異世界隠居外伝 遥か地の底の出来事   作:ジト民逆脚屋

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――よう、どうだ調子は?

――お前が来るまではよかったな。

――そう言うなって。今日はいい話があるんだ。

――お前のいい話は碌なもんじゃない。

――前に話した薬、あれはどうやらマジらしい。

――頭を医者に診てもらえ。刺青塗れの趣味も、少しはマシになるだろうよ。

――ははは、俺の故郷じゃ刺青に意味があるのさ。



仄暗い地の底から

 この迷宮水路都市での換金屋というのは、中々に骨が折れる仕事だ。

 これは下層も上層も変わらない。

 物の価値よりも、それに付随する物語に、この迷宮水路都市の金持ち共は価値を見出だす。

 言ってしまえば、物の出所が下層の汚水の中ではないと、はっきりと明言出来るそれらしい物語と、その説得力に価値がある。

 

「でだ、セーィフよ。今何が起きてる?」

「その物騒な左腕を、こちらへ突き付けるのを止めれば、まあ話してやらんでもないがね」

 

 皺と髭で埋もれた顔で、人間なのか亜人なのか判別のつかない、この老翁が言うには、金品の価値よりもそちらが重要らしい。

 クロートやヤシリツァには理解出来ない考え方だが、上の貴族にとってはそうではない。

 

「偉そうに。……まあいい」

「ふむ、さてと二人共。聞きたい話は何だったか」

「セーィフ、ボケたなら、そこの金庫の中身貰うよ」

「冗談だ冗談、どうせ今の騒ぎについてだろうに」

「ああ、そうだ。市場だけでなく、他の《トッシャー》や《ダウザー》まで店仕舞いは、流石に探りを入れる」

「それなら、さて、どう話したものか……」

 

 勿体ぶるとは少し違う、本当にどう話せばよいか迷っている。その様子で、セーィフはゆっくりと、言葉を選びながら話し始めた。

 

「話としては、既にほぼ終わりかけてはいる」

「いきなり話が見えんぞ」

「儂も全てを知ってはおらんからな。うむ、そうさな。事の始まりは、上の馬鹿共よな」

「あれ? セーィフが上の貴族連中を、馬鹿扱いするの珍しくない?」

「儂も上に思う所はあるからの。お前さんの様に、表に出さんだけよな」

 

 白く深い、帳の様な髭を右手でしごいて、セーィフは言葉を続けた。

 

「馬鹿な話さね。欲のかきすぎた馬鹿共のやらかしさ。ほれ、お前さん。近頃、酒場に出入りしていた吟遊詩人の女は知っとるだろ」

 

 名前を呼べと思ったが、クロートとヤシリツァで酒場に出入りしているのはヤシリツァだけだ。

 正確には、酒場で長居して、飲食するのはヤシリツァだけで、クロートは人前で飲食する事は少なく、酒場ともなると用件を終えると、さっさと出てしまう。

 だから、クロートが知るのは酒場の主か、そこの常連の数人しか居ない。

 

「最近? ……んー、ああ、あのえらく美人の?」

「儂は顔を知らんから、どうも言えんが、まあそう聞く」

「最近、という事は他所者か?」

「ああ、そうさね。それで、ほら、つい最近と言っても、去年の話だが、上から落ち延びてきたのが居たろう?」

 

 と、セーィフが言えば、クロートが防毒面の奥で、心底呆れ果てた様に、長く深い溜め息を落とした。

 前例があるのだ。

 上層から下層へ、金も地位も何もかも無くして、落ちてきた者が、この迷宮水路都市のルールを破る事が。

 

「まさか、とは思うが、やったのか?」

「そのまさかよな」

 

 セーィフの肯定に、防毒面と一体のゴーグルの奥の瞳が、本当に呆れ果てるを通り越えたと、無い筈の頭痛を堪える様に閉じられた。

 

「……セーィフ、何時までオレ達は動かない方がいい?」

「そうさな。……長く見積もっても、三日四日と言ったところか」

「干上がるには十分だな」

 

 金銭的にも食糧的にも、三日四日保てる様な備蓄は無い。余裕が無いから、ヤシリツァを換金と買い出しに出していたら、こうなったのだ。

 

「蓄えをせんからそうなる」

「お前の様に、上前をはねんからな」

「あ、そうだ! セーィフ、上前はねたって本当?」

「情報代のつもりだったが、気に入らんか?」

「……そのはねた上前が、このアホ娘に渡した情報に、見合うと判断するなら返すな。もし、そうでないなら、それ相応のものを渡せ」

「そう言われては仕方あるまいて」

 

 少し待っていろと、セーィフは杖で体を支えながら、店の奥に姿を消し、何かを探る様な音を出し、二人の前に一つの革袋を置いた。

 

「その三日四日の、最低限の蓄えを分けてやろう」

「うえ……、また何させる気なのさ?」

「これだけ騒ぎを起こした連中を、〝上〟がそのまま置くかね?」

「……始まったら、一番早くに一番上等な場所を伝えろ。そして、オレ達の取り分は七だ」

「まあ、良かろ。お前さん達なら、信頼出来るわな」

「え? 何か起こるの?」

 

 疑問するヤシリツァだが、セーィフは知らぬ顔でクロートを見るだけだ。やがて、クロートが気怠そうに防毒面の位置を直してから、左の鉤爪でヤシリツァの額にある、分厚い鱗を弾いた。

 

「あいた! クロート、いくらアタシでも、クロートの爪は痛いんだよ?!」

「お前な、話の流れで大体解れ。〝上〟がやらかして、オレ達《トッシャー》と《ダウザー》に来る仕事は何だ?」

 

 クロートの問いに、ヤシリツァが首を傾げる。

 しかし、すぐに顔を上げ、クロートとセーィフを見た。

 

「落ちてくんの?」

「然り。しかも、中層でも上層に近い連中がな」

「やった! 稼ぎ時だよクロート……!」

「だから、そういう話をしている」

 

 久々の稼ぎ時に、はしゃぐヤシリツァだったが、すぐに止まって、また首を傾げ始めた。

 〝上〟でやらかして、その財産がこちらに落ちてくるのはいい。だが、問題は何をやって、下層にまで影響しているのかだ。

 

「セーィフ」

「有料と言いたいが、下手に取り過ぎてもいかんからの。まあ、サービスとしようか」

「面倒な話?」

 

 頷くと、かなり嫌そうな顔をする。

 

「事の起こりは、ある中層貴族がまっとうではない筋の人買いから、一人の女を買ったところだ」

「もう、その時点で面倒じゃんか」

「そうさな。人の売買は決められたルート以外は、絶対に御法度だからの」

 

 この無法が法となっている下層でも、最低限の治安として、人の売買だけは決められた業者が行う。

 その際に、誘拐等の非合法ではないと、《公証人》と《紋章官》の立ち会いにより、証明する必要があり、正直手間ばかりがかかり、利益と呼べるものはあまり無い。

 しかし、この下層に行き着く者の中には、《トッシャー》や《ダウザー》として生きていけない者達や、己の売る事以外に、生き方を知らない者が少なからず居る。

 

「受け皿は必要だ。それに、あまり下層に居着かれても困る連中も居る」

「外から流れて、揉め事の種になる様な連中とかねー。さっさと〝上〟に売り付けて、外に放り出すのが一番だよ」

「話を戻すぞ? 更に面倒だったのが、その買われた女が、さっきの話の吟遊詩人よな」

「他所者を勝手に売ったのか……。つまり、そいつか」

「正解じゃ。上から落ち延びた者が、上に戻りたいが故に、外で高く値が付きそうな者を拐い、非合法に高く売り付けていた」

「うへぇ」

 

 ヤシリツァが心底嫌そうに、長い舌を出して溜め息を漏らす。

 この大陸では亜人や、ヤシリツァの様な亜人とのハーフは忌み嫌われるが、体の丈夫さや珍しさから高く売られる事が多い。

 特にハーフは、産まれた瞬間に殺されるか、産まれる前に母親ごと殺され、仮に産まれても、ヤシリツァ並みに生きていられる事は、非常に希な事だ。

 

「そこまでは、まあある話だ。問題だったのは、その吟遊詩人に恋仲の男が居て、売り付けた馬鹿が外と繋がりがあったという事よな」

「つまり?」

「帰らぬ恋人を捜して、外から男がやって来た。まあ、それならまだ何とかなった」

「まだ、何かやらかしていたのか」

 

 頷くセーィフの話は、呆れ果てていたクロート達を、その更に向こう側へ連れて行くには十分過ぎた。

 話の始まりは、嘗ては外と繋がりのあった貴族が、ある旅の吟遊詩人を見た事だ。外の貴族と繋がりがあったその男は、旅の吟遊詩人の女を見て、驚きを隠せなかった。

 

「あまりに似すぎていたのさ。外の貴族の娘とな」

 

 これは好機だと、男はなけなしの金を使い、非合法の人買いと繋がりを作り、人手を雇い、女を拐った。

 そして、外から漫遊にやってきた貴族の娘が、ヒーホルンの貴族の不手際で奴隷に落とされ、二束三文で売り飛ばされたと、それらしい物語を取り付けて、〝上〟へ、己と繋がりのあった貴族に売り付け、買い取った貴族がそれを口実に、〝上〟を糾弾し、支配階級を塗り替える。

 

「馬鹿が。そんな真似すればどうなるか、理解も出来なかったのか」

「理解も出来ないから、落ちてきたんでしょ」

 

 そうして返り咲き、嘗て己が居た中層よりも、更に上の上層、それよりも上の天上の最上層に至る。

 水源に乏しいこの大陸では、最大の水源を支配する最上層の住人になる事は、実質神となるに等しい。

 男は身に余る野心で、実現出来る筈の無い夢を見た。そして、もろともを巻き込んで破滅した。

 

「この三日四日の後、取引した貴族の財産が、中層の区画ごと落ちてくる」

「まあ、売られた人には同情するけど、アタシ達の稼ぎ時を作ってくれてありがとー、だね」

 

 だが、そんな悲劇は下層に生きる者には関係無い。

 この程度の悲劇なら、掃いて捨てる程に転がり、そこに住まう者達は過去にそれを抱いている。

 

「それじゃあ、始まったら連絡を寄越せ」

「畏まった。最速で報せを寄越そう」

 

 クロートとヤシリツァ、セーィフの三人は、話し終わると同時に、この街で起きた悲劇など無かったかの様に、それぞれの行動に移った。

 

 

 

 

 

 〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

「見て見てクロート、王冠だよ。なんか細いけど」

「そりゃ、ティアラだ。金勘定の他に、物も教え直すか?」

「だって、こんな上等なの初めて見たんだもん」

「なら、口より手ェ動かせ。今日を逃したら、何時こんな稼ぎ時が来るか分からん」

 

 長い鍬で水路の底を引っ掻き、歯に引っ掛かった物を、手繰り寄せ引き上げる。金目の物は水路の通路に、そうでない物は下流に放り捨てる。

 時として、肉を腐らせ、骨を膿ませ、血すら狂わせる。この迷宮水路の汚水に浸かり、二人は次々と財宝を引き揚げていく。

 これだけあれば、セーィフの取り分を除いても、暫くは潤った生活が出来る。

 新しい道具や少しは上等な食べ物、クロートの真新しい包帯も買える。

 そう思い、ヤシリツァが鍬を水底に落とすと、ヘドロとは違う感触が返ってくる。

 柔らかいが、ヘドロの様な重さは無い。

 溜め息を吐いて、ヤシリツァが鍬を手繰り、引き揚げると、案の定人だった。しかし、ヤシリツァの予想と違ったのは、一人ではなく二人だった事。

 

「クロート」

「……引き揚げて、脇に寄せとけ」

「いいの? 鼠に食われるよ」

「その前に焼く。……このまま、間違って外に流れ着かれても、それも迷惑な話だ」

 

 どこか見覚えのある女と、見ず知らずの男の死体。死んで間もないのか、はたまた迷宮水路に充満する、何かしらに当てられたのか。

 迷宮水路の汚水と、ヘドロに浸かっていた筈の死体は、個人を判別出来る程度には整っていた。

 

「手繋いだまま死んでる」

「荷物纏めろ。これ以上は、流石のお前でも持ち歩けん」

「分かった。って、アタシが持つの?」

「なら、お前はこの汚水まみれの死体を、焼く術を知ってるか?」

「塒に運ぶ?」

「換金はオレがする。ほら、さっさと行け」

 

 革袋に財宝を詰め込み、ヤシリツァが塒へと向かう。

 その背中を見送り、クロートは懐から銀色の容れ物を取り出し、中身を死体に振り撒いた。

 

「……この傷を止める医者が作ったもんだ。骨も残らず焼けるさ」

 

 言って、取り出したマッチを擦って落とすと、瞬く間に二つの死体を青白い炎が包み込んだ。

 クロートはその様を見届ける事無く、ヤシリツァの待つだろう塒への道へ足を向けた。

 人の脂が火に弾ける音と、燃え崩れていく気配を背に、クロートは水路の闇に姿を消した。

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