焦凍の所へ向かう道中、この事態はただの事件では無いことを知る。
「何よこれ……」
無差別に人を攻撃し、侵攻する異形。そしてその司令塔の様に惨劇を見下ろす人影。エンデヴァーが到着していない事から察するに、恐らくはこの規模が複数箇所で発生していると判断。
「……ごめんなさい、焦凍。行けそうにないわ」
覚悟は完了している。目を閉じて深呼吸一つ、これから始まる戦闘に意識を向ける。大丈夫、私は強い夜蜘 文香。目を開いて、駆け出す。
「ここから先は行かせないわ、何故なら私がいるから」
異形は3体、どれも虫の一部を有している。人為的な何かを感じ取りつつ、ゾウムシ+カブトムシ+ハエ。反射神経の強化と膂力で様子見をすることを決意して殴りかかる。
拍子抜け。その感想を抱く程度にはモロに食らったソイツは確かな手応えと共に吹き飛んだ。身体を後ろに反らして、挟もうとするクワガタの如き大顎を避ける。そのまま顎を掴んで肩に担いで地面と直角まで持ってきて叩き付ける。振り下ろされる鎌をシャコパンチで吹き飛ばし、バッタの脚力でドロップキック。
どれも超再生でも持っているのか、攻撃を無かった事にしながら立ち上がってくる。キリがないわね。
先程の人影に目をやれば、その姿は無かった。警戒態勢に入り、虫の知らせを信じながら触覚で索敵する。
……後ろ。
振り返れば、マントとフードで全身を隠した人がいる。
「あなたね。ここの指揮者は」
返される言葉は無く、ただ、そこにいる。
嫌な予感は凄まじく、その中身を見るなと警告が鳴り響く。だが、それでも。
「お顔を拝見しても?私、これでもヒーローなの」
フードの向こうで、ソイツが笑った気がした。
フードに手をかけ、ゆっくりと顔を晒していく。
……ああ、そういう事。
「初見となるわね。私」
死んでも離れられない顔。錯覚かと疑う程に、それは確実にそこにあった。
「紛らわしいから、名前くらいは変えましょう?」
ニヒルな嗤いを浮かべるその顔は。
「朝蜘 文華……とでも名乗らせてもらおうかしら」
「……何で」
「安心して。まだ顔を表に出して悪さはしていないわ」
「何で……いつ……」
「いつだったかしらね。こうなったのは」
刹那。正気に戻すように私が、右手をカマキリの鎌に変えて襲いかかってくる。紙一重で踏み込んで内側に入り、蜘蛛糸で拘束しようとして、それらをミイデラゴミムシの爆破で燃やされて距離を取る。
鼻を突く異臭に顔を顰めながら、相対する。
頭の奥で、目があったままの私の行動が手に取るように分かる。
放たれる蜘蛛糸を体捌きで避け、逆にこちらの放つ蜘蛛糸も最小限の動きで避けられる。
「……どう?頭は冷えた?」
「お陰様で」
「それは良かったわ。また、何処かで会いましょう。今度はゆっくりお茶でもしましょう」
「出来ればもう二度とは会いたくないわね。ついでにコイツらも持って帰ってくれないかしら」
「それは無理ね。私にもノルマがあるの。今日は私は手を引くわ。じゃあ、良い学生生活を」
にこやかに手を振り、フードを深く被った私は飛び去る。その直後、今まで沈黙していた異形達が動き始める。溜め息を一つ。首を回して気合を入れ直す。
「憂晴らしだわ。あなた達には手加減無しよ」
バッタの脚力で飛んだソイツの上空からの蹴りを、ハイキックでカウンターして、挟み込もうとする大顎に正面から受け止めると同時に握力を強化して圧し折る。そのまま頭を抱えて上空へ飛翔する。
「コレは痛いわよ!」
バグ・パイル・ドライバー。バッタの脚力で頭を挟み込み、強化された膂力で全ての抵抗を無力化して落ちる。凄まじい衝撃と共に突き刺さった異形を蜘蛛糸で固定し、続いて立ち塞がるカマキリの鎌を首を傾けて躱す。少し髪を持っていかれたかしら。
「乙女の髪は高いわよ」
シャコパンチが使えるなら、これも使える。ヤシガニの握力は4kgの個体で約340kgにも及ぶ。それが、私なら――体重は乙女の秘密だから言えないけれど――どうなるか。
技、なんて言えない"個性"の力だけの、余りにも単純な力押し。鎌を挟み込み、圧力で切断する。それでも、もう片方の腕を振り上げたのは素直に称賛するが、それだけだ。振り下ろされた腕を挟んで受け止め、もう片方の腕で胴体を挟み、持ち上げる。
「しばらく大人しくしておきなさいな!」
振り回して、瓦礫の山に叩き付ける。瓦礫に呑まれた異形に蜘蛛糸で追撃する。最後に残った一体が高く上に飛ぶ。空中で羽で姿勢制御して、垂直に飛んだにも関わらず、一直線にこちらに向かって落ちてくる。
バッタ類を纏めて、両足で飛んで姿勢制御。不利な位置関係ではあるが、私が負ける道理は無い。昔懐かしのライダーキックがぶつかり合い、一瞬の硬直が生まれる。しかし、それも束の間。拮抗は崩れて相手の身体がひしゃげる。
押し切った私が、空中で胴体を捉えてそのまま落下し、壁に突き刺す。深々とめり込んだ異形を蜘蛛糸で拘束し、一応の決着を迎える。
「……終わりね」
触覚を出して索敵。周りに敵はなく先程の3体も沈黙したままだった。場所の確認だけして、そのまま座り込み、顔を覆う。
アレは、紛れも無く私。確かに、考えたことが無い訳じゃなかった。だが、それでも……なんで……よりによって……。
「……理由はどうあれ、だわ」
「大丈夫。私は夜蜘 文香」
「私は……ヒーローなんだから」