「戻ったわ、心配かけたみたいね」
「夜蜘くん!?」
控え室に入ると、気付いた面々が駆け寄ってくる。
「大丈夫なのか?もし辛いなら……」
「そうね、全部をかなぐり捨てて逃げ出したい位辛かったわ」
用意されていた椅子に座りながら、宣言する。焦凍にしたみたいに。
「私はもう負けたくないの。誰にも、何にも。だからここにいる、だからもう心配なんてしないで頂戴。安心なさい、夜蜘文香の完全復活よ」
それでも、皆の顔からは未だに心配が抜けきっていない。それに気付いたのか、爆豪が立ち上がる。
「おい虫女」
「何かしらボンバーマン」
「テメェがどんな状況だろうと、次の種目でやり合う事になったら全力で潰してやる。精々コイツらの同情でも誘って手加減してもらえよ」
「あら、言ってくれるじゃない。そんなことを言われたら、全力であなたを潰す他無いじゃない」
雰囲気が変わる。私は強くあると誓った夜蜘 文香だ。私はもう過去を恐れないし、過去に屈したりもしない。ただ、今を焦凍と一緒に歩みたい。どんな相手でも、もう負けたりしない。それで……これでいいのだと、私が言えればそれでいい。
だから。
「私はね、何があっても、もう逃げたりしない。立ち向かう勇気を持っているわ。あなたと違ってね」
面と向かって宣戦布告する。私はお前に勝つ、ただそれだけなのだと宣言する。今にも殴り合いを始めかねない私達を見かねて、クラスメイト達が間に入る。
それを良いことに、次に始まるレクリエーションには参加せずに休むことにしていたので部屋を出る。続いて出てきた焦凍を振り返らずに歩く。
「お腹空いたわね。焦凍何か当ては無い?」
「食堂はもうやってねぇしな……」
「焦凍、夜蜘」
廊下の先には私達に声をかけた主であるエンデヴァーがいた。何か暑いと思ったらこの人か。焦凍が私を守るように一歩前に出る。
「なにしに来やがった」
「……昼飯、食べないか」
▼▽▼
……重い。冬美さんが作ってくれたというお弁当は美味しい。しかし、焦凍は全く話そうとしないし、私も口出しできる立場ではないし、エンデヴァーもお弁当を食べてるだけで言葉を発さない。
先程までと余りの落差に風邪を引きそうだ。なんておちゃらけてみるが、正直どうにもならない空気だ。
「焦凍、トーナメントでどう戦う」
「どうも何もねぇ。俺は力で戦う」
エンデヴァーが、あのNo.2ヒーローのエンデヴァーが反抗期の息子にたじろいでいる。何でこんな光景をまざまざと見せつけられているんだ私。
……駄目よ夜蜘 文香。例え複雑な家庭環境が複雑な家庭環境に怯えてもそれはただの同族嫌悪なのよ。シャンとしなさいな。
「焦凍、一つだけ言っておきたい事がある」
「……。」
「自分の力を信じてくれ。お前の力は、例え遺伝だとしてもそれはお前の力だ」
「そうかよ」
食べ終わった焦凍は立ち上がり、ごちそうさまと一言残して去っていった。
「……まだ話していなかったの?」
「とりつく島もない。何度話したいと言っても聞く耳も持ってくれないんだ。……以前よりも酷くなってしまったかな」
自嘲気味に笑うエンデヴァーに肩を竦める。不器用な親子だこと。
「普通の親子ならご飯食べながら会話ぐらいするんじゃなくて?」
「普通……か、普通とは何だろうな」
「少なくとも私や貴方達とは違うわね」
「そうだろうな」
「ごちそうさまでした。お昼ご飯、助かったわ」
「ああ。冬美に伝えておく。……焦凍を頼めるか」
「トーナメントだもの。余り干渉しないわ」
「そうか……そうだな。健闘を祈る」
手を合わせてお弁当箱を返して去る。トーナメントの開始までは会うこともないだろう焦凍にかける言葉は頭の片隅に残しておく程度にして、私自身も心の準備を整えるべくして歩き出した。
▼▽▼
「夜蜘さん見なかった!?」
「控え室には?」
「一回も来てない!もうすぐ芦戸さんと試合なのに……」
「やはり、彼女は……」
「芦戸さんもう会場に向かっちゃってるよ!?」
『酸対虫、とんでもねー構図の勝負だ!芦戸 三奈!!バァァサス!!夜蜘 文香!!!ってあれ、夜蜘は?』
煮えたぎる程の復讐心。余りにも度が過ぎる報復心。自分自身嫌になる程の恐怖心。世の全てを恨み、世の全てを恐れ、世の全てに晒される事を選んだ。日は一度沈み、そして昇り、蝶はその羽根を大きく広げた。
私は夜蜘 文香。敵になり得たヒーローの卵だ。
戦う時には、これぐらい敵に近い方が良い。
「あっ、遅いよ!待ちくたびれちゃった」
「ごめんなさいね。少し準備運動してたの」
芦戸の表情が、何処か警戒心を抱く。
「何か、雰囲気違くない?」
「そうね……言うなれば、鬼が宿るってヤツかしら」
『揃ったみたいだな!じゃあ早速やってもらうぜ!』
『START!!!!!』
何を発現するでもなく芦戸に向けて歩を進める。足取りは軽く、それこそ本当に何もない日常の様に。警戒しながらも射程に入るまではちゃんと待つ芦戸に感心しながら牽制を兼ねた一撃を与える事にした。
クワガタ系統を纏めて両手に発現し、長く伸びた大顎で挟み込むようにして振るう。
「うわぁっ!?」
「あら危ない」
後方に身を反らして、勢いそのままに跳躍して大顎の脅威から逃れた芦戸に、再び歩み寄る。
「女の子だからあんまり溶かしたくないんだけど!」
「気遣いしてるようじゃ、まだまだね」
本当に、ね。
「ほら!」
「よっと!あれっ!?うわ、うわわわわ!」
大顎を再度挟むように振るうと同時に、しゃがんだ所を蜘蛛の糸で脚を固定する。無理な体勢で固定されたせいで前のめりに倒れそうになった芦戸を大顎で受け止める。そして、背中にもう片方を沿える。
「クワガタのギロチン……なんてね」
「ヒエッ……ま、参りました……」
本当ならば大顎と蜘蛛糸を溶かしての逆襲でもすればいいのだろうが、彼女はそれよりも先に参ったと言ってしまった。
「そんなに早く降参するようじゃ、やってけないわよ」
「あはは……怖くてつい……でも、楽しかったよ」
糸を溶かした芦戸が手を差し出す。それに応答して握り返して会場を去る。次の相手は誰だったかしら……常闇か八百万だったわね、どちらにせよ楽に勝てる相手ではないわね。
だとして、負ける道理も無いのだけれど。
観客席に戻ることなく、また会場を去る。先に焦凍の試合があったようだけど、何も見ないまま戦いたいなんて、我が儘な欲を優先してこの大舞台を半ば楽しむ自分がいる。
「文香ねーちゃーん!」
「へ?」
声をかけられたと思ったら、腰や足に衝撃を受けて倒れそうになる。それを気合いで耐えて下手人を見れば、院のチビ達と駆け寄ってくる桐生さんが見えた。
「おねーちゃん!かっこよかったよ!」
「凄かった!競争も騎馬戦も!」
「……そう。ありがとね」
「文香、まずは一回戦お疲れ様」
「ありがとう、桐生さん。……チビ達、桐生さん。一つだけお願いがあるの」
チビ達の頭を撫でる手を止めて、しゃがんで目線を合わせる。
「私、もう負けないから。誰にも、何にも。だから、私の事を見ていてほしいの。……約束してくれるかしら」
「「「もちろん!!」」」
「おねーちゃんの頼みだもん!」
「絶対守るよ!」
「ずっと見てるよ!」
「約束するから!」
「応援するね!」
「ありがと、好きよチビ達」
わしゃわしゃと乱暴に頭を撫でると、きゃあきゃあと声を挙げながら喜びチビ達。一頻り撫でた後に、桐生さんに向き直る。
「文香、君の宣言を受け取ったよ。勝つのを楽しみにしている。頑張れよ、文香」
「はい。桐生さん」
決意を胸に。焦凍にも、クラスメイトにも、桐生さんにも、チビ達にも宣言した。これが私であると、これが私の決意なのだと。
だから、私を見ていてほしい。と。