復讐虫のヒーローアカデミア   作:アリガートル

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第八話:火蓋

「……」

 

 目を覚ました。だが、どうにも眠い。目蓋は開かないし、それに俺の枕ってこんな柔らかかったか……?

 

「……ねみぃ……」

 

 良い匂いがする。違和感なんてどうでも良くなる程、睡魔と心地よさに襲われてグリグリと、違和感を振り払う様に頭を擦り付ける。

 

「ん……焦凍、起きた?」

 

 声、知ってる声だ。冬姉でも無い、じゃあ、誰の声だ?

 目を開けた途端に、クラスメイトの顔が写る。それだけで理解した脳は、思考が加速していく。天井や周りの風景から察するに俺の部屋、寝る前の記憶は泣いてた記憶、こちらを見下ろす文香の姿勢から、俺は膝枕されている。意識が、覚醒する。

 

「ッ!?」

「きゃっ!?ちょ、ちょっと、急に動かないでよ。ビックリするじゃない」

 

 飛び起きた。体を起こして、今まで膝枕してくれていたであろう文香を見る。次いで、周りを見て声を絞り出す。

 

「……悪ぃ……色々と借りた……」

「いいわよ。その代わりに寝顔は撮らせてもらったわ」

 

 撮った画面を見せつけて、悪戯した子供みたいな笑みを浮かべる文香に、それぐらいなら良いと返す。意識が一気に覚醒したせいか、変な感覚がする。

 

「災難……災難?だったわね」

「見てていい気分じゃなかったよな、済まねぇ」

「まぁ、それはそうね」

 

 未だ整理の着かない頭の中だが、文香は話を続ける。

 

「エンデヴァーは暫く事務所に泊まるって言ってたわ。あれだけの大喧嘩したんだもの。これまでの事も踏まえて、一回話してみたら?」

「……ああ」

「まだ、整理はつかなそうね」

 

 不意に、文香が俺を抱き締める。優しく、包み込まれる感覚に俺は動けなかった。

 

「大丈夫、あなたは良く頑張っているわ。自分が誰かなんて、心配しなくていいわ。あなたは、どれだけ荒んでもあなただから。私が憧れたヒーローなんだから」

「文香……それ、わざとか……?」

「そうね、チビ達を慰める時とか、こうしてるわ」

「……なんでだよ……」

「安心するのよ、人の心音って言うのは。それに、誰かに包まれると人は落ち着くものなのよ」

「だからって、こんなの……」

 

 自然と、涙が溢れて零れ落ちる。

 

「今は、泣きなさいな。感情を抑えて良いことなんか無いわ」

「……ああ……」

 

 抑えきれない感情を吐露する。自分を見つけてくれた涙ではなく、包み込むような優しさに涙する。親父の事、母さんの事、家族の事、今までの事。初めて誰かにこんな感情を吐き出した。文香はそれを全て、優しく温かく受け入れてくれた。

 

「落ち着いた?」

「……ああ」

「フフッ、なら良かったわ」

 

 一頻り泣いた後に、文香はまだ俺を抱き締めて優しく頭を撫でている。離れようとしても、離してくれず諦めた。一抹の不安、寂しさにも似た感情が芽生える。

 

「……幻滅したか?」

「何が?」

「憧れたヒーローが、こんな格好悪いところ見せて」

「馬鹿ね。人間味ある方が親近感沸いて親しみやすくなるのよ」

 

 一蹴された。その余りのぶっきらぼうさに不安も消し飛んだ。

 

「あら、笑えるならもう大丈夫ね」

 

 どうやら、自分でも知らない内に笑っていたらしい。離れた彼女はそう言いながら立ち上がった。

 

「キッチン借りて何か作るわ。お昼、過ぎちゃったけどね」

 

 スマホの時計を見せながら、彼女は部屋を出ていった。一人残されて、膝枕の感覚や撫でられていた頭に触れる。

 

 やはり、彼女は強い。個性も、精神も。彼女に親がいないというのは施設にいるという事から分かるが、それでも彼女は俺みたく不安定になる事もない。人を守る為に立ち向かう勇気だってある。

 

「……負けてらんねぇな」

 

 決意。これは自分が自分に課した課題でもある。体育祭があるのなら、そこで彼女を越えて見せよう。彼女が憧れるような、ヒーローとして。

 

▼▽▼

 

「……さっきは悪かった」

 

 無言の昼食を終えて暫く。片付けも終わった頃に焦凍が口を開いた。さっき、というのがいつなのかは心当たりが多すぎて分からないが、受け取っておく。

 

「そうね、これ以上は首を突っ込まないわ。あなたでケリをつけるなりなんなり……というには突っ込み過ぎたわね」

「まぁ……そうだな」

「乗りかかった船か、土足で上がり込んだのかはさておき、引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、後は知らぬ存ぜぬになるわ。そこはごめんなさいね」

「いや、色んな意味で俺たちは腹割って話し合えた。文香がいなきゃ、こんな風に泣くほど話したりしなかっただろうな」

 

 心のどこかで、そんな風に言われる罪悪感と背徳感を感じつつ返事をする。親に捨てられた私にとって、焦凍は歪ではあるが、親子の関係があることが羨ましく見えた。

 

「ねぇ、焦凍」

「なんだ」

「私ね、あなたとエンデヴァーの関係が羨ましいわ」

「……そうか」

 

 私の過去を知る、数少ない存在。だからこそ、少し言葉を選ぶように間があったのだろう。彼が何を思ったのかは分からないが、それでも私は話を続ける。

 

「どれだけ歪でも、どれだけ理想とかけ離れていても、私にとっては少しだけ憧れちゃうような関係なのよ」

「……なぁ、文香。俺はわからねぇんだ。普通の親子ってやつが」

「そうね、私も分からないわ」

「大事にしたほうがいいよな……」

「好きにすれば?もう一度言っておくけど、どれだけ荒んでもあなたはあなたよ。私の大事な人、憧れのヒーローだわ」

 

 何かを考えるように黙り込んだ焦凍を横目に鞄を片手に立ち上がる。

 

「お邪魔しました」

「文香」

 

 呼び止められて、振り返る。

 

「体育祭、負けねぇからな」

「……フフッ。結構。私だって負けるつもりは毛頭ないわ」

 

 私は誰より強い夜蜘 文香だもの。体育祭なんかで遅れなんて取らないわ。いえ、取らせないわ。誰にも、何にも。

 

「じゃあ、また学校で」

「ああ」

 

▼▽▼

 

 体育祭までの一週間。各々励んだ事も、積み重ねた事も異なるだろう。一位か、指名か、はたまた別の何かか。目指すものは異なり、私が目指すのはもちろん、堂々たる一位。誰も私の上にいない、いるのは私の足元だけ、そんな一位を目指す。

 

 A組の控え室で、各々自由に過ごしていた時に轟が動いた。以前よりオールマイトと親交があるように見えた緑谷をNo.1とNo.2の教え子としての宿命や運命を見出だしたようだ。

 

「緑谷」

「轟くん……どうしたの?」

 

 端から見ても、威圧感が滲み出ている。ひしひしと緊張が募り始め、談笑する声もすぼんでいく。ブーツの紐を結び直しながら、それを注視する。

 

「客観的に見て、実力は俺の方が上だ。ましてやお前は夜蜘や爆豪には敵わねぇ」

「……。」

 

 気圧される緑谷に構わず、轟は続ける。その顔には何処か、決意か覚悟かはたまた約束か。強い意志を携えた瞳をしている。

 

「お前、オールマイトに目ぇかけられてるよな。お前の事を詮索するつもりは無ぇ。でもな、お前には勝つぞ」

「おい轟、やめとけって直前に……」

「だからだ。仲良しごっこでも無ぇなら、当たり前だろ」

 

 その言葉を受けた緑谷は少し俯いて、口を開いた。

 

「ごめん、轟くんが何を思ってそう言うのかはわからない。だけど、言ってることは正しいよ。僕じゃ君やかっちゃん、夜蜘さんには勝てない」

 

 紐を結び直して立ち上がると、彼は俯いていた顔を上げて轟を見据えた。その瞳には、同じような輝きを湛えていた。

 

「でも!他の科だって、B組だって、僕らA組の皆だって……本気でトップを目指しているんだ。僕は、それに遅れを取るわけにはいかないんだ」

 

「だから……僕も本気で獲りに行く」

 

 その表情は、いつになく真剣で普段の緑谷からは想像つかない程に覇気に満ちていた。

 

「半分野郎、お前それを言う相手を間違えてねぇか?」

「……そうね、私も同意見だわ。コイツと一緒なのは癪に触るのだけど」

「言ってろ。いいか、半分野郎、虫女、デク。俺が一位だ。お前たちよりも強いって事をこの場で証明してやる」

「……おお」

「寝言は寝て言いなさいな。獲るのは誰でもない、この私よ」

 

 四者四様に視線が交差する。そのどれもが強い意志を持った瞳なのは言うまでも無かった。

 

▼▽▼

 

 プレゼント・マイクが誂えたこの会場に、私達は足を踏み入れた。

 

「凄い歓声ね、オリンピックに代わると言われるだけあるわ」

「流石夜蜘さん、こんな状況でも落ち着いてますわね」

「当たり前でしょう。こんなもの、ただのステージに過ぎないのよ?主演は私達なのよ」

 

 はったりだ。八百万さんが感心したように頷くが、内心は緑谷と変わらない。これだけデカイ会場を埋め尽くす人に、震える足を無理矢理にでも押さえ付けて歩いている。

 

 悠々と、堂々と、自身の怯える心を見透かされない様にステージを歩く。主演は私、他は全てが引き立て役。それぐらいの心持ちで進む。

 

「お、ミッドナイト先生が一年の主審か」

「18禁ヒーロー……高校にいて良いのか?」

「いい」

 

 下らない会話を聞きつつ。選手宣誓で壇上に上がった爆豪はつまらなさそうにいい放った。

 

「せんせー」

 

「俺が一位だ。精々二位を争ってろモブども」

 

「「「言うと思った!!!」」」

 

 歓声に負けないほどのブーイングに、首を掻っ切るようジェスチャー混じりに爆豪は言い放った。

 

「文句があるなら一位を獲ってみろ。その気が無ぇ奴が文句垂れてんじゃ無ぇよ。獲る気がある奴は跳ねの言い踏み台になってくれや」

 

 一段と強くなるブーイング、高まる殺気、目に意志の灯る者が複数。その鼻っ柱を折るために私はここにいる。

 

「早速第一種目に行きましょう!いわゆる予選、毎年多くの者がここで涙を飲むわ!」

 

 画面に映し出されたのは障害物競争。外周4kmをコースさえ守れば何をしても良い。あぁ、なんて素敵なルールかしら!こんなもの、独壇場じゃない!

 

「さぁ、位置に着きまくりなさい!」

 

 三つあるシグナルのうちの、最初の一つが消える。

 

「文香、悪いが勝たせるつもりは無いぞ」

 

 二つ目が消えて、誰もが集中し緊張が張り詰める。

 

「あら、奇遇ね。私も全員置いていくつもりだったのよ」

 

 お互いに笑いあって、最後の一つが消えるのを見届ける。

 

「スターーーートォォ!!」

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