荒野の番犬   作:ジャック伍長

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第六章 Mask

ラハマ防衛戦から1日が経った。俺は娯楽室で頭痛に悩まされている。あの戦いの晩、戦闘参加者がラハマ町長に呼ばれて小さな祝勝会のようなものが開かれた。それだけなら良かったのだが迂闊にザラとピクシーのペースに付き合ってしまったのがまずかった。付き合った結果が今のこの状態だ。特別酒に弱いわけではなかったがあの二人が飲む量はおかしかった。

動く気もせずソファに寝そべり天井を見上げていると誰かが入ってきた。首だけ動かして入口側に視線を移すとそこに深妙な顔をしたレオナがいた。昨日の空戦後からずっとあの感じだ。昨晩の祝勝会にも参加はしてたが一人浮かない顔をしていた。何か考え込んでるようでこちらにも気づいていないようだ。

「よう隊長さん…浮かない顔してるが大丈夫か?」

頭痛に耐えながら別なソファに座ろうとしていたレオナに声をかけた。

「いたのかサイファー。そっちの方がひどい顔だが大丈夫か?」

「あんまり大丈夫じゃない…あの副隊長たちに付き合ってたら肝臓がいくらあっても足りなさそうだ」

「ピクシーがどれだけ強いのかは知らないけどザラのペースに付き合うのは無謀だよ」

そう言ってレオナが水差しから水をコップに入れて差し出した。受け取ろうとして起き上がった時に酷い痛みが頭に走った。なんとか受け取ったところで彼女が言った。

「そんなに酷いなら部屋に戻って寝てたらどうだ?」

そう言う彼女に受け取った水を飲みながら俺はここにいる理由を説明した。

「そうしてたいのは山々なんだが相方のいびきがうるさくてかえって頭に響いてな。それにこっちの方が外の景色が見えて楽だ」

「それなら構わないが…明日からアレシマ行きの仕事に差し支えないようにな」

「ああ…なるべく頑張るよ。それで?そっちはどうして浮かない顔してたんだ?」

話を俺のことからレオナのことに切り替える。

「大したことではないんだ。気にしないでくれていい」

彼女がそう言って話を切り上げようとしたが俺が食い下がる。

「悩んだまま飛ぶとロクなことにならない。俺に話すのが嫌だったらザラに話してみたらどうだ?」

俺がそう言うと彼女はため息をついてから諦めたように口を開いた。

「少し不安なんだ。オウニ商会とコトブキだけでなくラハマも狙われてる以上私たちの不在時にまたラハマが襲われるかもしれない。もしもホームに被害が出たらと考えると少しな…」

レオナが窓の外を眺めながらそう言った。空賊ですら普通は都市を狙わない。そんなこの世界では都市爆撃なんてことは普通起きない。

遠くを眺める彼女に気休めでもいいからと思い思いついたことを言った。

「でももうラハマは狙われないかもしれない。昨日の迎撃で結構な打撃は与えたしな」

それに続けてさらに言った。

「それにラハマを爆撃で焼け野原にするよりもコトブキと羽衣丸を仕留める方が向こうにとっても箔がついていいはずだ。いつも通り仕事してればきっとこっちを優先的に狙ってくるはずだ」

「たしかにそうかもしれないが…」

「あまり深く悩んでも仕方ないさ」

そう言ってコップの水を飲み干して再びソファに横になった。少し話題を変えて彼女に聞いてみた。

「それだけ深く悩むってことは相当ホームに思い入れがあるんだな。ポロッカでもお土産を買ってたよな」

厳しかった彼女の顔が少し和らいだ。

「私がこうして空を飛ぶようになったのはホームへの恩返しがしたかったからだ。最初に院長先生にパイロットになると伝えた時は猛反対されたよ」

そう語る彼女の顔はどことなく誇らしげに見えた。

「自分で何のために飛ぶか選べるってのは良いよな…」

自由に飛べるこの世界のパイロット達が心底羨ましかった。その気になれば思いのままに空を飛ぶことができるのは上の命令を受けて飛んでいた俺からすれば天国のようだった。そんなことを思ってる時にレオナが俺に聞いてきた。

「そっちの空はこちらの空とは違うのか?」

「全然違うよ。国同士の戦争もあったし…空を飛ぶのにも制限は山ほどあった」

「まるでイジツと違うんだな」

「だからこっちにきた時は心底驚いたよ。当たり前のように戦闘機が自家用車みたいに扱われてるからな」

「イジツでは陸路での移動はほとんど無理だからね。元の世界に戻るまではこの生活を楽しむのもいいんじゃないか?…さて、そろそろ行くよ」

レオナがそう言ってソファから立ち上がって言った。

「少し気が楽になったよ。ありがとう」

「いいってことさ。俺も話してたら少しは楽になってきた。こっちこそありがとう」

その会話を最後にレオナが娯楽室から出ていった。彼女の悩みが少しでも減ってくれればいい。心に悩みを抱えながら飛ぶとろくなことにならない。もし彼女が墜ちれば他のコトブキの子達にも悪影響だ。そうなれば俺たちガルム隊にも負担がかかることになる。

ただそう考える一方でレオナが悩んで暗い顔をしているのも見ていたくなかった。何故かは分からないが彼女と遭難したあの時から彼女を見るたびそういう思いが浮かぶようになっていた。

なんでこんな風なことを考えてるんだろうと思いソファに寝そべりながら天井を見上げているとまた誰かが部屋に入ってきた。誰かを確認する前にその誰かが俺に声をかけてきた。声で誰かがわかる。俺をこんな二日酔いにした妖精だ。

「よう、部屋にいないから探してみればこんなとこで寝てたのか」

悪びれもなくそう言ってくる相棒に悪態を吐く。

「うるせえ、お前のいびきがうるさくて頭に響いて寝られなかったんだよ」

「そいつは悪かったな。空では無敵の鬼神も相変わらず酒は苦手なんだな」

人のことを言えた義理じゃないが昔から変わらず皮肉っぽいやつだ。余計に頭が痛くなる。その上ニヤニヤとこいつらしくない笑みを浮かべてた。

「なにニヤついてんだよ片羽」

笑みを浮かべたままピクシーが言った。

「いやなに、天下の鬼神様も随分喋る様になったなと思ってな」

「余計なお世話だ。用事がないならさっさとどっか行け」

昨日の晩のこともあってやたらこいつの態度にイライラしていた。少しだけアヴァロンでとどめを刺しておけばよかったかもしれないとも思っていた。そんな気持ちを落ち付けようと再びコップに水を注いで口をつけた。その時ピクシーが言った。

「ああ、じゃあ一ついいか相棒。お前あの子に惚れてるだろう」

その言葉に含んでいた水を盛大に口から吹き出した。こいつに向かって。

「うおっ!?おい汚いぞ相棒!!」

濡れた顔を拭いながらピクシーが文句を言ってきたがそれどころじゃない。咳き込みながらこいつが言ったことを頭の中でもう一度流した。余計に訳がわからない。

「今なんて言った…?」

顔を拭い終わったピクシーが言った。

「お前、あいつに惚れてるだろと言ったんだ」

「俺が…?レオナに?」

こいつの口からそんなことが飛び出てきたこともあってそれ以上の言葉が出ない。

「さっきの会話を聞く限りそうとしか思えないがな」

「聞いてやがったのか…」

「で?どうなんだ。あの子を気に入ってるのか?」

言葉のない時間が続く。すぐには答えが出せなかった。ピクシーがニヤつきながらこちらを見ている。しばらくしてやっと答えを口に出した。

「多分…いやよく分からない…なんというか…ほっとけないというか…その…いい奴だなとは思う…」

自分自身でも聞こえないような小さな声でそう口に出す。恥ずかしさが増していく。この野郎にそんなことを打ち明ける日が来るとは思ってなかった。できることならこういうこを打ち明ける相手はPJあたりにしておきたかった。

「それで?これからの方策はあるのか相棒」

変わらずニヤニヤしたままのピクシーがさらに聞いてきた。

「なんでそんなに食いついてくるんだよ…別に策なんかないぞ…色恋沙汰なんて今まで生きてきてしたことないしな…」

「明日からアレシマだろう。せっかくなんだからあっちに着いたら食事にでも誘ってみたらどうだ?」

そうピクシーが提案してきた。本当になぜこいつはこんなことを提案しているのだろう。

「いやいきなり誘うのもな…もう少しこう会話をしてから…」

「あの隊長は多分そういうアプローチは通用しないと思うぞ。のんびりしてると別な奴にあいつを落とされるぞ?」

俺を焦らせるようにピクシーが言った。そうは言われても突然のことで考えは全然まとまらない。このままこの話題を続けるのはきつかった。

「……アレシマに着くまでに少し考えておくよ。……また頭が痛くなってきた…」

そう言って無理矢理会話を切った。今度の頭痛は飲み過ぎのせいなのかこの会話のせいなのか分からなかった。娯楽室から出て自室に戻ろうとする前に気になったことをピクシーに聞いてみた。

「そういやなんでお前は俺の色恋沙汰に首突っ込もうとしてるんだ?」

帰ってきた答えは意外なものだった。

「今執筆中の本のネタになりそうだったからな。もし上手くいったら使わせてもらう」

悪びれもせずそう言い放ったピクシーの頭を引っ叩いてから娯楽室を後にする。やっぱりこいつはアヴァロンダムで仕留めておくべきだったかもしれない。

 

夕方になってやっと頭の痛みが取れてきたのでラハマの街をあてもなくぶらついていた。観光都市でもないこの街には見所と言える場所は特になかった。だがこの街を歩いていれば必ず見えるものがある。この街の経済の源、シオヤマだ。俺はちょうどその麓のあたりに今いた。

ふと見上げてみると誰かがシオヤマの上にいるのが見えた。目を凝らして見てみるとコトブキ飛行隊の一人、キリエだった。少女一人であんなところで何をしているのだろうか。そんなことが気になって俺もシオヤマの上へ歩を進めた。道を登って行き平らな頂上へと辿り着いた。夕陽が差す頂上には俺とキリエだけが立っていた。

彼女が足元にある石に向かって手を合わせている。誰かの墓なのだろうかと思いながら祈りを捧げる彼女に近づいていく。ある程度近づいたところでキリエが振り向いて俺に気づいた。

「あれ?サイファー?」

「よお」

軽く返事を返してキリエの横までやって来た。彼女が不思議そうな顔でこちらを見ている。

「どうしたの?こんなところに来て」

「散歩してたら下からキリエの姿が見えたから気になってな。知り合いか誰かのお墓か?」

夕陽が眩しいからかそれとも思い出に浸っているからか目を細めながら彼女が言った。

「うん。サブジーの」

「サブジー?」

「私が小さい頃にこの辺に住んでたおじいちゃん。私がよく遊びに押しかけてたんだ」

石を眺めながらキリエがそう呟いた。

「無愛想で偏屈なおじいちゃんだったけど小さい私を零戦に乗せて飛んでくれて…でも最後は住んでた小屋を燃やしてどっか行っちゃったんだ」

寂しそうにキリエが語る。

「何か事情があったのか?」

彼女に思ったことを聞いてみた。わざわざ戦闘機に乗せてあげるほどの関係だったのに失踪した理由が気になった。

「サブジーはユーハングの人だったらしくてね、それに目をつけたイサオ達に追われてたみたい。それで別なところへ逃げたけどまた見つかっちゃったらしくて…結局最後はイサオに墜とされちゃったみたい」

「墜とされたって言うのは本当なのか?」

「本当だと思う。墜としたイサオ本人から聞いたんだもん」

大切な人を自分が殺したと敵から伝えられるのは相当辛いことだと思うのだがさらりと彼女は言った。

「悪いな…話しづらいこと聞いちゃって」

「いいよ、もう昔の話だし」

「そうか…邪魔して悪かったな、それじゃ」

別れの挨拶をしてその場を去ろうとしたところでキリエから呼び止められた。

「サイファーはどうして空を飛ぼうと思ったの?」

「空を飛ぶきっかけか?昔地上で戦ってた時に空の連中に助けられたからだよ。俺もあんな風に誰かを助けられるようになってみたかったんだ」

口に出してみるととにかく懐かしく感じる。もう遥か前のように感じていた。

「誰かのためか〜。レオナと似てるね」

キリエの口からその名が出て不意にドキッとして鼓動が速くなる。昼前にピクシーとあんな話をしたせいか。そんな俺を見てキリエが言った。

「どうしたの?顔赤いよ?」

「夕陽のせいじゃないか?」

正直苦しいと思う言い訳だったがキリエは大して気にもせずにその言葉を信じてくれた。レオナの話から逸らすために話を無理矢理元に戻した。

「どこまで話したっけ…そうだ、空の上から誰かを助けてみたかったんだ。それはこっちへ来てからも変わらない」

正直なところこちらの世界へ来てからの方が誰かのために飛べてるような気がした。この世界では都市爆撃を命じられることもない。略奪をするような悪人を相手にするだけでいいのは心が多少楽だった。そんなことを考えているとキリエが言った。

「もしどこかに穴が開いたらやっぱり帰るの?」

「……多分な」

曖昧な答えを彼女に返す。帰りたいと思っていたが改めて聞かれると少し迷いが生じた。この世界でずっと好きに飛んでいた方が幸せなんじゃないか。元の世界に戻ってもまた戦争の駒として扱われるだけなのではないだろうかとそう思い始めていた。

レオナに悩んだまま飛んだらロクなことにならないと言ったばかりなのにこうして自分が悩んでいるいるのは矛盾してるなと自分でも少し呆れていた。

「キリエ、邪魔して悪かったな。明日からまた宜しく頼む」

そう言い残してシオヤマを降りた。頭の中には先程キリエから聞かれた事がぐるぐると回っている。もし穴が開いた場合どうするべきなのだろうか。

大きく息を吐いて気持ちを切り替える。今はこれについて考えるのはやめよう。レオナに言ったように悩みはロクな自体を招かない。だがレオナのことを一瞬考えた時に昼のピクシーの提案が頭に浮かんできた。他人に指摘できないくらい悩みだらけだなと少し笑えてくる。

何はともあれ明日からアレシマ行きの仕事だ。今の自分にできることをやる。後のことは後で考えよう。そう思いながら羽衣丸への帰路へ着いた。

 

次の日の昼前に羽衣丸はアレシマへ向けて無事離陸した。今回はラハマで取れた岩塩が積荷だった。それと同時にアレシマで今回自由博愛連合の過激派の標的にされている都市、組織の対策会議が開かれることになっていた。聞かされた話では航行途中でガドールのユーリア議員が乗る船と合流するそうだ。その為今回はマダムルゥルゥも羽衣丸に乗っている。事前情報では今回使用する航路に最近空賊が現れたという報告はなかったが、いつまたラハマを襲った過激派が襲ってくるか分からなかった。そのせいか一見いつもと変わらないように見えるコトブキ達もいつも以上に気を張っているように見えた。

ラハマでの迎撃戦で損害はかなり与えたはずだが過激派連中の総戦力が分からない以上安心は出来なかった。もしも奴らが前回以上の数で来れば流石に羽衣丸を無傷で守りきるのは難しいだろう。

昼をすぎてピクシーを連れてサルーンに向かった。扉を開けるといつもの位置にコトブキが座って食事を取っている。もうだいぶ見慣れた光景だ。俺たちもいつものテーブルに着いてリリコに食事を注文する。

料理が来るまでの間にザラと談笑しているレオナに目が行った。昨日ピクシーが言っていたことがまた頭の中に浮かんでくる。そんな時にピクシーが俺の視線に気づいた。笑みを浮かべながら小声で俺に問いかける。

「おいサイファー、結局どうするんだ?」

その問いに俺も小声で答える。

「アレシマに着いてから決めるって言っただろ…仕事に集中しろ」

ボソボソと二人でそう話してると気になったのかチカが話しかけてきた。

「おっさんたち二人で何コソコソ話してんの?」

そう聞かれたピクシーがさっきの事を喋るんじゃないかと少し心配になったがこいつは適当なことを言って返した。

「いやなに、今日はパンケーキの嬢ちゃんが何枚パンケーキを食べるかって賭けをしようとこいつに持ちかけてたところだ」

チカの横に座ってそれを聞いていたキリエが立ち上がって大声を上げる。

「はぁ!?何勝手に人を賭けの対象にしてんのさ!」

立ち上がったキリエを諌めるようにエンマが言った。

「落ち着きなさいキリエ。……私もその賭けに乗ってもよろしくて?」

「何言ってんのエンマ!?」

「なら私も参加しようかしら」

ザラまでもがピクシーが冗談で言った賭けに参加しようとする。

「二人ともキリエをあまりからかうな、キリエも落ち着け」

そうレオナが軽くはにかみながら言った時に船内にサイレンが鳴り響いた。コトブキの目つきが仕事人のそれに変わり格納庫へ駆け出していく。俺とピクシーもそれに続いて走り出した。

 

格納庫へ着いて愛機のコクピットへと飛び込む。もうこのレシプロ機のコクピットにも慣れてきた。始動準備をこなしているとオペレーターのアディから無線が入ってくる。

<<不明機 高速で接近中 高度2000クーリル 速度200キロクーリル 機数5>>

それを聞いてチカが言った。

<<5機? 少ないね!楽勝じゃん!>>

<<チカ 油断するな! 以前の黒い疾風のような例もある>>

チカをレオナが諌める。それに続いてケイトが言った。

<<少数機で攻撃を仕掛けてくる以上 熟練のパイロットの可能性が高い>>

<<空賊なら叩き落とすだけですわ>>

そんな会話をしながらエンジンを始動してコトブキが滑走路へタキシングし始める。

<<コトブキ飛行隊 発進!>>

主操縦士のアンナの号令でコトブキ飛行隊が滑走路を駆けて空中に飛び出す。全機が発艦した後に離陸準備を終えた俺とピクシーの機体が滑走路に進入する。滑走路上で一時停止をして発進の号令を待つ。少しして号令がかかる。

<<ガルム隊 発進!>>

右にラダーペダルを踏みながらスロットルを徐々に開けていく。翼が風を切りテールが浮き上がる。滑走路端から飛び出た瞬間機体が下に落ち込む。落ちこんだところでランディングギアを格納してフラップレバーを空戦フラップの位置にセットする。

緩い右旋回をしながら後から離陸したピクシーと編隊を組みつつコトブキ飛行隊の後を追う。速度では彼女達の隼より俺たちの紫電改の方が速いのですぐに追いついた。20nmほど飛んだところでザラから無線が入ってくる。コトブキでは彼女が一番目がいい。

<<見えたわ 機体は多分…飛燕かしら>>

<<この間ラハマ襲った奴らの残りかな?>>

キリエが呟く。キリエが言う通り先日のラハマ爆撃隊の飛燕の可能性もあった。正面方向に目を凝らすと細身のシルエットが見えた。5機でシェブロン編隊を組んで正面から向かってきている。たしかに飛燕のようだった。

敵機との距離が1nmに近づいたところで先に彼らが動いた。編隊でバレルロールして高度を下げて加速して向かってくる。その動きに見覚えがあった。頭の中にある今までの敵味方の機動からその動きを思い出そうとする。だがその機動はイジツで見たものではなかった。この世界に来る前に見た機動だ。

<<コトブキ こいつらは速い!用心しろ!行くぞピクシー!>>

<<ウィルコ>>

無線でコトブキにそう伝える。まだ有効射程の外だったが敵機がヘッドオンの状態で機銃を撃ってくる。

<<2機ずつに別れるぞ!私とザラで敵を引きつける!キリエとエンマは私たちに食らいついたのを狙え チカとケイトはその援護だ!>>

レオナがコトブキに指示を出して散開する。

俺とピクシーはコトブキの散開を支援するためにヘッドオンの状態で機銃を放つ。当てることは考えずに敵を分散させられればよかった。だが敵はこちらの機銃に怯まずに高速で飛び込んできた。機体を60度ほどロールさせて編隊の中央にいる敵機とすれ違う。すれ違う一瞬に敵機に目を向ける。敵機は飛燕ではなかった。イジツでは見たことがないがその機体には見覚えがあった。『Bf109G』歴史の教科書でかつてベルカ空軍が使っていたと記されていた。機体には灰色の単色塗装に尾翼にはスズメバチを模したエンブレム、主翼には自由博愛連合の過激派がつけている帯状のマークが施されていた。主翼のマーク以外はかつて見たことのある塗装だ。すれ違う瞬間に敵パイロットと目があった。

<<飛燕じゃない!?なんだこの機体!>>

無線からキリエの大声が聞こえる。

<<おそらくメッサーシュミットBf109 かつてユーハングの同盟国が使用していた機体 だがあの型は資料でも見たことがない>>

ケイトがキリエの疑問に答える。その言葉からどうやら俺の世界の機体とユーハングのいた世界の機体は同じものはあるようだと分かったが今はそれどころではない。

<<また速いやつかよ!戦いづらいっての!>>

チカが文句を言った。コトブキの隼では速度性能はかなり劣っていた。なんとか俺たちがあいつらを牽制しないといけない。

<<ピクシー 後ろを頼む 2機でかかるぞ>>

<<分かった 任せておけ>>

スロットルを全開にし左に旋回してこちらの後方を通り過ぎた敵機を追う。ピクシーが同じようについてくる。敵機は先ほどの降下でついた速度活かして上昇を始める。コトブキはレオナとザラを残して一度敵機から離れて上昇をしている。俺たちは敵機を追いながら上昇を開始する。17000ftまで上昇したところで敵機がロールして降下を開始する。おそらくその下を飛ぶレオナ達が狙いだ。あと少し高度が欲しかったが一度水平飛行に移って速度を稼ぎながら敵機との距離を詰める。緩降下しながら敵機の編隊が下にいるレオナとザラに機銃を放つ。

<<ザラ くるぞ!>>

<<分かってるわ!>>

二人がタイミングを合わせて同時に左にブレイクする。曳光弾が空を切る。二人の下に入らないように再び5機編隊で敵機が上昇を始める。若干だが3番機以下の3機は追従が遅れていた。その上昇の隙を狙って俺たちは降下を開始する。

この上下に動く機動はベルカ空軍の基本機動だ。ベルカ戦争で何度も目にしてきた。この降下での攻撃で彼らを仕留められるとは思っていなかった。俺たちの攻撃に対してどう対処するかを確かめたかった。

降下で距離を詰めて300ydほどで機銃を放つ。この距離では命中は期待しない。敵の近くを曳光弾が通り過ぎるタイミングで敵機が散開する。こちらに1番機と2番機の2機が機首を向けて機銃を放つ。残りの3機は緩く右旋回しながら上昇を継続する。バレルロールして弾を回避しながら敵機の動きを観察する。2機は再び硬貨を開始して下へ逃げようとしていた。それをピクシーと二人追いかける。

上へ逃げた3機を上空で待っていたキリエとエンマが攻撃する。敵はうまくエルロンロール中にラダーを踏み込んで進行方向を惑わせて回避する。いつもの空賊ならキリエとエンマが撃った段階で編隊を解いてしまうだろうがこいつらはエルロンロール後にしっかりと編隊を組み直していた。1番機と2番機との相性は悪いようだがやはりこいつらは手練れだ。

降下した2機を追いかけると敵機がゆるい右旋回をし始めた。その予測進路を狙って距離はあるが再び機銃を放つ。俺の狙いは1番機だ。

<<ピクシーは2番機を狙ってくれ>>

<<了解だ>>

その呼びかけに応じてピクシーは2番機の進路に機銃を撃った。だがこいつらは多少ロールしたものの編隊は崩さずに左旋回に移行した。視線を外して上にいる3機を見ると敵機がこちらを狙って降下してきて射撃しようとしていた。この戦法も見覚えがある。だが射撃しようとしていた所に最後まで待機していたチカとケイトが飛び込んで機銃を放った。俺たちに気を取られていた敵機に機銃弾が命中するが急所には当たらなかったようで機体に穴を開けただけに留まったようだ。

<<あいつら燃えない!>>

<<Bf109の燃料タンクは胴体のみ 主翼への被弾では炎上しない>>

<<忌々しい相手ですわね>>

<<でもこいつら羽衣丸に向かおうとはしてないよね>>

被弾した敵機が体勢を立て直すために降下でコトブキの隼を引き離す。上の3機をコトブキに任せて前方の2機を追う。旋回戦に持ち込めればこちらが有利だ。

その時無線から聞きなれない声が聞こえた。オープンチャンネルで呼びかけてきているようだ。

<<その塗装 円卓の鬼神と片羽の妖精か?なぜ貴様らがここにいる>>

ピクシーくらいしか呼ばないその二つ名を呼ぶということはこいつらは間違いなく俺たちの世界の人間だ。その声からは憎しみが感じ取られた。今度は俺があいつらの正体を聞こうとした。

<<灰色のスズメバチマークに囮になった第一編隊を餌に第二編隊が攻撃を仕掛ける戦法 あんたらグラオヴェスペ隊だろう?お前達こそなぜここにいるんだよ>>

グラオヴェスペ隊はかつて円卓で俺たちが戦ったことのあるベルカ空軍の部隊だった。

<<貴様らに話す謂れはない 祖国の敵よ墜ちろ>>

そう言って敵機からの無線が切られる。その後にキリエからの無線が来る。

<<今の誰!?サイファーの知り合い!?>>

<<キリエ! 今は戦闘に集中しろ!>>

キリエの質問をレオナが遮る。

<<グラオヴェスペ隊か 厄介だが勝てない相手じゃないな>>

ピクシーがそう呟いた。俺たちが追っていた2機が鋭い左のターンを描く。俺たちもそれに続いて旋回する。空戦フラップのお陰で旋回はスムーズだ。

上空にいる3機は先ほどの攻撃でダメージこそ受けているものの戦闘は継続していた。お互い機動性と速力の差が大きくて決着がつかないようだ。上のことは4人に任せて俺たちは前の2機を追う。その機動を観察していると彼らはまだレシプロ機の戦闘に慣れていないようなのが見えてきた。先ほどの会話でどうやら冷静さを少し欠いたようだ。彼らがかつて空軍で使っていた機体は旋回性に優れたMiG-29だったが今の機体はこちらより旋回性が低い。徐々に隙が見えてきた。

再び1番機の進行方向に向けて機銃を放つ。曳光弾を確認した敵1番機が水平方向の旋回から右ロールして垂直方向の旋回に切り替える。どうやら上昇して3機と合流しようとしているようだ。その背後を上昇して追いかける。2000ft上空から敵機がコトブキの追撃を振り切って降下してくる。どうやら1、2番機を追って上昇してくる俺たちを狙おうとしているようだ。だが降下してくる全機が俺とピクシーに集中しすぎていた。レオナとザラが降下する敵機と交差するように飛び込んで機銃を叩き込む。敵の5番機のエンジンに機銃が命中して出火する。機体が高度を失いながら降下していく。

<<油断しすぎね 星ひと〜つ>>

ザラが間延びした声で撃墜を告げる。

1番機と2番機を除く残りの2機が動揺して降下を中断して旋回を開始した。だがタイミングが悪すぎた。回避を優先して単調な機動を取った目の前の敵機に食らいつく。この位置ならば絶対に当たる。200ydを切った距離で照準器に敵機の姿を捉える。なんとか回避しようと敵機が急旋回をした。おそらく3番機以下のパイロットは過激派の中から選抜されてこの隊に加わったのだろう。このパイロットはもともとは旋回性の高い機体に乗っていてその癖で急旋回で回避という行動を取ってしまったようだ。だが今乗っている機体は旋回戦向きではなかった。

旋回でエネルギーを失って機体がふらつき出す。ほとんど見越し角を取る必要は無かった。運がなかったなと思いながらトリガーを引く。翼の機銃が炎を吐き出して敵機に吸い込まれていく。被弾痕が機体に空きエンジンから火が噴き出す。パイロットにも命中したのかザラが撃墜した機体とは違い煙を引き錐揉みしながら地面へと吸い込まれていった。

なんとか1番機に合流しようとしたもう一機にキリエが張り付く。普通ならば追いつくことはできないが旋回で速度が鈍ったBf109と降下で速度の乗った隼では隼に分があった。こうなるともはや機体の性能差よりのパイロットの資質の方が重要になってくる。距離を詰めたキリエが急所たるエンジンに向けて機銃を叩き込んだ。出火こそしなかったもののオイルが飛び散りプロペラが止まる。特徴的な横開きのキャノピーが開きパイロットが脱出した。主人を失った機体は流されるままに姿勢を崩して地面に叩きつけられてバラバラになった。キリエが撃墜を宣言する。

<<星ひとつ!>>

これで残りは奴らだけになったがどうやらもう交戦の意思はないようだ。こちらから距離を取るように上昇していく。その時再びオープンチャンネルで声が聞こえた。

<<これで勝ったとは思うなよ鬼神…決着はついていない…俺はバスティアン・シュナイダー ベルカの誇りにかけていつか貴様を墜とす>>

怨みが篭った声で彼が言う。

<<戦争はもう終わったんだ 円卓で俺たちの決着はついていたはずだ>>

<<まだ終わってはいない…貴様を墜として部下の仇を討つまでは…>>

そう言ったのを最後にオープンチャンネルから声がしなくなった。撤退していく二機を見てレオナが号令を出す。

<<敵機離脱 深追い無用 帰還するぞ>>

コトブキ飛行隊が編隊を組み直して羽衣丸に進路を取る。その右後ろにピクシーとついた。

<<しかしベルカの連中が来てるとはな>>

ピクシーが呟いた。

<<グラオヴェスペ隊か…あいつらは確かラルド派の軍閥だったな>>

ベルカの戦争推進派であるラルド派がこの世界に来て自由博愛連合と組んでいる。情報量が多すぎて頭が混乱していた。

<<ねえラルドとかベルカとか全然話が掴めないんだけど?>>

チカが言った。それに続いてキリエも口を開いた。

<<あの人たちって結局二人の知り合いなの?>>

キリエの問いに答える。

<<知り合いではないな 敵だった奴だな>>

<<あの口ぶりだと相当怨みを買ってるみたいですわね>>

エンマの発言にピクシーが反応する。

<<俺たちがあいつの部下を墜としたのは事実だからな>>

<<なんにせよ一度しっかり情報を整理する必要があるわね>>

<<ああ 帰還後にミーティングをしよう>>

ザラとレオナが次に向けての案を練り始めていた。

<<ユーハング製ではない機体を彼らが運用しているのは興味深い 穴が関連している可能性がある>>

ケイトの言うとおりあの機体があるということはベルカ、あるいはラルド派は穴に関係する技術を持っているのだろう。だとすれば自ずとやることは決まってくる。彼らを追うことが最優先目標だ。そんなことを考えてる時に若干疲れた声でレオナが言った。

<<とりあえず帰還しよう ミーティングは昼食を取ったあとだ サイファー達もそれでいいか?>>

<<ああ 大丈夫だ>>

俺がレオナに返事をしてすぐにピクシーが口を開いた。

<<キリエ さっきの空戦で腹は減ったか?>>

その言葉にキリエが若干戸惑いながら答えた。

<<え?まあお腹は減ったけど…どうして?>>

<<俺はお前がいつも以上にパンケーキを食う方に賭ける気だったんでな>>

<<ちょっと!その話まだ続いてたの!人のことを賭け事の対象にしないでよ!>>

ピクシーの発言にキリエが声を荒げる。その言葉を聞いて空戦中に頭から抜け落ちていた言葉が頭の中にまた蘇ってくる。そのことについて考えてるうちに少し機体の姿勢が乱れた。そこにレオナが声をかけてくる。

<<サイファー?大丈夫か?>>

<<ああ…なんでもない 少しぼーっとしてただけだ>>

お前のことで悩んでるとは流石に言えない。ふと思えばいろいろと考えることが多くなってきていた。やはりピクシーの言うように一度くらいはチャレンジしてみるべきなのだろうか。そんなことを悩みながら羽衣丸へ帰還していった。

 

帰還後行われたキリエが何枚パンケーキを食べるかという賭けに関しては今までのキリエのパンケーキの消費量のデータを記憶していたケイトが勝った。一番ひどく枚数を外したピクシーはしばらくキリエにからかわれていた。正直いい気味だった。

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