SAOUW~if《白夜の騎士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 あ、あと三話で終わる気がしないんですが……。とりあえずシノン視点から始まる四十六話です、どうぞ。


#46 漂白

 赤い空にどす黒い泥のような雲が広がる。そこから岩山へと泥が垂れ下がり、溜まった泥濘の中から一人の男が立ち上がった。

―――来たわね。

 私は彼の姿をBoBを映した画面越しでしか見たことはない。そのときですら感じた圧倒的な強さを、今は直接目にしていた。

―――これもレントのお蔭かしらね。

 彼と共にいると学ぶことばかりだ。きっとかつての私ではただ姿を見ただけで奴の強さを悟ることはできなかった。立ち姿、重心、足捌き。そういった身のこなしに着目するようになったのは彼の存在あってのものだ。

 Subtilizerは私の存在に気づいてはいても目視はしていない。この情報の非対称性を活用しなければ。

 泥濘から浮き上がったSubtilizerは翼を持った何かに乗っていた。この世界に合わせたGGO世界の装備なのだろう。

―――まずは一発。

 引き金を引く。死角から放った一撃は違わずにその乗騎の片翼を撃ち抜いた。Subtilizerがこちらを振り返る前に飛行能力を使ってその場を離れる。こちらが飛行できることを奴は知らない。死角を縫うようにして移動し、一射。そしてもう一射。

 放った二発の弾丸は一発目は乗騎のもう片翼を撃ち抜いた。しかしSubtilizerがその乗騎に触れた途端に乗騎が消滅して代わりに奴の背中に大きな翼が生えたため、乗騎のど真ん中を狙った二発目は空を切る。

 飛行能力を奪えなかったことを歯噛みしながら複数ある岩山を盾にして移動する。向こうの死角を縫うためには、こちらから向こうへの視線も切れる瞬間がある。しかしそれは許容すべき隙のはずだ。人の視野は約二百度。この辺りは岩山地帯であり奴の死角の岩山は一つではないからこちらの動きは絞りきれない。

 はずだったのに。

 岩山を飛び出して奴に狙いをつけようとした私は、完全にSubtilizerを見失っていた。先程までいた上空に見当たらない。周りにも。

 人の視野は約二百度。

 それを思い出した私が振り返ろうとしたとき、真後ろから声が聞こえた。

 

「君が例のスナイパーか」

 

 反射的に差し込んだ腕が頸動脈を完全に絞められることを防ぐ。しかしこの距離、加えて片手ではヘカートはとてもじゃないが扱えない。GGOでもないからサブウェポンも持たない。その状況で相手はSubtilizer、近接戦の名手でプロの軍事屋。

―――万事休す、ね。

 

「君は実に優秀な狙撃手だった。飛竜を撃ち抜いたときからそうだし、先程も油断を突かれた。今の三発の狙撃とその後の移動も見事なものだ。多角的な攻撃でこちらの移動を牽制しつつ移動手段を制限する。実に合理的だ。だが合理的であればあるほど、読み易い」

 

 Subtilizerはつらつらと語る。その分析は腹が立つが事実だった。

 

「君も日本のプレイヤーなのだろう? ヘカートを使う名狙撃手のことは記憶にある。シノン、だったかな。第四回BoBで戦えなかったことが残念だよ」

「これは、かのSubtilizerにそう褒めてもらえるとは、ね」

 

 左手一本分の余裕が私にギリギリの呼吸を許していた。代償に手首は砕け折れそうだが。

 

「一応、参加できなかった大会は確認した。あのレントというプレイヤーは面白そうだった……、ああ、そう言えばあの白い騎士の日本プレイヤーもレントと呼ばれていたな。なるほど、彼か」

 

 Subtilizerは舌で唇を湿らせた。

 

「彼の魂は実に美味そうだ」

 

―――変な男を引っかけて!

 キリトのように恋敵を大量に引っ提げてくるのとどちらがマシかなどと考えてしまった。

 

「……君は随分と余裕そうだ。アリスは逃げてしまったようだから、大方君は時間稼ぎなのだろう。つまり私がこう悠長にしているのがありがたいわけだ」

「それが、分かっていて、なぜ?」

 

 会話。それは最も有効的な時間稼ぎ。腹の立つ男ではあるが、目的のために言葉を交わすくらいならいくらでもしてやろう。

 

「ふふ、どうせもうアリスはこの世界にいはしないのだろう? 彼女の魂の甘い匂いがもうしない」

 

―――気色の悪い!

 世界規模で存在を直感的に認識するストーカーなど恐ろしい以外の何者でもない。思わず奥歯を噛む。時間稼ぎをするという目的も、アリスを奪取できると誤認させるという目的も早々に失敗してしまった。

 

「依頼主のオーダーに従うなら、ただちにログアウトしてサブコントロールルームを制圧する手段を考えるべきだが……。私にはそのつもりはない」

「何、を」

「簡単な話だ。アリスはこの世界にいた。なら、また別のアリスを探せば良い。それにこの世界の住人は皆面白い魂をしている。随分と食いでのある食卓だ」

 

―――最悪のパターンね。

 アリスの不在がバレた以上、いっそログアウトしてくれた方がこちらとしては助かったのだ。レントの戦いの邪魔を、キリトの回復の邪魔をさせたくはない。

 

「ひとまず君を殺したら一度ヴァサゴと合流するか。外国プレイヤーを率いていると言ったから、彼らを使って人界を征服するとしよう」

「させると、思う?」

「君に私の行動を制限することはできない」

 

 その言葉でカッと頭に血が上った。

 私の無力は私が一番分かっている。レントは一人で立てる人だ。自己評価が不思議と低い部分はあるが、彼の問題点はその程度。私は後ろで彼を見ているのが良いところなのだ。

 だが無力であろうと、隣に立つ資格も力もなかったとしても、私は彼のために動きたい。Subtilizerを行かせてはならない。

―――私に切れる手札は何だ。

 《広範囲殲滅攻撃》――駄目。まだレントに託してから回復していない。

 《無制限飛行》――駄目。拘束されているからまともに働かない。

 ヘカート――駄目。先述した通り取り回しできない。

 体術――駄目。そもそも対人で使える域に達せていない。

 ならば私には何が残っている。

―――心意。

 権能も、武器も、身体も通じない。だが頭と心は何物にも侵されず残っている。

 Subtilizerは心意を吸収する能力を持つとレントは言った。つまり奴に直接ぶつけるのでは駄目だ。

―――脚一本ね。

 

「ではそろそろ終わりにしよう……!?」

 

 私の左脚が突如として光を放ち始めた。Subtilizerが驚愕に目を瞠る。

 

「くッ……!」

 

 光が一度収束した刹那、視界がホワイトアウトするほどの閃光と爆音、それから衝撃が私を襲う。左脚を丸ごと爆弾にしたのだ、痛みの感覚が最早分からない。

 しかしこの奇策もSubtilizerには効果が薄かった。奴の被害は私を捕らえていた左腕の欠損と顔の左側面の大火傷、そのくらいだ。彼は炸裂する直前に退避を始めていた。密着状態であることと私への被害を意識して威力が抑え目になってしまったのが良くなかった。

 衝撃で投げ出された私は、片脚を失ったまま地を転がる。雑な受け身を取りながら右手のヘカートを回してSubtilizerに一発放つ。奴は正面から飛んできたそれを軽く回避すると、背中の羽を使って飛翔を始めた。

―――どう、する?

 衝動的に痛みの訴えを意識から疎外し、脚を失ったところで問題のない《無制限飛行》を使用して私は宙に浮いた。しかしそこで止まってしまった。

 手負いの私が最も力を発揮できるフィールドは遮蔽物も多く、また地形の把握が完璧なこの近辺だ。そしてシステムコンソールを守るという意味――そもそも菊岡に与えられた指令もそれであった――では、ここは要衝、簡単に手放して良い立地ではない。

 Subtilizerは私にはああ言ったが、実際に彼が何を考えているのかは分からず、システムコンソールを使って何かしようとしているという可能性も捨てきれない。

―――第一、私が行って何が。

 

『大丈夫、シノンも自信を持って。レントはシノンを待ってる。絶対にね。ボクが保証するよ』

 

 そんな声が聞こえた――気がした。

 

『ボクは目立つ場所には行けない。だからシノン、お願い。ボクのためにもレントのところに行ってほしい。きっと、レントはそれだけで救われるから。システムコンソールは心配しなくても大丈夫。もし何かあってもボクが十一連撃を叩き込めばいいからね!』

 

 その声に背中を押され、私は遅れてSubtilizerを追いかけた。

 

******

 

~side:レント~

 PoHと斬り結ぶ。背後で響くユナの歌がある限り、僕の優勢は崩れない。中韓のプレイヤーも戦わない。PoHに勝ちの目はない。

 バフのお蔭で余裕のある戦いの中、後ろ手で指示すれば人界軍は速やかに、しかし静かに動き始めた。

 

「初めまして、だな、PoH」

「はっ、俺はお前のことをずっと殺したく思ってたがなぁ!」

 

 そもそもPoHの意識は圧倒的に僕を向いていたが、会話をすることでそれがより鮮烈になる。中韓プレイヤーと戦わなくて済む内に人界軍を避難させるためには、PoHに余計なことを考えさせずこちらに集中させ、同時に最後の悪足掻きをされないように追い詰め過ぎないことが求められる。そのためには会話は実に有効な手立てだ。

 

「俺の計画を端から潰しやがって、本当に邪魔だったんだよ、お前はな!」

「それは……犯罪ギルド潰しが? それとも、討伐戦?」

「どっちも、だよ!」

 

 PoHの包丁の一撃を受け、その衝撃を逆用して一度ブレークする。一呼吸置いて再び接敵、刃をかち合わせる。

 

「俺は最前線でふんぞり返ってるお偉方を人殺しにしてやりたかったのよ。わざわざ攻略組が解決に乗り出さざるを得ない《笑う棺桶》まで作って、その居場所までリークしてやったっていうのによ!」

 

 PoHの感情が高ぶるに伴って包丁の重みが増していく。それを的確にいなして奴の言葉を引き出す。

 

「だってのに」

 

 グイとPoHが顔を近づけてくる。

 

「お前だけが手を汚しやがった。他の犯罪ギルドもだよ。あんだけ盛り上げてやったってのに全部テメェ一人で解決しやがって、しかも誰も殺さずに。あんときゃ眩暈がしたぜ。こいつは俺が直接始末すべき障害だ、ってな」

 

 ドロドロとした感情の籠った吐息が彼の口から流れ落ちる。

 

「俺の狙いはずっと《黒づくめ(ブラッキー)》先生だった。あいつは俺が何を仕かけようと決して屈せず汚れない、希望の存在なんだよ。テメェが泥を被る必要なんか一切ない、な!」

 

 PoHの蹴りが僕の腹に刺さる。鎧のお蔭でダメージはないが衝撃で膝をつけば、PoHの肉斬り包丁が真上から僕の額をかち割ろうとしてくる。

 

「おい、いるんだろ、ここに。《黒》も。お前なんかただの前座なんだ。さっさとあいつを俺に会わせてくれよ」

「それは、できない。今のキリト君は心喪失状態だ。だから、邪魔をしないでほしいですね!」

 

 火花を散らしながら《白夜の剣》と包丁は拮抗する。それを少しずつ上に持ち上げ、足を踏ん張る。

 

「はぁ……? なるほどな、だからこの段になってもあいつが来ないわけだ。――なら、殺す。殺して殺して殺しまくる。お前達も、この世界の人間も、暗黒界の化け物どもも残らず全員な! そこまですりゃ、俺の信じる《黒の剣士》なら目を覚ますだろうさ!」

 

 PoHの包丁にほの黒い光が宿る。それは周りから何かを吸収しているようだった。僕の《白夜の剣》やキリトの《夜空の剣》とはまた別種のそれは、きっと戦場に満ちた殺された者の命を吸っていた。そうして刀身を少しずつ重いものにしていく。

―――五百七十八、五百七十九……。

 

「僕の信じるキリト君も、きっとそれで目を覚ます。でも、それを許す僕じゃ、ない!」

 

 拮抗していたのを大きくパリィで弾き飛ばして追撃する。もう最初の一合を交わした場所からは大きく離れていた。

 横目で確認すれば人界軍は包囲を抜けている。それを見て一安心。そしてもう一つ望みの姿を見て二安心目だ。

 彼が()()()()()

 

 

「《時穿剣》、《裏斬》」

 

 

―――五百九十二、か。流石にズレたね。

 ベルクーリが、ユナに襲いかかったPoHのいた位置を正確に斬った。あの技は十分前の姿を斬る一撃必殺の技。僕が時間稼ぎをすれば、きっと彼はそれを使ってくれると信じていた。

 僕の十分のカウントは間違っていたが、ベルクーリのそれは実に正確で、対峙するPoHの体に大きな斬撃が刻まれた。

 

「お、おお、おおおおおお!!??」

 

 PoHが驚愕で声を張る。――いや、これは違う!

 これは驚きや痛みから来る声ではない。最初がそうだったとしても、今はまるで違うものになっている!

 慌てて僕も追撃の剣を振るえば、PoHは後方に跳躍しそれは空を切る。

 

「……俺にも段々この世界のシステムが分かってきたぜ。この世界じゃ思いがそのまま力になる。だとしたら俺は死なねぇ。《黒の剣士》を愛しているんだ。あいつをこの手で殺すまで、俺は死ねねぇんだよ!」

 

 そう叫ぶ身体はもう真っ二つになりかけている。しかしその立ち姿は今までで一番信念に溢れたものだった。

 PoHが異常に肥大化した包丁を掲げる。

 

()()達よ! 日本人を、殺せ」

 

 それを軍配のように脱出した人界軍へと向ければ、中韓のプレイヤーは全員が雄叫びを上げた。

 

「駄目! 私じゃ抑えられない!」

 

 ユナが叫ぶ。僕に見える心意のオーラもどす黒くなっていた。それが中韓のプレイヤーに抵抗を許さず、その憎しみを真っすぐに人界軍に向けていた。

 彼らが走り出す。たちまちの内に護衛の日本プレイヤーと接触し、戦いが始まる。PoHに『同志』と呼ばれた彼らにはPoHが抱える憎しみと、同時にキリトへの希望が複製され宿されている。その勢いは凄まじいもので、日本のプレイヤーは刻一刻と数を減らす。その中核にいるアスナの顔が歪む。

―――どうにか、しないと。

 僕やベルクーリ、ユナ達は幸い彼らの狙いからは逸れていた。きっと後回しにされているに過ぎないが。

 しかしだからと言って何ができる。ユナの歌は既に呑まれてしまった。僕やベルクーリの剣技は単体向け、広範囲には適用が難しい。

―――ん? ()()()

 シノンから託された弾丸が仄かに熱を持っていた。

 僕は半ば突き動かされるように、朧気な手つきでそれを取り出し《白夜の剣》に触れさせた。

 

「エンハンス・アーマメント」

 

 静かな詠唱と共に《白夜の剣》が周囲の神聖力を吸収し始める。弾丸が解け、剣の内部へと蓄積された。

 それが持つエネルギー量は尋常ではなかった。ただ一発の弾丸で赤熱した《白夜の剣》は融解を始めそうなほどの熱を持った。

 それを天に掲げる。奇しくも先程のPoHと同じように。

 

「リリース・リコレクション」

 

 《白夜の剣》の記憶解放術は《災厄の岩》の顕現だ。だが、もっと別の何かを探る。この剣にはまだ何かが眠っている。

 アドミニストレータはなぜこれを《白夜の剣》と名づけたのか。《時穿剣》しかり、《天閃剣》しかり、《金木犀の剣》とてそうだ。神器において名は明確に体を表す。

 

 ならば《白夜の剣》とは。

 

 《災厄の岩》は太陽の写し身だ。陽光を吸収し周囲に放出。それは直接的には周囲を殺戮せしめる光線になっていたが、それは近過ぎるから。遠くから見たあの岩は、ただ光を反射する月を超えて太陽に近しいものであった。

 そこに込めたのだ。太陽神の権能《広範囲殲滅攻撃》を。

 それは、すなわち。

 《白夜の剣》の上空から赤い空が白く色飛びする。それは強烈な光に照らされたゆえのホワイトアウト。それが空から地へと太陽の祝福のように降り注ぎ、僕の視界も含めて辺りの全てが『白』に没する。

 剣戟の音は止んでいた。誰もがこの異常な現象に足を止め、手を止め、動きを止めていた。

 

「光とは太陽の慈悲だ。この場における慈悲は命の漂白に他ならない」

 

 その白い光は温かく、優しく、同時に命を奪うものだ。僕は高い視点から力の対象を選別する。それは中韓のプレイヤーとPoH。彼らは視界から意識まで全てを白い光に呑まれていく。

 やがて『白』は逆戻しのように空へ還り、《白夜の剣》へと還った。光に潰れそうだった目を開ければ、その場に赤い鎧のプレイヤーは誰一人として残っていなかった。

 

「は?」

 

 しかしPoHはまだいる。あのどす黒い心意が辛うじて『白』を防いでいた。幾分か削れてはいるが、広範囲を殲滅するための攻撃では強固な単体を崩すことは難しい。これは自明だった。

 痛む頭を無視して、僕はPoHに剣を向ける。

 

「貴方の憎しみは、喜びは、全て貴方のものです。そして僕はそれを止めましょう」

「……いつも、いつもいつもいつも! お前がぁ!」

 

 PoHが激昂と共に突撃を敢行しようとする。その直前で、突如PoHの肩にトンと手が置かれた。

 

「落ち着け、ヴァサゴ。たかが一人にそう振り回されるな、情けない」

「ブラザー……」

 

―――Subtilizer……。

 それはシノンの敗北を意味していた。




 《夜空の剣》リスペクト《白夜の剣》記憶解放術でした。あちらとの違いはなぜ発動できたか、ですね。心意フルパワーキリト君か、ソルスの権能《広範囲殲滅攻撃》か。

 プロットが押せ押せで今話なんて半分くらいしか消費できていないんです。しかし描写を削ったりしては本末転倒なので、もしかしたら明日辺りに一日二話投稿をするかもしれません。


 《白夜の剣》、実はまだ名前回収には至っていないんですよね。
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