私たちの前に黒い霧が立ち込める。それと同時に、何人かが地面へ沈んでいく。私もまた、地面に沈みかけていた。
「っこの……!」
羽を広げて飛翔する。俯瞰すると、この状況がよく分かる。半分以上のクラスメイトが黒い霧に覆われて、その姿が見えない。
「どきなさい!」
トンボ+ハチで上空から急降下して黒い霧へ突っ込む。当たった感触も無く、しかし本体はまた違う場所へワープした。
「おお、危ない危ない。卵と言えど、ヒーロー。侮れませんね」
先に飛び掛かった二人も合わせて、半数以上がこの場から消え失せる。相澤先生の方も、今は善戦しているが長引けばどうなるか。
「生徒達を何処へやった!」
「戦力分散は基本でしょう?生徒達に会って聞いてみるといいですよ。ま、それも生きていればの話。ですがね」
「くっ……飯田くん、君に託します。校舎へ戻って他の先生達を呼んできてください」
「ですが、私より夜蜘くんの方が!」
「私は持久力に劣るわ、行きなさい!」
「力を、人を救うために使うのです!」
「……わかりました!」
まぁ、本音は……戦いたいだけなんだけど。走り出した飯田の目の前に、あの黒い霧が立ちはだかる。
「飯田くん、避けて!」
敵へとブラックホールを向けた13号先生、しかし吸い込まれる筈の敵は悠々とそこに立ち、驚愕に歪む先生の背後に広がるブラックホールは容赦なく先生の皮膚と肉を分解していた。
「な、何で……!」
「いかに強力な個性と言えど、スーツの指先を開いてから発動する。その大きな予備動作のお陰でこれこの通り」
「先生!」
「止まるな飯田!」
止まり掛けた飯田を援護すべく、麗日と芦戸と私が走り出す。クモ+バッタで飯田の横に跳び、手を伸ばす。
「麗日、飯田、手を!」
飯田の手を掴み、クモの糸を巻き付けて麗日の方へぶん回す。麗日の個性で浮いた飯田を門より高く放り投げる。
「着地、任せたわ!」
「解除!」
「ああ!」
振り返れば、黒い霧はテープによって動きが阻害されていた。そのまま13号先生に駆け寄る。息はある、だが素人目に見ても命に別状は無いとは言い切れない。
やりたくはなかったが、やるしかない。
「13号先生、我慢してください……!」
マゴットセラピー、蛆による治療。その等身大強化。分泌液――私で言えば涎等――で壊死した部分を溶かして取り除き、生きている部分を残すと同時に殺菌する。アンモニア臭が発生し、周りが顔をしかめるがそれに構っている暇はない。
古来より、虫は医療に使われてきた。アリを利用した縫合やクモ糸での止血。唾液で殺菌しつつ、胴体を締め付ける様にして傷を覆い、止血する。
「だ、大丈夫なの?」
「あー、グロ耐性ないなら見ない方がいいわ。でも、これなら13号先生は大丈夫」
皆の雰囲気が、安堵したことで少し緩む。かくいう私も倦怠感が凄まじく、戦えるかはわからない。このまま、増援が来れば……なんて、思ったその時だった。
グシャリ。
人体が、無理矢理力任せに潰したような音がした。振り返ると、右腕を握り潰される相澤先生が見えた。そのまま、左腕が踏み潰され、顔を地面に叩きつけられる。その光景を見て、恐怖に竦んだ足を無理矢理動かして飛び出す。
ハエの反射神経とゴキブリの速力、勢いそのままにカブトムシの角を発現して脳味噌丸出しの敵をかち上げて吹き飛ばす。
「先生!」
右腕はグシャグシャで、叩き付けられた頭もダメージが相当に入っているようだ。しかも右肘に至ってはひび割れている。骨折、添木はないか?……無い。顔の固定なんてやったことがない。しかも、これは動かしたりしていい怪我ではない。
しかし、ここでは余りに敵に近すぎる。出来るだけ糸で固定して、離れた場所まで来る。専門的な知識と、それ相応の設備が必要と判断して右腕に糸を巻いて固定し、処置する。
ここまでして、相手を見据えたまま立ち上がり、無機質な殺意に震える体を無理矢理律する。先程の麗日達の妨害から抜け出して来たらしい黒い霧の敵がそこにいた。
「お前がワープゲートじゃなかったら殺してた」
撤退するのか、それとも最後の悪足掻きで一暴れするのか。それで私が戦うか戦わないかが別れる。
手の敵が、首を掻き毟りながらプールの方を見る。遠目に見えるのは、蛙吹と緑谷と峰田の三人。何かするつもりか……?
「避けて!」
あの敵、意外に速い。クモの糸を飛ばしたが、間に合うかどうかだ。あの敵の個性が何であれ、緑谷を除いた二人は戦闘には極めて不向きだ。正面切って戦えるはずがない。
敵の手が、蛙吹の顔へと触れる。が、何も起こらない。呻き声に顔を向ければ、相澤先生がその個性で個性を消していた。
「相澤先生!」
「アイツの個性……指が全て触れると発動する……気を付けろ……」
「手を……離せぇぇぇぇぇ!!」
緑谷が、敵へと殴りかかる。だが、それも脳無と呼ばれた敵が立ちはだかって受け止める。やるしかないわね。
「緑谷!そのまま!」
クワガタ系の虫を全て合わせた顎を形成して、思いっきり胴体を挟み、アリの力で脳無を持ち上げる。
「重いわね……!」
「脳無、この女を殺せ!」
緑谷を離したのを確認して、放り投げる。それに対してヴィランが口を開くが、それだけだ。
「脳無をぶん投げるとか、どんなチートだよ」
「チートなんかじゃないわ。ただの普通の個性よ」
「そうだよなぁ、虐げる側はそんなもんだよなぁ」
土煙を上げて突進してくる脳無を見て、思案する。あの突進をどうにかできるような虫を。……考えても、それより早く来るわね。突進の勢いそのままにカブトムシの角を発現し、加えて複眼を形成して動体視力を底上げする。ハエ並みの反射神経に、クモとゴキブリの速力を追加して、殴りかかってくる瞬間に角でかちあげる。
「あああああぁぁぁぁぁぁ!」
「クソバカ力が」
「はぁ……お礼を言っておくわ」
再度、吹き飛ばされる脳無。人間では到底立ち入れない程の動体視力と反射神経に、私の体が追い付けずに色々と痛む。
今からする事。それは、人に使うのは初めてで、どうなるのかが全く分からない。だが、やらなきゃ私がやられる。いつもと同じだ。
モンハナシャコ+甲虫の膂力。肘が盛り上がり、手に留め具の様な外骨格が出来上がる。加えて、腕周りの筋肉が隆起する。
溜めが必要だが、これの威力は既に知られている。15cmのシャコで、人の指をへし折る威力なら171cmの私なら、どれだけの威力か。私の想定を上回る威力であることは間違いない。
「はあああああああああああああ!」
届け、私のこの想い。虐げられた側の想いは、痛いほどに分かる。だからと言って、復讐や報復を止めろとは言わない。それが、どれだけ無責任な事か、私達にとってどれ程救いの無いことか。
「あなたの気持ちも、虐げられた側の気持ちも分かるわ」
「だからこそ、倒す!」
私を殺すべく、右腕を振り上げる敵。放つは必殺の一撃。
「あああああああああああああああ!」
留め具を外し、両の肘で脳無の胴体を破壊する。高速で打ち出された肘は衝突の衝撃で痛むが、それ以外は大丈夫。
「はぁ……はぁ……」
「……おいおいおいおい!ふざけんなよ!アイツはオールマイト用だぞ!?何で……何でお前みたいなガキに……!」
驚愕に目を見開き、首を掻き毟りながらそう叫ぶ。
「何て、言うと思ったか?」
起き上がる。黒い人影が、何事もなかった様に元通りになってこちらへ歩いてくる。薄ら笑いが耳に痛く聞こえる。
「馬鹿が!こいつはショック吸収に超再生、高性能サンドバッグ人間だ!」
「そっちの方がチートじゃない……」
徐々に近付いてくる脳無に、考えが纏まっていく。超再生ならば、ある程度の怪我は再生する。なら、出来ることは多い。
「いいわ、やってあげる」
一気に近付き、その腕を噛み砕く。パラワンオオヒラタクワガタ+クロカタゾウムシ+ゴキブリ+ハエ。攻防走の全てが高い能力で纏まっている重ね掛けで、先程のやりかたから見るに、負けることはない。
「アアアアアアアアァァァァァァ」
「うるっさいわね、この鳥頭!」
砕かれた逆の手で拳を作るが、それより早く噛み砕く。両腕を噛み砕かれたが、即座に再生した。距離を取り、次の策を考える。
が、相手は待ってくれないので反撃に出てきた。反射神経をフルに使って、直撃を避ける。何十、何百と放たれる、一撃が必殺級の拳をカウンターに噛み砕き、避け、受け流す。
「くっ……あああああああああ!」
その防衛に回った中で、頭を過るのは禁じ手。これを使えば、おそらく相手が超再生だろうと関係無しに殺せるであろう。
だが、これを使って良いものだろうか。
その思考が、命取りだった。
「しまっ……」
視界が明暗する。
意識が朦朧とする。
無理矢理開けた目も、何処かぼやけている。
体の感覚が、無い。
「ははは!あれだけの大口叩いて、一発であっさり沈みやがった!やれ、殺せ、脳無!」
首を掴んで持ち上げられる。好都合だ。サシハリアリ+オオスズメバチ+オブトサソリ。歯から発現した毒針で噛み付く。
「なんだ?最後の抵抗かぁ?しぶといなぁ、これだからヒーローは……殺せ」
何度も噛み付いて、何度も毒を注入する。脳無と呼ばれたこのヴィランの動きが鈍っていく。私の勝ちだ。
「おい、どうした脳無、殺せ!」
「かふっ……私の……勝ち……ふふ……あはは……」
脳無が私を落とし、痙攣するような動きを見せる。
「お前……何をやった!こいつはオールマイト用に作られたんだぞ!?それを、こんな、女が、ガキが!」
ガリガリと首を掻き毟り、彼は叫ぶ。勝ちは勝ちだ。何より、霞む視界の端に映る彼が見えるし聞こえる。ああ、平和の象徴、No.1ヒーロー、オールマイト。
「私が、来たッ!」
ネクタイを引きちぎり、気圧される敵達を他所に目にも止まらぬ速さで倒していく。敵の近くにいた緑谷達も回収し、私も回収される。
「オール……マイト……げほっげほっ!」
「喋っちゃ駄目だ。夜蜘少女」
「私……毒を……あのヴィランに……弱ってる……でも……再生とショック吸収……声で……指示……」
「……分かった。もういい、大丈夫だ」
オールマイトは私を安心させるためか、先程まで憤怒を湛えていた表情を笑顔に変えてこう言った。
「大丈夫、私が来た」
「……頑張って……」
「ああ!夜蜘少女を頼む」
オールマイトが来て安心したせいか、瞼が落ち始める。
「文香、目を開けていろ」
ああ、この声は焦凍ね。
「駄目だ、文香、おい!」
大丈夫よ、私には……秘策があるもの。
「文香!…み…ふ……か…!」
限界を迎えた体は、思いの外耐えたものの、意識を手放す事にしたらしい。もう、何も聞こえない。
▼▽▼
普段冷静な轟少年が、取り乱しながらその名前を何度も呼ぶ。その光景を見て、本当に情けないとオールマイトは唇を噛んだ。
「許さんぞ、ヴィラン共!」
「なんだよ、生徒の一人も守れないで、デカイ口叩きやがって!やれ、脳無!」
脳無と呼ばれたヴィランの動きがぎこちない。毒を使ったというのは本当らしい。夜蜘少女の言っている事が本当なら、声で指示されなければ動かない。なら、それだけ遠くに飛ばせば良い。
相手の動きは、油を注していない機械の様で、ガクガクと痙攣する事すらある。気配だけで言えば、自身に匹敵すらするだろうその存在は、余りに消耗していた。
「こんな相手を殴るのは気が引けるが……」
拳を作り、一撃目を繰り出す。
「DETROIT・SMASH!!!」
僅かに仰け反るだけ。ならば、全身全霊で打ち続けるのみ。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
一発一発が100%を越える、真の意味での全身全霊。打ち返される拳は悪意を向けられた少年少女達に捧げる未来への拳で跳ね返す。
「ショック吸収なら、超再生なら、私の100%に耐えるのなら、私は更にその上から捩じ伏せよう!」
「ヒーローは、常にピンチをぶち壊していくものだ!ヴィランよ、こんな言葉を知っているか!」
「ああ!くそ!あのガキだ、あのガキが脳無に何かしたからだ!計画通りに行っていれば、オールマイトを殺せたのに!」
「どうしますか、死柄木弔」
「……撤退だ。オールマイトはピンピンしてる上に脳無はどっかに吹っ飛ばされちまった。こんなクソゲー……がぁ!?」
腕を、次いで脚を何かが貫通する。両足と右腕を撃たれ、崩れ落ちてから狙撃されたのだと痛感する。
「やぁ、随分待たせてしまったね」
「ハァ……ハァ……1-Aクラス委員長、飯田天哉、ただいま戻りました!」
その声を皮切りに、プロのヒーロー達による蹂躙が始まった。狙撃を始め、声、眠り香、分身、血、猟犬、鉄爪。チンピラが軒並み倒されていく中で、主犯である死柄木弔と黒霧はその姿を消した。怨嗟に塗れた捨て台詞を残して。
「覚えてろよ……社会のゴミ共が!黒霧、ワープだ!急げ!」
残されたチンピラ達は到着した警察に拘束、逮捕され、生徒達も緑谷と夜蜘を除き無事が確認された。こうして、USJ襲撃事件は幕を閉じた。