荒野の番犬   作:ジャック伍長

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第三章 Tail Man

空戦から1日が経った。あの空戦以降襲撃はなく、無事に羽衣丸は今ポロッカへ着陸しようとしている。昨日のコトブキの戦いっぷりは見事だった。今まで聞いてきた噂通りの腕前だ。戦いの状況を見極める目、操縦の腕、そしてパイロットとしてのプライドをあの空で見ることができた。サルーンで女子会をしているあの時とは違うプロの姿だった。パイロットは地上で会話するより空で出会った時の方が相手をよく知ることができるのではないかとそう思った。

娯楽室でそんなことを考えているうちに窓から見えるポロッカの街並みがどんどん近くなってくる。以前に写真で見たことのあるポロッカの街並みとは違っていた。かつてはこの世界でも屈指の大都市だったその姿は見る影もなく今では建築が進む建物とイケスカ動乱で焼けた家の残骸が混じる都市になっていた。唯一昔の面影を残しているのは都市中央に見える巨大な腕のオブジェだけだった。

地面に近づいたところで羽衣丸が繋留されるた。これから羽衣丸の積んでいた貨物の搬出作業が開始される。俺やコトブキのメンバー、そして搬出作業に関わらないクルーには事前に自由行動が許可されていた。この復興中の街にあるかどうかは分からないが、『穴』に関する資料を探しに出ることにした。娯楽室を出て自室に戻ろうと廊下を歩いているとレオナと鉢合わせた。いつもは纏めている髪が肩にかかり少し濡れている。シャワー室から来たようだった。その姿に目を奪われ鼓動が早くなった気がした。

「おはよう、サイファーは今日どこか行くのか?」

そんなこちらの気も知らずレオナが聞いてくる。

「あ、ああ…少し街を見てくるよ、そっちは?」

「私も少し出かけるよ。ザラとホームの子たちに何か土産を買ってくる」

「ホーム?」

聞いてみるとラハマにある孤児院のことらしい。レオナはそこの出身でそのホームのために飛んでいる。そして定期的に子供達にプレゼントを買って行ってるのだという。

「孤児院か…懐かしいな」

「サイファーも孤児院で?」

「まあ色々あってな...すまないそろそろ行くよ」

あまり深く話したくない事だったので話を打ち切って行こうとする。それにこれ以上今のレオナを見ていられなかった。

「ああ、すまない…だが部屋に戻るなら同じ方向だろう?」

その通りだった。完全に冷静さを失っていた。結局部屋の近くまで一緒に歩いて行って別れた。自室に入り一度ベッドに腰掛ける。柄にもなくドキドキしてしまった。前を歩く彼女の石鹸の香りが鼻に残っている。今まで多少なりとも女性に対して綺麗だとか思ったことはあるがこんな気分になったのは初めてだった。戦闘機に乗っている時とは違う彼女の姿を見たからだろうか。こういう時に彼女がいたPJに話を聞くことができれば参考にできたかもしれない。あの時PJの恋愛話を流しながら聞いていた自分を少し恨めしく思った。

とりあえず街へ行って穴に関する資料を集めよう。俺は帰らなくちゃいけない。いつか去るこの世界に大切なものを作るのは得策じゃない。そう言い聞かせて気を落ち着かせて街に出るための準備を始めた。とは言っても財布と拳銃を持って腰にポーチを着けるぐらいのものだが。最低限の荷物をポケットに入れて自室を出る。出入り口のある船橋まで下りると副船長がいた。集合時間に遅れないようにとだけ念押しされてからタラップを降りた。

 

飛行場から出てポロッカの市街に入った。流石に戦乱から時間が経ってるだけあって前情報で聞いていたほど今でも荒れ果てている訳ではなかった。それでも飛行場から伸びる大通りでは観光客の姿などはあまりなく通りを歩く人の多くが建設作業に当たっている作業員のようだった。通りを見ていると建築用の足場が立てられているものや建設予定の札がたっている更地、そして未だに焼けた家の残骸が残っている区画など様々だった。これだけの状態になってしまったのなら穴の資料があるかどうかはあまり望めないかもしれない。そう思いながら通りを歩いて書店を探すがやはりなかなか見つからない。しばらく通りを進むとやっと一軒見つけた。中に入って探してみるがラハマの書店で見たようなイケスカ動乱に絡めて穴について書いた雑誌のようなものばかりで、資料と呼べるようなものはなかった。立ち読みだけして帰るのも悪いと思ったのでラハマまでの帰りに時間を潰せるように3冊ほど本を買った。昔ヴァレー空軍基地で相棒がよく読んでいたような旅行記だ。店主に代金を払った時にほかに書店があるかと聞いてみると、今はやってるかどうかわからないが西の飲食店街の方にあると教えられた。ポーチに買った本を入れ、礼を行って外に出る。まだ時間の余裕はあるので店主の言っていた西の本屋に行ってみることにした。

少し西の方に歩くと通りに飲食店が多く見えるようになってきた。窓の中を見ると復興に携わっている大工や職人が食事をしている。この辺りは先ほどの書店があったエリアより復興が進んでいるようだった。先ほどよりも並んでいる建物が多いせいかこの辺にあると思われる書店が見当たらなかった。やはり戦災の影響で店を畳んでしまったのだろうか。そんなことを考えていると一人の青年が声をかけてきた。

「あの、何かお探しですか?」

「この辺に書店があると聞いて探しているんだが知ってるか?」

「ええ、知ってますよ。この辺は地元ですからね。案内するのでついてきてください。」

そう言って青年が前を歩き出した。ほかに当てもないので好意に甘えついていくことにした。青年について行くと大通りから中道の方に入って行った。どれぐらいで着くかと聞くともうすぐだと言った。そのうち青年は裏路地の方に入って行った。もうこの辺りには店の入り口のようなものは見えず飲食店のゴミ箱が置かれ、周囲は建物に囲まれていた。表通りからは完全に隠れている。嫌な予感がしてくると青年が足を止めた。そして周囲の建物の陰から5人ほどの男がこちらの退路を塞ぐように現れた。何人かは角材や鉄パイプを持っている。嫌な予感が当たったようだ。道案内をしていた青年がニヤつきながらこちらを振り向いた。

「すみませんね、おじさん。どうやら書店は無くなってしまってたようです」

わざとらしく青年が言う。彼がナイフを抜きながら言った。

「道案内はしましたので…おっさんの有り金全部いただこうか」

当然ながらこんな奴らに金を渡す気も殴られる気もなかった。

「…怪我しないうちに帰った方が身のためだぞ?」

「おっさん分かってねえのか?こっちは6人、そっちは1人だ。怪我をするのはおっさんの方だぜ」

面倒になってきた。こいつらに付き合わされて限りある時間を浪費するのはごめんだ。

「ごちゃごちゃ言わずに金が欲しけりゃ奪ってみろボウズ」

「なめやがって!フクロにしちまえ!」

青年の掛け声で男達がこちらに向かってくる。一番最初に鉄パイプを持った男が鉄パイプを振り上げてこちらに殴りかかってきた。振り下ろされた鉄パイプを左手で受け止めて掴んだ状態で腹に蹴りをお見舞いする。蹴りが入って腹を押さえるように姿勢を崩したところで顔に1発パンチを食らわせる。まともに頭に食らった男はそのまま気絶した。その男が持っていた鉄パイプを拝借する。次の男がおそいかかってきた。彼の数発のパンチを躱した後に鉄パイプで横から腕を殴り、怯んだところをそのまま回し蹴りで飛ばして壁に叩きつける。3人目の男は一番大柄だった。こちらに猛烈な勢いでタックルしてきた。タックルしてくる相手の顔面めがけて右ストレートを叩き込む。勢いがつきすぎてた大柄の男は避けることもできずに食らって昏倒した。次は2人が同時にかかってきた。片方が角材を持っている。最初に右脚の蹴りで武器を持ってない男を蹴り飛ばした。角材を持った男がこちらの頭めがけて振り下ろしてくる。その腕を片手で逸らしつつ男の顎に掌底を入れる。男が膝をついて崩れ落ちると先ほど蹴り飛ばした男が立ち上がり殴りかかってくる。

何発か拳を躱して相手の懐に入り腹に数発のパンチを入れる。そのまま胸ぐらを掴んで金属製のゴミ箱に投げつけた。頭を打ち付けた男が気絶する。これで残りは道案内をしていた青年だけになった。

「怪我をするのは俺の方だと言ってたか。どうする?あとはお前1人だぞ?」

青年が震える手でナイフを握りしめてこちらに向けている。震えた声で彼が言った。

「舐めやがって…死ねよオラァ!」

がむしゃらにナイフを振りながらこちらにかかってくる。なんとかそのナイフを躱していたが切っ先がわずかに左頬をかすめた。かすめた場所から血が垂れてくる。後退して一度距離を取る。

「へへへ…どうだおっさん、次はもっと深く刺してやる」

青年がナイフ持って再び突進してくる。ナイフを持つ腕を左手で掴み取り、ナイフをはたき落とす。そのまま腕を引き姿勢を崩して相手の足にこちらの足をかけて押し倒して背中から地面に叩きつける。軽く服に付いた埃をはらいながら倒した奴らを見る。全員地面に延びているが息はあった。彼らを残したまま裏路地を出て表通りに戻った。ひさびさに徒手格闘したせいか少し疲れた。近くの壁に寄りかかって一息ついた。そうしているとこちらを呼びかける声が聞こえた。レオナだった。朝会った時とは違う髪をまとめたいつもの姿だ。

「疲れてるみたいだが何かあったのか?」

「少し歩き疲れただけだよ」

「顔から血を垂らしながら歩き疲れたはないだろう」

そう言いながらレオナがポケットから薄緑のハンカチを取り出して俺の左頬を拭う。痛みで少し声が出た。

「我慢しろ。すぐに終わる」

頬を拭うレオナの顔がすぐ目の前に見える。朝と同じように鼓動が早くなる。拭いながらレオナがこうなった理由を聞いてきたので顛末を話した。聞き終えたレオナが言った。

「お前は今オウニ商会の関係者なんだ。軽挙妄動は慎むように」

「…すまん」

レオナが拭っていた手を退けると再び血が傷口から少し垂れた。

「まだ止まらないか」

「大丈夫だ。これぐらいなら…」

「まだ垂れてるだろう。少し自分で押さえててくれ」

そう言ってレオナが俺にハンカチを渡して自分のポーチから何かを探しはじめた。受け取ったレオナのハンカチは俺の血で赤く染まっていた。

「すまない…ハンカチを汚してしまって」

「気にするな。…これを使え」

レオナがポーチから大きめの絆創膏をくれた。手で押さえてたハンカチを外して傷口にそれを貼った。少し痛みが和らいだ。落ち着いたところでふと思いレオナに質問した。

「そういえばザラは?」

「ん?ザラならあそこにいるぞ」

レオナが指差した通りを挟んだ向かいの店の中に彼女の姿が見えた。こちらに向かって木のジョッキを持ちながら手を振っている。

「あそこでお前が血を流してるのを見かけたから私が様子を見に来たんだ」

「そうだったのか…心配かけてすまない」

「気にしないでいい。それじゃあ私はそろそろ戻る」

そう言ってレオナはザラの元に戻っていった。貼った絆創膏を触ると顔がすごく熱くなっていた。先ほどのレオナとのやりとりも全てザラに見られていたのだろうか。彼女は他のコトブキと違ってそういうことには鋭いはずだ。そう考えると恥ずかしさで余計に顔が熱くなる気がした。

 

血の付いたレオナのハンカチをポケットにしまって再び本屋を探す。先ほどまでいた大通りから外れたところに他の建物より古そうな書店を見つけた。外観を見る限りこの店は爆撃の被害を受けずに昔のままでいるらしい。中に入ると雑に本が並んでいた。見てみると本に埃が多く付いていた。カウンターには老女が座っている。並んでいる本を見てみるとどれも古そうなものばかりだった。

棚を眺めていると不思議な本を見つけた。この世界の言葉ではない別の言葉で書かれている本だった。表紙の埃を払いタイトルを見るが読むことができない。だが文字自体は見た経験があった。ノースポイントで使用されている言語と同じような字だった。F-2やF-15Jのコーションマークがこれと似たような字で書かれているのを以前に見たことがある。この世界で伝わっている穴から来た存在『ユーハング』はノースポイントを指す言葉なのだろうか?そんなことを考えながらページをめくっていく。中に写真が載っているページがあった。零戦の翼と胴体に赤い丸のラウンデルが描かれている。俺のいた世界では見たことのないラウンデルだった。ノースポイントとは関係がないようだがこの赤丸ラウンデルがユーハングを表しているようだ。ページを捲ると同じマークをつけた実験機のような飛行機の写真もあった。どうやらこの世界で穴が開いた当時のことを書いているらしい。この本は当たりかもしれない。そう思いながら本を閉じた。続きは羽衣丸に戻ってからゆっくり見ることにした。ほかに本棚を見て回ったが穴についての本やこれと同じ言語の本は見つけることができなかった。カウンターに行き老女に代金を支払おうとすると彼女が問いかけてきた。

「あんた…その本を買うのかい?」

「そうだが…非売品とかか?」

「いいや……うちは見ての通りの古い本屋でね…基本的に昔から来てる年寄り連中しか来ないのさ」

老女が語り始める。

「だからあんたみたいな若い客は珍しくてね。しかもユーハング語で書かれたこの本を買おうとしてる。そんな客は多くないから嫌でも覚えちまうのさ」

「覚えちまうってことは過去にも何人かいるのか?もしよければそいつらのことを教えてくれないか?」

もしかしたら穴について何か調べている誰かに繋がるかもしれないと思って聞いてみる。

「あんたを除けば2人だね…1人は銀髪の男、5年くらい前かね?なかなかいい男でねぇラハマからやってきたと言っとったよ」

「ラハマから?」

意外なところで接点が出てきた。もしかしたら今もラハマにいるのかもしれない。帰ってやるべきことがまた一つ増えた。

「もう1人の男は黒髪の掴み所のない男じゃったな。10年くらい前にやってきてユーハング語の本を買いあさって行きおったよ。去り際にわざわざ手品まで見せていっての。ありゃ忘れんわ」

「そうか…聞かせてくれてありがとう、婆さん」

「なに、たまに若い男を見んとこっちもくたばっちまいそうだからのう。本のおまけじゃ」

会話を終えて買った本をポーチに詰め込んで書店を後にした。もし店主の言っていた銀髪の男がまだラハマにいるのならコトブキの誰かが知っているかもしれない。戻ったらハンカチを返すついでにレオナに聞いてみよう。

書店から出た後に飲食街に戻り食事をすませるといい時間になっていた。そろそろ羽衣丸に戻る時間だ。歩いてきた道のりを戻って羽衣丸に向かう。今回は絡まれることもなく無事に帰りつくことができた。副船長に戻ってきた報告をして自室に戻る。腰のポーチを外して上着を脱いでベッドに腰掛ける。途端に眠気を感じた。流石に久しぶりの格闘で疲れが溜まったようだ。一度眠りにつくことにした。ベッドの上で瞼を閉じると不意にレオナの姿が瞼の裏に浮かんできた。なぜこうも気になり始めたのだろう。そう思いながら眠りに落ちた。

 

数時間ほどして目が覚めた。時計をみると17時を回っていた。頬の傷に少しだけ痛みを感じたが疲れはとれていたエンジン音が聞こえるので羽衣丸はポロッカを出発しているようだ。自室を出てサルーンに向かうことにした。サルーンに入るとコトブキがいつもの席で団欒しながら夕食をとっていた。もうだいぶ見慣れた光景だ。腹は特に減っていなかったので席についてグレープジュースを注文した。リリコは慣れた手つきでタンブラーに注いでこちらに持ってくる。態度はいつも通り素っ気ない。ジュースに口をつけるとジョニーがぼやいた。

「帰りは空賊に会わずに済むと思ったのに砂嵐が近くにあるなんて」

「砂嵐?」

聞いてみると、どうやら羽衣丸の航路の近くで砂嵐が起き始めたらしい。回避するルートをとるものの巻き込まれる可能性もあるそうだ。砂嵐は前の世界でも経験したことはなかったなと思い返しながら話を聞いた。そんな話をしているとサイレンが鳴り始めた。再びジョニーがぼやく。

「あれ?空賊は来ないはずじゃ…」

「バカ甘いですね」

サルーンにいるコトブキが動き出した。それに続いて俺も格納庫へ走り出す。

格納庫では発進準備が着実に進んでいた。俺の紫電改はすでにエンジンがかかっていた。翼の上を駆け上がりコクピットに飛び込み、無線のスイッチを入れる。

<<敵は6機 本船の4時方向 方位360より接近中>>

<<高度800クーリル 不明機の速度は125キロクーリル>>

<<砂嵐は現在本船の8時方向より接近中 速度25キロクーリル>>

<<コトブキ ガルムの順で発進>>

前回と同じ出撃順だ。船橋からの報告を聞いているとコトブキの声が聞こえてきた。

<<事前情報じゃ空賊のことは言われてなかったわよね?>>

<<ほんと忌々しい>>

<<砂嵐が迫ってきてる 全員位置の確認を怠るな>>

<<砂嵐の中って大丈夫なの?>>

キリエの質問が聞こえてきた。ナツオ班長がそれに答える。

<<ごく短時間なら大丈夫だが長く入るとエンジンが壊れちまうぞ!壊したら承知しねえからな!>>

ナツオ班長に続けてチカが言った。

<<じゃあパパッと片付けて戻って来ればいいんだね!>>

<<チカ 油断は禁物ですわ>>

<<不測の事態が発生する可能性がある>>

<<いつも通りに飛べば大丈夫よ>>

砂嵐を前にしてもコトブキの闘志は変わらない。いつも通りに飛ぶ。それをただ実行しようとしていた。滑走路にコトブキの隼が並んだ。

<<総員注意 制動開始>>

<<コトブキ飛行隊 発進!>>

レオナを先頭に船首から隼が飛び出していく。

<<ガルム隊 滑走路への進入を許可>>

指示に返事をして機体を滑走路へと進める。やはり2番機がいないというのは寂しく感じた。

<<ガルム隊 発進!>>

スロットルを押し込んで行きカウンタートルクに振られないようにラダーを使いながら滑走していく。あっという間に船首まで来て機体が空に飛び出る。脚とフラップを格納して展開してたカウルフラップを2割程度のところまで閉めていく。そのまま右にターンして羽衣丸の4時方向に機首を向ける。事前情報では敵は6機と聞いている。数はこちらとほぼ同数だった。高度を上げていってコトブキの位置と同じぐらいの高度で敵を探す。太陽は沈みかけているがこちらの背にあるのでこちらは見つかりづらいはずだ。敵を探していると下に滑走路のようなものが見えた。どうやら空の駅のようだが飛行機が止まってる気配はない。

<<下のあれは…空の駅か?>>

無線で聞いてみるとザラが答えた。

<<そうよ 今はもう使われなくなった空の駅のローソね>>

その言葉を聞いて改めて見てみると建物の屋根には穴が空き、駐機場には箱が転がっていた。だが滑走路はそこそこ綺麗な状態だ。少し気を抜いてしまったが改めて敵機を探すと1時下方でキャノピーの反射らしきものが見えた。

<<こちらサイファー 1時下方に敵機発見>>

<<了解 こちらでも見つけた>>

レオナから応答があった。続けてレオナが指示を出した。

<<キリエとエンマが突入して撹乱 敵機が編隊を崩したところで残りのメンバーで各個撃破する>>

<<了解!>>

コトブキが180度バンクして降下していく

こちらはもう少しこの高度にとどまることにした。

コトブキが降下し始めたところで敵もコトブキに気づいた。慣れているようで6機の密集編隊を2機ずつの編隊に組み直して散開する。敵機はどうやら隼の二型のようだ。機体にはマークなどは見えなかった。機体性能だけならコトブキに勝っていた。キリエとエンマがリーダー機の編隊に機銃を撃ち込む。敵も編隊を崩さずに旋回して回避する。だが旋回を終えたところにケイトとチカが降下して機銃を放った。2機が揃って右にブレイクして攻撃を躱す。

<<当たんなかった!>>

そう言って体勢を立て直そうと上昇しているチカの背後に別の2機編隊が食らいついて機銃を放つ

<<チカ!後ろ!>>

<<うわっ!>>

チカが左にブレイクする。それを追いきれない2機編隊にキリエが食らいついて機銃を食らわせる。命中したのが見えたが飛行に支障はないようだ。

<<チカ!油断するな!>>

レオナがチカに檄を飛ばした。残っていた編隊がキリエとエンマの後ろを取ろうと旋回をし始める。レオナとザラがその背後に着こうとすると敵はキリエ達を追うのを諦めて上昇を始めた。

<<ねえレオナ>>

<<ああ 統率が取れている 普通の空賊とは思えないな>>

レオナが言うとおりこいつらは編隊空戦の心得があるようだ。ろくに編隊も組めない普通の空賊とは違う。

コトブキと戦う敵の機動を観察してそろそろこちらも動くことを決めた。上空からダイブして上昇し始めた敵機に突撃する。220yd程まで近づきレティクルに捉えた敵機に機銃を放つが敵がロールしてこちらの下側にブレイクしたことで外れてしまった。なかなか楽しませてくれる敵機だ。再度上昇して次の攻撃に備える。隼相手にドッグファイトするのは危険だ。別の敵機に狙いを変える。チカとケイトの後ろを取ろうとした敵機がいたのでそちらに向かってダイブする。2機編隊のうち片方はこちらに気づいたがもう片方は気づくのが遅れた。躱されないように170ydまで近づいてトリガーを引いた。弾が敵機に吸い込まれ胴体がへし折れて墜ちていく。

<<サイファー 後ろだ!>>

上昇しようとした途端にレオナの声が聞こえ、後ろに隼が張り付いてきた。先ほどこちらの攻撃を躱した2機編隊だ。スナップロールで180度ロールしてダイブして振り切ろうとする。降下速度ではこちらが有利だ。降下に入った時に後ろから何発か飛んできたが距離があるので当たらない。少し降下して引き離すと敵機はこちらを諦めて離脱していった。降下をやめて距離を取り緩く旋回しながら上昇を開始する。上昇を終えて再び観察してみると敵の攻撃に積極性が見られなくなっていた。すでに逃げの態勢に入ろうとしている。

<<みんな 深追いするな!敵は離脱する気だ!>>

レオナの指示でコトブキが攻撃をやめる。残った敵機が再び編隊を組んで撤退していく。それに合わせてコトブキも編隊を組み直す。

<<妙な空賊でしたわね>>

<<所属を表す記章がない 以前ナンコーを襲撃した自由博愛連合の疾風に類似している>>

<<残党かもしれないな>>

彼女達が以前戦った連中との類似点があるようだった。

<<もういいじゃん!追い払ったんだし!>>

<<早く戻ってパンケーキ食べよー>>

キリエの気の抜けた声が聞こえる。コトブキが進路を羽衣丸に向けて戻っていく。妙な胸騒ぎを感じながら俺もそれに続いた。

少し飛んだところで羽衣丸を目視した。その後方より砂嵐が接近していた。そこまで着艦に時間はかけられないがコトブキはスムーズに着艦していった。残ったのはレオナ、ザラ、俺の3機になった。ザラが着艦のコースに乗る。ザラが羽衣丸の滑走路に着こうとした時に曳光弾が羽衣丸に命中した。

ザラの短い悲鳴とともに後部のハッチが破損して落ちかけるのが見えた。

<<ザラ!>>

レオナが大きな声でザラに呼びかける。その間に攻撃してきたやつを探す。砂嵐の中から機銃弾は飛んできたようだった。

<<…大丈夫よレオナ 尾翼に弾が当たったけど私は無事よ>>

レオナが安堵のため息をつく。とはいえ羽衣丸の後部ハッチが破損して俺たちは着艦はできなくなった。おまけに見えない敵から攻撃を受けているまずい状況だった。ハッチが閉まらない以上砂嵐の中に不時着することだけは避けなければいけない。

<<私たちもう一回出る!>>

キリエが言うがレオナが止める

<<ダメだ!敵の位置が分からない以上発艦時を狙われる可能性がある!>>

<<でも二人だけじゃ!>>

<<任せろ!なんとかする>>

キリエにそう言い放った。とはいえ敵の機数がわからない現状では対策の打ちようもなかった。まずは見つけ出さなくては。羽衣丸が砂嵐から逃げるように速度を上げていく。その時再び砂嵐の中から曳光弾が飛んできたのが見えた。その辺りを目を凝らして見る。……見つけた。三式戦4機が砂嵐に紛れながら飛んでいた。敵も砂嵐の視界の悪さで空中衝突しないように密集編隊で攻撃しているようだ。これ以上羽衣丸のエンジンを潰されれば砂嵐から逃れられなくなる。

<<レオナ 敵機を見つけた!11時方向>>

<<了解 サイファー 後ろについてくれ 私とお前で羽衣丸を離脱させるぞ!>>

<<了解!任せろ!>>

レオナの後ろについて砂嵐の中の敵に向かう。エンジンに負担をかけることになるがこの状況ではやるしかなかった。敵はこちらに気づいているようだが羽衣丸への攻撃を優先しようとしていた。敵の主翼には前の襲撃で零戦がつけていたのと同じ帯状のマークが描かれていた。何者かがオウニ商会を狙っているのかと想像したが一度頭の隅に追いやって墜とす事だけを考えることにした。

<<サイファー 私よりお前の機体の方が攻撃力は上だ 牽制するからお前が墜とせ>>

<<了解だ さっさと墜とすぞ>>

レオナが機銃を撃ちながら敵機に近いていく。敵機が2機ずつに別れてブレイクする。片方の隊で羽衣丸への攻撃を継続させるつもりのようだ。こちらを狙う2機編隊が機首をこちらに向けて機銃を撃ってくる。前方でレオナが回避するのに合わせて俺も同じ機動で回避する。敵機が離れる前にレオナが鋭く旋回して敵の背後に着く。俺は速度を殺さないように少し大回りで旋回して速度を維持しながらレオナの背後に再びついた。レオナが機銃の短連射で相手を揺さぶる。敵機が左右への旋回を始めてその弾をかわそうとする小刻みに左右に切り返しているが規則的で予測しやすい動きだ。この隙を狙わない手はない。少し距離があったが260ydほどの距離で敵機の進行方向に向けて機銃を放つ。曳光弾を確認した片方が急旋回するがもう一機が間に合わずに被弾する。左主翼が中程から折れて機体が砂嵐の中に墜ちていく。しばらく後に砂嵐の中で爆発の光が見えた。急旋回して速度を失った敵機にレオナが食らいついて機銃を放つ。三式戦独特の長いノーズに機銃弾が命中して火を噴きながらゆっくりと降下していった。墜ちていく機体をよくみると空気取り入れ口にサンドフィルターが取り付けてあった。砂嵐から奇襲してきた理由がわかった。少し上昇しながら羽衣丸に絡んでいる2機を狙う。砂嵐の中を飛んだせいかエンジンの回転が不安定になり始めていた。急がないと不利になる。

<<レオナ こっちはエンジンの回転が不安定になってきた そっちはどうだ>>

<<こちらもだ 早めにケリをつけよう>>

2機の敵機が羽衣丸に襲いかかっていた。大体のエンジンは無事のようだが旋回機銃が少し壊されていた。レオナが降下して三式戦の後ろにつく。すぐさま敵機がロールしてダイブを開始して逃げようとする。それに合わせて俺も降下を開始。フルスロットルでダイブして降下を開始した三式戦の背後を狙う。機銃を短連射して揺さぶりをかける。曳光弾を見た敵機が砂嵐に軽く飛び込みながら旋回を開始する。空戦フラップを作動させ一気に機首を敵機の進行方向に向け機銃をばらまいた。機銃が敵機のコクピットの命中しコントロールを失ってきりもみしながら墜ちていった。撃墜を確認していると上から敵機が降下してきて後ろに付いた。先ほど出したフラップをそのままにして90度ロールした後操縦桿を引いて右に急旋回する。敵機の射線から逃れたところで敵機に弾が命中した。だが撃墜には至らずすぐさま敵機が俺の後ろから離れる。レオナがその機体を追いかけようとしたが敵機は加速しながら羽衣丸から離れる進路を取って撤退していった。なんとか2機で敵を退けることができた。だが砂嵐の中を飛んで無茶したエンジンがすでに限界を迎えていた。羽衣丸も後部ハッチを損傷しているため戻ることもできない。

<<こっちはもう長く飛べそうにないな…レオナ そっちはどうだ>>

<<こちらも出力が上がらない 上昇して羽衣丸に合流するのは無理そうだ>>

なんとか現在は砂嵐の中からは抜けているがこのまま飛び続けることができない以上不時着を考えなければいけなかった。だが砂嵐が迫ってきてるため現在位置に不時着するのは得策とは言えなかった。どこか砂嵐をしのげるような場所がないか探しているとザラの声が無線から聞こえた。

<<レオナ 聞こえる?>>

<<ああ 聞こえてる>>

<<そこから北に10キロクーリルの位置にある空の駅の跡なら砂嵐をしのげそうよ>>

<<さっき俺が見たあれか>>

<<ええそうよ 二人でそこに退避してくれって副船長が 砂嵐が収まった後に回収に行くそうよ>>

<<了解 空の駅に退避する サイファーもそれでいいか?>>

<<ああ 問題ない それしかないだろうしな>>

なんとか退避場所の確保はできた。後は機体がそこまで持つかどうかの勝負だった。

レオナとともに旋回して羽衣丸から離れる。旋回するだけでもエンジンの調子が悪いと一苦労だ。少し飛んでなんとか空の駅の跡まで来ることができた。砂嵐はまだ空の駅の近くまでは来ていなかったが到達するまでの時間はあまり残っていなかった。旋回しながら空の駅の跡を観察する。滑走路は砂こそ被っていたが目立った損傷は無いように見えた。

<<レオナ 先に降りてくれ>>

レオナに着陸を譲ろうとする。だがレオナから別の提案をされた。

<<いや ここは編隊着陸で行こう これ以上機体に無理をさせることはできなさそうだ>>

レオナに言うとおりだった。できることなら余裕を持って早めに着陸したかったのでその提案を飲むことにした。編隊を組んで旋回して滑走路に正対する。近づいてくる砂嵐がすぐそこに見える。風も強さを増して吹き流しがたなびいていた。脚とフラップを展開して着陸準備をする。キャノピーを開けたかったが外の風のことを考えて閉めたまま降りることにした。スロットルを絞って速度を落としていき、三点着陸の姿勢をとった。ゆっくりと降下していき地面に車輪が接地する。フットペダルを踏み込んで減速していったところで突然左前方にいるレオナの機体からこちらになにかが飛んできた。一瞬すぎて分からなかったが左の主翼が地面に擦り付けられて火花を出しながらスピンを始める。こちらの機体とぶつからないように右にラダーペダルを蹴り機首を右に降って回避して再びブレーキを踏み込む。レオナの隼が滑走路から外れて舗装されてない地面に出たところでなにかにぶつかってようやく止まった。

「レオナ!!」

停止した紫電改から駆け降り声を上げながら俺はレオナの機体に走っていった。


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