ヒーローネーム。
それは、そのヒーローを表す名前であり、コードネームの役割も果たす。名前を決めることで、目標となるものが定まる。故に、重要なものだ。復讐の為にヒーローを目指した私にとって、余り縁遠いものであったけれど、決めるとなれば少し考えてしまう。
虫……。酷く身近で、振り回されてしまう。だけれど、彼らにも彼らの生活、そして目的がある。強く、美しく、進化の果てを行く存在。その力を借りる私は、その力を復讐に使おうとしている。なら、いっその事そのままで行こう。
「インセクトヒーロー:リヴェンジアラクネ」
「うん!"個性"を表すいい名前だわ!」
後に続いた焦凍のネーミングセンスを疑いつつ。しかし、彼には彼の考えがあるのだろうと思いつつ、職場体験の行き先に目を通す。
「例年はもっとバラけるんだが……今年は上位に票が集中したな」
そんな相澤先生の言葉を思い出しつつ、どこに行こうかと悩む。なりたいヒーローの形が無いために、行きたい場所が見当たらない。一際目につくのが、やはりエンデヴァー。No.2ヒーローたる彼からの指名、恐らくは個人的な繋がりに起因するものだと思う。しかし、しかしこれを使うのはいいのだろうか。余りに公私混同が過ぎる。
いえ、こういうのも使ってこそよ。この職場体験でなるべき姿を見つける。そのために利用する。そう信じて行く先を決めた。
▼▽▼
インターン当日、焦凍と共に事務所へ向かうとエンデヴァーが出迎えてくれた。
「意外だな。君は他所へ行くものだと思っていた」
「仮にもあなたはNo.2ヒーローよ。学べることは多いし、こういうのも使ってこそだと思っているの。というか、あなたは来ないこと予想して私に投票したの?」
周りの目が痛い。エンデヴァーにそんな口を利くのかと言わんばかりの目線であるが、そんなものは関係無いとばかりに無視する。
「君には世話になったからな」
「……迂遠で、酷く間接的な表現ね。はっきりと家庭に首を突っ込まれたと言いなさいな」
「それもそうだな。何れ義理とは言え娘になるわけだからな」
……?
「何、違うのか?冬美からはそう聞いていたし、そういう関係だと……」
あー、確かに。家に行った時は冬美さんはそう説明してたっけ。それからエンデヴァーに対して訂正も無しにあの首の突っ込み様で……だからこそなのかしら。
いや、いっそこのまま押しきったら焦凍の外堀を埋められるのでは?家族の公認を得てしまったら、大きなアドバンテージがあって、でも、焦凍に一切そんな気が無かったら?全て焦凍の天然で、全部崩れてしまったら?私だけが舞い上がっていて、焦凍にそんな気が無くて、彼との関係が壊れてしまったら、私、私。
「そうだ」
「ふぇっ」
「文香は俺の彼女だ」
「そうなのか?」
焦凍は、さも当然の様な顔でこちらを見てくる。エンデヴァーはともかく、事務所の人達も先程とは打って変わって生暖かい目線を送ってくる。
「もしかして、俺の勘違いだったか?そしたら……わりぃ、ずっと付き合ってると思ってた」
オーバーヒート寸前の頭で、しかし何処かで冷静な自分が構わん、行けと言い放った気がした。
「待ってくれるかしら。付き合うのは吝かでは無いのだけれど、いつから付き合ってると思ってたのかしら」
「再会した時からだな」
「……もしかして帰りの電車のアレって告白だったのかしら?」
「そのつもりだったが」
「あら、そう。失礼、ちょっと外の空気吸ってくるわ」
普段通りを装ったつもりで事務所を出て、裏に回ってしゃがみ込む。……なんで焦凍までついてくるのよ。
「大丈夫か文香、緊張したのか?髪、地面に着いてるぞ」
「あなたね……もうっ!本ッ当にびっくりしたのよ!?私、私、あなたに会った時からずっと…………それなのに!それを、あなたは!!」
ここまで凄まじい剣幕で捲し立てたと思う。しかし、感情を整理出来ずに、なにを言えば良いかも分からず、次の言葉が出ることも無かった。無理矢理にでも踏ん切りを着けて、演じるために仮面を被る。
「ごめんなさいね、取り乱したわ」
「それは構わねぇが……文香の方から言っただろ?」
「……何を?」
「もし、次に会えたのならって」
「待って、本当に待って」
あっ……。凄い、記憶が蘇ってくる。冬のあの日、下校の時、私が一緒に帰りたいってお願いして……。それで……。
「それって」
「「もし、次に会えたのなら。私と一緒に生きてほしい」」
「ッ!!!」
もう駄目だ。もう、死ぬしかない。
「待て、文香!待て!」
「離して!一回死んで落ち着くから!離してよ!」
カミキリムシの顎を手に出して首を咬もうとするが、焦凍がそれを凍らせて、私を抱き締めて止める。そんなの全部、逆効果で私は暫く暴れたが、見兼ねた焦凍に両腕を凍らされてしまった。
「……殺してよ。じゃないと落ち着けない」
「いつからそんな命を粗末に扱うようになった」
「最初からよ。致命傷でも放っておけば治るもの」
「今後はそれは禁止だ」
そう言われて氷を溶かしてくれる。そのまま地面にへたり込み、顔を伏せる。隣に腰を下ろした焦凍が地面に着いている髪を丁寧に纏める。
「忘れてた、そんなこと」
「そうか」
「思い出して、死ぬしかないって決めるくらい」
「じゃあ無しにするか」
「それは!」
止めそうになって、顔を上げて焦凍を見る。しかし、彼に誓った事がある。それに倣うのなら、それに殉ずるのなら、私は、私は!
「……いえ、そうね。無しにして」
「……いいのか?」
立ち上がり、焦凍の胸倉を掴んで立ち上がらせる。無理矢理目線を合わさせて、宣言する。
「良いこと?私はね、あなたが助けてくれた時から、ずっと……本当にずっと!それはそれは長い間!あなたが好き、好きで好きで好きでたまらない!」
「……おお」
「返事!」
「決まってるだろ」
頬に手を添えられ、そのまま唇を奪われる。
「好きだ、愛してる」
「こっ……のキザの天然め……!!」
やり返してやろうと、掴んだまま引き寄せようとして――
「い"っ"……」
「ぐっ"……」
――ものの見事に歯がぶつかった。手を離してお互いに口を覆う。涙が滲んだ瞳が交差し、しばし無言。
「とにかく、告白は成立ね。これからは、私達付き合ってるから」
「そうだな」
また、焦凍を引き寄せて肩に顔を埋める。優しく抱きしめてくれて、そのままに甘えることにした。
「他の女に目移りしてたら許さないから」
「ああ」
「私、面倒臭いから」
「そうか」
「ちゃんと私を見てて」
「分かってる」
「ちゃんと束縛する」
「おう」
私が手を離すと、焦凍もそれに応じて離してくれる。
「これから、よろしくね。彼氏さん」
「こっちこそ、よろしく彼女さん」