荒野の番犬   作:ジャック伍長

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プロローグ

イジツ、一面に荒野が広がる世界。この世界では独自に進化した生物の毒や人体に影響のある鉱石の影響で陸上輸送をすることが出来ず飛行船による輸送を行っていた。

そのイジツの空に穴が開きこの地でユーハングと呼ばれる事になる一団が訪れた。彼らは工場を作り、飛行船より高速な空の乗り物「レシプロ飛行機」をイジツにもたらし幾ばくかの後、穴の向こうへ帰っていった。

穴が閉じ再び閉ざされた世界で概ね飛行機乗りは3つに分けられるようになった。仕事のために使うもの、他人から奪うために使うもの、そして護る為に使うもの。

俺がこの世界に来た時に聞いた話はこんなものだった。俺はこの世界の住人ではない、ユーハングと同じように穴の向こう側から来た一人だ。ただし彼らと違うのは“彼らより未来から来た”という点だ。
この飛行機乗りの多い世界とは別な世界で俺は飛行機乗りだった。悲惨な戦争を駆け抜けたパイロットだった。

俺はサイファー。かつて“円卓の鬼神”と呼ばれた男だ。



第一章 CONTACT

 

よく晴れた日に空を飛ぶ。このイジツではそれが当たり前の事になっている。晴れた空を独り占めできるのは、俺がイジツに来て一番得をしたと思っているものの一つだ。

 

穴の向こうで飛んでいた時には何にも縛られず飛ぶなんてことはできなかった。俺が今まで飛んできた空は殺意や憎しみが混じってこちらを殺そうと飛んでくるような張り詰めた空だった。

 

いつまでもこの平和な空を飛んで過ごしたい。そう思いながら飛んでいたが水を刺された。右前方低高度に曳光弾の軌跡が見えた。近くで空戦が起きているようだった。目を凝らしてみると一〇〇式輸送機を護衛してる九六式艦戦が輸送機を狙ってきた零戦と交戦状態に入ったのが見えた。

こちらとの距離は1.5マイルほど離れていた。無視してそのまま目的地に向かっても良かったが、目の前で悪人がのさばるのを見るのは気分が良くない。それに乗り始めたばかりのこの機体の性能確認もしたいと思っていた。自分の中で『戦う理由』を作り目の前の空戦に飛び込むことにした。

 

巡航時の位置にしていたスロットルを奥まで押し込む。愛機、紫電改の誉エンジンが唸りを上げて機体を加速させていく。現在空戦しているエリアから大体500ftほど上にいたがもう少し高度を上げることにした。迂回しつつピッチアップして1000ftほど上昇する。戦闘空域から1500ft上空で水平旋回に入る。

 

降下した時に太陽が背に来るように調整しながら下方に見える空中戦を覗く。機数は零戦二一型が4機、翼と胴体中程に卵を加えた烏のマークをつけている。途中で寄ったロータの駅で聞いたこの辺りを根城にしてる空賊『シロカラス団』のマークだ。輸送機を護衛してる九六式艦戦も同じく4機、白い胴体に赤く染めた翼、最近結成された新進気鋭の飛行隊『アカツバメ飛行隊』だ。うち1機が被弾の影響で白煙を吹いている。そして一〇〇式輸送機が1機、胴体上面とエンジンカウル上面をピンクに塗った塗装でラダーに踊り子姿の女性のシルエットがある。名前はわからないが出張酒場をしている一座だろう。幸い九六式がうまく零戦を牽制しているおかげで目立つ損傷はない。

 

零戦の何機かはばら撒くように機銃を撃っていたせいか既に20mmが弾切れを起こしているようだった。おそらくこの空賊4機のうち3機は素人だ。お互いの連携などは考えず自分の狙った敵機をひたすら追いかけている。唯一周囲を見て動いている指揮を執っているリーダーも上下の敵機への警戒は薄いようだった。

 

確認した情報を整理して攻撃優先順序を決める。奇襲一撃目の攻撃でリーダーを墜とし、二撃目で20mmを残している敵機を墜とす。この2機を墜とせば輸送機への脅威は減る。

 

機体を180度ロールさせてスティックを手前に引き降下を開始する。敵機は水平旋回戦に入ってるのでこちらとの相対速度は遅い。最初に狙うリーダー機はまだこちらに気づいていなかった。変わらず白煙を吹いた九六式を追いかけている。近づいて敵機の未来位置を狙うように旋回し220ydの距離でスロットルに付いたトリガーを引く、翼の20mm4丁が火を噴く弾丸の嵐が敵機を襲う。主翼が折れ燃料の少なくなったタンクに火がつき炎を上げながらリーダー機が墜落していく。

 

命中を確認した後に再び上昇する。指揮を執っていたリーダーが撃墜されたのを見たことで混乱したのか、次に狙う予定だった敵機が高度を取ろうと上昇を始める。だが格闘戦を行って速度が低下していたせいで思うように上らないようだった。こちらは降下の速度が乗っているため上昇した後に旋回するだけの余裕があった。750ftほど上がったところでなるべく速度を落とさないように180度旋回して機首をふらふらと上昇中の零戦に向けて緩降下を始める。

 

攻撃前に他の敵機に目を向けてみると、リーダー機と戦闘していた九六式が別な九六式を追っていた零戦に一撃を加えていた。乗っている機体は旧式だが腕はいいパイロットのようだ。被弾した零戦からパイロットがベイルアウトする。これで残りは2機になった。

 

再び目の前の敵機に目を向けると上昇を中止して水平に戻ろうとしていた。水平に戻るとようやくこちらに気がついたようでパイロットと目が合った。右から接近する俺の機体を見て焦ったのか左にロールして水平旋回、こちらに背を向ける形になった。判断ミスで背を向けた敵機に緩降下を続けて一気に食らいつき160ydほどでトリガーを引く。発射された弾が機体の中央に吸い込まれていった。着弾の火花が散り、機体が黒煙をあげる。そのまま敵機を追い越して機体を眺めると、血に塗れたキャノピーが見えた。いつ見てもあまり気分のいいものではない。そのまま敵機は姿勢を崩して墜落し荒野に黒い狼煙を上げた。

 

再度上昇して高度を稼ごうとしたが、最後の零戦は格闘戦をやめ逃げようとしていたところだった。背中を心配することのなくなった九六式3機がもう1機と合流して逃げる零戦を追っている。俺も追撃をするために上昇はやめて降下しつつ左に90度旋回、敵機より高度は低いが死角になる後下方から接近できるようにした。少し距離はあるがこの機体ならあの2機種には余裕で追いつける。零戦にじわじわ引き離されている九六式を追い越して零戦の後下方から接近する。敵は真後ろで離れていく九六式に意識が向いていてこちらに気づいていないようだ。こちらが十分に接近したところでエンジン音から敵がこちらに気づいた。だがもう手遅れだった。トリガーを引き機銃が弾を吐き出す。ブレイクしようとロールした機体に弾が当たり風穴を開けていく。機体の破片が飛び散り燃料タンクから火が噴き出す。コントロールを失った機体はそのまま急降下していき空中で爆散した。

敵の結末を見届けた後に反転して輸送機の方に進路をとる。前方に輸送機の方に向かっていたアカツバメ隊がいたので追いついて隊長機の横に着く。隊長機に向けて手を振ると向こうも手を振ってきた、そのままハンドサインで無線のチャンネルを伝えてきた。指示されたチャンネルにダイヤルを回して合わせる。声が聞こえてきた。

 

<<横にいる032の機体 こちらはアカツバメ隊 隊長のデトだ 救援に感謝する>>

<<ガルム隊のサイファーだ 助けた訳じゃない 機体の性能確認がしたかっただけだ>>

<<あんた1人なのに隊なのか?なんにせよ助かった おかげで無事に全員生き残れたよ 一度近くの空の駅に降りるんだ 何か奢らせてくれないか?>>

<<行くところがあるんだ 気持ちだけもらっておく じゃあな>>

<<そうか じゃあ次に会った時に奢らせてもらうよ>>

<<ああ 生きてたらな>>

 

そう言って交信を終えた。目的地の方向に旋回する前にふと輸送機を見ると、窓から出張酒場の踊り子らしき女性たちが手を振っていた。一杯付き合えばよかったかもしれないと少し後悔しつつ旋回して彼らと別れた。

 

彼らと別れてからまたしばらく飛んだ。こうして街を飛び渡り空戦する生活もだいぶ慣れてきていた。この世界に来てから元の世界に戻るための情報を得るためにずっと各地を飛び回っている。今回の目的は穴に関する資料を探すことと資金を得るために輸送船の護衛パイロットの契約を結ぶことだった。契約しようとしているオウニ商会は以前聞いた穴を巡って争ったイケスカ動乱の際に反イケスカ派の中核になっていた。もしかしたら何か手がかりがあるかもしれなかった。

 

数十分ほど飛んだ後目的地上空に着いた。空戦後の高揚感に浸りながら目的の街「ラハマ」の地上管制にコンタクトを取る。コンタクトを取ると言ってもまともな管制塔のない街なので見張り台の上に立ってる自警団員にバンクで合図を送って進入の許可を受けるだけの簡単なものだ。

 

管制係がこちらに気づいたらしく双眼鏡で様子を伺い始めたのでバンクして合図を送る。それに応えるように進入許可の合図をこちらに送ってくる。『了解』の為のバンクをし着陸態勢に移っていく。

 

滑走路に正対する為にスロットルを少しずつ絞りながら左旋回していくと地上に飛行船と6機の一式戦闘機『隼』が見えた。駐機されてる隼は迷彩パターンはバラバラだったがシルバーの下地に緑色の迷彩塗装という点は共通していた。その上からそれぞれ胴体や翼端に固有の塗装が施されており尾翼にはパーソナルマークが描かれていた。唯一完全に全機で揃っていたのは翼と胴体の飛行隊のマークだった。

 

オレンジと黄色の下地に紅色のプロペラのマーク。

 

ラハマに来る前に立ち寄った街でも噂を聞いたことのある、女性だけで構成された凄腕の用心棒『コトブキ飛行隊』のマークだ。

飛行船の方に目を移してみると側面に『羽衣丸弐』の文字が見えた。俺がこれから仕事を受けに行くオウニ商会の飛行船だ。

隼と飛行船を見ながら旋回しているうちに滑走路と正対する位置まで来た。キャノピーを開けてフラップを着陸位置まで展開して脚を下ろす。

 

今乗っている紫電改は前に乗っていた紫電より着陸がしやすい。高かったが有り金をつぎ込んで買っただけの価値はあるいい機体だ。

 

ゆっくりと機速を落としていき機首上げ状態で滑走路に降りていく。前の紫電では前が見づらく大変だったが胴体が絞られたこいつだと前が見やすかった。機体が地面に接地して体に振動が伝わってくる。フラップを格納位置にしてブレーキを踏んで減速していきながら駐機スポットを探す。

特に指示がなかったので羽衣丸が繋留されてる場所に近い駐機スポットに機体を置くことにした。コトブキの隼を横目に見ながら地上滑走していく。駐機スポットで機体を完全停止させてエンジンを止め、シートベルトを外して立ち上がる。座席の後ろに押し込んでいたバッグを肩から下げて機体から降りる。

 

羽衣丸に向かって歩くとその大きさに圧倒された。もともといた世界ではこれほどの大きさの飛行船は見たことがなかった。これほどまでに大きな航空機が護衛機を連れて空を飛んでいるのを見ると『国境無き世界』が運用した『XB-0』を連想する。

 

歩みを進めて飛行船のタラップまで来た。飛行船を見上げながら上って最上段に行くと何か、いや誰かがぶつかってきた。ぶつかった衝撃で思わずバッグを落としてしまう。

「ごめんよおっさん!!」

そう言いながらライトブラウンのくせ毛をした少女がタラップを駆け下りていった。

落としてしまったバッグを拾い上げなぜあんな子が飛行船から降りてきたのだろうと思ってるうちに

「待て!このバカチ!!」

という声が聞こえて二度目の衝撃を食らいまたバッグを落とす。その声の主である赤いコートに飛行帽を被った少女はこちらに目もくれず先に行ったくせ毛の少女を追いかけていった。

 

二度と落としたバッグを拾い軽く叩いて埃をはらっていると乗降口の奥から1人の女性が出てきた。奥にもう3人いる。

「申し訳ない、部下が失礼をした。怪我はないか?」

そのうちの一人、赤毛の髪を高い位置で一本で結んだ女性がそう言う。

「大丈夫、怪我はないよ。部下ってことは君が隊長さんか?」

軽く返答をした後聞いてみる。おおよそ予想はついていた。

「ああ。私はオウニ商会所属、コトブキ飛行隊隊長のレオナだ。部下の失礼を許してほしい」

予想が当たった。彼女があのコトブキ飛行隊をまとめている隊長だ。堂々とした振る舞いからはかなりの修羅場をくぐってきたように見える。

「気にしないでいい、怪我もしてないしな」

「本当に申し訳ない。二人にはあとできつく言っておく」

「いいよいいよ、ところで聞きたいんだけど…マダム・ルゥルゥはいるかい?」

申し訳なさそうにしてた隊長さんの顔が引き締まる。少し警戒されたようだ。

「ああすまない、俺は別に怪しいものじゃない」

グローブ外して右手を差し出す。

「俺はサイファー、次の仕事の臨時のパイロットの募集を見てきたんだ」

隊長さんがそれを聞いて警戒を解く。握手は返って来なかったが。

「そうだったのか。生憎だがマダムは今羽衣丸にはいない」

グローブを付け直して返事を返す。

「そうか…どこに行けば会える?」

「今はオウニ商会の事務所にいると思うが…副船長に聞いてみれば詳しく分かる筈だ」

「副船長なら今船橋にいるわよ」

隊長さんとは別な声が聞こえた。先ほど乗降口の奥にいた3人のうちの1人だ。へそを出した服装をした美女だった。先に2人走って出ていったことを考えるとこれから6人で飛行訓練だったのだろう。

「船橋にいるんだな、ありがとう。えっと…」

「ザラよ、船橋なら入って左に曲がってすぐよ」

「わかった、ありがとう。これから訓練みたいだな、邪魔して悪かった」

俺はそう言ってタラップの端に寄って道を開けた。

 

隊長さんと副隊長の後ろから金髪の高貴そうな少女と銀髪を2つに縛った無表情の少女が付いていく。

少しして4人が隼の方まで着くと隊長さんが先に行った二人を叱るのが見えた。あの二人も隊長さんにだけは頭が上がらないように見える。

 

それを眺めた後に羽衣丸の中に入る。副隊長さんの言ってた通り少し歩くだけで船橋に着いた。扉をノックして開ける。

「すまない、副船長はいるかい?」

「はいはい、私が副船長のサネアツですけど」

ブリッジにいる頼りなさそうな男性がそう答えた。

「次の仕事での臨時パイロット募集の件で来たサイファーって者なんだが、ここに来ればマダム・ルゥルゥにとりついで貰えるときいたんだ」

用件を伝える。

「ああフリーのパイロットの方ね。今連絡するからちょっと待っててもらえるかい?」

「ああ分かった」

思ったよりもあっさりコンタクトを取ってもらえた。副船長が赤い電話機で電話をかけて話し始めた。やたらとへこへこしながら話している。

 

副船長が電話している間にブリッジを見回すと大きな鳥の剥製が置いてあった。マダムの趣味かこの世界の慣習なんだろうか?考えてるうちになぜかその鳥の目がこちらを向いた気がした。

 

副船長が受話器を置いた。話が終わったようだ。

「直接説明するから今から事務所に来て欲しいって言ってたよ、」

門前払いされることだけは避けられたみたいだ。とりあえず完全な無駄足になることはなくなった。事務所で面接すると言われたが場所がわからないので副船長に聞く。

「事務所の場所を教えてもらってもいいか?ラハマは初めてでね」

そう聞くと副船長が地図を出して教えてくれた。空の上から見た時映像と合わせて場所を覚える。

副船長に礼を言って船橋から出る。結局あの鳥はなんだったのだろうか。この船に乗り込めるようになったら確かめよう。

 

羽衣丸から出て空を見上げると二機の隼が模擬戦をしていた。尾翼に赤い鳥のマークをつけた隼が矢印のマークをつけた隼を追いかけている。どちらもかなり正確な操縦だった。矢印マークの隼は機械的な正確さを持って飛んでいた。全ての挙動が正確で一動作一動作ごとに起きる余計な動きを見せなかった。鳥のマークの隼の方は少し違う正確さの飛び方だった。機体に無理をさせずに性能を引き出す自然な飛び方、そう例えるのが一番適切だと思える飛び方をしていた。旋回時の慣性のかかり方が緩やかで美しかった。

 

少し見てると矢印の隼がマイナスGをかけた旋回を行なってもう一機の死角に飛び込んだ。鳥のマークの隼がロールして追いかけようとするがロールが終わりピッチアップしようとしたときには、矢印の隼はマイナスGのかかる旋回をやめピッチアップしてプラスGの旋回に移っていた。再び死角に入られた鳥マークの隼は対応が遅れて再びロール、その隙に矢印の隼は鳥マークの隼の後ろに付くように旋回していった。ロールが終わった頃にはもう矢印の隼はほぼ背後に付く形になっていた。

 

だが背後を取られそうになってもまだ鳥のマークの隼は諦めていなかったようだった。左右に旋回を繰り返して射線に入らないように飛ぶ、そして何度か左右に旋回した後の右旋回から左旋回に入った直後にスナップロールで一気に180度ロール、左旋回から右旋回に急に切り返した。この機動に接近してた矢印の隼はついてはいけなかった。だがここで矢印の隼が上昇。垂直ターンを行いハイヨーヨーのような機動を取り水平ターン中の鳥のマークの隼の横を狙う形となった。

 

それが決着となった。二機の隼が空戦をやめ編隊を組み着陸してくる。

ひさびさに見る本格的な空中戦に心が踊った。イジツに来てから見ることのできなかったハイレベルな空戦だった。

二機が着陸した後、別の二機が上がっていく。本当はもう少し見ていたかったがそろそろ動き始めないと面接に遅れそうだった。

 

ラハマの飛行場を抜けて小道を何度か曲がると大通りに出た。そのまま少し歩いていくとオウニ商会と書いた看板がかかった建物があった。扉を開けて中に入ると受付の社員がいたのである名前を伝えて取り次いでもらった。そのまますぐにマダムの元に案内された。

「あなたがサイファー? 」

前髪を上げた赤いドレスに身を包んだ女性、以前に新聞で見たマダム・ルゥルゥその人だった。

「どうも、よろしくお願いします。マダム」

軽く挨拶を済ませて2人でソファに腰掛けた。

「あなたの噂は聞いてるわ。さっきも空賊に襲われてた輸送機を助けてたみたいね」

少し驚いた。たった1〜2時間前のことがすでに知られていた。

「たまたま進路にかぶったので追い払っただけですよ」

「謙遜しなくてもいいわ、他にも翼を青く染めた機体が空賊を追い払ったって話は聞いてるのよ…最近突然にね」

こちらを怪しむような口調になった。当たり障りのない返答を返す

「やっと最近飛び始めたばかりですので」

「最近飛び始めた人間がこれだけの空戦に首を突っ込んで生き残るとは思えないわ」

「もともと運がいい方なんです」

マダムはまだ訝しむような目でこちらを見ている。

「まあいいわ。悪い噂は聞かないようだし。今回の輸送船の護衛パイロットとしてあなたを雇用します」

なんとか契約にこぎつけた。マダムから出された契約書にサインをしていく。

サインし終わった書類を整理し終わってマダムが立ち上がった

「出発は明日の11時、9時からミーティングを行うわ。羽衣丸に部屋を用意させておくから後は副船長に聞いてちょうだい」

「了解です。今回はよろしくお願いします」

 

オウニ商会の事務所を出て来た道をもどる。感の鋭そうな婦人だったと思い返す。今回の護衛任務で俺が穴の先から来たとバレてしまうかもしれないと思った。飛行場へ向かう最中に本屋を見つけたので立ち寄ってみる。一通り棚を探すが穴に関する文書はゴシップ雑誌以外は特になかった。穴にまつわる騒乱に関わったからと期待していたがこの街はハズレだったかもしれないと少し思い始めていた。今回の護衛任務が終わったらすぐに次の街へ行こう。そんなことを考えながら本屋を出た。

 

飛行場へ戻ってくるとコトブキの隼が再び駐機されていた。訓練は終わったようだ。先ほどコトブキ飛行隊と出会ったタラップから再び中に入り船橋に向かう。船橋に入ると副船長がこちらに気づいた。

「やあ、ルゥルゥから聞いたよ。今回はよろしく」

「こちらこそ、噂の羽衣丸での旅を楽しみにしてる」

「部屋まで案内するからついてきてくれるかい」

「ああ、頼む」

船橋から出て上に上がり船内の説明を受けながら部屋まで案内された。二段ベッドが二つある四人部屋だった、先客はいないがこれからくるかもしれない。とりあえず持っていた荷物をベッドの上に置いた。副船長に礼を言うと船橋に戻っていった。

 

時間を見てみると午後3時頃だった。船内散策を遅めの昼食を兼ねて食堂に行くことにした。部屋のある階から一階上に上がるとジョニーズサルーンと書かれた看板がドアの上にあった。なぜかタタミを扉にしている。タタミを開けて中に入るとカウンターにマスターらしき男性とウェイトレスの女性がいた。カウンターには椅子がなかったのでカウンター横の席に腰かけた。昼食を選ぶためにメニューを見ていると再び扉が開いて6人組が入ってきた。コトブキ飛行隊だ。

「あ〜あ、今日はケイトに勝てると思ったんだけどなー。あ、リリコさん私いつものパンケーキ!」

黒髪の少女がぼやきながら流れるように注文する。

「キリエの機動は正確、ゆえに予測しやすい」

銀髪の少女がその飛び方を評価している。この2人が俺が見た訓練で飛んでた2機のパイロットだろう。

「キリエいっつもケイトに負けてるよね!ケイトみたいな空賊が来たらあっさり墜とされちゃうんじゃないの!」

薄い茶髪の小柄な少女が黒髪の少女をからかっている。

「チカ、ケイトのような空賊はそうそう現れませんわよ。あら先客がおりますわね」

金髪の少女がそういうとくせ毛の少女がこっちへ寄ってきてメニューを見ている俺の顔を覗き込んでくる。そのうち彼女が口を開いた。

「あれ?おっさんよく見たら今朝私とぶつかった人じゃん。どうしてここにいんの?」

自己紹介を兼ねて挨拶する。

「ああ、挨拶が遅れた。次の輸送の護衛パイロットとして雇われたガルム隊のサイファーだ。しばらくの間世話になる。よろしく頼む」

「サイファー?へんな名前。私はチカ!コトブキ飛行隊の一番槍だ!おっさんも墜とされないように気をつけなよ!」

そんなことをしてると黒髪の少女もこちらにきた。

「あ、朝ぶつかった人だ。おじさんも用心棒だったんだね、私はキリエ。よろしく」

その後に隊長さんもこちらにきた。

「よお隊長さん、さっきは助かったよ」

「こちらこそ先程は二人がすまなかった。ザラに言われて思い出したよ。あなたがあのサイファーだったんだな」

銀髪の少女が話に入ってくる。

「サイファーとは何者?」

金髪の少女が答えた

「最近通りすがりに輸送機を襲ってる空賊を堕としていくと言われている用心棒ですわ」

茶髪の女性が続ける

「しかも空賊には一切容赦しないって噂よ」

「いざ言われると恥ずかしいな…君たち6人があのコトブキ飛行隊か」

「そういえば私とザラ以外紹介してなかったな。左からキリエ、チカ、エンマ、ケイトだ。よろしく頼む」

「こちらこそよろしく。噂のコトブキ飛行隊の腕前を見させてもらうよ」

そんな会話をしてるうちにキリエが頼んだパンケーキが来た。コトブキ達が俺の席の隣の角のテーブルに座ってそれぞれ注文しだす。俺の方もカレーと唐揚げ、それにオレンジジュースを注文した。しばらく待つとウェイトレス(キリエの言葉を聞く限りリリコさんと言うらしい)が注文した料理を持ってきた。コトブキと比べるとだいぶそっけない態度だった。料理を食べてみるとどちらも美味しかった。カレーライスは具が煮込まれており程よい辛さだった、唐揚げはでかく味付けもしっかりしていて食いごたえがあった。食い終わりジュースを飲み干してマスターのジョニーに礼をいいサルーンから出た。あの量のメニューだと輸送任務中は料理に飽きなさそうだった。

 

サルーンを出て今度は羽衣丸の格納庫を見てみることにした。格納庫に上ってみるとツナギを着た整備班が慌ただしく走り回っている。外に出ていたコトブキ飛行隊の隼を運び入れる準備をしていた。指示をしている女性の声が聞こえるが姿が見えなかった。ふと視線を下げてみるとチカと同じくらいの背丈の少女がイナーシャハンドルを持って檄を飛ばしていた。その少女に近づいて行き話しかける。

「よう、あんたがここの責任者か?」

怪訝そうな顔をしながら少女が振り向いた。

「ん?そうだがあんた誰だ?見ねえ顔だが…」

「次の輸送の護衛パイロットで雇われたサイファーって者だ」

「ああ、と言うことはお前が外の紫電改のパイロットか?」

「そうだ。頼みがあるんだがコトブキの機体の搬入が終わったら俺の機体の搬入頼めるか?」

「構わないぞ、隼の作業が終わったら入れておく」

特に苦労もなく了承してくれた。コトブキ飛行隊の活躍を見る限りこの整備班は優秀なのだろう。礼をいいついでに一つ懸念していたことを頼んでみる。

「ありがとう、ついでに機銃の弾も補充して欲しいんだがあるか?」

「二号銃の20mmか?前にナサリンの奴ら用に仕入れた奴があるはずだから大丈夫だぞ」

「そうか、よろしく頼むよ。ええと…」

「整備班長のナツオだ。ちゃんと機体の面倒は見てやるから安心しろ。」

「よろしく、邪魔して悪かったな」

俺がそう言った後班長は再び搬入作業に戻っていった。格納庫で見ていたかったが邪魔になりそうなので格納庫から出ることにした。

 

船内を散策し各箇所の乗組員への挨拶が終わって5時半頃に自室に戻った。着ていたフライトジャケットを脱ぎ奥にあるスペースに靴を脱いで上がった。カバンからクリーニングキットを取り出して机に広げる。そしてショルダーホルスターから携帯している銃を抜きフィールドストリッピングを始める。

『SPRINGFIELD ARMORY M1911-A1 PROFESSIONAL』傭兵になりたての頃から何度も命を助けてくれた相棒だった。空を飛ぶようになってからはほとんど使わなくなっていたが、この世界に来たことでまた握る事が多くなった。10年以上使ってるため各部のブルーイングが落ちて地のシルバーが見え始めていた。この全く見知らぬ土地に来てからはこいつの整備が心の安らぎだった。

 

銃の整備が終わった頃にはすでに7時近くになっていた。自分のベッドに戻り横になる。俺がこの世界に来てから7ヶ月ほど経っただろうか。何者にも縛られないこの世界の空を飛ぶのは楽しい。だがやはり自分の世界に帰りたかった。今はひたすらにヴァレー基地の雪が恋しかった。そんなことを考えているうちに眠りに落ちた。

 

 

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