竜宮島の飛鳥先輩   作:キョンきゅー

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卒≪かくしごと≫業

『ALvis』の技術職員である飛鳥 麻由は指揮官である皆城 公蔵の命令で島の防衛設備のひとつであるノルンの点検のため、竜宮島のあちこちを自家用車で移動していた。その途中、高台でぼんやりと海を眺めていた、中学校をさぼったと思われる息子の真と鉢合わせた。

 

「「……。」」

 

真は麻由の姿を見て硬直したが、流れるような動作で土下座の体勢へ移行。そのおかげで思わず母親として怒ろうとした麻由が振り上げた拳の行き先が無くなり、右往左往した後に力なく下げられた。

 

麻由はむくれながら真から事情を聴き、「将陵くんを助けていたのなら仕方がない」と思うことにした。土下座の体勢であった真を立たせて、連絡はちゃんとするように注意した麻由はそのまま息子の隣に立ち並んで高台から景色を眺める。そして、真の横顔を見て声を掛けた。

 

「何か悩んでいることがあるの、真?」

 

「……うん。まぁ、人並みには」

 

普段の『優等生な息子』とは、とてもかけ離れたぶっきらぼうな様子で受け答えをする真に麻由はいじわるな笑みを浮かべた。家での親子のスキンシップを欠かしたことはないが、これはこれ、それはそれである。息子の新たな一面を見れた麻由は積極的に話を振ろうとした。

 

「親である私にも猫を被っていたか、この不良息子め」

 

「母さんだって、仕事は事務職って言っていたのに。何、その作業衣と頬についたオイルの跡」

 

「はっ!?……こほん。ここで見たことはお互いに忘れない?」

 

「いや、今さらだろ。母さん」

 

真に言われて自分の恰好に気付いた麻由。幸いALvisのロゴが入っていない普通の作業衣であったため、正体がバレるようなことはなかったが、聡い息子のことである。何かに気付いてしまったのではないかと気が気ではない麻由は、真の悩みが気になった。

 

だが、中学3年生という多感なお年頃の真。下手に藪を突いて蛇が出てこられても困るため、麻由は「ぐぬぬぬ」と眉を顰めて唸ることしか出来ない。

 

「母さんは、子供の頃に将来のことを考えたことある?」

 

「ほっ……。そういう悩みかぁ。えっとね、私の場合は自分が好きだったことをそのまま職にしたから、真のように悩んだことはないんだけれど、その職に就いた後にこれでよかったのかって大分悩んだよ。今はこうして前の職とは違ったジャンルの整備の仕事をしているから、真もこれと決めつけずに色んなことに挑戦して欲しいな」

 

麻由はそう言って大きく成長してもまだまだ子供な息子に微笑み掛ける。身長は真が中学生に上がったころに抜かれたが、彼はまだまだ子供だ。とある事情で竜宮島の子どもたちは一概に早熟であるが、それは肉体と頭脳の話。心はちゃんとしっかりと親が育てていかなければならない。

 

そう考えて母親として一層頑張ることを心に決めた麻由の横で真は、彼女が告げた自分が好きなことについて考えていた。少なくとも家族の仇を討つために軍人となった「シン・アスカ」としての記憶は役に立ちそうにないなと思いながら。

 

 

 

「……そんな皆さんと本日お別れすることになり、私たちは寂しさを感じております」

 

7月20日。竜宮島中学で、その年2回目の卒業式が行われた。

 

寄港した船の前に立ち、神妙な面持ちの同級生だった4人に向けて祝辞を読む僚の後ろ姿。彼を視界に収めつつ、竜宮島を去っていく同級生たちの姿を目に焼き付ける真。後輩たちの中には、大っぴらに泣く者もいれば、ハンカチで目元を押さえて悲しむ様子を見せる者もいる。教職員の大人たちは皆が神妙な面持ちだ。

 

僚が祝辞を読み終えると卒業する者たちに向けて在校生と教職員たちから割れんばかりの拍手が送られた。一応、生徒会長としての責務を終えた僚のところに卒業する4人が近寄り会話している。僚を生徒会長に推したのはクラス全員の総意だった。持病で休みがちな僚の居場所を学校にも作るために。

 

「飛鳥くんはいいの?お別れをしなくて」

 

「別に今生の別れって言う訳でもないしな。それにしても、良い祝辞だったよ。副会長」

 

「あら、心を込めて読んだのは生徒会長よ?」

 

ベンチに腰かけていた真の隣に腰を下ろす竜宮島中学副会長の生駒 祐未。真と僚があまりに仲が良過ぎて、2人の関係を掛け算しようとした前科がある。その誤解はすぐに解けたものの、島唯一の本屋にBL物の本が置かれていたのを見た時、真は自分の背中に冷たいものが流れるのを感じ取った。

 

「義務教育も終わらない内から、みんな。それまでと違う生活に入っちゃうなんてね」

 

「たぶん。竜宮島だけの文化なんだと思うよ」

 

真と祐未は知らない。まだ何も知らない2人を、外の世界の真実を知っている者たちが見ていることを。

 

 

 

終業式の前日、八百屋の前で買い物袋を肘に下げて晩飯は何にするかを悩む仕草を見せていた真は何故か肉屋のおっちゃんに呼ばれた。今晩の料理に肉は使わないんだけどなぁと眉尻を下げながら肉屋に向かった真におっちゃんが受話器を手渡してきた。電話に出ると相手は遠見医院の千鶴であり、内容は僚を迎えに来て欲しいということだった。

 

「……何で俺がここにいるって遠見先生が知っているんだ?」

 

「坊主、この時間にお前が晩飯の買い物をしていることはここら辺の大人なら誰でも知っているぞ」

 

「そうだっけ?」

 

「肉はおまけしておいてやるから、将陵の坊主に精の付くもん食わせてやってくれ」

 

「おっちゃんに言われるまでもなく、俺はあいつに結構色々食わせているんだけどなぁ」

 

肉屋のおっちゃんに牛肉の小間切れをもらった真は停めていた自転車にまたがると立ち漕ぎをして家に向かう。荒々しく鍵を開けて家の中に入り、買い物袋の中身を冷蔵庫にぶち込んだ真は炊飯器のボタンを押して家を出た。走って目指すのは遠見医院である。僚を背負って降りることになるかもしれないため、自転車は最初から置いていく。

 

真が僚を迎えに遠見医院を目指している途中、友人の羽佐間 翔子に会いに行く最中にある遠見 真矢と会った。

 

晩飯の仕込みがあるものの、帰りを急げばいいという考えに至った真は真矢の歩幅に合わせて歩く。真矢と交わす会話の内容は自然と夏休みの予定となる。

 

「なるほど真壁や羽佐間と一緒に海水浴か。青春しているな、遠見」

 

「なんで感想がオジサンみたいなんですか、飛鳥先輩」

 

「いや、俺の場合だと海水浴じゃなくて、遠泳になるから」

 

「何故に……」

 

無心で泳いでいるうちに本島から遠く離れた紅蓮島まで行ってしまったのは、真自身がいい思い出だと思っている。ただし、浜辺のピーチパラソルの下に置き去りにされた僚が真が海に帰ってこないことに慌てて、騒ぎになったのは言うまでもない。ちなみに竜宮島と紅蓮島を泳いで往復してきて、なお体力が有り余っていた真を見た消防団の大人たちの唖然とした表情は今も覚えている。

 

「一応、翔子の家にお泊り会をする予定もあったりするんです」

 

「うんうん。友達は大事にな、遠見。まぁ、友人と呼べるのが僚しかいない俺が言えた義理はないけど」

 

「いやいや。どれだけドライなんですか、飛鳥先輩」

 

そんな会話をしていると遠見医院が見えて来た。玄関口に僚と羽佐間の姿が見え、真と遠見は2人に向かって手を振る。遠目だが、僚と羽佐間も笑い合っているようだった。

 

 

 

それから数日後、竜宮島にひとつしかない葬儀式場にて葬儀が行われた。

 

卒業して島を去る者がいる一方で、命を落としていなくなる者もいる。今回は長年病状に臥していた生駒 祐未の父親だった。真は義母である麻由と共に参列して手を合わせ彼の冥福を祈る。

 

喪主である娘の祐未は何かを決意したような表情を浮かべ、毅然とした態度で葬儀を取り仕切っていた。

 

 

 

「卒業が決まった。夏休みが明けたら島を出て大人たちと働く」

 

向かいの席で晩飯を食べていた真に告げた。真は俺の言葉に何も言わずにご飯を食べ進め、みそ汁を啜る。そして、お椀を置くと同時に頭を抱えた。かなりショックを受けているようだった。

 

「マジで?」

 

「マジだ」

 

「えぇ……。俺と僚の違いって何?勉強が出来るかどうかか。いや。それなら先に卒業した船橋や桃瀬が条件に合わない。もしかして、コミュニケーション能力か?友達100人作れば卒業できる?よし、そうと決まれば早速真壁の家に突撃してこよう」

 

「落ち着け、真。そういうことじゃないから」

 

椅子を倒しながら立ち上がった真に俺がそう告げる。すると真は俺をジト目で見ながら椅子に座りなおした。真は俺が持っていないものを色々持っている。健康な体もそうだし、家族もいる。竜宮島のこと、外の世界のことを何も知らないから、本当の意味で平和を享受できている。

 

2年前、俺は母を喪った時にメモリージングで真実を知った。持病のこともあり、俺は早々に死に場所を求めた。ALvisなら俺の命の終わりを意味のあるものにしてくれると思ったから。その考えを改めさせてくれたのは、目の前で頭を抱えて変な呻き声を上げている幼馴染の真だった。

 

本当は何でも出来るのに自分と他人の間に勝手に壁を作った上でしか付き合うことが出来ない不器用な人間。それが飛鳥 真という少年だった。

 

けれど、俺に対しては違った。本気の言葉を何度もぶつけ合い、何度も喧嘩もしたし、その分だけ仲直りもした。死に場所ばかり求めていた俺に、生きる意味を教えてくれた。そんな真は、未だに竜宮島の真実を知らない。いずれ真も知る時がくるだろうから、わざわざ俺が真実を告げる必要もない。

 

「……他には?」

 

「え?」

 

「僚と同じタイミングで卒業する奴もいるんだろ?祝辞、誰が読むのか決めなきゃならないじゃないか。竜宮島中学の生徒会長を務めた僚が卒業するんだ。それなりの奴が祝辞を言わなきゃならないし。まぁ、第一候補は副会長だけど」

 

「言いにくいんだけどさ。祐未も卒業するんだ」

 

そう告げた俺の言葉に、真はこの世の終わりだと言わんばかりの絶望の表情を浮かべたのは言うまでもない。

 

俺はそんな真の素の様子を見て安堵していた。実は真も俺のように知らない振りをして生活しているんじゃないか、ずっと心配だった。俺を残して卒業することを拒んでいるんじゃないだろうかと。しかし、真は腹芸は得意ではない。真のことは心配しなくてもいい。

 

 

 

そう思っていたのに。

 

 

 

夏休みが終わり、二学期がはじまるタイミングで卒業することになった俺と祐未。予想はしていたが港での別れの場に真の姿はなかった。「私たちの卒業を祝ってくれないの」と、俺たちと同じタイミングで卒業することになった女子が数人ショックを受けている。俺は内心で彼女たちに謝った。

 

祝辞自体は次の生徒会長となる近藤 剣司が噛み噛みだったが心のこもった言葉で述べて無事に送り出してくれた。

 

船は竜宮島の港を離れた後、日本本土に向かうことなくALvisの地下施設へつながるドックへと入っていく。そうして、竜宮島式の卒業式を終えた俺たちが施設内に降り立った時、海面から何かが岸壁に上がってきた。

 

突然のことに驚く俺たちと武装している職員の前に現れたのは、ずぶ濡れの状態で膝に手をついて荒い息を繰り返す真。

 

「はぁはぁ……。行先が近くで助かった」

 

「真っ!?お前、どうして!?」

 

卒業式の場にいなかった真がこうやって海の中から現れたということは、ずっと船の壁面にへばりついていたということだ。船の安全チェックを怠ったと職員たちが上司らしき人に責められているが、こういう場合はどういう形になるのだろうか。

 

 

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