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注文を受け、キッチンから準備された食べ物や飲み物を注文した客のもとへと運んでいく。
客のもとに運ぶ際に気をつけることは食べ物を落としたり、飲み物をこぼしたりしないようにすること。
しかし、落としたりしないように気を付けて運ぶのに時間がかかってしまえばせっかくの食べ物や飲み物も冷めてしまう。
いかにバランスをとって冷まさないように素早く移動できるか。
それが喫茶店やレストランなどでのホールのスタッフの仕事の極意といえるだろう。
「お待たせしました。“スターゲイジーパイ”です。ごゆっくりどうぞ」
注文された料理をテーブルに運び、竜はホッと息を吐く。
竜がマキの家の喫茶店“cafe Maki”で数日。
初日では慣れない仕事に慌ててしまい、マキの手助けがあったお陰でなんとか乗り越えたといった感じだったが、徐々に慣れてきたのかそこまで慌てるような事態は起こらなかった。
「竜くん、お疲れー」
「ああ、マキ。お疲れさん」
店内を見渡して空いたテーブルの片付け、空になったコップへの水のおかわり等々。
客からの注文がなかったとしてもやることはたくさんある。
空いたテーブルの上に置いてある食べ終わった食器を竜がキッチンに運んでいると、マキがヒラヒラと手を振りながら声をかけてきた。
「どう?バイトはけっこう慣れてきた?」
「そうだな。完璧とは言えないけどけっこう慣れてきたと思うぞ」
竜の持ってきた食器を受けとり、マキは竜に尋ねる。
それと同時にマキは竜から受け取った食器を洗い始めた。
あまりにも自然で無駄のない動き。
手もとを見ていなければ見逃してしまっていただろう。
話しかけながら食器を洗うマキに驚きながら、竜はマキの質問に答えた。
「そっか、それならよかったよー」
「まぁ、慣れ始めが一番怖いんだけどな。」
どんなことでも慣れ始めの時期がもっとも注意をしなければならない。
慣れてきたからと手を抜いて油断して失敗する。
これは決してやってはならないミスだろう。
そんなことが起こらないように竜は軽く深呼吸をして意識を引き締めるのだった。
「あ、そうだ。今日はうちで晩御飯は食べてかない?」
「・・・・・・はい?」
ふと、マキはついでとばかりに竜に尋ねる。
マキの言葉に竜は驚き、間の抜けた声を出しながらマキを見返した。
呆けた表情を浮かべている竜にマキは思わず吹き出してしまう。
「えっと、なんでそうなったんだ?」
「んー、特には理由はないかなぁ」
なぜ急にそんな話が出たのか。
意味が分からず竜はマキに尋ねた。
竜の言葉にマキはニコリと笑いかけながら答えた。
裏を感じさせないその笑顔から、マキが本当になんの理由もなく竜を誘っているのだろうということがうかがえた。
「まぁ、仕事が終わるまでに決めておいてよ」
「あ、ああ・・・・・・」
いつのまにか食器を洗い終えていたマキはそう言ってホールへと向かっていく。
残された竜はどうしたものかと頭を悩ませそうになったが、すぐに違う仕事があることを思い出してマキを追うようにホールへと向かっていった。
そんなマキと竜のやり取りを見ていたものがキッチンに1人。
マキの父親だ。
父親は基本的に調理担当なためキッチンにいることが多い。
そのために先ほどのマキと竜のやり取りを見ることができたのだ。
「くっ・・・・・・、マキ、今まで誰かを晩御飯に招くなんてしたことなかったのに・・・・・・」
悔しさと恨めしさの入り交じった視線をキッチンからホールにいる竜へと父親は向ける。
ちなみに、マキが竜を晩御飯に誘った理由だが。
これは最近の竜の昼食や話で聞いた朝食や晩御飯の内容からちゃんとしたものを食べさせないといけないという母親のような謎の責任感からだったりする。
誰のヤンデレが読みたいですか? その16
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佐藤ささら
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鈴木つづみ