太陽の光の下。
暑いはずなのに大人の女性は涼し気に少年を見た。
「まるで夢でも見ているような顔だね」
黒色のベール。黒色のドレス。黒色のブーツ。
そして、赤と青が混じった黒紫色の手袋を身に着け、尻餅をついている少年に手を差し伸べた。
「君、魔法使いにならないかい?」
12歳の少年。“ミシロ レイル”は差し伸べた手を取らず、不機嫌そうに立ち上がる。
「魔法使いなんて、なりたくない!」
「おや? なんでかな?」
12歳のミシロは女性を睨む。優し気な表情をしている女性を、まるで悪者でも見ているかのように。
「おまえ、魔女なんだろ!? 魔女は悪いことしかしない! 僕を捕まえて食べるつもりなんだろうけど、そうはいくか!」
ミシロは逃げた。走りだして目のまえの女性から逃げた。
童話の『ヘンゼルとグレーテル』をミシロは知っていた。それだけに、魔女に近づいてはいけないと感じて、すぐに逃げ出してしまった。
しかし、ミシロの足は地面から離れ、宙に浮き始める。
「え……えっ! ちょっと……うそ!?」
「……まったく。そんなこと教えたのは誰よ……ほんとこういう時、困るのよね」
ミシロの服の襟を掴み、文句を言う黒い女性。細い体をしていながらも、片手で12歳の少年を持ち上げていた。
「は、はなせ! この! はなせよ、ばばあ!!」
「…………ばばあ!?」
「ひっ!!」
先ほどとは表情が一変し、女性の凄まじい気迫に、ミシロは怖気づいてしまう。
どうやら『ばばあ』という言葉は、目前で目を見開かせて見ている女性には禁句であったようだ。
「……ったく。これだから、しつけのしてない子どもは嫌いなんだよ。親の顔が見てみたいものだ」
「うるさい! 僕の父さんも母さんも食べたくせに!」
「ん? もしかして、親がいないのか? いや、親はもしかして…………」
何かに気づいた女性はすぐに振り返り、少年を片手で吊るしたまま歩き始める。
「くそー! はなせー!!」
「あっはっはー。離したら、きっと後悔するよ? ま、おとなしく諦めるんだね」
「ちくしょー!!」
悔しそうに叫ぶ少年のミシロ。どうにかして逃げ出したいが、女性の先ほどの気迫のある表情を見ては気が引けていた。
「とりあえず、親がいないのなら都合が良い。このまま行こうじゃないか」
「ど、どこに連れていくだよ?」
「そりゃあー、もちろん」
女性がもうひとつの片手で指を擦り、音を鳴らす。その瞬間、女性もまた浮き始めた。
「君のいる世界とは違う世界さ。君の知らない世界だ。良かったね、流行りの異世界転生ってやつだ」
「ちっともよくな……うわぁぁぁぁぁーーーー!!」
勢いよく空に引っ張られ、周りの景色は見えなくなっていく。
ミシロと女性は、元いた世界から飛び立った。
魔法が存在する世界。
魔法がすべての世界。
魔法が根源たる世界。
魔法使いによる、魔法使いのための、魔法世界に。ミシロは新たな人生を歩み始めたのだった。