荒野の番犬   作:ジャック伍長

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第二章 Escort

<<戦う理由は見つかったか?相棒>>

 

かつての仲間が前にいる。

 

<<不死身のエースってのは、戦場で長く生きた奴の過信だ>>

 

光の剣を振りかざしながら

 

<<お前のことだよ、相棒>>

 

IFFが敵だと示している。

 

<<皮肉だな、終止符打ちが番犬ガルム同士とはな>>

 

<<相棒、道は一つだ、信念に従い行動する。それが全てだ>>

 

こちらを狙い撃ってくる。

 

<<時間だ>>

 

<<惜しかったなあ相棒、歪んだパズルは一度リセットするべきだ。このV2で全てをゼロに戻し、次の世代へ未来を託そう>>

 

彼がお互いの退路を断った

 

<<もう一度正面からだ>>

 

世界を終わらせるわけにはいかない。

 

<<撃て!臆病者!>>

 

墜とすしかない。

 

<<撃て!>>

 

 

………………………

 

「…っ!」

思わず飛び起きた。1995年12月31日。かつての『相棒』と世界の命運を巡って争ったあの日の夢だ。目の前で二代目の僚機が焼かれ、俺が相棒を撃ち墜としたあの日の光景が目に焼き付いている。彼にトドメの一撃を与えた時。未だに奴のあの時の本心が分からなかった。本当に世界をリセットしようとしたのか、それとも俺に覚悟を決めさせるためだけに撃ったのか。いずれにしろ答えを確かめることはできない。彼は俺がこの手で堕としたのだから。もし生きていたとしても文字通り住んでいる世界が違う今の状況では会うことはできない。

 

この夢を見た後はつい悲観的になってしまう。そんなことを考えながら時計を見てみると朝の5時だった。眠りに落ちたのがおそらく夜7時半だったからかなり長い時間寝ていた。悪夢を見たせいか体がかなり汗ばんでいる。マダムから聞いた出航前のミーティングまではまだ数時間あった。ベッドから体を起こしてブーツを履いて一階層上のシャワー室に向かう。廊下に出てみると流石にまだ人はいなかった。人気のない静かな廊下を歩いてシャワー室にたどり着く。夢のことは忘れて切り替えよう、そう思いながら熱い湯を頭から浴びる。シャワーを浴び終わる頃にはだいぶ気分は良くなっていた。いつか必ず元の世界に帰る。改めてそう決意した。

 

シャワー室を出て自室に戻ってきた。ミーティングまでにはだいぶ時間が空いている上に酒場もまだ開いていなかった。二度寝することも考えたが眠たくはなかった。それにまたあの夢を見るかもしれないと思うと寝たくはなかった。

ただ待っているのも辛かったので再び部屋を出て格納庫へ向かうことにした。昨日は搬入作業を班長に依頼したまま寝てしまったのでちゃんと搬入されたかも確かめておきたかった。自室から出て先ほど通ったシャワー室前を抜けて上の階の格納庫まで出た。格納庫は昨日の搬入作業の忙しさが嘘のように静かだった。だが完全な無音ではなかった。誰かが作業をする音が聞こえる。向こう側の柱の陰から物音がしているようだった。少し横にずれてのぞいて見ると人影が見えた。昨日ここで会ったナツオ整備班長だった。隼用の12.7mmと思われる弾のチェックをしていた。彼女がこちらに気づき片手をあげた。こちらも片手を上げて近づいていく。

「よう、早いな。機体の様子でも見てきたのか?」

班長がチェック作業しながら話しかけてくる。

「少し早めに目が覚めてしまってね。サルーンにでも行こうかと思ってたんだがまだ開いてなくてな」

そう話している間も班長は手早く弾のチェックを進めていく。

「いつもそうやってチェックしてるのか?」

「ああ、出航前の時は毎回やってるよ。あいつらの隼は2丁しか機銃ついてねえからな。もし不良な弾なんかでジャムを起こしたら、それだけでも隙になっちまう。だからこうしてちゃんとチェックしてるのさ」

口は開きながらもチェックしている手は一切止まらなかった。この作業を見ただけでも彼女の整備への思いが伝わってくる気がした。

彼女になら安心して機体を任せられる。改めてそう思った。

作業している彼女と話してるうちに他の整備班の面々も格納庫に現れ始めた。ナツオ班長に聞いてみると出航前に羽衣丸の出発前総点検についての整備班のミーティングをするんだと言っていた。流石に邪魔になると思い、ナツオ班長に礼を言って格納庫から出た。

 

格納庫から降りてサルーンの前を通ると話し声が聞こえた。中に入るとコトブキたちが朝食をとっていた。机の上にある料理は相変わらず量が多かった。昨日と同じ席に着きメニューを見て今日の朝食を選ぼうとする。豊富な数の料理は長い目で見れば飽きがこなくていいが、こういう時は面倒だった。重すぎる料理では胃がもたれてしまうし、軽すぎては胃に残らない。迷った結果ハンブルグサンドとオレンジジュースを頼むことにした。ハンブルグサンドはこちらの世界でのハンバーガーだった。程なくしてハンブルグサンドが出てくる。中のパテはだいぶ濃い味付けだった。ラハマは岩塩が名産なためか今までの町で出てきた料理に比べて味付けが濃い目だった。イジツに来てから薄味の食事ばかりで飽きていたので元の世界の味に近いラハマの料理は食べてて少し嬉しくなった。

ハンブルグサンドに口をつけると以前ディレクタスに出店していたオーシアのハンバーガーショップにPJと行ったことを思い出した。ベルカ戦争の終結後にオーシア出身のPJが、基地の食事に飽きたから久しぶりに食べたいと言っていたので二人でディレクタスに繰り出したのだった。食べながらPJがオーシアの店舗ではうちのパン屋がバンズを卸してると自慢げに話していたことが思い出される。

この食事ができるならラハマを生活拠点にしてもいいかもしれないと冗談混じりに少し思った。

「辛そうな顔をしてるけどお口に合わなかったかい?」

気弱そうなマスター、ジョニーがこちらに問いかけてきた。

「いや俺好みの味付けだ、美味いよ。少し死んでしまった仲間のことを思い出しただけだ」

「おじさんってガルムって飛行隊の隊長なんだよね?飛行隊なのにどうして一人なの?」

パンケーキを頬張ってたキリエが横から入って聞いてきた。少し考えてから口を開く

「元は俺ともう一人でやってたんだ。最初のやつとは喧嘩別れ、二人目は墜とされちまった」

「一人で戦って怖くないの?」

「怖くないと言えば嘘になるな。でも背中を預けられる奴に出会えてないんだ。信用できない仲間の方が俺は怖い」

そう言ってからハンブルグサンドを再び口にすることで話を終わらせた。

食べながら六人で話しているコトブキを横目に見ていた。全員が楽しそうな顔で話している。誰かに会いに行くという話や自宅の庭木の話、昔の仲間に会いたいなど話題は尽きないようだった。この子達のようになんでも語り合える友人が今いたらどれほど幸せだろうか。キリエにああは言ったもののやはりこの世界でも誰かしら仲間を作るべきなのかもしれない。

この仕事が終わったら穴の事を調べる他に仲間を作ることも努力しようか。そんな事を考えながら俺は食事を終えた。

 

食事を終えてジョニーに礼を言った後にサルーンを出た。自室に戻ってミーティング前に地図帳を見る。今回は戦災復興の進むポロッカへのラハマ産の塩と医療品の輸送が目的だった。ポロッカは俺がこの世界に来る前に起きたイケスカ動乱の際にイサオ一派の手によって爆撃を受け焦土と化していた。同じような事態になったショウトと比べるとポロッカは受けた被害が甚大だったためか未だにうまく復興が進んでいなかった。

復興物資の中でも貴重な医療品は狙われやすいためイケスカ動乱で関わりがあり、評価も高いオウニ商会に依頼が来たのだと契約した時にマダムが言っていた。

ミーティング前に大雑把に航路を確認し終えて地図帳をしまう。時間より少し早かったが先にミーティングを行う娯楽室へ向かうことにした。娯楽室にはソファと机、そしてビリヤード台があった。ソファに腰掛けてしばらく待つとそのうちコトブキが入ってきた。

「早いな、もう来てたのか」

俺を見た隊長、レオナがそう言いながら持っていた丸めた地図を机の上に広げる。

「そちらのがいいのであれば始められるがどうする?」

「大丈夫だ。初めてもらっても構わない」

そう答えるとレオナが談笑していた他のメンバーを机の近くに呼んだ。

「出発前のミーティングを行う。マダムから聞いてると思うが、今回の輸送の目的地はポロッカだ」

レオナが地図上のポロッカを指差す。少し気になったことがあったのでレオナに質問した。

「そういえば医療品はラハマでは積んでないようだがどこか別の場所で積むのか?」

「ラハマからポロッカの間にあるルタオで医療品を積んでいく予定だとマダムからは聞いてる」

レオナがルタオの位置を指し示しながらそう言った。

「ラハマからルタオまでの航路では空賊は確認されていない。おそらく襲われることはないと思うが油断はしないように」

次にポロッカから少し外れた空域を指差してレオナが言う。

「ポロッカに近いこの辺りの空域では最近二つの空賊『ヤマアラシ団』と『フクロネズミ団』が目撃されている」

レオナが空賊を表す駒を地図の上に二つ置く。

「目撃情報によると使用機体はヤマアラシ団が鍾馗、フクロネズミ団は九六式艦戦、フクロネズミ団の方は型は不明だが少数の零戦を持っているそうだ。機数はどちらも7機程度だ」

そこまで高性能な機体を使ってるわけではないようだ。レオナが続けて言った。

「この二つの空賊は縄張りにしている空域が近いため度々小競り合いをしているらしい」

「じゃあもうお互い潰しあって無くなってるかもしれないね!」

楽しそうにチカが喋り出す。

「チカ、油断は禁物ですわ」

エンマがチカを諌める。ザラがそれに続く。

「エンマの言うとおりよ。二つが纏まるかもしれないわ」

「こちらの所属を知っていた場合、二つの空賊が共同で襲ってくる可能性が高い」

ケイトが可能性を提示する。十分考えられる話だった。医療品は空賊にとっても貴重な物資のはずだ。

「オウニ商会から情報が漏れた場合ってこと?」

キリエがケイトに問いかける。

「こちら側から漏れることは考えにくい。漏れるとすればポロッカ側から漏れることが考えられる」

ポロッカの情勢を考えればありえなくはない話だ。空賊と結託して医療品を奪い売り捌けば金になる。

「基本的にはいつもどおりで行く。羽衣丸のレーダーが敵を探知した段階で発進、2機編隊で羽衣丸に近づけないように数を減らす」

「俺は好きにやらせてもらっていいのか?」

「ああ、発進してからはそちらの判断に任せる」

「了解だ」

一通りミーティングを終えてコトブキが自室に戻っていった。こちらも娯楽室を出て自室に戻る。羽衣丸の出航まであとわずかだった。

ミーティングから2時間ほどして羽衣丸のエンジンがかかり出航の準備が進んでいく。少ししてから船内アナウンスで出航の合図があった。船首の拘束が解かれ巨大な船体が浮き上がる。この世界に来てから初めての飛行船での旅が始まった。

 

 

出航から1日とちょっとが経った。すっかりラハマは遠くになり、街もない一面の荒野が広がっている。ミーティングでレオナが言っていたように空賊の情報もない平和な空域だ。昨日に続き俺はサルーンで時間を潰していた。何かトラブルがあった場合のことを考えると流石に酒を入れることはできないのでメニューにあるノンアルコールのドリンクの中から順に飲んでいた。

ここが地上であれば射撃訓練などでもして時間を潰せていたかもしれないが火気厳禁の飛行船内でそんなことができるわけもなかった。

かつての相棒のように本を読む趣味でもあれば暇つぶしにちょうど良かっただろうとほとんど無趣味な人生を送ってきた自分を恨めしく思いながら時間が過ぎるのを待っていたオーシア海軍の船乗りたちはこういう船旅でどうやって暇を潰しているのだろうかと考えてるうちにまた少し元の世界が恋しくなってきた。

マスターのジョニーに何か本でも持ってないかと聞くとあいにく料理のレシピ本しかここには置いてないと言っていた。流石にレシピ本は読む気が起きなかったので礼だけ言ってやめておいた。

コップの中に入ってる飲み物を飲み干して次の飲み物を注文する。この数時間でもう何度もやった動きだ。いっそ空賊でも襲ってきてくれたらと思いながら出てきた飲み物に口をつける。

羽衣丸の速度と経った時間からいってそろそろルタオについてもいい頃かと思っていると羽衣丸が高度を下げ始めた。コップを空にしてサルーンを出て窓のある娯楽室へ向かった。娯楽室の窓から外を見ると街がよく見えた。小さな街ではあったが倉庫の様な建物が多く見えた。倉庫の近くでは輸送用のトラックは多く走っている。車の多くないイジツでは珍しい光景だった。

降下からしばらくして羽衣丸が地上と繋がれる。羽衣丸の船内が慌ただしくなり始める。船橋近くの出入り口近くまで行ってみると副船長が外へと降りていった。目で追っていくと副船長が地上にいる倉庫の責任者らしき人物と話しているのが見えた。責任者が合図をすると羽衣丸の周囲に荷物を積んだトラックが集まり始め、荷物を羽衣丸に乗せていく。乗せ始めている荷物が今回の重要な物資である医療品の様だ。しばらくして全ての積み込みが終わりトラックが羽衣丸の周囲を離れていった。トラックが離れて行った後に倉庫の責任者との話が終わった副船長の方も羽衣丸に戻ってきた。貨物の積み込みを終えた羽衣丸のエンジンがかかり出航の準備が進んでいく。ルタオで停泊していた時間はごく短時間だった。この短時間で積み込みを終えられたのはさすがだと感心する。

新たに医療品を積んだ羽衣丸の繋留索が外され再び空へと浮き上がった。ルタオの街がどんどん小さくなっていく。ここから先は今までの比較的安全な旅とは違う。空賊の存在が確認されていていつ襲われてもおかしくないエリアだった。襲ってくるかはわからないがどんな敵が来ても叩き墜として絶対に生き残る。改めてそう決意した。

 

ルタオを出発してから数時間が経った。日が落ち始めて夕陽が輝いていた。地域にもよるが雲が少ないことの多いイジツでは綺麗な夕陽がよく見えた。綺麗な夕陽を多く見られるのはこちらの世界に来て得したと思っていることの1つだった。空賊が確認されているエリアには入っていたが今のところまだ空賊は見つかってはいなかった。片道3日のこの旅でもうすぐ2日目が終わろうとしていた。俺が今まで援護して助けた輸送機などは夕方から夜間に襲われていることもあったので、日が落ちようとしている今の段階でもまだ油断はできなかった。

サルーンで時間を潰していたのは変わっていなかったがもし空賊を探知して発進するように指示が出てもいつでも飛べる様に準備だけはしっかりした状態で過ごしていた。サルーンでは俺以外にコトブキ飛行隊が少し早いが夕食をとっていた。俺もメニューから軽食を注文して軽く腹に入れておくことにした。

「いつものパンケーキでございます」

ウェイトレスのリリコの声が聞こえる。当然ながらパンケーキを置いた席にはキリエがいた。コトブキと会ってから2日程度になるが食事のたびにパンケーキを見ている気がした。

「あなたは本当にパンケーキがお好きね」

エンマがキリエに言う。全くだと思っているとパンケーキを届けたリリコがその足で俺の方に来る。

「ハンブルグサンドでございます」

俺の前にハンブルグサンドが置かれる。

「ほら、あっちのおじさんだってまたハンブルグサンド注文してるし」

置かれたパンケーキを切りながらキリエがこちらを向いて言う。いつでも出られる様に軽食にしただけなんだがなと思っているとエンマが返した。

「あの人はまだ多くても数回ほどですわ。あなたは何回食べたかわからないほどでしょう?」

それに続けてケイトが言った。

「キリエが第弐羽衣丸で食べたパンケーキは32枚、初代羽衣丸の時から比べると1日あたりの枚数は増加傾向にある」

ハンブルグサンドを食べながら聞いていたがどれほどのパンケーキが好きなのだろうか。

「キリエ最近食べすぎじゃない?このままだとパンケーキになっちゃうかもよ!」

いつも通りにチカがキリエをからかう。

「チカだってカレーばっかり食べてるじゃん!」

キリエが食ってかかる。それを年長のレオナとザラが微笑んで見ているというのがここ2日でよく見る状況だった。これを見るたびにかつてピクシーやPJと食事を取ったことが思い出される。

チカがキリエの腹を摘もうとして二人が戯れているのを眺めていると船内にサイレンの音が鳴り響き始めた。コトブキ飛行隊の顔つきが変わる。先ほどまで戯れあっていた少女の顔がパイロットの顔に変わり、格納庫へと駆け出していく。俺もそれに続いて格納庫へと向かう。ジョニーやリリコも慣れたもので手早くサルーンの片付けを行っていた。羽衣丸の警報はレーダー照射を受けた場合に作動する自動警報のためこの時点では空賊ではなくまだ他の飛行船からのレーダー照射の可能性もあった。だがその可能性はすぐに無くなった。副船長の声が響き渡る。

「戦闘機隊の発進許可する!あとええっと…総員戦闘配置!」

少し頼りなさそうな声ではあったが現状はよくわかった。空賊はこの船を狙っているということだ。

格納庫に着くと機体の始動準備が進み始めていた。コトブキの隼と反対の駐機スペースに置かれた愛機の紫電改に駆け寄る。隊長のレオナの機体を筆頭にコトブキの隼はエンジンがかかっていく。俺の紫電改は一人でも動かせる様にセルモーターを追加してあったため始動の手間がかなり省かれていた。始動スイッチを押してエンジンをかける。エンジンカウルの横の排気管から煙が出てエンジンが回り始める。カウルフラップを全開にして各部のチェックを始める。エレベーター、エルロン、ラダー、フラップ、スロットル、プロペラピッチ。各部のチェックはF-15に比べればレシプロは断然楽だった。最後にサイトのスイッチを入れる、オレンジ色のレティクルが浮かび上がる。

無線のメインスイッチを入れて羽衣丸とコトブキの使用しているチャンネルに合わせる。

<<レーダー照射包囲は125度、本船より5時の方向 不明機 高速で接近中 高度1000クーリル>>

<<風向き240度 風速3.5クーリル>>

<<不明機の速度は145キロ>>

敵は羽衣丸の後ろを追う形で飛んできている様だ。

<<コトブキ飛行隊 滑走路へ移動を許可>>

レオナの機体を先頭にコトブキが滑走路へと進んでいく。

<<ガルム隊はコトブキ隊発進後に滑走路へ移動>>

コトブキの後を追う様に指示をされる。誰かに無線で指示をされると言うのは久しぶりだった。ウスティオのイーグルアイのことを思い出す。

<<総員注意 制動開始 コトブキ飛行隊発進!>>

コトブキ飛行隊が順に離陸していく。カウンタートルクを制御してふらつかずに発進していくのはさすがだった。コトブキが離陸して滑走路が空く。

<<ガルム隊 滑走路への移動を許可する>>

<<了解>>

整備員にチョークを外す様に指示を出して滑走路へとタキシングする。尾輪式の航空機はタキシングが面倒だ、ジンギングして前を確認しながら進まなければいけない。滑走路に出てから旋回して停止する。最後にもう一度だけ操縦翼面のチェックを行ってからフラップを離陸位置に合わせる

<<ガルム隊 発進!>>

スロットルを徐々に開きラダーペダルを踏んでカウンタートルクで横に流れない様に注意しながら加速する。ある程度加速したところでスティックを前に倒してケツをあげる。機体が水平になり間もなくして羽衣丸の船首から飛びでる。機体が少し沈み込みながら空に躍り出る。速度が乗ったところでフラップを格納し、未確認機が接近してきている羽衣丸の5時方向に旋回する。カウルフラップはまだ全開にしたままにして交戦前までなるべくエンジンを冷却しておく。こちらの方がスピードは出るためすぐにコトブキに追いついた。綺麗に感覚をとって編隊を組みながら飛んでいる。

<<では例のごとく二人一組でいくぞ>>

レオナが指示を出すと編隊が形を変えていきレオナとザラ、チカとエンマ、ケイトとキリエという風に2機編隊に変わった。

<<サイファー そちらはどうする?私とザラの編隊に入るか?>>

レオナがこちらに問いかけてきた。

<<いや 俺は一人で好きにやらせてもらう そっちも好きにやってくれ>>

そう言って俺は高度をあげるために上昇を始める。後ろを見ると夕陽が地平線に沈みかけていた。こちらが太陽を背負っている形ではあるが太陽に隠れて敵に切り込むというのは難しそうだ。

<<おっさん もしやられそうになったら私が助けてやるよ!>>

チカが茶化してくる。

<<ははは その時は頼む>>

返答を返しながら上昇を続ける。

<<私とザラ チカとエンマで敵を抑える ケイトとキリエはすり抜けて羽衣丸に向かう敵を頼む>>

<<了解>>

<<では コトブキ飛行隊!一機入魂!>>

コトブキの方も作戦が固まった様だった。

俺ほどは取ってないが高度を上げて高度の優位を取ろうととしていた。

敵機の高度はおよそ10000ftと聞いていたのでこちらは12000ftまで上昇して待機することにした。12000ftに到達した段階で水平飛行に戻り、速度を取り戻す。交戦状態に入るだろうと思いカウルフラップも閉じて空気抵抗を減らす。2〜3分した頃に前方で何かが光ったのを見つけた。編隊を組まずにバラバラに飛んでいる鍾馗だった。コトブキに伝えようと思ったのとほぼ同時にザラが報告を始めた。

<<敵機発見よ 7機 機体はおそらく鍾馗ね>>

ベテランのパイロットだけあっていい眼をしていた。

<<こちらでも確認した ヤマアラシ団のようだな ザラ 他には見えるか?>>

レオナがザラに報告を求める。

<<馬力の割にすばしっこくて苦手ですわ>>

エンマが愚痴をこぼした。

<<抜けてきたのはこっちで引き受けるからそっちは任せたよエンマ!>>

キリエがエンマに声をかける。

<<私とザラで牽制する チカとエンマは崩れたところで格闘戦に持ち込め>>

コトブキの話を聴きながら12000ftで旋回しているうちに鍾馗が接近してきた。まだコトブキにもこちらにも気づいていない。先に動いたのはコトブキの方だったレオナとザラの2機が緩降下しながら先頭の鍾馗に機銃を撃つ。先頭の鍾馗に機銃が当たり煙を噴いて地上に墜ちていった。残りの6機がバラバラに散開する。

俺も上空から180度ロールして降下を開始。スロットルを押し込み加速しながら崩れ始めた敵の編隊に飛び込んでいく。一機の鍾馗が散開した際にこちらに後上方を晒していた。後上方から見ると塗装と翼の動物らしきマークがよく見える。こいつは墜とせると判断してその鍾馗に機首を向くように調整する。降下で加速の乗った機体は敵に一気に近づいていく。220ydで少々のリードアングルをつけてスロットルのトリガーを引いた。20mm弾が敵機を襲い、翼が折れて墜ちていく。これで残りは5機だ。

降下で失った高度を取り戻すべく再び高度を上げていく。上昇中に警戒のために周囲を見ると先ほどレオナが指示したとおり、崩れて好き勝手に旋回を始めた敵機にチカとエンマが襲いかかる。エンマの隼が少し離れた位置で旋回していた鍾馗の後ろにピタリとついた。エンマ機の背後には援護出来るようにチカが付いている。2機に追われて焦った鍾馗は旋回を始めるが隼に旋回戦を挑めば結果は明らかだ。旋回半径を小さくしようと急旋回したせいで鍾馗の速度が下がっていく。隼が速度を落とさず旋回しながら鍾馗に追いついていく。十分近づいたところでエンマが発砲。弾が主翼の燃料タンクにあたり煙を噴いて墜ちていった。

<<やるじゃんエンマ!>>

チカがエンマに称賛の言葉を送る。

それを横目に見つつこちらは上昇を完了して次に攻撃する敵を選ぼうとしていたが何か違和感を感じた。

<<ねえレオナ 何か違和感を感じない?>>

ザラも同じような違和感を感じていたようだ。

<<ああ 羽衣丸が狙いなら速度を活かして我々を振り切って抜けてもいいはずだ>>

レオナも同意見だった。何か裏がある。そう思った。

<<そっちもそう思うか 何か引っかかるな…>>

考えてるうちにエンマの援護位置についていたチカの後ろに鍾馗が一機着く。この敵は速度を乗せてチカ機に接近してきた。エンマが先に気づいてチカに警告をする。

<<チカ!後ろですわ!>>

<<私とやろうっての!>>

チカが後ろの敵機を確認した途端に操縦桿を引き急激なピッチアップをする。かなりのGがかかる旋回だがチカの体はそれに耐える。急旋回についていけなかった敵機はチカ機の追撃を諦めて一度態勢を立て直そうとした。俺がそこに降下して攻撃をしかける。この敵も無理な追撃はしなかったのは上手かったが上への警戒は怠っていた。降下中にレオナが少しだけ後方にいるキリエとケイトに連絡する。

<<キリエ ケイト そちらで何か妙な動きはないか?>>

<<何も見当たらないよ!敵も抜けてきてないし>>

<<こちらでも確認できない>>

無線を聞きながら敵に近づいていく。十分に近づいたところで機銃を放って食らわせる。コクピットが赤く染まって錐揉みしながら敵が墜ちていく。

<<オッサン 割といい腕してるね!>>

チカが俺にも褒め言葉を投げる。

残った3機はまだ撤退する素ぶりも見せずに交戦を続けようとしている。やはりなにかが変だ。普通の空賊の戦い方じゃない。まるで何かのために囮をやってるかのようだ…

ふとその時にミーティングでケイトが言っていた二つの空賊が手を組んで襲ってくるという可能性を思い出した。その時だった。

<<レオナ!見つけた!低いとこから来てる!>>

キリエの声が無線で届きレオナが応答する。

<<別働隊か!>>

<<そうだと思う!40クーリルくらいに地面と同じような色に塗った零戦2機と九六式が4機いる!>>

<<多分 フクロネズミ団ね>>

低空を侵攻することで羽衣丸のレーダーを逃れたようだった。俺もアヴァロンダムでやったことがあった対レーダー戦の基本の一つだ。

予想とは違う形で連携を取ってきた。もし敵が協力するなら全機が一斉にくると考えていたが、こんな手を使ってくるとは少し予想外だった。

<<キリエとケイトはその6機を追ってくれ!こちらも片付け次第向かう!>>

<<わかった!>>

少し遠くでキリエとケイトが反転して降下していったのが見えた。

あの二人でもやれると思ったが保険があった方がいいかもしれない。

<<隊長さん 俺もあっちへ回る この中では俺が一番足が速い!>>

<<了解した 任せる>>

そう言ったレオナがザラと共に残った3機の鍾馗を墜としにかかった。ザラ機の後ろに鍾馗が張り付く。レオナ機が右に旋回して射線から外れる。鍾馗はザラ機との距離を詰めていくがザラがバレルロールをして後ろを取り返す。

<<しつこい男は嫌われるわよ>>

後ろを取り返された鍾馗は右旋回して逃げようとしたが、ザラと別れて旋回していたレオナがその後ろに着いて発砲タンクに引火しながら墜落していった。

<<このクソ虫ども さっきからしつこいですわ!>>

エンマが空賊を罵りながらチカと共に残りの2機を追い詰めていく。

その光景を後ろに見ながら俺は羽衣丸に向かって全速で飛んで行った。高度を速度に変換しながら敵に追いつこうとする。キリエとケイトがもう少しで敵の6機に追いつこうとしたところで4機の九六式が上昇反転、キリエとケイトに発砲した。当たるような距離ではないが接近してきて格闘戦を挑んでこようとしている。2機の零戦は羽衣丸の方向に進路を向け続けている。

キリエと九六式が格闘戦に突入したのを横目に見ながら九六式の相手を任せて零戦を追うことにした。

何度かのシザーズを行なった後にキリエがスナップロールで切り返して相手の旋回に合わせる。相手も射線に入るまいと左右への旋回をするがタイミングを見計らってキリエが撃った弾が当たり煙を上げて下降していった。

九六式を追っていたケイト機の背後に別の九六式が着いたがケイトが逆G旋回を行うと慌ててロールして追撃しようとするが初動が遅れたせいで旋回についていけない。逆G旋回を終えたケイトがロールして姿勢を戻した時には九六式は旋回から置いていかれていた。その直後に上から被ってきたキリエが放った機銃が命中し炎上して墜ちた。

二人が格闘戦をする中俺は前をいく零戦に追いつくべく飛んでいた。距離は300ydほどでまだ当てられる距離ではなかったが牽制のために少し多めに2機に向かって機銃を撃つ。

2機が左右に別れてブレイクする。どうやら追ってくるのが俺一機と見て2機でかかってくるようだった。左右に感覚を広げながら2機がこちらに接近してくる。こいつらはおそらく他の奴らとは違いプロだと思った。斜め左右から攻撃してくるのをバレルロールで回避してしてそのまま交差する。砂漠風の迷彩が施された機体の主翼には変わった帯状の標識が描かれていた。見たことのないデザインだ。そして無線が聞こえてきた。コトブキのものではなかった。

<<俺たちを追ってきたのがこんな無名の雇われ用心棒だとはな 拍子抜けだ>>

<<さっさと墜として飛行船を狙うぞ コトブキの相手はその後だ>>

こちらではあまり名前が知られていないとはいえ随分といってくれると思った。

スロットルを全開にして上昇する。そのままループに入る。キャノピー越しにこちらを攻撃し終わった2機が編隊を組み直してこちらへの攻撃を準備している。敵をよく観察しなおす。機体は零戦五二型、うち1機は翼から出ている機銃の形が違った。おそらく飛行船攻撃用に大口径の30mmを積んだ現地改造型だった。観察を終えてまずは30mmを搭載した方から潰すことに決めた。ループを終えて再度敵と正対する。また2機が左右の感覚を開けて攻撃の準備をする。狙う機体はこちらから見て左の機体だ。こちらに接近してきた2機が機銃を発射する。今度はバレルロールはせずにラダーを吹き込んで機体を横滑りさせることで回避する。回避後すぐに敵と交差する。空戦フラップを作動させて鋭く左に旋回する。旋回が完了するとちょうど敵機が態勢を立て直して2機編隊を組み始めたところだった。少し遠かったがそこに向けて機銃をばら撒いて牽制する。そのまま加速して、敵との距離を詰める。敵は回避を優先して編隊を組むのを諦めた。僅かながらの隙ができる。狙っていた敵は右に急旋回しつつ上昇をしていた。それを追いかけて俺が後ろに着くと射線に入るのを嫌がって機体を激しく左右に旋回する。だが今のこの速度域は零戦が苦手とする速度域だ。いくらもがこうがこちらの機体でついていけるだけの旋回でしか無かった。そのまま敵を追い詰めて接近していく。この距離なら当てられる。もう1機は牽制射撃した際に180度ロールして真下に逃げたためまだこちらを攻撃できる位置にはつけていなかった。照準器を覗き込み狙いを定める。この距離ならリードはほぼいらなかった。左手でトリガーを引き機銃が発射される。飛んで行った20mmが敵の機体を穴だらけに変える。火が噴き出して再び声が聞こえた。

<<くそ!どうしてこんな奴g……>>

全てを言い終わる前に爆発を起こして空に破片が散った。これで羽衣丸への最大の脅威はなくなった。

<<よくもやりやがったな!>>

残った零戦が上昇しながらこちらを狙ってくる。だが高度差がありすぎて下降で稼いだエネルギーでは足りず、こちらには追いつけなかった。こちらが降下して仕掛けようと思っているとあることに気がついた。だが零戦のパイロットはそれに気づいていなかった。敵は俺一人ではなくなっていたのだ。すでに鍾馗や九六式は全滅し自分一人になっている事に俺しか見えていない彼には気づけなかった。レオナの隼が加速しながら彼の背後から攻撃を仕掛ける。機体から黒煙が出て荒野へと墜ちていく。

<<くそ…これで終わりだと思うなよ…きっと同志たちが>>

最後にそう言い残して彼の零戦は地に墜ちた。

<<全員無事か>>

レオナが安否確認をする。全員が無事だと返事をする。

<<サイファー そちらも無事のようだな>>

<<マダムの言ってた通りの腕みたいね>>

<<こちらこそ噂のコトブキの腕前を見せてもらったよ さすがと言ったとこだな>>

コトブキ飛行隊、まさしく噂通りの腕だった。個人のスキルも連携も一級品だ。

<<あー 空戦したらお腹減っちゃった 早く羽衣丸に戻ろ>>

<<またパンケーキを食べる気ですの?>>

<<いいじゃん いくら食べても>>

<<やっぱりキリエそのうちパンケーキになっちゃうんじゃないの!>>

<<うっさいバカチ!>>

<<みんな静かにしろ まだ帰還した訳じゃないんだからな>>

<<聞いてたら私もビール飲みたくなってきちゃったわ>>

<<ザラ…>>

<<空腹時に入れるアルコールは危険>>

みんな口々に好き勝手喋っている。つい先ほどまでのピリついた空気からガラリと変わっていた。

<<…俺まで腹減ってきたな>>

<<おっさんもまたハンブルグサンド食べる?>>

<<…それもいいかもな!>>

<<よしみんな帰るぞ もうじき太陽が沈みきる>>

<<早く帰ってパンケーキ♪>>

日が沈んだ空を7機が飛んでいく。酒場で一緒にいた時よりもコトブキと距離が近くなってる気がした。

 

 

 


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