真の無茶な行動はすぐにALvisに所属する者すべてに伝わった。当施設内で整備スタッフとして働く義母の麻由も例外ではない。息子の奇想天外な行動に思わず顔を真っ赤にして穴があったら入りたい状態になった。
ALvis上層部は特例中の特例として真を卒業扱いにすることを決め、メモリージング解放の処置を取った。今まで隠されてきた世界の真実を知ってショックを受ける者が大半であることを知っている大人たちから見れば、メモリージング解放の処置を受けて、真実を知ったはずの真がほんの少しも動揺してしないことは異質に映る。
「……(フェストゥムか。人同士で戦争して地球が滅んだわけじゃないだけマシ、なのか)」
C.E.という遥か未来に生きたコーディネーターである「シン・アスカ」としての記憶を持つ真に、自分たちが遺伝子操作されて生まれた命であることや、人型兵器に乗って戦うことを強いられることについては抵抗がなかった。「シン・アスカ」の知識をもってしても唯一知識のないフェストゥムという怪物については人類共通の敵であるという認識を真はした。
◇
祐未の父親である生駒 正幸が発案し、皆城 公蔵が承認した危機回避プログラム「L計画」。
参加要員は選抜されたパイロット8名と、指揮・医療・整備を担当するスタッフ32名で構成される。特にパイロットは志願制であり、多くの希望者による選抜を終えたメンバーで確定していたのだが真が新たに計画への参加を希望したため少し揉めることとなった。
真の卒業に関して、快く思っていない者も多い中での表明であったため、先に計画への参加が決まっていたメンバーからの心証はかなり悪いものになり、真はALvis内で孤立していた。しかし、計画に参加するだけの実力があるのかを測る目的で特別に許されたファフナーを操縦するシミュレーターの結果は、誰もが予想だにしない結果となった。
シミュレーターの様子が映し出されているモニターを見て、L計画で指揮を執ることになっている早乙女 柄鎖は思わず舌を巻いた。全長50mを超えるファフナー・ティターンモデル4機が戦場を躍動して、仮想敵であるフェストゥムと戦っているが1機だけ明らかに動きが違う機体があった。
他の3機が足を止めて腕に内蔵されている機関銃で牽制するのに対し、その機体は動きながら確実に牽制しフェストゥムとの距離を冷静に詰めて、主兵装であるガンドレイクのブレードでフェストゥムを袈裟斬りし消滅させる。フェストゥムが消滅するまでその場に留まるようなことはせず、常に動き続ける真が操縦するファフナーは時にプラズマライフルを使って、仲間の機体に襲い掛かろうとするフェストゥムを攻撃している。
シミュレーターとはいえ、真と計画に参加する予定の他のメンバーでは実力に差があり過ぎた。
この結果を受けて真を計画に参加させるべきだと意見する柄鎖と竜宮島の戦力として残すべきだという上層部で意見が分かれることになった。しかし、司令である公蔵が真の計画への参加を認めたことにより、選抜パイロットの中で最も成績が低かった鏑木早苗がメンバーから外されることとなる。
竜宮島の未来のために志願した仲間の居場所を奪ったとして、パイロットたちの中でますます孤立する真。
僚はすぐに真と他のメンバーを繋ぐフォローをしたかったが、他のメンバーに真を仲間外れにすることを強要されて、身動きが取れなくなっていた。幼馴染である祐未に協力を求めようにも、仲違いした溝は深くまともに会話もできない状態が続いていた。
そんなパイロットたちの間で不和が広がる中、発動された「L計画」。
計画へ参加する者へも、その家族へも作戦の詳細はまったく知らされず、計画への志願者40名を載せて竜宮島海面下の左翼部L区画が切り離された。“Lボート”としてある程度潜航してから3日後に浮上、海上を自動航行しながらフェストゥムを引きつけて迎撃をする。作戦期間は60日間。作戦終了までのタイムカウントは大ホールのモニターに表示されることとなった。
Lボートが浮上して間もなく、フェストゥムが襲来した。通常兵器とファフナーによる迎撃。最初に出撃したのは僚と祐未のエレメントだった。ファフナー・ティターンモデルとの初接続の痛みに耐え、フェストゥムとの初戦闘が行われる。シミュレーターと違い実機での戦闘、そして質量のあるフェストゥムとの戦いに苦戦したものの、撃破することに成功。Lボートのモニターで戦闘を見守っていた作戦参加者たちは喜びの声を上げた。
その日を皮切りにフェストゥムの襲撃は繰り返し行われた。2日に1度の時もあれば、日に数度襲撃がある日もあった。僚や真たちはその都度、ファフナーに乗って迎撃した。僚や真たちがフェストゥムを撃破する傍ら、フェストゥムの攻撃方法であるワームスフィアを受けて誰かがいなくなった。
作戦開始から僅か6日後、真とエレメントを組んでいた柴田小百合が倒れた。戦闘を終えて、ハンガーの通路に降り立った直後のことで誰もが反応できなかった。小百合に駆け寄って抱え起こした僚たちが見たのは、瞼を閉じることも出来ず、ハイライトを失った赤い瞳を見開いたまま、昏睡した彼女の姿だった。
『ファフナーに乗れば乗るほどパイロットの肉体が結晶化する』
医療センターに担ぎ込まれた小百合にしてやれる治療法は何もなく、見殺し同然の状態で寝かしておく他にやれることのない医者や医療スタッフは全員が悔しそうに俯くだけだった。
だが、フェストゥムはLボートを竜宮島と認識しているため、攻撃の手は止まないどころか激化の一途を辿っていく。10度目の戦闘で柳瀬 徹が同化現象で昏睡状態に陥った。小百合の隣のベッドに寝かされた徹を見て、僚や祐未たち残されたパイロットたちの心が恐怖する。敵ではなく、自分たちの武器に殺される恐怖を。
小百合と徹が倒れたことでパイロットが8名から6名に減った。指揮を執る柄鎖とパイロットで意見の衝突が起きた。乗れば乗るほど結晶化のリスクがあるファフナーへの騎乗時間を減らしパイロットの消耗を防ぐことを訴える祐未、その一方で柄鎖は出撃回数が増えることに伴う物資や弾薬の消費を懸念し搭乗時間を延ばすことを考えていた。
意見は平行線を辿ったが、L計画の発案者である生駒 正幸が生きて帰ることを前提として計画を立案したはずだ、と僚が告げたことで祐未の意見が採用されることになった。
その後、僚と祐未が海を眺めながら談笑して仲を修復する中、真が指揮官である柄鎖の下を訪れて、あることを提案する。その日からフェストゥムの夜間の襲撃がなくなった。
作戦期間も半分の30日を過ぎた頃、Lボートの区画の一部が解放されて物資と弾薬が補給された。フェストゥムは人の心を読み攻撃してくる。どれだけ武器があるのかを判断して攻撃してきている事実がある以上、段階を踏んで物資を補給していくやり方は合理的だった。
それに昼夜問わずに襲来してきていたフェストゥムが夜間に攻めてくることがなくなった分、パイロットたちは心に余裕があった。
◇
祐未の父親が考えていたL計画の全貌に見通しが立ち、計画に参加していた人たちが希望を見出した。そのことを嬉しく思っていた僚が施設内の廊下を歩いていると、誰かが言い争う声が聞こえて来た。物陰から様子を伺うと医師の木本 泰三が指揮官である柄鎖の胸倉を掴んで怒鳴っていた。
「早乙女!これ以上は無理だ!」
「……それでお前は何も処置できずに見殺しにする人数を増やすつもりなのか?」
「ぐっ……しかし、それでは……」
「お前たちは俺に命令されて仕方なく従っているだけだ。誰もお前たちを咎めたりしない」
自分の胸倉を掴んでいた医師の手を外させる柄鎖。要領が得ない受け答えをする柄鎖と医師のやり取りに僚は頭の中でクエスチョンマークを浮かべた。島へ帰るための脱出艇の存在を示してくれたのは間違いなく指揮官である柄鎖である。そんな彼が背負う咎とは何なのか。僚が聞き耳を立てていると医師がぼやく声が聞こえて来た。
「早乙女、お前は心が痛くならないのか!ファフナーが命を削る諸刃の剣であることをお前も理解しているだろ!」
「ああ、そうだな。俺が許可したことは許されることではない。だが、お前は肝心なことを忘れている」
感情を込めた強い言葉で非難する医師に対して、柄鎖は冷静な様子で受け答えしている。何の会話なのか、ようやく真相が話されるのだろうと思った僚の耳に信じられない言葉が入ってきた。
「パイロットたちの食事に睡眠薬を混ぜて休ませ、夜間の出撃は飛鳥1人が背負う。これは飛鳥が俺に提示し、お前たちに協力を取り付けたことだ。今さらその事実は覆らないぞ、泰三」
「そ、それは……」
物陰に隠れて聞いていた僚は思わず自分の口を両手で抑え込んだ。そうしなければ、間違いなく叫んでいた。どうして、と。何故、と。だが、隙をついて出ようとする言葉の数々を飲み込んで、僚はその場から離れて走り出した。
心臓が早く脈を打ち、腹部に激痛がある中、施設内を走り回って、岸壁に腰かけている真を見つけた。浅い息を繰り返しながら真に近づいた僚は、自分の右手の掌に生えている緑色の結晶をただ見ている彼に声を掛けた。
「真、俺と話をしよう」
「……」
「指揮官と医者の話を聞いた。真が俺たちの負担を和らげるために、睡眠薬を混ぜていたこと。夜間にフェストゥムの襲撃があったら、真が1人で出撃していたこと。このことはまだ皆は知らない。俺しか知らない。お前が隠れて頑張ってきたことをばらすような真似はしない。その代わり、俺にも真がやっていることを背負わせてくれ」
「……」
「……。今さら許せないよな、俺のこと。孤立するお前を助けなかった俺に友人ある資格はない。それは分かっている、だけど」
「なぁ」
右手の掌に生えた緑色の結晶を握り潰した真が僚に視線を向ける。ようやく、会話が出来るそう思った僚の瞳に映った真は、僚を初めて見るかのような憮然とした様子だった。
「アンタ、誰だ?」
「……え?……だ、れ?え、ちょっと待ってくれ、真」
「確かに俺の名前は“シン”だが、どこかであったことがあったか?……い、いやいい。お前は僚だ。大丈夫、大丈夫だ。まだ忘れてない。父さんも、母さんも、マユも、僚やステラは俺が守るんだ。今度こそ、絶対に。フェストゥムとフリーダムは俺が討つんだ。絶対に、俺が…守るんだ。今度こそ……」
ふらふらと立ち上がった真は僚の横を通り過ぎた。
同化現象の進行により酷い記憶障害を発症している真を見て、僚は改めてファフナーが恐ろしくなった。小学生の時に道端で倒れた僚を助けてくれたのが異変を察したプクが連れて来た真だった。クラスメイトとしての浅い付き合いしかなかった真と、持病の所為で仲良くなることになるとは思いもしなかったのを僚は覚えている。
そんな真から、自分の存在が消えようとしている。それを知った僚は俯いたが、立ち止まるようなことはせずに真の後を追いかけた。
その日、僚は体調が悪いと言って夕食を口にせず、医師から処方された薬も飲む振りをして捨てて早めに部屋に戻った。そして、皆が寝静まったのを見計らって、指令室へ足を踏み入れる。
予想はしていたが、真がファフナーを駆りフェストゥムと戦っていた。接近するフェストゥムの情報を真に指示を出した柄鎖が指令室に足を踏み入れた僚を見据え、ため息を吐きつつ告げた。
「将陵。やはり、お前か」
「早乙女さん、俺に気付いていたんですか?」
「泰三との会話を聞いていた人間がいることは察していた。だが、パイロットで飛鳥の状態を心配するのはお前しかいない」
「そんなことは……」
「構わん。これは俺と飛鳥の利害が一致した結果だ。それに同化耐久値が尋常ではないほど高く、戦闘能力がお前たちよりも飛び抜けている飛鳥以外にこのやり方は出来なかった。……飛鳥が壊れかけていることは泰三から聞いている。それもあってこんなことを中断するように言ってきたが、俺はともかく飛鳥はもう止められない」
そう言い結んで柄鎖はモニターを見る。それにつられて僚もモニターに映る真が駆るファフナーが近寄ってくるフェストゥムを真っ二つに切り伏せる姿を見る。ワームスフィアに包まれて消えるフェストゥムを見届けることなく、次のフェストゥムを屠るために戦い続ける真の姿はまさしく狂戦士さながらだった。
◆
その日、4機しかないファフナーが3機になった。
大破したファフナーは整備スタッフの下で解体されて、他の機体の整備は使われる。そして、襲ってくるフェストゥムにも変化があった。正確に核となる部分にダメージを負わせないと物凄い再生速度で回復してしまうようになったのだ。
私たちはフェストゥムを倒すのにてこずるようになった。こんな状態で戦線が崩壊していないのは一重に飛鳥くんの働きが大きい。竜宮島では後輩たちに寡黙でクールな印象を抱かれていた飛鳥くんは、そのイメージ通り物静かな少年だった。
しかし、最近は憎悪を体現した表情で、お腹の奥底に響くような雄たけびを上げながら戦う。フェストゥムを倒すこと以外に興味がなくなってしまったようで怖かった。
私たちは、L計画が発動される間際に参加する予定だった鏑木さんを押しのけてパイロットとなった飛鳥くんを快く思わず、事あるごとに遠ざけていた。故に、その関係を修復する間もなかった。
飛鳥くんがファフナーに乗る度に変わっていく姿を見るのが怖かった。
そんな飛鳥くんが廊下で倒れているのを見つけた時、私たちの息が止まった。
飛鳥くんが着ているシナジェティックスーツの背中側が破れ内側から緑色の結晶から突き出てくる様子を見て私たちは腰を抜かした。そんな中、すぐにアスカくんに駆け寄ったのは僚だ。僚は飛鳥くんを抱え起こすと手を握って呼びかける。
「逝くな、真!俺たちは島に帰るんだ!お前は守るんだろ、俺たちや竜宮島にいる人たちを!」
「……。ああ、守るんだ。……俺が、全部……」
飛鳥くんが僚の呼びかけに反応すると同時に彼の肉体から生えていた緑色の結晶はすべて砕けて音を立てて廊下に散らばった。すぐに医療チームが担架を押しながら現れ、飛鳥くんを載せていく。それに僚はついていった。
私たちは仲間である飛鳥くんの危機に何も出来ず、その場で座り込むことしか出来なかった。
【15日と82時間】
これは私たちがフェストゥムの襲撃がなくなったと思っていた夜間、飛鳥くんが1人出撃した日数と、ファフナーに搭乗した時間である。450秒という時間を決めてファフナーに乗るのを交代することでパイロットの消耗を防ぐはずだったのに、飛鳥くんは平気で無視していた。自業自得だと彼を罵る者はもういなかった。
私たちはそれを知って黙っていることは出来なかった。早乙女指揮官に直訴して、皆で負担するべきだと。けれども、早乙女指揮官はそれは許可しなかった。はじめに飛鳥くんと交わした約束があると言って。
陽が落ちた闇の中、ファフナーが両手に持ったガンドレイクから放たれるプラズマライフルの閃光が煌めく。昼間に襲ってくるよりも多くのフェストゥムの群れ。それを飛鳥くんが駆るファフナーが鬼神のような強さで屠り続ける。
飛鳥くんはもう私たちのことは覚えていない。
お母さんである麻由さん、一番の友人である僚、そしてステラという名前の誰かを守るために、彼は戦い続けている。