アーマード・コア×東方 東方白輝鉄 作:IBISNOSOKO
蝶番が軋み、扉が開く音が聞こえた。
甲高い、ハイヒールの足音が背後から近寄って来るのを感じる。
「緊急で、仕事の依頼です」
女性の声、であった。室内にも関わらず日傘を開いて持ち運んでいる、妙齢の金髪の女性。
名を、……既に知っている。八雲紫だ。どうやら相当の面倒事らしい。そう感じて胸ポケットに忍ばせている煙草を取り出し、火をつける。
溜息代わりに煙を吐くと、見向きもせず一服している事に呆れたのか、少し気だるそうに八雲紫は口を開いた。
「至急、出撃用ガレージまでお越し下さい。依頼内容は追ってお伝えします。あ、それと」
自身の顔の目の前に紫色の空間が生まれる。大小様々な目玉がその空間に張り付いているのが見える。
何時見ても慣れない、八雲紫の、それだけの為の空間だ。そこから白い手袋をつけた小さな手が現れ、煙草を奪い去った。
火の付いた方から奪うとは、危ないだろうに。抗議しようかと八雲紫の方に向き直すと、まるで悪戯が成功した児童の様な様子で、
「ここは禁煙です。喫煙場所は彼女に聞いておいて下さい」
そう言い放ち、そしてその煙草に口をつけ始めるのであった。
冷たい、とそう感じた。
コックピットの四方に設置されたバルブから大きな水音を立てて耐Gジェルが流れてくる。
無論パイロットスーツ越しの接触の為本当に冷たい、という訳ではないが、バルブの暗い穴から流れるそれにはどこまでも冷淡な印象を受けた。
ジェルがコックピットを全て満たしたのを確認し、後ろから伸びているコードを手に取り、脊椎にある接続ピアスに接続する。
カチリ、という音が体の中から響いた。
『接続、確認致しました。依頼内容と状況を説明いたします』
突如として前面モニターに金髪の女性が現れた。八雲紫、と自称するその人物が先ほどの様子は別に焦燥した表情を浮かべている。
彼女の通信を皮切りに、コックピット全体が微かに振動し始めた。昇降リフトが起動したのだろう。頭の先から微かなGを感じる。
『当基地から15㎞程南下した所に霧の湖、という場所が存在致します。昨今この幻想郷では吸血鬼という種族が暴虐の限りを尽くしており、多くの妖怪が彼らの軍門に下っています。霧の湖は奴らの本拠地と化しました』
吸血鬼、という名を聞いて頬が自然と緩む。その様な幻想、創作物だと思われていたものが、この世界では“生きている“。
素晴らしい、とそう思う。見た事が無いものを見て、感じた事がないものを感じたい。そう思えたから、この女性と――、
『吸血鬼自体の戦力は貴方を行使させるものでは本来無いのですが、今回の作戦には時間がありません。“これ“を見て頂きたい』
彼女が手にしている扇子を広げると、空中に青い光が舞い始めて一つの風景を投影した。
そこには空から俯瞰したかの様な形で霧の湖と思われる水面と、中央に位置する全体的に赤く染まった館が映し出された。
それだけの光景であれば情景ある写真としか感じないのであろうが、赤い館も巻き込み、水面一杯に広がる白い光の文様が非日常感を醸し出していた。
彼女はこれを魔法円である、と説明する。言語の様なものも描かれているが、何より円の中におさまっている六芒星が強く目を引いた。
『現在、この魔法円から放たれるであろう魔術の解析を行っております。現時点で5割程の進捗ですが、分かっている範囲での情報をお渡しいたします』
強く扇子を閉じる音がすると風景は青い光へと霧散した。彼女の焦燥の表情が徐々に怒りにへと変化していく。
『属性は火、形状は恐らく棒状か槍の様なもの。発射方角は北。威力は……大したものね、大魔法級です。展開されれば半径10kmは火の海、というより一瞬で焦土と化すでしょう。発射までの時間は残り10分弱といった所かしら』
それだけで彼らの狙いは十分に分かった。この山だ。敵対関係にある組織の拠点を持ちうる限りの強力な長距離砲撃で叩く。それがこの魔法円である、という事だろう。
半径10kmとなれば山全体を覆う程ではないが、強い火が放たれれば樹木が生い茂るこの妖怪の山も、基地も延焼で多大な被害を被る事だろう。
それを彼女が容認するはずがない。他でもない、彼女が。
『これが展開されれば幻想郷のバランスはまた大きく崩される事になるでしょう。そして何よりこの妖怪の山に住まう生命の大半が失われる事になります。そこで貴方の出番という訳です』
そこまで言って彼女はいえ、と訂正の意を示した。
『貴方とホワイトグリントの、ですね』
再び、彼女の言葉の言い切りと同時にコックピット全体がガクン、と一際大きく振動した。リフトの上昇が終わったのだろう、サブモニターが開き、外の風景を映し出す。
大きな樹木が生い茂り、その枝葉の隙間から仄かな星と月明かりが見えた。仄かに、しかし爛々と光るそれは、何時見ても強く、強く目が奪われる。
再び頬が自然と上がってしまうのを感じる。見たい、感じたい。この空の光景も、その魔法とやらも、吸血鬼も。多分それらは、この体がまだ知らない事象であるから。
「了解した。八雲紫」
モニターを操作し、コックピットを起動させる。ジェネレーターが起動し始めるとタービンが回り、機体内の計器類が一気に動き出す。それと同時に接続ピアスの周り、うなじの部分が熱くなる。目を閉じると暗闇の中から直接文字コードが流れ始めた。
Allegory Manipulate System という文字列が最後に映し出されると同時に、瞼を閉じているにも関わらず視界が開き外界を映し出した。
ホワイトグリント、そう呼ばれる純白の機体の背中を。
『……これは貴方に初めて依頼する任務であり、試金石でもあります。必ず彼らを討ち滅ぼし、この魔術の行使を阻止してください。なお博麗霊夢の現地入りは貴方の作戦実行後を予定しております。援軍はありません、単機での作戦活動です』
「その魔術、とやらは具体的にはどうすれば止まる」
『魔術の術式自体の構築は別の者が行っている様ですが、魔力の供給源足る首謀者は判明しております。紅い悪魔、レミリア・スカーレット。この魔法円に魔力を供給する為、“真体“を晒している様です。恐らくは霧の湖内にいるでしょう』
「容姿は」
『真体、の意味は貴方もご存じでしょう。向かえば分かるかと。彼女の意識を奪えば魔力供給は止まり、術式展開は阻止されます。どうか、どうかよろしくお願い致します』
通信が途切れ、コックピット前面のモニターが暗転する。
少しだけ息を吐き、集中すると機体後部のメインブースターから火花が飛び、推進力が発生する。そしてそのまま機体を空へと持ち上げた。ハーネスが体を受け止める感覚が、何故か懐かしく感じる。
向うは南へ15km、霧の湖である。サイドブースターも用いて機体を反転させ、空を舞う。
「すっげぇ……。本当に、本当に飛んじゃったよ……」
基地のメイン昇降リフト付近にある覗き窓を見つめ、ため息を漏らす者がいた。
水色一色の服に、緑色のキャップを被った少女である。窓からは白煙と残光が後を追うかの様に広げながら南へと向かう白き巨人が映っていた。
カン、カン、と金属質な足音が背後から鳴り響く。
「まだ疑っていたのですが。河城にとり」
「そりゃあ、ねえ」
通信を終えた八雲紫が河城にとり、と呼んだ少女の背後に立っていた。しかしにとりはその声掛けを意に返さず窓を見続けている。
その姿に八雲紫は若干の呆れ顔になりつつも、彼女と同じく窓から見える白き巨人を見つめた。
無理もない。幻想郷の数千年の歴史において、こんな科学技術との接触は今まで無かったのだから。
「後は“アレ“をちゃんと使えれば、まあ大満足かなあ」
「吸血鬼如きの真体で、あの人とあの機体は止まりません」
「いやいやいや、ここからでもビリビリと感じますよ、あの女の妖力。貴方と互角、ぐらいはあるんじゃないですかねコレ」
「ええ、まあ単純な力だけなら。頭は、悪いというか無残な出来の様ですけど」
「へぇ……。じゃあ貴方がその気になってもあの白いの、止められないんだ」
そこでにとりは初めて八雲紫の方へと顔を向ける。そして動転した。
あの胡散臭く、常に不気味な笑顔を顔面に貼り付けている妖怪の賢者とまで呼ばれたこの女が、
「ふふっ、ええそうですわね。でも彼ならきっと、大丈夫」
真に笑っている。そう思えたのだから。
今日は物珍しい光景が多く見れるものだとにとりは独りごちた。
「ま、まあそろそろ紫殿は弾薬庫にスタンバイしといた方が良いですよ。アレの給弾システムについてはこの前説明しましたよね?」
「嗚呼、そうでしたわね。了解しました、にとり。本当に彼一人に戦ってもらう訳ではありませんからね。そちらもオペレーターの任、任せましたよ」
「合点です。壊されちゃ堪んないからね。また帰ってきたら解析してあげないと」
そう言い合い、二人は別々の方向へと歩き出した。
それぞれの役目を果たす為に。
博麗霊夢は、空を見上げていた。
その姓名通りの博麗神社の境内の真ん中で、である。
何という事はない、ただ胸騒ぎがしたのだ。自分の直感が、今どこかで何かが起きている、という事を告げているのだ。
ただでさえ連日吸血鬼の勢力による人間への攻撃に対し対処に追われている上、今日に限っては布団に入ろうとした瞬間に、あの妖怪の賢者から武装準備した上で通告が来るまで待機、と命じられている。
状況が何もかもきな臭く、そして何より疲れる。博麗霊夢は決して努力の人ではない。むしろ怠け者の部類である。しかし本人の才能がそれを許さないだけであって。
つまり、この待機を命じられた状況に酷く苛立っていた。早く惰眠を貪りたいと、そう思っていた。その矢先に、直感が下りたのだ。
「……何だってんのよ」
異変が発生した時、そしてそれらを解決する時、道に迷った時、献立が決まらない時、どんな迷いがあった時もこの直感に頼り生きてきた。
そしてその直感が言っている。今までのどの様な事態よりも、重く、深いものであると。
「何だってんのよ」
もう一回、声に出す。ああ、ここまで苛ついているのか、と自覚したのは言い切ってからだった。顔が熱い。なのに手に持った刀とお祓い棒が酷く冷たく感じた。
そこまで思考が進んだ瞬間、空に突如青白い光が幾つも出現する。南に向って高速で動いているが距離があり、夜闇もあって正体までは分からない。しかしそれは今までに見た事もない現象であるのは確かだった。
なんだあれは。八雲紫が関係しているのか。それとも今もひりつく様に感じる吸血鬼の妖力が関係しているのか。思考が高速で巡るが、結局は分からない。
手に持った陰陽玉に力を籠め、八雲紫を呼ぶも応答は無かった。
「……待機か。クソッ、紫のやつ」
状況はまるで意味が分からないが、意味がない事を口にする者ではない事を博麗霊夢は知っている。
ならば待つしかないではないか。境内の小石を件の青白い光の方向へ蹴り飛ばし、少し溜飲を下げたのか、その場で座り込む。
しかしその目を空から外すことは決してなかった。
ブースターを空気の流れに合わせながら操作し、南へと向かう。
もっと早く、前へ、右へ、左へ、そう願うだけでサイドブースターから浅緑色の粒子と共に白い光が迸り、機体を大きく進める。
クイックブースト、と呼ばれるその推進器は、使用する度にうなじの辺りが熱くなり、頭の中の空間が広がっていく様な感覚を覚える。
何故か、慣れ親しみ、しかし何かを喪失している様な空虚な感覚である。
計器類が視界の隅に映っているが、現在の巡航速度は300km弱、最高速度は600kmといった所か。
基地からの通信をいったん閉じてから約1分弱、といった所だが、見えてきた。
月明りだけが夜の幻想郷を照らす筈であるが、今は違う。霧の湖、その霧全体が白い光を乱反射させ辺り一面を明るく照らしている。
機体の高度を下げて霧の中に入る。すると湖の中央部には紅い館があり、八雲紫が示した通りの光景が広がっていた。魔法円の光の輝きは、強さを増しているかの様に見える。しかし、例の首謀者は八雲紫の言葉と反して見当たらなかった。
少し思案し、外部スピーカーを感覚で起動させ、声を張り上げる。
『レミリア・スカーレット、出てこい』
この世界の住人は、特に妖怪が顕著であるが、戦いに関しては1対1を好む。力が強い者であるならば猶更の事。ならば呼び掛ければ、応えは必ず返ってくる。
事実、紅い舘全体の空間が軋み、魔法円の中心に穴が開き始めた。そこから深紅一色に染まった“手“のようなもの、が見える。
――大きい。
見える手の大きさだけで、1mに近い。彼女らの実力を図れる程の知識等ないがやはり、それだけの力を持つ者という事か。
「――何だ、お前」
穴から彼女、と思わしき者が手を伸ばして、館を掴む。そうしながら発せられた彼女の声は穴から響いてる筈にも関わらず、音源がはっきりと分からない、世界自体を震わして発声しているのかの様な感覚に陥った。
その感覚を振り払い、集中する。すると視界中央に非誘導用のロックオンサイトが表示された。
穴、から彼女の声が再び木霊する。
「……ああそうか。八雲のか。これはまあ、随分と対応が早いな。アハハ、ハハハハ、ハハハハハハハハハハ」
『何が可笑しい』
「こちらこそ何の冗談だ、と言わせてもらおう。そんな玩具で、この私の前に立つとは。児戯でもしようというのかね」
穴から腕が伸び、肩が出て、紅い館を支えにその全体が飛び出した。
その姿は……、言葉では上手くは説明できない。背丈は、ホワイトグリントのそれとほぼ同様のものであった。
そしてまるで本の世界から出てきた様な、巨大で、膨大な、まさに紅い魔人であった。全身から絶え間なく人間の血液の様なものが滴り落ちており、顔の部分には目も、鼻も、口もない。
ただ血液の脈動と流動のみが渦巻いている、無が、そこにはあった。
これが、レミリア・スカーレットの、真体。
「八雲紫の邪魔立て自体は予想していたし、私でも回避できない確定的なものではあった。だが、玩具が相手だとはね」
『似たようなものとでも戦った事があるのか』
「いや? 見た事等ないよ、そんな大きい物は。だけどね、物や現象の組み合わせによる工夫なんて、何時の時代も人間臭いものだろう」
その言葉と同時に、彼女の右手に、その体と同様の“槍“のようなものが瞬時に現れた。
湖に突き刺さった状態で出現したそれは、周囲の水を瞬時に蒸発させる。
彼女は、いやレミリア・スカーレットは、気だるそうにこちらへ穂先を向けた。
「じゃあ、やろうか? 八雲紫の切り札」
――不味い、と思考し瞬時にクイックブーストで後方まで下がると、眼前には湖を捲り上げたかの様な津波が迫っていた。
彼女の様子を見ると槍を振り上げた様な態勢を取っている。一瞬で湖を巻き込みながら槍を振り上げた。ただそれだけの行為が、自然災害を生み出す程のエネルギー持つとは。
そしてその態勢のまま、大地を蹴り上げこちらへと肉薄してくる。
「避けたか。じゃあこれは?」
自身で生み出した津波を突き破りながら近づいてくる彼女は、こちらが槍のリーチに入る直前にその姿全体を小さな蝙蝠へ変えて散らした。
蝙蝠の流れを見るに背後から近づこうという魂胆か、と思考した所で、突如としてコックピットに件の槍が、寸前まで近づいてくるのが見えた。
反射的にクイックブーストで機体を反転させる。コックピット一点狙いのそれは腕部とコアの間をすり抜ける形で通り抜けた。腕と槍だけを空中で再生させて攻撃を加えてきたのか。
「……へぇ?」
全身を再生させた彼女の表情が、無い筈の表情が、笑っているかの様に見えた。
それに釣られてこちらも笑ってしまう。面白い、面白い。吸血鬼がこれ程までに苛烈であるとは。
嗚呼、向こうもそう思ってくれれば、どれだけ可笑しく、そして悦ばしい事か。
「これ、躱したのは同胞か博麗の、位なものなんだけどね。まあこの姿では初めてやったけど」
『光栄だな』
「感と速さだけじゃあないだろ。アンタの右手は飾りか? 来なよ」
指摘されたホワイトグリントの右手。そこには剣、というより段平があった。正確には右手に握られているのではなく右腕部に柄で固定されている。
“河城にとり謹製1tブレード“、と名付けられたこの武器は、その名の通りの重量1t弱の鉄製の質量兵器である。
ホワイトグリントの腕部積載能力のギリギリを使ったこのブレードは、その重量のあまり、右肩にまでジブジョイントを伸ばして保持している。
意識を一気に集中させ、彼女の周囲をクイックブーストで飛び回る。彼女の速さと膂力は先で見た通り。不意を突かなければ接近等不可能だ。
「……忌々しい。天狗よりは速いようね」
途中までは体全体をこちらに向けて槍を当てようと反応していたが、最大速度に達すると流石に対応できないのか、周囲に血液の弾の様なものを体全体から飛ばし始めた。
大きく回避しながら様子を伺うと、どうやら誘導能力があるらしい。緩慢ながらもこちらに向かって飛び続けている。
しかも絶え間なくその弾を増やし続けてくる。長く対処せずにいると湖全体がそれで埋め尽くされてしまいそうだ。
ならば、と機体を上空に一度上げて、湖目掛けてクイックブーストで突っ込む。先ほど、レミリア・スカーレットが作り出したそれよりも遥かに大きな津波が生まれる。
弾丸がその津波に包まれると水蒸気爆発が発生しながらもその勢いを無くしていく。その津波に乗じて彼女の背後に、右腕部を振り下げなら一気に回った。
「そこか!!」
彼女もギリギリで反応したのか、紅い左手がコックピット目掛けて飛んできた。掴まれればどうなるかは考えるまでもない。
こちらも左腕部を用いて、彼女の伸ばした腕を掴む。そしてすぐさま、袈裟切りを叩き込んだ。
段平の刃が彼女の体を通過し、通り抜けると彼女の肩が切り落とされた……と同時に刃がマグマの様に光り、どろりとホールド用の束から崩れ落ちた。
彼女の槍と肩が血液の様な流動性のものにに空中で変わりながら湖に落ちると、水蒸気爆発が起こり霧がさらに濃くなる。続いて彼女の叫び声が響いた。
その様子を見ると突然、通信が基地から入ってきた。
『ちょっとちょっと!! 何壊してくれてんの!』
河城にとりの大きな声がコックピットに響いた。
正直な所、予想はしていたから使用はしたくなかったのだが、リクエストが入ったからにはしょうがなかった。
そう説明すると彼女はさらに怒気を強めた。
『あれ研磨するのに何か月かかったと思ってんだよ! ていうか銀膜コーティングは機体と片刃にしか掛けてないからね、って説明しなかったっけ!?』
『すまん』
『すまん、じゃないよ! 後でお説教だからね! 紫殿とか凄い顔白くしてたよ! 当たり前だよ! 材料集めてるの彼女だもんよ!!』
ああ、それは本当に申し訳ない。彼女らが困るのは本意ではなかった。
しかし、レミリア・スカーレットの血液の体の熱には驚きを隠せないのが事実だ。
鉄の融点を遥かに超えた体温でなければ、一瞬体を通過した程度では崩れ落ちたりはしない筈である。
肩を抑えながらこちらに向き直った彼女は、今度は左手に槍を出現させて声を響かせた。
「成程、河童の入れ知恵で銀で包んでいたのか。再生できないから驚いたし、かなり痛かった」
うげっ、と通信越しの河城にとりがその姿を見て呻くのが聞こえた。どうやら普通の妖怪ならば致命傷に見えるらしい。
だが彼女の声色からはむしろ余裕が感じ取れた。
「玩具とか言って悪かった。ああ、楽しい。こっちに来てからは一番だね、アンタは」
余裕から、上機嫌に。コロコロと心持が変わる様はまるで児童のようだ。
しかし、その言葉とは別に彼女の背後に、その手に持つ槍と同様の物を計10本、空中に出現させていた。
性能も性質も同様なのであろうそれは、空中に在るだけで空気を飛ばし、景色を歪ませる。
「まあ、この姿の時点で手加減なんか出来ないんだけど、ここからは本気だよ」
それはつまり、ただ容赦が無くなる、という事だろう。
事実彼女は手に持った槍を振るうのではなく、“投擲“してきた。
音速を超えているであろうその槍は、機体本体ではなく、足元の湖目掛けて発射された。すぐさま機体を上に上昇させるも、着弾に間に合わず、水と共に吹き荒れた衝撃で脚部のバランスが崩れる。
それを見た彼女は、空中にある槍の一本を掴み、またもや投擲をしてきた。しかも今度は、体全体を使った全力のフォームで。
反射で回避を行うのは最早間に合わないだろう。レミリア・スカーレットが槍の投擲態勢の途中で、全力で上昇する事を強く念じると、コアの背面装甲が展開し、“オーバートブースト“を起動させる。
河城にとりの静止の声が聞こえるが無視し、バランスが崩れたまま推進力で無理やり機体を空へと急上昇させる。紅い槍が機体を掠めるがギリギリで回避できた様だ。
この投擲攻撃、連続で繰り出されれば長くはもたないだろう。ならば、
『河城にとり!!』
『ああもう! しょうがないね!! 紫殿! レディ!』
彼女の名を叫ぶ。
それと同時に右肩部の段平用ジブジョイントを緊急パージする。そして左肩部から右肩部上部にかけて伸びていた武装が緩慢に展開し始めた。
視界に、“用途不明の積載物あり“のエラーが鳴り始めるが無視し、右手を伸ばして掴み、その武装をホールドする。そして視界を機体背部ではなく、頭部の主観カメラに切り替えた。
そうしている間にも上空にいるこちら目掛けてレミリア・スカーレットの全力の槍の投擲と、先ほどよりも大きく速い誘導弾が迫ってくる。
オーバードブーストで周囲を飛び回りながら間一髪での回避を繰り返すと、別の通信が入ってくる。
『お待たせ致しました。準備完了です』
『こっ…れ、かなりキツイなぁ……。後で奢ってよ紫』
その通信を皮切りに、機体をレミリア・スカーレットに向けて非誘導用サイトを合わせて発射の合図を飛ばすと、大きな反動が機体を襲いながら、“矢“が発射された。
視界にバランサーの異常のエラーが吐き出され、ワイヤーが千切れる甲高い音が響く。その矢は轟音を響かせ空気を切り裂きながら、狙い通り次の槍の投擲態勢に入っていた彼女の左胸を貫いた。
矢はそのサイズよりも大きな空洞を彼女の体に作り、館上部を吹き飛ばしながら湖に着弾した。
「ぐっ、がぁああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
この矢じりにも銀膜が施されていたのであろう。彼女は失った胸を再生する事が出来ず、悶え苦しんでいる。その絶叫は、幻想郷全体に響いているかの様に大きい。
彼女はあまりの痛みにか左手に握りしめていた槍を地面に突き刺し、それに体重を預ける。しかし肩で息をしており、瀕死である事はだれが見ても明らかだ。
“にとり謹製2000ポンド洋弓銃“、今回の作戦の際に装備した試作品の第2号である。
ホワイトグリントの両肩部を占領している折り畳まれた弓本体を河城にとりの外部操作で開き、機体前面に展開。矢は八雲紫の隙間空間を通して基地給弾室までワイヤーを引っ張り、矢をつがえて発射させる。
原始的な武器ではあるが、“あの武装“の威力だけは再現できたと豪語した河城にとりの言葉に嘘偽りはなかった様だ。
事実、彼女の動体視力をもってしても反応する事もできない程の速度であったのだから。
「……あぁ、クソッ、クソ! それは見た事あるなぁ……」
息も絶え絶えに、空いた胸を槍を抱きしめつつ左手で押さえながら彼女がつぶやいた。
しかし空いた胸からは絶える事なく血液が流れ落ちている。まるで彼女の命そのものがそれであるかの様だ。
空中に展開していた槍も1本ずつぱしゃり、と血液と化していき湖を赤く染め上げた。
「クロスボウ、だっけ。うん、それだ。あぁもう。少し甘く見過ぎたかな」
存外、清々しさを感じる様にその言葉を言い切ると同時に彼女の体が白く輝き始めた。
輝きが収まると、彼女自身が垂れ流していた血液の中に、水色の髪をした裸の少女が倒れ、沈んでいるのが見えた。
霧の湖全体に広がっていた魔法円の輝きが収まり、辺りが本来の幻想郷の暗闇に包まれる。
少女は自身が流した血に全身を染めながらこちらをただ見つめていた。
「殺しなよ」
『……』
普段過ごしているのであろう姿に戻った彼女は、開口一番にそう言った。
機体を操作し、彼女の小さくなった体を機体の手で掴む。彼女は抵抗する事なく機体の掌に乗った。
吸血鬼、これが普段の姿であるのだろうそれは、何とも美しい少女の姿である。
水色の透き通る髪に、背に生えた悪魔の翼が幻想的にマッチしている。
初めて、初めて見たのだ。吸血鬼、これがあの、吸血鬼か。
「なんだ、一体。辱めようってのか?」
『いや――、聞きたい事がある』
幻想郷は素晴らしい。この世界は、自分の知らない事に、未知に溢れている。
そして吸血鬼の姿と、能力は知る事が出来た。では、精神面はどうだろうか。
『生きたいか?』
「……は?」
『生きたいか、と聞いている』
紅い館から、従者であるのであろう妖怪達が現れ、こちらを強く睨んでいるのが先ほどから見えた。
泣き喚き、やめろと強く叫んでいる者がいるのが見えた。
八雲紫は、意識を奪えば良いと言った。そして、殺せ、とは依頼されていない。ならば、この吸血鬼の生殺与奪の権利は今、この手に握られている。
「殺せよ! アンタは勝った!! 私は散々殺した!! 殺されるのは当然だろうが!!」
『違う。レミリア・スカーレット、立場ではなく、お前自身に聞いている。生きたいか、どうか』
「なっ……」
コックピットを開ける。耐Gジェルを硬化させてコックピット内にホールドさせ、コア前面上部の装甲を開き、視界を自身の体の元へと戻した。
展開した装甲の先にはホワイトグリントの掌と、彼女の姿があった。強く困惑している様だ。
その姿を見て、玩具、と彼女はこの機体の事を罵った事を思い出した。
言い得て妙だな、と心の中で独りごちる。この機体は、私のではなく、誰かの玩具だ。そしてそれは八雲紫の、ではない。
「初めまして、になるか。レミリア・スカーレット」
「お前、……本当に、本当に人間か?」
「さあ? それより、八雲紫に協力してほしい。そうすれば助けてやる。いや、頼む。助けられてくれ」
頭を下げる。吸血鬼は妖怪の王の様なものである、と聞いた。確かに、その強さは紛れもなく本物であった。
では彼女の精神性はどうか。それは従者たちの今の姿で十分、十分に把握できた。彼女は紛れもなく、君臨する者。
人間より高位で尚且つ人間を糧に生きる者なのだろう。ならば殺すのは大変惜しい。
そして八雲紫は言っていた。この世界はどんなものでも受け入れる、と。
そう思案していると、彼女は不安そうに声を上げた
「私は、どうなったっていい。紅魔館の者に手を出すな。それが条件だ。それならば八雲のとは条約を結んでもいい」
「……良いだろう」
「他の吸血鬼にも伝えておく。生き恥は、その勇気に免じて耐えてやろう。人間」
その言葉が聞ければ、十分だ。
彼女を館の付近にゆっくりと降ろす。妖怪は空を軽々飛べる様だが、既にそんな力を無いのか、倒れこむ様に掌から落ちた。
舘の従者が彼女に駆け寄る姿が見えた。その姿を確認し、コックピットを閉じ、機体を上空へと持ち上げる。
レミリア・スカーレットはこちらを見つめ続けている様だが、これ以上掛ける言葉はないだろう。
『お疲れ様です。如何でしたか、吸血鬼は』
八雲紫からの通信が入った。目的が達成されたからか、安堵の表情を浮かべている。
『ああ。そちらの約束通り、素晴らしかった。条約の件は後日そちらで対応してくれ』
『フフフ。ええ、博麗霊夢と共同で行う事にします』
こちらの思考を読んでいるのか、相当楽しんだ事を見透かしている様だ。
気恥ずかしく感じ、即座に通信を閉ざす。
現在時刻は11時過ぎ、といった所。夜もまだ深い。早く帰還し、一度休息を取らなければ。
基地の方向へと機体を向けて、ブースターを起動させる。
その瞬間、
「見つけたァ!!!」
突如として機体前面に白と紅の合わさった服を着た少女が現れた。
馬鹿な、先程まで何もいなかった空間に突然に姿を出してきた。まるで瞬間移動してきたかの様に。
そしてその姿には憶えがあった。資料として八雲紫からも伝えられている。
博麗霊夢、その人だ。
不味い、接触は厳禁であるという話ではなかったか。
『れ、霊夢!? え、何で!? 伝えるまで待機しておけとあれだけ――』
『どうする。何やら怒っている様子だが』
コックピットの目の前で刀と、なにか白い紙が組み合わさったものを付けた棒を振り回しながらぷりぷりと怒っている。
館のレミリア・スカーレットもその様子を見ており、何か面倒そうだな、といった呆れ顔をしている。
何だこの状況は。
「あの吸血鬼の妖気が消えて、この白いのがここにいる、紫は待機といった、そうとなると……」
『ま、待って。霊夢待って。何考えてるの、全然違うわよ? いや全然やましい事なんかしてないんだから。変に考えるのはやめなさい、貴方の悪い癖よそれにいつも昔からあなた』
『スピーカー、ONにしようか?』
博麗霊夢はぶつぶつ言いながら、手にした棒をコックピット前面の装甲にコツコツと当て始めた。恐れ、といった感情がないのか、この女は。
八雲紫は突然のアクシデントに弱いのか、混乱している様で使い物にならない。
仕方がない、もう一度コックピットを開くか。戦闘をする相手では決してない。話し合うしかないだろう。耐Gジェルをバルブに吸引させ始める。
『博麗霊夢、少し待ってほしい。こちらに戦闘の意思はない』
「うわっ! しゃべった!」
一気に彼女は空中で距離を取り、ファイティングポーズを取り始める。しかし言葉の意味を理解したのか、武器を収めてこちらの発言を待つ事にした様だ。
耐Gジェルの吸引が終わると同時に装甲を開き、ハッチの取っ手を掴み外に体を乗り出す。さて、どうなる事やら。
これが、彼女との初めての出会い。この出会いが、後に大きな波乱を呼ぶ事になるのを八雲紫以外は知らなかったのである。