竜宮島の飛鳥先輩   作:キョンきゅー

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転≪やり直し≫生

朝特有の肌寒い風が吹く中、白い息を吐きながら自転車のペダルを漕いで坂道を駆けあがる黒髪の少年の姿があった。自転車のカゴと積み荷を載せる部分には島に住む全家庭分の新聞紙が積まれている。

 

自転車を漕ぐ少年の名は飛鳥 真。母子家庭であるため、家計の足しになろうと小学校4年生の時点ではじめた新聞紙配達のアルバイトも、中学を卒業する今年で終わりとなる。

 

山の中腹にある家庭の新聞を配り終えた真は積み荷が無くなり軽くなった自転車を走らせて、高台の展望台を目指して坂道を上がっていく。高台の邪魔にならないところに自転車を停めた真は開けた場所へ行き、軽く柔軟体操をした後に適当な長さの小枝を拾って振るう。記憶にある“ザフトのアカデミー時代に習ったナイフを使った戦闘訓練”を思い返しながら。

 

真にはここ竜宮島の「飛鳥 真」として生まれ育った記憶の他にもう1人分の記憶があった。

 

再構築戦争の終結と同時にそれまでの国家の枠組みが大きく変わったことを機に、国連の主導の下で新暦として統一暦「コズミック・イラ(C.E.)」が制定された遥か未来の地球で、家族の仇を取るために生きた「シン・アスカ」という名の復讐鬼としての記憶。

 

用意された舞台は「エンジェルダウン作戦」、戦友であるレイ・ザ・バレルに協力してもらい、対策を練りに練って挑んだ戦い。鎬を削る、文字通り命を懸けた戦い。

 

最終的に相討ちとなったが、目的を完遂できてよかったと走馬灯で家族や救えなかった少女ステラと過ごした日々を見ながら、フリーダムのビームサーベルでシンはコックピットブロックを貫かれ蒸発した。

 

しかし、そこで途絶えるはずの意識は真へと引き継がれた。

 

 

「シン・アスカ」から「飛鳥 真」になってからの最初の記憶は可哀想なものを見るかのような幾つもの視線だった。年齢や人種、性別まで様々な人たちがいる中、若い女性研究員が真のおでこを撫でながら悲壮感たっぷりに言った。

 

「副主任。この子、すでに目の色素が失われています」

 

「データによれば戦闘力を極限まで高めた個体とある。だが、この段階で同化現象を発現しているということは、この個体に未来はない。廃棄処分しておけ」

 

「そんな!生まれて来たこの子に罪はないはずです!」

 

「君も使えない道具は捨てるだろう?いいな、命令だ。その失敗作は廃棄しておけ」

 

「……はい」

 

壮年の偉そうな男性に【失敗作】という烙印を押された真の周囲から人がいなくなる。

 

たった1人、「生まれて来た命に罪はない」と上司に向かって豪語した若い女性研究員を残して。下唇を噛みしめて上司に従順な態度を取ったかと思われていた女性研究員は急にケロッとした表情となり、俺の側から去っていた研究者たちが出っていった扉に向かって、下まぶたを指で引き下げ舌を出した。

 

「あっかんべーだっ!バッカじゃないの。ああもう、アルベリヒド機関にスカウトされた時は嬉しかったけれど、もういい。もういいです!命を損得勘定でしか判断できない人たちとなんかと一緒に研究なんてしていられない。廃棄処分ですって?そんなにも言うなら、この子は私が立派に育ててみせます」

 

真は唯一庇ってくれた女性研究員に抱かれる。女性研究員は真に微笑み掛けた後、首に下げていたネームプレートを外すとすぐにその場に投げ捨てた。その際に見えたネームプレートには女性研究員を正面から撮った写真と共に名前が書かれていた。

 

女性研究員の名前は「飛鳥 麻由」といった。

 

 

 

高台の広場で軽く身体を動かして汗を流した真は、下り坂を自転車で猛スピードで駆け降りる途中、道端で倒れている人影を発見し急ブレーキをかけた。その瞬間、自転車が急ブレーキをかけた時に発せられる甲高い音が島中に響き渡ったが人命救助のために仕方がないことだと割り切った真。その人影の側には老犬プクの姿があり、真は自転車から飛び降りてすぐに倒れていた友人を抱きかかえた。

 

「おい。ちゃんと生きてるか、僚?」

 

「……生きているよ。真、おはよう」

 

「ああ、おはよう。って、冷たっ!?」

 

真は道端で倒れていた少年・将陵 僚を横抱きの状態から背中に背負いなおすと彼のかかりつけ医である遠見医院を目指して歩きはじめる。僚の家族であるブリタニ―・スパニエルの老犬プクは真がどこに行こうとしているのかを察知して、先導するようにのそのそと歩き始めた。

 

真が僚を背負って歩き始め暫くたった時、背負われていた僚が軽口を呟く。

 

「……。真、汗くさいんだけど」

 

「新聞配達のアルバイトを終えたばかりの俺に救助される僚が悪い」

 

「まだ続けていたのか。……いや、真はちゃんと続けられたんだな」

 

肩越しに聞こえてくる苦しそうな短い呼吸を繰り返す僚から発せられた短い言葉に詰められた思い。それを察せられない程、真は人心に疎くなかった。

 

僚は非の打ち所がない性格であり、人望もあり竜宮島中学では生徒会長を務めた。しかし、生来の持病を肝臓に持ち、酷い時にはこうやって倒れて動けなくなることが度々あった。中学では何とか後輩たちにその事情は隠し通せたらしいが、おかげで「生徒会長なのに仕事を他に任せっぱなし」とか「昼行燈」とか陰で言われていた。

 

そんな持病を持つ僚が健康的で激しい運動にも耐えられる健康な体に憧れを持っていて、その性格の良さからそのすべてを諦めてしまっていることを真は知っている。真は二度目の人生ということもあり、育ての親である義母のために優秀な息子を演じているが、“シン・アスカ”としての記憶を持つが故に同世代の子どもたちとの交友関係は希薄であった。そんな真でも放って置けなかったのが僚だった。

 

「……僚。ちょっと、近道するぞ!」

 

「え、ちょっ!?待て、真!そっちは山道ぃいいいい」

 

真は僚を背負ったまま、道を逸れて山の中に突入した。ちなみに老犬プクはちらりと2人が入っていった山道を見たが、そのままのそのそとした足取りで遠見診療所へ向かう。行先は同じであることをプクはちゃんと理解していた。

 

 

 

竜宮島唯一の診療所である遠見医院の院長・遠見千鶴はまだ暖かな布団の中にいた。目覚まし時計のベルが鳴り、早く起きなきゃと寝返りを打ったその瞬間に寝室の窓に叩きつけられた手を見て飛び起きた。

 

何事かと思いカーテンを開けた千鶴が見たのは髪に小枝や葉っぱが刺さり、頬や首や腕といった服に隠れていない場所にひっかき傷をいくつも作った少年たちの姿だった。

 

「えーと、どういう状況なの。お母さん?」

 

「見ての通りよ、真矢」

 

学校に行くため起きて来た遠見真矢が台所で見たのは、可愛らしいフリルのエプロンをつけた中学校の先輩で“一足早く”卒業予定の将陵 僚と飛鳥 真という先輩たちであった。

 

母親である千鶴は食卓の席に座り、コーヒーを飲んでいる。朝から疲れた様子の母を見て、視線を先輩たちに向ければ頬や腕に絆創膏や包帯が巻かれており、治療済みにであることが窺える。真矢は思わず時計を確かめ、竜宮中学校へ通学するにも十分な余裕がある時間であることを知って安堵の息を吐いた。

 

「へい、お待ち」

 

「お前はどっかのラーメン屋の店主か」

 

コンロの前にいた真がフライパンから皿へスライドさせたのは、ふわふわのフレンチトースト。僚が合いの手を入れたことに真矢も思わず同意した。

 

島である影響で本土で流行った数年後に放送されるテレビドラマなどで見るようなラーメン屋のおっちゃんみたいな掛け声を出したのがまさかまさかの寡黙かつクールな先輩で有名な真であったため、意外な一面を見たと真矢は眼を丸くした。

 

「お、美味しい……です」

 

出されたフレンチトースト、コンソメスープ、手作りドレッシングが掛けられたチョップドサラダに水出しコーヒーという洋食セットを口にした真矢は、先輩たちのあまりの女子力の高さに戦々恐々としながら感想を述べた。そんな真矢の様子を見て僚は軽く肩を竦めながら告げる。

 

「俺は野菜をざく切りにしただけだからね、遠見さん」

 

「ええっ!?じゃあ、これ残り全部、飛鳥先輩が作ったってことですか!?」

 

「ふふん。唯一、俺が人に自慢できる特技だ。まぁ、腕を振るう相手が母と僚の2人だけだから、宝の持ち腐れと言われても仕方がない特技でもあるんだが」

 

「それは勿体ない、です」

 

真矢が今まで真に抱いていた孤高でクールな先輩像はどこかへ飛んで行った。黒髪に血のように紅い瞳という容姿だけで人を判断してしまっていたことに若干の負い目を感じつつ、真矢は素直にこんなおいしい料理を作れる真を尊敬し、披露する機会がないことを嘆く。

 

ただ、真が特技である料理を仕事にはしたくないという言葉を聞いて、そういう人もいるよねと肩を落とした。

 

「うまい料理なら、遠見の同級生の真壁も作れるだろ?真壁も僚と同じで人がいいから、薦められたら断れないはず。せっかくだから店を構えさせたらどうだ?真壁が作る料理を真壁のおやっさんが作った食器で提供とか、理に適っていると思うんだが」

 

「一騎くんがお店かぁ。その発想はなかったなぁ」

 

「え、でも真壁さんの作るものって、独創的でそういうのには向かないんじゃ?」

 

僚の一言でその場は硬直した。遠見家の台所にいた面々の脳裏に陶芸家である真壁史彦が作り上げた数々の作品が思い浮かんだ。そして、その作品に彼の息子である真壁一騎が作った絶品料理が載せられたところで全員がその思考を振り払うようにぶんぶんと頭を横に振った。

 

「すまない、言っていいことと悪いことがあったな」

 

「この話題はここだけの話にしよう」

 

「お母さんもこのことは私たちだけの秘密だからね」

 

「ぷぷ……。はいはい」

 

千鶴はお腹を抱えて大笑いしたいのを必死にこらえた。子供たちが年齢相応に笑ったり、おどけたり、冗談を言う姿はこの竜宮島で貴重なものだと理解しているからだ。

 

特に両親を喪ってから愛犬のプクと一緒とはいえ、ずっと1人暮らしをしてきて大人びてしまった将陵 僚と、生まれ落ちた時から同化現象の影響で紅い目を持ち義母以外の大人から将来を絶望視されていた飛鳥 真という少年の2人は特に。

 

「あれ、そういえば遠見さん?」

 

その時、ふと気づいたように僚が真矢に話しかける。真が作った洋食セットをぺろりと食べ終え、食後のコーヒーに舌鼓を打っていた真矢は僚が指さした方向に視線を向けた。そこには普段と変わらぬ、我が家の光景と8時を過ぎたことを示す時計があった。

 

錆び付いたブリキ人形のようにギギギ…とした動きで正面を向いた真矢の横をエプロンを脱ぎ捨てて僚に渡した真が通る。いや、通ろうとした。

 

「飛鳥先輩、後生ですから置いてかないでください!」

 

「大丈夫だって。遠見の足ならギリギリ間に合う。俺は僚を助ける際に乗り捨てて来た自転車を回収して学校に向かわないといけないから、間に合うか分からない。しかも遅刻すると副会長がうるさいんだよなぁ」

 

「う、うわぁーん!!」

 

千鶴は娘である真矢、そして僚を背負って遠見医院まで連れて来た真の背中を見送る。僚は卒業を控えた身であり学校に行っても特にやることがないので、このまま休みの連絡を千鶴が学校へ入れる予定である。

 

2人が出て行った玄関の扉からするりと遠見医院に入り込んできたのは僚の家族である老犬プク。プクは僚の足元までやってくるとジト目で彼を見上げる。真と僚が遠見医院に到着した時にまだ来ていなかったプクは今まで外で待ちぼうけだったのである。

 

 

 

僚とプクと会った辺りで無事に自転車を回収した真であったが、腕時計を見て始業には到底間に合わないことを悟って早々に諦めた。

 

学校に行かなければならないのは変わらないが、卒業を控えている真は特に受ける授業も特にない。進路に関して決めかねていることがあるので、担任で体育教師でもある要 澄美先生や皆城 公蔵校長と話さなければならない。

 

「将来のことって言ってもなぁ」

 

自転車を停めて、ガードレールに腰を下ろした真は海をぼんやりと眺める。

 

海面は太陽の光を反射してキラキラと輝いているが、真の心は曇り模様だった。シン・アスカの時は『フリーダムを討つ』ことしか考えていなかったから、進路は当然ザフトのアカデミー一択。戦時中、しかもオーブからの移民ということもあり、初めの頃はやっかみや嫌がらせが行われた。しかし、家族の仇を取ることに燃えていたシン・アスカにとって障害になることはなく、エリートの証である赤服の袖に腕を通すことが出来た。

 

「何で俺には前の記憶があるんだろうか。この記憶がなければ、島の人たちと本気で向き合えたはずなんだがなぁ」

 

真の呟きはため息と共に誰の耳にも届くことなく消えていくのだった。

 

 

 

「もう、それしか方法は何も残されていないのか?」

 

薄暗い空間。ディスプレイに映し出された金色の人型の姿をした何かを鋭く睨みつけつつ、真壁 史彦は司令官である皆城 公蔵に問いかけた。公蔵はその問いに深く頷くことで答える。

 

「ALvis左翼部L区画を島から切り離し囮にすることで竜宮島の発見を遅らせる。言葉で言うのは簡単だが、それを完遂させるのは尋常なことではない」

 

「だが、今それを決断しなければ何もかもが無駄になる」

 

「……分かった。作戦に参加する者の選定に入る」

 

扉がスライドし、薄暗かった室内に光が差し込んだが史彦が部屋から出て行ったことで扉が閉まり、部屋はまた薄暗くなる。公蔵はディスプレイに映し出された金色の人型の何か、「フェストゥム」を睨みつけて握りこぶしを机に叩きつけた。掌に爪が食い込み、血が滴るのも構わず公蔵はディスプレイに映る敵を睨み続けるのだった。

 

 

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