新品の制服に袖を通す。姿見に写る姿は、雄英生のそれ。少しだけ微笑んで、自分の頬を叩いて気合いを入れる。
「……よし。いってきます」
「行ってらっしゃい!」
「行ってらっしゃい」
鞄を肩に掛けて、歩き出す。最寄り駅はすぐそこだ。
▼▽▼
ああ、駄目……駄目よ文香、こんな弱気じゃ駄目。いくら、いくらトラウマスイッチだからって、教室に入るだけで怯えては駄目。虫の知らせかしら、嫌な予感みたいな、ぞわぞわする感覚が纏わりついている。ああ!もう!どうにでもなりなさい!
…………良かった……普通だわ……。不良っぽいのもいるし、優等生っぽいのもいる。同性もいる。大丈夫、上手くやっていけるわ……大丈夫……よね。
「焦凍……!?」
「……文香……?」
ああ、覚えている。この赤と白のツートンカラー、顔の火傷、オッドアイ。いつだかの中学校で、出会ってしまった私のライバル。私の……白馬の王子様……!
「ッ~~!!」
「ここはヒーロー科だぞ」
その声に思いとどまる。歓喜に震える身体で無表情を維持する。クールに、冷静によ。久し振りに会っただけで舞い上がるような女じゃないわ。
「静かになるまで8秒かかりました、君達は合理性に欠けるね」
担任と思わしき男性は、そのままジャージへ着替えてグラウンドに出ろと言った。
「焦凍、今日の放課後、予定は?」
「ない」
「なら、待っていてくれるかしら」
「ああ。教室でいいか?」
「そうね」
手短に済ませ、担任が指示した更衣室へ向かう。ああ、嬉しくて、嬉しくて、舞い上がりそう!……駄目よ、文香。調子に乗ったら痛い目を見るわ。過去の経験がそう言っているじゃない。あくまでクールに、冷静によ。
「個性把握テスト!?」
生徒の悲鳴に近い疑問の投げ掛けを、バッサバッサと切り捨てる担任の相澤先生。入試一位であったという爆豪にボールを渡し、投げさせた。個性の使用アリでだ。
しかし、最下位は除籍処分だという。まぁ?もとより一位、取るつもりでいかせてもらうわ。その為なら、私は個性の重ねがねすら厭わない。
50m走では、ジャージの上を脱いでゴキブリを発現させ、最速で攻める。2.78秒だった。やはり、短距離では加速がネックである。改善の余地アリ。ジャージを脱いだあたりで目線が集まったが、触覚と足を生やした辺りで激減した。
立ち幅跳び、念の為に先生に確認を取る。
「どこまで行っていいですか」
「……死なない程度に飛べ」
「善処します」
バッタを発現させ、角度と力の入れ具合を調整して、飛ぶ。測定不能で一位。
続く握力、カミキリムシを発現させて噛み砕く勢いで測定器を握る……噛みつく?ともあれ、測定器をバラバラにしてしまったので、測定不能を言い渡された。
反復横跳び、蜘蛛の敏捷性で乗り切る。57回。
そして、ボール投げ。
「円の中なら何をしてもいいんですよね」
「危険なことはするなよ」
円の中へ入り、またジャージを脱ぐ。カブトムシなどの強力な膂力を持つ虫を腕に集め、遥か彼方へぶん投げる。結果としては1.87kmだった。無限には叶わないか。
ここで、気を抜いていると焦凍が隣に立った。えっ?待ち合わせあるのに気まずいじゃない……。何か、何か喋らなきゃ。
「炎、まだ使う気ないの?」
地雷でしょうがぁぁぁぁぁぁぁ!?もっといい話題振りなさいよぉぉぉぉぉぁ!
「ああ。俺は、氷だけでNo.1になる」
「あら、そう。私は自分の個性を誇りに思ってるわ」
何で煽りにいくかなぁ!?あー、もう!こんなときぐらい、少しは可愛らしい思考をしなさいよ!
「だって、これが生まれ持っt「SMASH!!!」ひぇっ、何!?」
弁明か墓穴堀りか、それとも改善か。周りに無警戒なままに口を開いた私は彼の咆哮に驚かされた。焦凍も彼の方を見ている。聞かれたかしら……?
「おお、ヒーローらしい記録だ」
彼……確か、ここまで個性使ってないはずだわ。除籍処分を喰らう気なのかしら。いえ、それよりも優先すべきことがあるわ。
「悪ィ、今の聞こえなかった」
「いいわ。どうせこのあともあるし」
「そうか」
彼は、青黒い指を握り締めて笑った。まだ、やれると。若干のサイコパスを感じつつ、焦凍が聞いてなかったことに安堵する。
次の前屈では、個性を使わずとも柔らかい体なので個性の使用は無し。
上体起こしは、幼虫系の筋肉を使用して、尺取り虫みたいな感じで一位。
最後を飾る持久走で、蜘蛛とゴキブリを発現させ、バイクよりも速く走る。コーナリングの難しさが露呈したが、これは蜘蛛を強めに使うことで回避できる。
「んじゃ、パパっと結果発表」
一位、あの爆発よりも、焦凍よりも上で、やはり虫には人間の力でも勝てないようで。自然の脅威を舐めないでほしいわね。
「教室に日程や資料がある、目を通しておけ。解散」
焦凍を一瞥して更衣室へ向かう。
「すごい個性ですわね」
「皮肉かしら」
「いえ!とんでもありませんわ!」
「そうかしら?ま、あなたも中々やるじゃない」
やいのやいのと声をかけられるが、私は早く焦凍と話したいのよ!余り引き留めないで!まったく……。
▼▽▼
「焦凍」
資料を鞄に入れて、焦凍の元へ。
「帰りましょう」
「方向は同じなのか?」
「あなたの家が変わってないなら、そこまで変わらないわ」
「そうか」
雄英を出て、駅へ向かう。
「何年ぶりかしら。こうして隣を歩くなんて」
「……5年ぶりだな」
「そんなに経ったのね。試験会場、同じならもっと早く再会できたのに」
「いや、俺は推薦だったから場所も日付が違った」
「推薦?昔から努力してる人は違うわね」
ああ、もう!すぐそうやって刺々しい言葉を使う!自分の語彙が嫌になるわ!
「それは文香もだろ」
「え?」
「昔から、人目に着かないところで努力してたろ」
「あら、盗み見?感心しないわね」
「たまたまだ」
電車に乗って、帰宅する雄英生で溢れる車内で隣り合う。そんなこと言われたら……嬉しいじゃない。
「文香は今、何処に住んでるんだ?」
「木蓮院。焦凍の降りる駅の二つ手前が最寄りね」
「結構近いな」
「遠いわよ。それこそ、あなたに会うのを思い付かないほどにね」
「そうか」
「そうよ」
焦凍は口下手なんだから、私から話題膨らませなきゃ話続かなくて凄く気まずい……。何かないかな、何か……。話したいのに!
「ねぇ」
「なぁ」
「あっ……」
「わりぃ、先いいぞ」
「いや……話したいこと忘れたわ、先どうぞ」
「そうか。テストの時、ジャージ脱いだろ」
「個性使って破いたら嫌だもの」
「あんまりああいう事するな」
「あら、心配してくれてるのかしら?」
「さぁな」
そうやって彼氏面するから!天然で落としにくるから!私は脈アリなのかナシなのか判断出来なかったのよ!
「そんな事言っていると、勘違いされるわよ」
「勘違い?」
「ええ、コイツは私の事が好きなのかって」
「好きだぞ?」
ヴァッ。
「そ、そうやって……主語を……抜くから……勘違いするのよ!」
タイミング良く、駅へ着いたので逃げるように降りる。本当に顔が良いし、その天然さが無ければ危なかった。全く……友達として好きだとか、ちゃんと言葉にすればいいのに……一言足りないのよね、アイツ。
振り返ると、小さく手を振るアイツがいた。振り返して、帰路につく。
――好きだぞ――
今日の日記は、長くなりそうね。