SAOUW~if《白夜の騎士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 今回もダーニホグ村での話です、どうぞ。


#5 破砕

「むむむむ……、ここで、どう、だッ!」

 

 パキッッ

 

 まるで小枝が折れたかのような音を立てて、拳大の石が真っ二つに割れた。それを見てフリーオは向日葵のように輝く笑顔を浮かべた。

 

「できたぞ!」

「やるじゃん! ……まさかフリーオも習得するとは思わなかったよ」

 

 昨日の俺が石を割ったときから、二人でこの――石の弱い部分を探す――技術を鍛え始めた。幸い森には石がたくさん転がっていたし、周囲の砂場にも手頃な石はいくらでも埋まっていたので練習台には困らなかった。

 俺はそもそも仕事がない身であり、フリーオも砕き手をサボりがちであって、俺達は練習時間にも事欠かなかった。つまりは真面目に仕事をやっているフリをしながら、その実《災厄の岩》ではなくそこら辺の小石を砕いていたのである。

 結果として、俺とフリーオの才能は見事に開花した。昨日初めて発見した技術であるにもかかわらず、既に小石程度ならば一瞬で弱点を見抜けるようになっていた。

 俺とフリーオは巨岩の上で、夕陽を浴びながら笑い合った。

 

「なあ、レント」

「なんだ、フリーオ」

「俺の考えてること分かるか?」

「……多分、俺の考えていることと同じだ」

 

「「《災厄の岩》の弱点、見つけてやろうぜ!」」

 

 二人でガシリと手を組んだ。今なら分かる。歴代の砕き手が穿った穴は、間違いなく巨岩の弱点ではない。そんな場所に深い穴を刻み込んだのは正しく執念に他ならないが、今の俺達には関係のないことだ。上手く弱点を見つけられれば、この巨岩を打ち砕くことができるかもしれないのだ。

 翌日の約束を交わし、俺達はダーニホグ村へと戻った。

 

******

 

 翌朝、俺は朝の支度が終わるとすぐに木剣と昼食を持って《災厄の岩》のもとまで向かった。他人の天職の妨げをすることも罪と規定される世の中では、用もないのに人の仕事場に仕事中に顔を出すのは良い顔をされないどころか顰蹙すら買う。だから俺は村の外で剣術の自主練をしているということにしている。

 ……が、恐らく行商団の面々は気づいているのだろう。何やら生温かい目線で見守られていると感じることもしばしばであるし、今朝なんて「あいつによろしく」などと声をかけられまでした。

 村の門を出てしばらくしたところで、木陰でフリーオが待っていた。肩にはいつものように《竜骨の鶴嘴》が引っかけられている。鶴嘴は普段はこの森の中にある小屋に仕舞ってあるのだそうだ。

 

「よーし、来たな。それじゃあいよいよ」

「ああ。《災厄の岩》破壊作戦の開始だ!」

 

 ハイタッチして高い音を鳴らす。二人の気分は上々。スキップでもしそうなほどだった。

 ……そう、()()()

 太陽がその日の旅程の半分を終えた頃には、俺達はすっかりいつものように二人して空を眺めていた。

 

「――見つからないな」

「そうだな。……調子、乗り過ぎたかな」

「かもしれないな」

 

 フリーオはああ! と何かを吐き出すように声を発しながら、上体を起こした。髪を掻き毟りながらボソリと告げる。

 

「取りあえず、飯食お。うん。そうだよ、調子乗ってたかもしんないけど、いつもより暗くなることはない! そうだろ!?」

「あー、うん。そうだな。一回腹ごしらえして、また考えるか」

 

 俺も続いて起き上がり、朝持ってきておいたバスケットの包みを解いた。

 

「お、それなんだ?」

「行商団の保存食なんだけど、運良く使わなきゃいけない場面にも遭遇しないままでそろそろ天命が怪しいらしくてさ。売り物にもできないし、わざわざ保存食を食べるほど食事に困っているわけでもないから、折角だし貰ってきちゃった。フリーオも食べるだろ?」

「いいの!?」

「もちろん。じゃなきゃこんなに持ってこないし、お前の前で食べるほど俺は性格悪くないっての」

 

 苦笑しつつバスケットを差し出せば、フリーオは満面の笑顔でその中身に手を伸ばした。

―――良かった、もう大丈夫そうだ。

 昨日は完全にノリに乗っていたが、夜になる頃には今日の事態を予測できるくらいには俺も落ち着いていたのである。気を取り直すためにも普段と違う食事にしたのだ。

 ……いざ当日となったら結局昨日と同じノリになって盛大に落ち込む羽目になったのは、我ながら調子が良いと言うか、何と言うか。

 笑いながらフリーオが保存食を口に運んだとき、そちらに気が向き過ぎたのだろう、彼は膝で普段の自分の食事である長持ちしか取り柄のないパン――フリーオ談――を弾いた。

 ここが地面の上であるならば、少し転がった程度で済んだだろう。だがここは巨岩の上だ。そして運の悪いことにフリーオと俺は、やや外側に座っていた。

 軽く転がったパンは岩の傾斜に従い、止まることなく、むしろ加速して岩を滑り落ちる。

―――ヤバ!?

 これは食料を大事にする癖と言うべきか、それを見た俺はパンの所有者であるフリーオよりも先に弾かれたように飛び出した。

 当然、俺の身体もパンを追って岩を滑り下り、途中でパンを拾いつつ柔らかい下にボスンと大量の砂埃を巻き上げながら落下した。

 一分ほどして、強い風のお陰もあってようやく砂煙が晴れる。眩く輝く《災厄の岩》の上を見上げれば、保存食を口に咥えたフリーオがこちらを見下ろしていた。下が柔らかい砂であることを熟知してる彼も、少しは心配していたようで俺の無事な姿を見てその瞳に安堵の色を浮かべた。

 

「ふぁりふぁほうぁ。ふぉら、ああっへふぉいろ」

「何言ってるかよく分かんないけど、今行く、か、ら……」

 

 巨岩の壁面を見ながら足を引っかけ易いポイントを探っていた俺の口は、不自然に止まる。視界の隅でフリーオが首を傾げたのが見えた。

 

「うっそ……」

「んぐっ。おい、どうした、レント。こないだみたいに上がって来いよ。それとも梯子要るか?」

「……フリーオ。落ち着いて、一回、下りてきてほしい」

 

 低い真剣な俺の声色に、フリーオは一瞬戸惑うが、困惑しながらも梯子を下ろして俺の隣に並んだ。

 

「おい、どうしたんだよ」

「いいから、先に《災厄の岩》」

 

 それだけで彼の視線がこちらから巨岩へと向かう。俺の隣に立ったということは、俺とさして身長の変わらない彼の見る場所は俺と変わらないということ。つまりは――

 

「え、え、ええええ!!!! ちょ、レント!!! これ!!!!! え!? は、え、何、ちょっと、信じらんないんだけど!!!!!!!」

 

 間一髪間に合って、両耳を塞いで鼓膜を守る。

 肩を激しく上下させて鼻息荒くフリーオは巨岩の一点を指差す。

 

「あー。やっぱり、フリーオが見てもそこ、だよね」

「ああ」

 

「「弱点!」」

 

 昨日の数倍の勢いで、俺達は手を組んだ。硬い音が周囲に響き渡り、打ちつけた手はジンジンと痛む。だがそんなことは今の俺達にとっては些事でしかなかった。

 二人でいそいそと岩の上に戻り、喉奥に詰め込むようにして食事を素早く終わらせる。折角持参した保存食も、味も大して分からないままに腹に流し込んだ。

 鶴嘴片手に無言のまま岩を下りる。そして二人で目を合わせて頷いた。

 

「まずはやっぱり、フリーオから」

「ああ」

 

 フリーオが唾を飲み込む音が聞こえる。糸を張ったような緊張感が辺りを満たす。フリーオは深呼吸を三回繰り返した後、使い慣れた鶴嘴を大きく振り被って、真横にフルスイングで弱点にぶち当てた!

 

ガキーーン!

 

 今まで聞いたことのない反響音がし、心なしか一瞬だけ《災厄の岩》が浮いたようにすら感じる。そして何よりは、今のたった一撃で岩の表面に()()()()()

 目をキラキラと輝かせながらフリーオが振り返る。感情が体の中で躍動する余り、捕まえて言葉にして外に出すことすらできない様子だった。しかしその感動は十分俺に伝わっていた。

 無言で手を出せば、承知したと鶴嘴を手渡してくる。

 フリーオと立ち位置を交換し、彼と同じように思いきり鶴嘴を後ろに振り被ってから、肩と腰を柔らかく連動させ撓るように腕を回し鶴嘴を巨岩に叩き付ける。

 

ガキーーン!

 

 腕の先から肩までビリビリと痺れが走る。肩と腰に無駄な力は入っていなかったが、この巨岩の硬さと手応えの大きさがそのまま跳ね返ってきたようだ。到底連続で鶴嘴を振るうことなどできない。

 しかし寸分違わずにフリーオと同じ場所を叩いたためか、今度は傷がつくだけに収まらなかった。

 ピッと薄く切れた頬から垂れる血を拭って後ろを振り向く。フリーオは砂地に蹲るようにして、()()を観察していた。

 それは巨岩の破片。鶴嘴を振り下ろした瞬間に、巨岩の一部が砕けて飛んだのだ。それは僅かに掠っただけで俺の頬を裂き、背後の砂地に埋まった。飛び散った欠片は一つだけで、フリーオに負傷箇所は見受けられない。

 一旦手を休めたフリーオが今度は巨岩を叩きに向かう。その間に俺は破片を観察した。大きさは小振りなナイフほどで、厚みもそのくらいだ。砕けた破片であるからその縁はギザギザとしていて、鋭利なその先の一部には俺の血液と思われる赤い液体がついていた。

 血を服の裾で軽く拭き取って、その破片を太陽に透かして見た。キラキラと輝くそれは巨岩と同じ物質でできていることを窺わせるが、大きさの違いでこちらはただの宝石のようである。

 そのときフリーオの慌てた声が耳に入った。

 

「あっ」

「ん、どうした、フリーオ?」

「梯子、梯子!」

 

―――え?

 その言葉に、巨岩に立てかけたままの梯子を見る。

―――ん? 立てかけたまま?

 一瞬の気づきと同時にその光景が目に入る。木製の梯子の一部が黒く変色、有り体に言えば焦げ始めていた。

 二人で梯子の火を消しながら森まで走る。無事に梯子の強度も変わりないことを確認して、俺とフリーオは額の汗を拭いた。

 

「……さっすが、《災厄の岩》だな」

「ああ、脇に長居するのはマズいな」

 

 弱点の望外の効率に夢中になってしまっていたが、人ですら殺め得る岩だということを忘れてはいけない。

 はぁ、と息を吐きながら俺達は草の上に腰を下ろした。

 

「にしても、確かに弱点はあったが、狙いづれぇ。ちょっとでも時間をかけ過ぎたらこっちが先に干乾びちまう」

「本当にそうだな。時間との勝負になってくるとは……」

 

―――今、かな。

 言いづらいこと、言いにくいことというのは後回しにしがちである。

 俺はこれ以上先延ばしにするのはいけないと諦めて口を開いた。

 

「だが、まあ今までの叩き方よりは何倍も効率が良いし―――」

「フリーオ」

 

 俺の声色の変化に気づき、意外に聡いフリーオは表情を硬くしてこちらを見た。

 

「俺、と言うかボーグル行商団は明日の朝にこの村を出る。だから俺が《砕き手》を手伝えるのは今日っきりだ」

 

 今日はダーニホグ村に来て六日目だ。一週間の滞在。陽が昇り出す頃に出発する行商団を考えれば、明日フリーオに挨拶することはできないだろう。

 

「……そっか。まあ、そうだよな。お前、行商団の居候だもんなぁ」

「ごめんな」

「別にいいって。そもそも《砕き手》は俺の天職なわけだし。それに」

 

 そこで、フリーオは一旦言葉を切り、

 

「――今日の内にあの岩砕いちまえばいいんだろ?」

 

 ニカっと笑った。

 

「――ああ、そうだな」

 

 フリーオは後ろ手で手を振りながら、再び鶴嘴を巨岩に叩きつけに向かった。

 その後ろ姿を見て、考える。

―――確かにあのポイントを狙い続ければ遥かに早く砕くことができるだろう。

―――でも、岩の上でない分砕く人間には危険が増す。

 例えば脱水症状のような状態になってしまえば。遮蔽物のないこの砂地で直射日光を浴びながら鶴嘴を振るい続け、《災厄の岩》からの強烈な光もその身に受ける。その可能性は十分にあった。

 そしてここに倒れてしまえば。ここは村からは少し離れた場所であり、村人すら通りがからない。倒れた人間は起き上がることもできずに、《災厄の岩》によって干上がることになるだろう。

―――それは、最悪だ。

 フリーオがそれで死んでしまえば、俺は岩石の弱点について教えたことを一生涯後悔することになるだろう。

 できれば本当に今日中にあの岩を砕いてしまいたかった。しかし、それは不可能と言わざるを得ない。

 いくら岩の弱いポイントといえども、あれだけの巨岩であり、あの手応えだ、鶴嘴で叩き続けてもいつ天命を奪いきれるかは想像もつかない。人手が二人分あっても鶴嘴は一本であり、あの巨岩を傷つけられるようなものはここには《竜骨の鶴嘴》以外ないのだから。

―――いや、ある。

 俺は左手に握ったままだったひんやりとした感触を思い出す。そっと手を開けば、巨岩の欠片が俺の顔を映していた。

 巨岩は非常に硬い。それこそ下手な金属よりも。しかし、この欠片は同じ素材。つまり同じだけの硬度を持つと判断しても良いのではないか。

―――いや、破片が小さすぎて上手く使えないか。

 もう少し大きければ良いのに。それに縁で切れた頬を思い返せば、そのまま握り締めることも危うい――先程は意識が逸れていたし、幸運だった――。

 巨岩の欠片。一見すれば打製石器のようであり使えそうなものだが。

 俺はそこで、元の世界での記憶を思い出した。それは何てことのない歴史の授業。日本の縄文時代の器具についてのもの。打製石器は決してそのまま石を掴む物だけではない。棒の先端に括りつけて使うものもあったはずだ。

 俺は何か良い棒がないかと周囲を見渡して、自分が今朝持って出たものを思い出した。

―――木剣!

 適当に森の中に放っておいた木剣を拾い上げる。そしてその切先に、服の端を破って作った紐で巨岩の欠片を縛りつける。これで一見すればただの木剣だがその切先に非常に硬く鋭い石がつけられた、はっきり言ってしまえば凶器が完成した。

 それを持って巨岩に走る。フリーオはザッと砂を踏む音でこちらに気づいたようで振り返る。

―――あ、そうだ。

 一つの思いつきが脳に浮き上がる。

 

「フリーオ! 一旦、退いて!」

「お、おう!」

 

 フリーオが岩の前から離れたのを確認し、一瞬緩めたスピードを上げながら木剣を高く振り上げる。燃えるような光が木剣から溢れ出す!

 これがこの世界がゲームであることの、ある意味での証左だ。輝く光はきっとゲームでの必殺技として設定された物。それをこの世界では《秘奥義》と呼んでいる。

―――ハイ・ノルキア流秘奥義、《天山烈波》!

 木剣と、その切先の欠片が赤々と光り輝く。その切先は真っすぐに巨岩へと吸い込まれる。俺は、深く、深く切先が巨岩に沈み込んでいく様を幻視した。

 俺が見た軌跡をなぞるようにして木剣は巨岩に突き刺さる。

 

 

 

 一瞬、全ての音が消えたように感じた。

 

 

 

 遅れて、猛烈な反発を全身に感じる。それに耐えて耐えて耐えて。雄叫びを上げながら俺は更に木剣に力を込める。

 グイと腕の先が沈み込んだような感覚を覚えると同時に、俺の身体は勢いよく後方に投げ出された。

 大砲を至近距離で撃たれたような爆音が鳴り響く。そこで俺はようやく、余りの音量に鼓膜が働きを放棄していたのだと気づいた。そして反動で身体を弾き飛ばされたとも。

 巨岩に目を遣れば、俺は驚きの余り声帯の機能までも手放すことになる。

 災厄の岩の周囲には、小振りな岩の欠片がいくつも散らばっていた。俺の木剣は巨岩のど真ん中に突き刺さっており、さながら選定の剣のようである。

 だが最も特筆すべきはそこではない。

 木剣を中心として巨岩には数多の罅が這いずり回っており、ピキパキと音を立てながらその罅は伸び続けている。

 唖然としてそれを眺める俺は、フリーオに肩を思いきり揺さ振られてハッとする。

 

「お、おい! あれ!」

「あ、ああ。ま、まさか上手くいくとは思わなかった……」

「とにかく! 見に行くぞ、ほら!」

 

 フリーオに手を引かれて、その形を失おうとしている《災厄の岩》へと走る。

 ステイシアの窓を開けば、以前開いたときには二十五万以上あった天命が十万を通り過ぎ、なおも減り続けている。俺はフリーオと顔を見合わせた。

 

「……フリーオ。最後は、お前がやれ」

「あ、ああ!」

 

 フリーオはどうしても興奮から速くなってしまう呼吸を落ち着けるように深呼吸を繰り返し、手に持っていた鶴嘴を握り直した。

 一度瞑目し、開いた目は揺らがずに巨岩を見つめる。大きく傷つき、罅割れにより僅かに形を変えた巨岩の弱点は先程よりもズレた場所にある。

 フリーオは鶴嘴を握り締め、ズレた弱点を違わずに撃ち抜いた。

 それが完全にとどめになったのだろう。《災厄の岩》は轟音と共にその表面どころか深層のあちこちから次々と罅を生み出し、伸ばし、繋げていく。

 

パキン

 

 その音は高く小さく、しかしくっきりと周囲に響いた。

 そして《災厄の岩》は、大小様々な破片の集合体へとその姿を変えて崩れ落ちた。




 《ティタンクォーツ》、破砕。
 今回も注釈を入れるのが馬鹿らしくなるほど主人公は好き勝手やってますね。岩の目なんて設定がされているわけないですし、いくら岩の目だろうとランクとか能力が低過ぎて竜骨の鶴嘴とか木剣で天命を大きく減らすことは本来ならできません。
 無茶苦茶やってますねぇ……。
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