アーマード・コア×東方 東方白輝鉄 作:IBISNOSOKO
博麗霊夢は動揺した。
あの青白い光が空を舞う光景を見てから数分後。皮膚にひりつく様に感じていた妖力が消えた。この妖力に、彼女は憶えがある。レミリア・スカーレットだ。一度だけ森で不意に遭遇し、殺し合いになった。博麗霊夢が考案していた対吸血鬼用の戦法を跳ねのけ、自力勝負にまでもつれ込まされた、吸血鬼勢力の首領である。博麗霊夢はその時の戦いを思い出し、身震いと共に苛つきを増幅させた。
「……チッ!」
状況は分かりやすい。妖怪の賢者、八雲紫は博麗霊夢に指示があるまで待機と命じた。そしてその命令に合わせる様にあの青白い光は現れた。恐らくその光の主がレミリア・スカーレットと交戦し、打倒したのだ。しかも幻想郷中に妖力を振り撒いていた所から考えるに、“真体“の姿の状態を、だ。
ならば、その存在は何者なのか。
少しだけ長考し、それを達成しうる存在を確かめる。しかし、彼女の既知の力ある者にはそんな芸当が確実に可能な者は存在しなかった。大妖怪に位置している八雲紫ですら、レミリア・スカーレットの真体との戦いではよくて五分、といった所だろう。とすれば、その何者かは非常識な程の強力な力を持ち、八雲紫と何かしらの関係にある未知の存在だ、という事は分かる。
「ああ、もう!」
博麗霊夢は霧の湖の方面に向けて、霊力を集中させた。恐らく戦闘が霧の湖で行われた事は妖力の迸り方から容易に想像できた。博麗霊夢は考える。この状況こそが異変であると。数十年、吸血鬼異変を引き起こし続け、この博麗の巫女を退け続けた吸血鬼を一夜にして打倒した存在がいる。それだけで、幻想郷の管理人たる博麗霊夢が動く理由に不足はない。そしてそれを、八雲紫との誓約如きで縛れるものではないのだ。
瞬間移動を行い、一気に距離を詰める。霧の湖までそこまでの距離はない。全力で瞬間移動を駆使して向かえば、疲れるが10分足らずで到着する程度だ。道中で活気づいた妖精が襲い掛かってくるが、軽く霊弾をばらまいて撃墜していく。普段であれば、そろそろ吸血鬼達の本格的な縄張りに入るだろうか、といった距離の所で、博麗霊夢は違和感に気づいた。
「魔力……? 粉々になった後って感じね」
霧散した魔力の残滓を感じ取る。それが霧の湖に向って広がっていた。恐らくは吸血鬼の魔術だ。連中は高位の存在であると魔法使い顔負けの魔術を行使出来る。しかし、魔術には必ず五行の何れかの属性がある。この残滓にはそれがない。発動する前に砕けたが故の現象であるだろう。
「こっちか!」
魔力の残滓の流れに従って、博麗霊夢は瞬間移動を繰り返す。段々と濃くなっていくそれは、霧の湖の中央にある紅い館までの道を指しているに違いない。だが、ここまで吸血鬼のテリトリーに侵入しておきながら、連中の刺客が襲い掛かる様子は微塵もない。まさか本当に吸血鬼共を皆殺しにしてしまったのか、そう考え移動を早めると、遂に霧の中から館の影が現れた。この館が吸血鬼の本拠地である事は、八雲紫からの情報により既知の事である。館内に突撃して誰か締め上げるか、と思考した所で博麗霊夢は違和感に気づいた。
湖が赤く染まっているのだ。まるで大量の染料でも染み込ませたかの様に。そして凝視すると、さらなる異変に気付く。湖の周囲の木々が、赤い館の一部が、粉々に砕け散っている事に。ここで力を持つ者同士が壮絶な戦いを繰り広げたに違いない。では、件のレミリア・スカーレットはどこだ。辺りを見渡すと、館の反対側の方で遂に見えた。
あの、“青白い光“を。
「見つけたァ!!!」
その光に向って、一気に瞬間移動を試みる。移動をし終えると、そこにはいた。
例の青白い光を出し、そしてその光で自分自身を照らしている、白い巨人が。
博麗霊夢は驚愕する。その大きさに、そして構成するその体が、恐らくは肉ではない事に。この様な形の何かを、博麗霊夢は知らなかった。しかし、怯んでいる場合ではない。間違いなく、この白い巨人がレミリア・スカーレットを撃破した張本人なのだから。と、すれば。
「あの吸血鬼の妖気が消えて、この白いのがここにいる、紫は待機といった、そうとなると……」
とすれば、この白い巨人は八雲紫が使役している何か、に違いない。この白い巨人の正体等微塵も思いつかないが、少なくとも生物ではなくカラクリ、いや機械の集合体の様な物である事は博麗霊夢にも理解はできる。であれば戦闘用の道具の類であるだろう。
目の前の白い巨人は空中で静止した状態で動かない。背後から空気を燃やす様な音を出しながら白い光を出している所から、あれが推進力の元だろう。では材質は何で出来ているか。試しに手にしたお祓い棒で突くと、金属なのか、樹脂の様なものなのか、ハッキリ分からない軽い音が返ってきた。しかし頑丈そうだ。どうやったら効率的に壊せるか、と思考した所で白い巨人の胸の辺りから声が響いた。
『博麗霊夢、少し待ってほしい。こちらに戦闘の意思はない』
「うわっ! しゃべった!」
一気に距離を取る。機械に意思があるとは、九十九神の一種だろうか。
そしてこちらの名を呼び、戦闘の意思はない、と今男の声で言った。やはり、やはりだ。八雲紫の協力者らしき者である事は確定的である。ならば今すぐに戦闘を開始しなくとも、少しでも情報を聞き出してからで遅くはないだろう。警戒を解き、武器を降ろす。
すると、白い巨人の先程つついた部分付近が大きな音を立てて開いた。博麗霊夢は驚愕し、再度少し距離を空けた。その開いた穴からは、全身黒い鎧の様なものを身に着けた人間がはい出てきた。博麗霊夢は一瞬の間で思考を終える。胸の中には空洞があり、この男が乗っている。そしてこの巨人が機械で出来ている事は確定である。ならば、この白い巨人はこの男が操っているのだろう。言わば、本体部分だ。
「動くな!」
博麗霊夢はお祓い棒を向け、声を張り上げる。脅しの意味は分かるらしい。男は黙って片腕を上げた。こちらに敵意がないのは本当の事の様だ。少し安堵しつつ、再度博麗霊夢は声を張り上げる。
「これをやったのは、アンタ?」
「そうだ」
下の惨状の事を指しつつ尋ねると、男は単調な声でそう言った。全体的に黒い様相も相まって、全く得体が知れない。博麗霊夢にこの様に接する成人男性等、ついぞ彼女の人生に一度も現れた事など無かった。そして、この男から喋る気配が微塵もしない。こちらの発言を待っている。その態度は博麗霊夢にとって全く面白くなかった。確信を聞いて、終わりにする。そう彼女は考えた。
「八雲紫を知っているな?」
「……“雇い主“、になる」
「ッ!」
またもやただ単調に、さぞやつまらなそうに、男は答えた。これであの妖怪の賢者がこの吸血異変を解決する為に、こんな意味不明なものを投じた事が確定した。それが理解できた今、博麗霊夢には最早遠慮も、考慮もする理由が無くなった。手にしたお祓い棒に霊力を込め、全力の霊弾を放つ用意をする。棒の先端からは白い光が迸り始めた。男はその様子に一瞬だけ体を震わせるも、何も言う事は無く、ただこちらを仰ぎ見ている。
(本当に、抵抗する気なんて無いっていうの!?)
だが、それでも博麗の巫女としてこの様な力を持った謎の存在を、許容するわけにはいかない。ましてや、科学技術所縁の強者等、この幻想郷には相応しくない、いてはいけない筈なのである。それは、吸血鬼異変を引き起こした彼らよりも質が悪い話なのだから。
博麗霊夢は霊力を限界まで込め終わると、お祓い棒を空に掲げて振り下ろそうとした。その瞬間、
「お前がァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
「!?」
空間の響声と共に、紅い館が爆ぜた。
そしてその紅蓮の炎の中から、女形の“炎の巨人“、の様な者が飛び出してきた。
弱い妖怪であればそのまま絶命してしまう程の衝撃波が2人を襲う。博麗霊夢は咄嗟にお祓い棒に込めていた霊力を結界にし、前面に展開して防御する。黒い男の方は巨人にすぐさま乗り込んだ事で窮地を脱した様だ。白い巨人から、あの黒い男の声が響き始めた。
『……なんだ、こいつは』
「知らないわよ! そっちの知り合いじゃないの!?」
館から飛び出してきた炎の巨人は、白い巨人の方に向き直り警戒を強めている様だった。その巨人から流れる妖気は紛れもなく吸血鬼特有のものだ。どうやら、真体と化した個体の様である。炎の巨人は周囲の湖を蒸発させ、底の地面を晒し、さらに踏みつけた場所は溶岩と変化させる程の高温を放っている。これほどまでに苛烈な妖怪等、博麗霊夢と言えどもそう多くは知らない。炎の巨人はその手に、体と同じ剣の様なものを召喚した。
「お前が!!! お姉様を!!!!」
その白い巨人に向かって駆け、炎の剣を振るおうとする。こちらに近寄るだけで耐え難い熱気が襲い掛かり、博麗霊夢本人が標的ではないというのに、その熱に強い殺意を感じ、彼女は反射的に腕を顔の前で十字にさせた。
轟音と共に炎の剣が白い巨人を襲うが、白い巨人は空気を破裂させた様な音を立てつつ高速で加速して、身を翻した事で剣を回避する。一連の動きの流れだけで、周囲の木々が燃え盛り、湖の水は沸騰し、爆風が荒れ狂う。
『下がっていろ!』
白い巨人が炎の巨人から距離を取って上昇する。すると巨人の頭上、何か“弓“の様な形状の構造物の上に、博麗霊夢にとって見覚えのある円形の空間の穴が生じた。隙間空間だ。そこから数メートルはある、鉄の杭の様な物が覗いている。空間の穴からはキリキリと何かを引き絞り始める音が聞こえた。
しかし、炎の巨人はそれを見て、空を舞う白い巨人に腕を伸ばした。開いた手を向け、絶え間なく移動する白い巨人を追尾する。その様子を見て、反射的に博麗霊夢は不味い、と思考した。
炎の巨人が手を閉じた瞬間、白い巨人の弓が融解し、火花を飛ばして破裂する。弓の構造物そのものが攻撃されたらしい。構造物の部品がバラバラと四散して湖の中に沈んて行く。
「これでッ!!!」
炎の巨人は続けて跳躍し、白い巨人に狙いを定めた。炎の剣を振りかぶり、そして確実に当てる為か、その長さを大きく延長させた。実に20m以上はあるであろうその剣が、白い巨人の胴体を捉える。
――これは当たる。
そう博麗霊夢は直感した。そして続けて思考する。
そこには、あの男が乗り込んでいた部分の筈だ。あの剣に斬られれば、この白いのはどうなるだろうか、と。
そう考えている内に気付けば、体は動いていた。瞬間移動で白い巨人に迫る炎の剣の前まで移動する。
そしてわき目もふらず、全力で霊力を注いで多重の結界を構築した。剣が結界に接触し、衝撃がその細腕に伝わる。炎が吹き荒れ、結界を押しつぶす轟音が霧の湖中に響いた。
「だあああああああああああああああああああああああ!!!! あっつ!!!」
「邪魔するなあああああああああああああああああああああ!!!!」
炎の巨人は片腕をこちらに向け、手を開いた。手が閉じる前に博麗霊夢は腕を振り回し、結界を直接ぶつけて剣を弾く。そして結界を巨大な勾玉に構築し直し、炎の巨人の顔面に思いきりぶつけた。全力の霊力を一瞬込めたそれは真体の吸血鬼と言えども堪えたらしく、バランスを崩して後方に大きな音を立てて転倒する。
博麗霊夢は後悔した。何故守ろうと思ったのか。いや、何故守らなければならないと、直感が働いてしまったのか。そのお陰で今自身の体は肩で息をしなければならない程の徒労に見舞われている。そう考えると今日何度目かも分からないが、彼女の苛立ちが増幅した。後ろで呆然と浮いている白い巨人の胴を蹴り上げる。
「オイ! 取り合えず詳しい話は後で聞くわ!! どうする!!」
『こちらには今、有力な武装がない』
「じゃあ次はアンタが守れ!! 私が攻撃!!」
『了解した』
そう短く言いあいながら巨人の肩に這い上がり、下の装甲版を蹴る。それを合図に、白い巨人は立ち上がろうとする炎の巨人に向かって突撃を開始した。先程見た、急加速を駆使して一気に距離を詰める。凄まじい速度だ。まるで自身が使用する瞬間移動と相違ない程の物理的速度。霊力で体を固定しなければ空圧で跳ね飛ばされている事だろう。
炎の巨人は迫るこちらに対し、今度は手にした剣を無形の炎に変えて放ってきた。
最早それは炎、というよりは圧縮された妖力の塊に近い。先程の剣の威力だけを取り出した、継続的な長距離攻撃だ。直撃すれば、結界を伴った博麗霊夢本人でも一溜まりもないだろう。
『要請!! 解除を!!』
男の声が響いた時、博麗霊夢の足元付近、白い巨人の肩の軟質な黒い部分がガチャリ、と音を立てて展開される。そして白い巨人の周囲360度に、目に見える程の強烈な電気と、それに伴う閃光が迸った。そしてどこからか“新緑色の粒子“が辺り一面に発生し、白い巨人に纏わり始める。もう目の前にまで炎は来ている。防御を任せたものの、これで大丈夫なのか。そう思っていると、白い巨人は炎に向って腕を伸ばし、無機質な黒い手の平を広げた。炎がその手の手前で広がり、円形上に巨人の周囲に散り続ける。
「結界が使えるの!?」
『長くは持たない!!』
注視すれば、白い巨人の手の先には先程の新緑色の粒子が集中している様に見えた。そして炎にぶつかり続ける度に散らされている。尽きるまでが勝負、という事か。
博麗霊夢は手にしたお祓い棒に、正真正銘全力の霊力を注ぎ始めた。先程の勾玉による攻撃は、あくまで一瞬のもの。ならば限界まで高めれば、あるいは。
「夢思封印!!!」
博麗霊夢の周囲に、光り輝く色とりどりの霊弾が現れる。八百万の神々の代行たる博麗の巫女が繰り出すその霊弾には、一つ一つに神霊の力が込められている。通常の妖怪であれば、光に触れただけで霧散する程の霊力を込めたその弾幕が、炎の巨人に向かって飛び出していく。
「こんのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
その光を見ただけでどれだけの脅威かを理解したのか。炎の巨人は炎を放つのを止めて、力を溜める様に身を屈める。そしてその身に宿した熱を周囲に向かって放射し始めた。最初に現れた時の爆発より、数段強力になったそれは夢想封印の弾幕の半数以上をかき消す。数が少なくなった以上、回避は容易だ。そう考えた炎の巨人は、再度剣をその手に宿して、身を翻し、白い巨人がいた方向へと地面を蹴りだした。
しかし、
「なっ」
白い巨人がいない。何故、と考えがまとまる前に遥か頭上から咆哮が響いた。
「私の“全力“が、こんなもんかあああああああああああああ!!!!!!」
頭上の白い巨人の肩から、先ほど放たれたものと同様の霊弾が放たれる。しかし先程の夢想封印の弾幕よりも多く、速く、そして大きい。一度目の弾幕は釣り餌でしかなかったのだ。爆発の勢いと、白い巨人の急加速を合わせて音を超える速さで上昇する事で意表を突いてきた。そこまで思考が追いつくも、目の前の弾幕に対応できる訳もなく、炎の巨人は腕を十字にして防御の態勢を取り、身構えた。
弾幕が全て着弾し、爆発が吹き荒れた。その体を構成する炎の大部分が散り、神霊の導きによって妖力ごと封印されていく。
「嫌、だ……。お姉さまが痛いなら、やり返さなきゃ……。誰かじゃない私が、やらなきゃ……」
炎の巨人は呪詛の言葉を吐きながら、その体を散らしていく。妖怪の真体は、その個体の持つ特性を浮き彫りにする。博麗霊夢が先ほどの弾幕に込めた力は、太陽や貴金属にまつわる神々のものが主体だ。その効果は相対的にも考えて絶体であるだろう。炎の巨人は体の半数以上が塵に変換されると、閃光を放ちながら倒れる。閃光と炎が完全に消え失せると、湖を干上がらせた底に金髪の裸体の少女が倒れていた。
博麗霊夢はそれを確認して少しだけ息を吐き、目を閉じる。これだけ強力な妖怪の真体と交戦することになるとは。事前に戦闘準備を行ってなければ、目の前の白い巨人と共闘でなければ、殺されていたのはこちらだったかもしれない。そう考えれば、やはり自分の直感も捨てたものではないか、とひとり心の中でごちた。
「……やったか。じゃあ止めね」
『待て』
「あ?」
『あれを』
白い巨人は機械の指でありながら、淀みない動作で大半の部分が瓦礫と化している赤い館の方を指差した。博麗霊夢がそちらの方に向き直すと、必死そうな少女の叫び声が聞こえてくる。
「フラン!!」
気付くといつの間にか館から避難していたのか、吸血鬼の首領レミリア・スカーレットが倒れていた金髪の少女に駆け寄っていた。殺された訳ではなかったのか、と博麗霊夢は思考する。真体を晒した最上位の吸血鬼に対し、よくぞまあ戦意を消失させる程度に戦闘を留めたものだ。博麗霊夢は白い巨人の肩から降り、レミリア・スカーレットの元へと向かった。
「久しぶりね、レミリア・スカーレット。何かコイツ、急に襲ってきたけど」
「巫女がしゃしゃり出るな、何の用だ殺すぞ」
「今のお前なら片手間でこっちが殺せるわよ。……で、こいつ何」
「……色々早とちりした私の妹だよ。今夜は全く、踏んだり蹴ったりだ」
レミリア・スカーレットはこちらを向いている白い巨人を指差した。それについてだけは同意したい、と素直に博麗霊夢は考えた。
『博麗霊夢。レミリア・スカーレットは先程こちらと契約を結んだ。吸血鬼異変の終息と引き換えの生存権の獲得、反故にするのはこちら側にも不利益となる』
「分かってるわよ!! 大丈夫、頑丈そうだし死んだりしないでしょ」
「……恩赦を頂けると言うなら助かる。これでも唯一の家族なもんでね」
レミリア・スカーレットはフラン、と呼ばれる金髪の少女を抱えた。恐らくはレミリア・スカーレットと同等以上の力を持つ吸血鬼だ。今の無抵抗の状態でも完全に殺しきるのは、実際の所博麗霊夢自身でも骨が折れる所である。
さて、と博麗霊夢は声に出し、白い巨人と向き直った。
「……あー。まあさっきは助かったわ。よく私の考えが分かったわね」
『攻撃の直前、視線が若干上を向いていた。そうしたいのだろう、と予測しただけだ』
「そう。ハァ……アンタの正体とか紫云々はどうしたものか」
一回共闘した手前、もう冒頭の様にこちらから手を出す気が博麗霊夢には完全に失せていた。フランとの戦闘の際にも、こちらを庇う動きが本来の強さを阻害している様にも見えた。そして何より、直感が下りている。敵対関係を維持するのは得策ではない、と。今夜何度目かも知らずのため息が自然と口から洩れた。白い巨人は地面に降下しつつ、先ほど展開していた肩にある黒い部品を収納した。
『それについては八雲紫から申請が降りている。基地まで招待しろ、との事だ』
「基地、ね」
『基地内部は火気厳禁だとも騒いでいる』
「あっそ。じゃあもうさっさとと行きましょうか」
博麗霊夢は身振りで案内しろ、と伝える。しかし白い巨人はそれを無視してレミリア・スカーレットの方に首を向けた。レミリア・スカーレットは気まずそうにその顔を見つめ返す。
『レミリア・スカーレット。そちらには“出頭“命令が下りている。一緒に来てもらいたい』
「あ?」
『条約内容の評議がしたいらしい』
「……招待に、出頭ね。ハハハハ、そりゃあいい。ああ、うん了解。…………うわーーー!!」
レミリア・スカーレットは頭にかぶっている帽子を強く握りしめて地団駄した。そしてその見た目相応の悲鳴を、今だ炎が燻ぶる霧の湖中に響かせた。一夜にして幻想郷を支配する為の重大作戦が瓦解した上、妹が癇癪を起した為に拠点が吹き飛び、そしてそのまま敗戦の処理にまでもつれ込んだと考えれば、それは最早誰も彼女の事を幼稚だと責める事は出来ないだろう。自業自得ではあるが。博麗霊夢はその様子に少しだけ同情した。
であればここに解する者は全員、その件の基地に移動する事になるか。博麗霊夢はそう考えると、ふっと気がかりが一つ生まれた。
「ねえ、アンタ」
『何だ』
「そういえば“名前“は?」
名を、まだ聞いていなかった。この世界の妖怪や神は、人々の認識である恐れや信仰の力でその存在が構築されている。よって出会い頭にまず名を名乗る個体が殆どではある。その為、名を聞けていない事に彼女は強い違和感を覚えた。不可抗力ではあるが、一瞬だけ命を預けたのだ。名前ぐらいは聞いても良いだろう。
『ふむ……。この機体は、“ホワイトグリント“、という』
「誰がこんな道具の名前聞いてんのよ。アンタは?」
そう問い返すも、10数秒間白い巨人、ホワイトグリントは無言の状態だった。何か名を名乗れない理由でもあるのか、それならば遠慮しておく方が良いか、と考え始めると少しだけ困った様な声色で返答が来た。
『……さあ?』
「は?」
『必要になった事がない。好きに呼んでほしい』
「……」
名がない。そして必要になった事がない。その言葉が、博麗霊夢の心の中で反復した。その言葉には、レミリア・スカーレットも訝しむ様な表情を浮かべた。名は体を表すという言葉は、妖怪や神が生きるこの幻想郷では真実となりうる。言霊の力は確かに存在し、名があるだけでその物体は何かに干渉できるだけの力を持つ。それが必要ない、というのは常識に欠ける所の話ではない。例えるならば四肢の一つが欠けているが、必要になった事がないとさも当然の様に言っているのと同じ事だ。
博麗霊夢は考える。何故、どんな経緯で名を必要としない人生を生きてきたか。しかし構想も、想像もつかなかった。
しかし、それは“良くない事“だ、という事は分かる。ならば、
「じゃあ私が付けてあげる」
『……何を言っている』
言葉が、勝手に出てきた。
名前を付けてあげる? 何様のつもりだ、やめろ。と思考するも体が言う事を聞かなかった。博麗霊夢には、頭の中に一つだけ思いついた単語があった。目の前の男に名がないと知ったその瞬間にどこからか降ってきた言葉が。彼女にはその言葉が何を意味するのか、知る由もない。しかし、
「レイヴン」
そう博麗霊夢は呟いた。レイヴン、その言葉自体は彼女たちが外の世界と呼ぶ場所にて、ワタリガラスを意味する言葉である。レミリア・スカーレットはその言葉の意味を知っていた。しかし何故にワタリガラスなのか、と混乱した。目の前のホワイトグリント等、白一色ではないか、と。先程と同様に10数秒間の静寂の後に、今度は博麗霊夢から口を開いた。
「どう?」
その返答は、胴体部のコックピットの展開、という形で返ってきた。黒い男がそこから這い上がりながら現れ、装甲の裏側の取っ手を掴みながら博麗霊夢に顔を向ける。しかしヘルメットを装着している為、その表情は伺い知れない。とんでもないお節介をかいてしまったか、と猛烈な後悔が博麗霊夢に襲い掛かり始める。それに唐突すぎた。名をつける関係とは、それは即ち家族にも等しい者でなければならない筈。今日初めて相まみえた存在で、何故こんなやり取りをしなければならないのか。しようと思ったのか。それが彼女には何故か分からなった。だが、男は遂に口を開いた。
「その名、拝領する。感謝しよう、博麗霊夢」
変わらず端的にそう言い切った男はヘルメットを脱いで、遂にその顔を2人の少女の前に晒した。
中年男性の様に見えるが、ハッキリとした特徴が見当たらないその男は、その声色と相反して口角を若干だけ上げ、彼女たちを見つめた。
再び、静寂が訪れる。その中、木々が炎に燻ぶる音だけが、霧の湖に響いていた。