったく、心配かけさせやがって」

「GGOのアバターよりも成長してんな!」

「あんたがログインしなくても心配はしないけど、Mトゥデに活躍が載らないのが心配だったわ」

「今度は騎士様かよ。クソ似合ってんじゃねぇか」

「さっきの登場カッコつけてただろ。カッコよかったよ、この野郎!」

 

 SAOのときとはまるで違う温かい声の数々に成長を感じる。リーファに顔が狭いと愚痴った自分が遠い過去の話になってしまった。

 

「みんな、ありがとう、来てくれて」

 

 心からの感謝を、彼らに。僕が紡いだ縁が人界を救う一助になったと思えば、どこか心が救われるような感触が得られた。

 そのとき、背筋に何か冷たいものが走る感覚がした。

 勢いをつけて振り返る。その悪寒を感じたのは遺跡の上からだった。急に動き出した僕の視線を追いかけ、他の皆の視線も遺跡へと向かう。

 そこにいたのは――黒いポンチョを着た男。

 

「お、おい、レント。まさか、ありゃ……」

 

 クラインが震える声を出す。

 

「僕は、()()()を直接見たことは……ない」

「レント君とクラインさんは、あの人を知っているの?」

 

 アスナの返答に、僕の周りにいたSAOサバイバーの数人が代わりに答えた。

 

「「「あいつはPoHだ!」」」

 

―――失念していた。

 敵が抱える有力なVRプレイヤーは二人。《Subtilizer》と……《PoH》。

 だが、彼一人で何ができる。こちらは人界軍五百を後方に回したとて、日本のVRプレイヤーがデフォルト装備で二千、コンバートデータで千近くいるのだ。いかなPoHとて一人ではどうしようもない。

 その楽観と恐怖の入り混じった予測は悠々と手を振るPoHの背後の風景で軽々と覆された。

 

「新手か……!」

 

 降り注ぐ大量の赤い光。それが一つ一つ赤い鎧へと変わっていく。その数は数百、数千を越え軽々と五桁に達そうとしていた。

―――アメリカから更に追加か!?

 僕の動揺は、これまたPoHによって簡単に覆された。より悪い方へと。

 PoHは得物の肉斬り包丁を掲げながら叫んだ。

 

「同志達よ! 呼びかけに応えてくれて感謝する! 残念ながら、この場所で先にダイブしていたアメリカの有志達は日本人に駆逐されてしまった! のみならず、ここから移動し破壊の限りを尽くそうとしているのだ!」

 

 愕然とする。その台詞は()()()であった。流暢なそれは、少し学んだ程度のものではない。日本人プレイヤーの間でも理解できている者が僕以外にいるとは思えない。それが通じるということは、今ダイブしてきたのは中国のプレイヤーだ。

 

「サーバーをハックした日本人は強力な装備をいくらでも作り出せるが、管理者権限を奪われた我々は同志達にそんなデフォルト装備しか与えることはできない! だが、君達の正義と団結心が、必ずや卑怯者の日本人を撃退してくれると信じている!」

 

 PoHは間を置かずに僕の分からない言葉で演説を繰り返した。篭手を引かれて振り向くと、シウネーが暗い顔で頷いた。

 

「あれは韓国語です」

 

―――そういう、ことか。

 現在の中韓に燻ぶる反日感情は非常に大きなものだ。いや、中韓のみではない。電子生理学部門における重村研究室の目覚ましい成果はVR・AR技術を応用した多分野に及び、それに対する各国の妬み嫉みは急速に増大している。

 菊岡も不服そうにしながら、「時が経てば最新技術も拡散されて格差は平均化される。時が解決するのに任せるしかないかな」と零していたものだ。

 その火種にPoHはガソリンを引っかけて盛大に燃やし始めたのだ。

 

「かかれ!」

 

 実に簡単なその檄と共に奴は包丁を振り下ろす。

 雄叫びを上げながら赤い鎧の軍勢が遺跡を飛び下りた。




 名のある誰かを守れぬ主人公。それがうちの《白の剣士》です。
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