荒野の番犬   作:ジャック伍長

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第八章 Deep Strike

東に大きな爆発が見えた。あまりにイレギュラーな攻撃に頭が一瞬白くなる。だが戦争慣れした俺の脳は程なくして状況の処理を始める。直後に様々な無線が飛び交い始めた。

<<今のは一体なんだ!?どこから…>>

<<アレシマ警備隊第五小隊がやられた!全滅だ!クソなんだってんだ!>>

<<こちらアレシマ管制塔 こちらでも状況を確認中だ しばらく待機せよ>>

<<おい なんだあれ…>>

最後の無線が聞こえた直後に再び東の空に爆発の火球が発生する。

<<一体なんなの!?>>

チカが大声が無線に響く。

<<あんなもの見たことありませんわ!>>

エンマもそれに続いた。対してザラが落ち着いた声で言った。

<<戦闘機の攻撃とは思えないわね ケイトは何か検討がつく?>>

<<おそらく大型の飛翔体 400ミリ級の大型砲から発射されたものと推定>>

<<それっていつだったかのクロバチ一家が使ってた…高射砲?とかと同じ感じのやつ?>>

ケイトの推定にキリエが思いつく節があったようだ。だがケイトがその可能性を否定する。

<<もっと大きな砲 ユーハングが保有していたとされる『戦艦』の砲と類似している>>

<<戦艦って海に浮かぶ船っしょ?なんでそんなのがイジツにあんのさ!>>

チカの言うように最大の疑問はそれだった。海のないこの世界に戦艦なんてものがあるわけがない。仮に陸路を移動できる兵器があったとしても強力な地磁気や毒のせいでアレシマの周囲まで接近するのは無理だろう。残る手段は空しかない。そう思った時ケイトが言った。

<<飛行船に搭載している可能性がある>>

<<そんな大型の大砲が飛行船に積めますの?>>

エンマがもっともなことを言う。飛行船に大型砲を積むなんてことは普通はない。だが頭に一つの可能性が浮かんだ。

<<…グランダー社の技術力を使えば可能かもしれない>>

その推定にレオナが反応する。

<<あのBf109を作った会社か?>>

<<ああ あいつらなら資源さえあれば作れるかもしれない そうまでして奴らが過激派に協力する理由は分からないが…>>

そう答えた時また東の空が爆ぜた。爆炎の中から戦闘機の残骸が大地に墜ちていく。

<<また何機か落とされた!管制塔!どうすればいい>>

<<レーダーが使用不能だ 各自目視で対応しろ>>

やはりまだレーダーは使えないようだ。

<<管制塔のレーダーも奴らが妨害してるようだな… 手の込んだことをしてくれる>>

ピクシーがボソリとぼやいた。その時だった。ザラの声が無線に響いた。

<<あら?…みんな 10時方向から何か来てる>>

その言葉を聞いて10時方向、西の方に目をやると俺たちより少し高い高度、大体16000ftほどに一機の機影が見えた。距離はまだ3nmほどある。

<<一機だけ? 妙だな…>>

<<アレシマ管制塔 こちらコトブキ飛行隊 未確認の機体を一機目視で発見した>>

レオナが管制塔へ通報する。だが管制塔からの返事が返ってこなかった。あの攻撃で混乱している以上そうなるのも無理はない。レオナが軽くため息をついてもう一度同じ内容を口に出そうとする。その時状況がかわった。一機だけです飛んでいた例の機体がバレルロールで高度を下げて加速しながらこちらへ向かってきたのだ。

<<!? 全機用心しろ!>>

レオナが檄を飛ばす。コトブキが二機ずつの編隊に別れると同時に敵機は編隊の中央に機銃を放ちながら飛び込んできた。

<<一機でこの中に飛び込んでくるとかバカなの!?しかも隼だし!>>

キリエが叫んだ。八機の編隊、その上この世界では名の知れたコトブキ飛行隊に単機で突っ込んでいくなんていうのはよほどの自信家か自殺願望持ちとしか思えない。ジェット機を使うなりして性能差があればまた別かも知れないが、敵機は型は違えどコトブキと同じ隼だった。

<<真っ赤な隼…エリート興業ですの?>>

<<あの隼は二型 エリート興業が使用するのは三型 エリートではない>>

ケイトがこの状況下で淡々と分析をしていく。そうこうしているうちに飛び抜けていった紅い隼が降下で付いた速度を活かしてほぼ垂直に近い角度で上昇しこちらを向こうとし始めた。

<<数ではこちらが有利だ 囲んで狙うぞ>>

レオナが再度指示を出す。紅い隼がターンし終わった時にコトブキが散開を終える。二機ずつの編隊がコトブキと俺たちを含めて四つ。どれかにあの隼が襲いかかれば残りの編隊でカバーできる計算だ。紅い隼が再び降下を開始、機体が進む先はレオナとザラの編隊だ。

<<レオナ!そっちいったよ!>>

相手の機動を目視したキリエがレオナに呼びかける。ゆるく右にターンしている二人の編隊に紅い隼が右斜め上から接近する。射線がレオナの機体に合いそうになったところで彼女の機体がきついターンを始める。当たらないと悟ったのか紅い隼はレオナ達の編隊の左後下方へと飛び抜けた。その背後にエンマとケイトの機体が続く。機銃を放つのに適した距離に二機が着くと紅い隼が左右にスナップロールして射線から逃れようとする。

<<ええい すばしっこい!>>

エンマが毒づく。紅い隼のスナップロールは無駄のない良いキレをしていた。彼女達の後ろを飛びながら見るだけでもよく分かる。何度かスナップロールを繰り返した後、エンマがようやくこのリズムを掴んできたところで敵が急にフラップを出しクイックループを繰り出した。紅い隼が軋む音が聞こえるようだ。人間業とは思えないようなクイックループだった。エンマとケイト、そして俺たちも目では追えたが着いていくことはできないループだ。一体何Gかかっているのか想像しただけでも恐ろしくなる。どんなパイロットか拝んでやりたかったがどういうわけかこの隼のキャノピーはスモークがかかって中が見えないようになっていた。

俺たちの背後に紅い隼が回り込む。そこにキリエとチカの編隊が機銃を放って相手の機動を牽制しながら割り込んでくる。

<<あんな機動 一番小回りのきくチカでも無理じゃない?>>

ザラが隼を見ながら呟く。一般的に小柄で脳と心臓が近い方がG耐性が強いと言われている。コトブキで言えばザラの言うとおりチカが一番耐性があるだろう。だがあの紅い隼はそんなこと関係ないと言わんばかりにハイGターンをこなしていた。

<<ピクシー あの紅い隼どう見る?>>

<<どう見ると言われてもな 油断すれば墜とされるのはたしかだ>>

そう言った時また東に火球ができるのが見えた。

<<長距離攻撃に謎の手練れのパイロット…考えることが多すぎるな全く>>

この状況にボヤキが出る。さっきから入ってくる他の部隊の通信はアイツがやられたコイツがやられたどうすればいいと阿鼻叫喚と言った具合だ。

<<こんのぉ!>>

キリエが中々弾の当たらない相手にイライラし声を上げる。シザーズやバレルロールを織り混ぜた機動が繰り返されていた。キリエ達も紅い隼もどちらもエネルギーを失い始めている。低速域の操縦性の良い隼とはいえエネルギーが少ない状態で最小限の動きでエネルギー損失を抑えつつキリエ達の攻撃を回避するあたりやはりこの紅い隼のパイロットは相当な腕を持ってると思えた。そんな相手をどう墜とすか、戦況を見つめながら俺は手を考えている。

キリエもエネルギーを向こう以上に損失しないように巧みに機体を操っていた。機体を扱うのがコトブキで一番上手いというだけのことはある。一方でキリエの僚機のチカはギリギリと言った様子だ。彼女の思い切りの良い、言い換えれば荒い操縦はチカの前を飛ぶ二機の隼よりも確実にエネルギーを消耗させていた。だんだんとキリエ達に着いて行けなくなっているのが見える。何度となくレオナ達が狙ってもその度にこの紅い隼は巧みに射線を回避し続けていた。

<<もうダメ!>>

エネルギーが足りなくなったチカが着いて行けずにキリエの援護位置から剥がれる。

<<チカ!…あっ!>>

キリエが落伍したチカに気を取られた瞬間に前を飛ぶ紅い隼が動きを変える。戦況が動くと踏んだ俺も行動を始める。

紅い隼が一気に180度ロールして急降下を始める。コイツの向かう先はキリエの後ろから脱落し降下でエネルギー回復を図っていたチカだ。

<<チカ!後ろだ!>>

レオナがチカに警告する。チカの方が先に降下を始めてはいたが、より鋭い急降下と馬力の上なエンジンで紅い隼は一気にチカとの距離を詰めていた。俺は攻撃のタイミングを計り始める。降下速度で言えばこの中では俺たちの紫電改が一番優れている。距離を詰め仕留めるならコイツの機体がチカに照準を合わせようとする一瞬が狙い目だ。

機体をターンさせスロットルを押し込み降下してチカの後ろに近づいていく紅い隼の後ろにきりえを抜かして占位する。チカはチカでより降下角度を強めて速度を得ようとしていた。それでも同じ降下角度でついてくる後ろの敵機の方が速度の伸びがよく徐々に距離を詰められている。

<<あと少し…もう少し詰める>>

タイプの違う二機の隼より速度をつけた俺の機体がチカを追う紅い隼へと距離を詰めていく。まるで地面に向かってのチキンレースだ。

<<このぉ!離れろよ!>>

チカの機体がおよそ4500ftまで下がった時にチカが後ろの隼をオーバーシュートさせようと降下しながらのバレルロールを繰り出す。普通であれば速度の優っていて距離を詰めていた後続機は追い越してしまうだろうといういいタイミングだった。チカを抜きターンをすれば俺はこの機体を撃てる。だがここで紅い隼は予想もつかない動きをした。

<<なっ!?>>

紅い隼が急激なピッチアップを行う。だが機体は上昇しない、その場で機体だけが鎌首を持ち上げた蛇のごとく上を向く。コブラだ。予想外の行動で俺も照準を定めることができない。

<<あれナオミの!!?>>

キリエが声を上げるのも気にせずにレティクルを覗かずに自機の射線の前にチカがいないことだけ確認して左右に軽くラダーを蹴りながらトリガーを引く。1秒にも満たない時間引いた後に右ラダーを蹴りながら右へと旋回して敵機の横を抜ける。機体に注視するとコクピット側面に白い円の中に何か白文字の入ったエンブレムが描かれていた。一瞬だった為中の文字がなんて書いてあったかは分からなかった。横を抜け切ったところで紅い隼の部品が散るのが見えた。致命傷にはなってないように見える。完全にラッキーヒットだ。

<<当たったみたいだな にしてもなんて動きだ>>

ピクシーも流石に驚いた声でそう言った。あのタイミングでコブラを、それもレシプロ機で繰り出すあたりやはり相当なパイロットだ。往年のベルカ空軍にも勝るとも劣らない。

視線の端では速度の確保ができたチカがキリエと編隊を組み直すのが見えた。ここから仕切り直しってところだろう。敵機もコブラで失った速度を水平飛行で確保しながらこちらを伺っているようだった。

<<なんでナオミがやった技をアイツがやってんの!>>

<<キリエ落ち着け それを考えるのは帰ってからだ 今は目の前のことに集中しろ!>>

<<あの動き やはり人間業とは思えませんわ>>

<<この隼の機動はケイトも予想ができない 長く戦うのは危険>>

コトブキが一連の空戦からさらに警戒を強めて攻撃の態勢を取ろうとする。だが事態は意外な結果で終わりを迎えた。敵機が俺たちのいる方向へは向かわず来た方向、西へ進路を取り撤退していったのだ。

<<あら? どうやらもうやる気はないみたいね>>

<<鮮やかな…というより何を考えてるか分からない引き方だ>>

全くだと思った。あの紅い機体が一体なんの目的でこちらを、しかも一番腕の立つコトブキと俺たちの元に単機で飛び込んできたのか未だに計りかねていた。唯一分かるのはアレもおそらく俺たちのいた世界から来たものだろうということだ。ただ飛び方に関しては全く想像がつかなかった。今まで戦ってきたどのベルカ人パイロットとも違う感じだ。色々な飛び方を混ぜている。そういう感じがした。

<<おそらくだがアレも俺達の世界のものの一つだと思う>>

<<え アレもおっさん達の世界のモノなの?>>

チカが俺の言葉に反応する。こういう時に真っ先に反応するのは彼女だった。

<<多分な 詳しくは下に降りたら話す>>

また厄介ごとの種が増えたなと思うと少しため息が出た。だが休んでる暇は無い。再び空に轟音が走った。

<<この攻撃もなんとかしなければ アレシマ管制塔 こちらコトブキ飛行隊>>

レオナがアレシマ管制塔へ呼びかける。しばらく反応がなかったが少しして返事が返ってきた。

<<こちらアレシマ管制塔 現在墜落機の捜索および負傷者の回収等で手が離せない それぞれの判断で行動を取ってくれ>>

そう言い残して無線が切れる。混乱してるのは分かるが場慣れしてないあまりにも雑な指示に溜息が出た。

<<さてどうするレオナ?>>

レオナに聞くとこちらは直ぐに返事が返ってくる。

<<サイファーそっちの燃料はどうだ?>>

言われてすぐに燃料計をチェックする。針は半分より少し上のあたりを示している。どの辺りからの砲撃か分からないがここから発射元を探しに飛んで戻ってくることは出来るだろう量だ。

<<燃料は大丈夫そうだ 弾もほとんど減ってない ピクシーそっちはどうだ?>>

<<残燃料は十分ある 大丈夫そうだ>>

<<よし 北東方面の部隊を援護する 全機用心して飛行するように!>>

レオナが号令をかけて編隊が北東方面へと機首を向ける。見えるだけでもすでに地上から戦闘機が落ちたであろう黒煙がいくつも上がっていた。

<<酷い 何機もあの火の玉みたいなのにやられちゃってる…でもなんでアレシマを直接狙わないんだろ?>>

キリエがぼそりと呟いた。

<<まだ届く距離じゃないってところかしらね 抵抗できないように戦力を減らしてから強力な武器を突きつけて交渉を飲ませるってところかしら>>

<<イサオ信奉者らしい手口ですわね>>

エンマが毒を吐いた時また空に爆発が起きる。こちらが狙われていないとはいえだんだんと砲撃エリアに近づいてきたのか機体を揺さぶる衝撃が大きくなり始める。

<<ねえ あの砲撃って前にイケスカで戦ったうるさいヤツのキンセツシンカンと同じ感じなのかな?>>

チカが言った。それにケイトが答える。

<<おそらくそう ただし爆発の規模から想定される砲弾の大きさから考えて作動範囲は大幅に大きい>>

<<じゃあ狙われたら避けられないってこと?>>

<<回避は難しい>>

<<なら狙われなきゃいいわけだよな? 燃費は悪くなるが超低空で飛んで発見を遅らせたらどうだ?>>

二人の会話に割り込んで言った。レオナが反応する。

<<それしかないか よし 高度30クーリルを維持して北東へ進む 攻撃できなかった場合はヤツらの情報を持ち帰ることを優先する!>>

コトブキ飛行隊が機体を降下させて低空飛行に移る。渓谷でもあればもっと楽に近づけそうだが現状はこれができる最大限の作戦だ。

前方を見上げると離陸前の混雑が嘘のように空いていた。本来ならば視界にもっと多くのシルエットが映るはずだった。

<<酷い有様だな…>>

ピクシーが呟く。大抵のことには動じないこいつもここまで大ごとだと流石にくるものがあるらしい。

<<こちらアカツバメ隊! 誰か聞こえるか!北東方面に飛行船らしき姿が見えた!>>

無線に若々しい声が入ってくる。デトの声だ。この攻撃で無事なあたりなかなか運と腕がいいらしい。

<<こちらガルム1 今援護に向かってる!デトどの辺りかわかるか?>>

<<アレシマ市街から東北東へ約35キロクーリル程度だ!おそらくこっちへ向かってきてる これから向かって攻撃を開始する>>

<<待てデト アカツバメだけじゃ無理だ 俺たちの到着を待て>>

<<先に攻撃を開始する 少しでも早い方が被害が減るはずだ!>>

そう言って彼からの通信がなくなった。流石に無謀すぎる。若さ故の思い切りの良さは良いがあいつらの経験の少なさでは万が一に対応できる手数が無さすぎる。

<<急ごうサイファー 彼らだけでは危険だ>>

レオナが言った。スティックを握る手に力が入る。全速力で北東へ向かう。方位と距離がわかるのならもうあとは行くのみだ。

低空飛行のままアレシマ市街の北側を抜け本来の北東方面の飛行隊の担当空域に入る。高度も相まってここまで近づくと黒煙の根元がよく見えた。バラバラになった機体の残骸や不時着している機体。そしてそれを回収しようとしてる部隊などが見える。

<<見る限り彼らは攻撃されてないわね 低空で接近するのは正解だったかしら>>

ザラが周りを眺めながら言う。ここまでは順調だ。ザラの言うように今のところこの高度に向けては砲弾は飛来していなかった。まとまって飛ぶ航空機が減ったからか砲弾の飛来回数自体も減っている。

そろそろ見えるかと目を凝らして索敵をする。予想とデトの目撃情報が正しければ少しは機影が見えても良さそうだ。

<<ねえあそこ!11時の方!>>

チカの声に反応してその方向を見ると空のライトブルーの中にうっすらと薄いグレーの何かが浮いているように見えた。さらによく見ると飛行船のようなシルエットをしてるのが分かる。

<<あれだな なかなか見つからないわけだ 迷彩で空に溶け込んでやがる>>

派手な色をした飛行船の多いイジツではあまり見ない実用性を重視した塗装。その上かなり大きそうだ。

<<引き続き高度を下げたまま接近しよう>>

そう言った時に俺たちの前方10000ftほどの高さに四機の機影が見えた。飛び出たままの脚からデト達アカツバメ隊の九六式だと分かる。彼らはもう敵の飛行船までかなり近づいている。そして恐らく見つかってもいた。

<<アカツバメ隊! そのまま行くのはまずい!一度下がれ!>>

<<いやこのまま行く!これ以上被害は出せない! みんな行くぞ!>>

こちらの制止も聞かずに彼らが飛行船に向かって進んでいく。四機で先行するのはいくらなんでも無謀すぎる。

<<くそっ! こちらサイファー 高度を上げてあいつらの援護に回る コトブキ飛行隊はそのまま低空で奴らの背後まで回り込んでくれ!>>

<<了解 無茶はするなよ>>

<<無茶しないで済むならな ピクシー行くぞ!>>

スティックを引いて上昇を開始する。相手の兵装が詳しくわからない以上ぶっつけ本番でこなすしかない。

俺たちが上昇を開始して少ししたところで飛行船の様子が変わる。今までライトグレーの迷彩塗装だった船体に黒鉄色のものが見え

始める。船体の上部には単装ではあったが戦艦の主砲の様なものまで見えてきた。

<<おい 変形しやがったぞ>>

<<こいつはすごいな…>>

俺もピクシーも驚きの言葉しか出てこなかった。

上部に砲が出たあと少しして砲がわずかに向きを変え始める。角度的に俺たちの方を向いたわけではなさそうだ。そうなれば自ずと誰を狙っているか分かる。俺たちの他に接近してくる存在、デト達だ。まだ彼らは出現した砲塔が自分達を狙っていることに気づいていない。

<<デト!散開しろ!奴ら狙ってるぞ!>>

叫んで彼らに警告をする。

<<りょ 了解!>>

急に叫んだ俺の声に驚きつつも前を行くアカツバメ隊が左右にブレイクする。彼らの機影が別れたのを確認した直後にその付近に砲弾が炸裂する。北東方面の飛行隊を吹き飛ばしたあの爆発より遥かに小さく高射砲の炸裂よりは大きいと言った程度だ。

<<こいつが近接防空用というわけか>>

<<船体上部に砲塔が四機 躱すのはそこまで難しくなさそうだ>>

俺がそう言った瞬間再びアカツバメ隊の近くで砲弾が炸裂する。

<<うおっ!>>

<<ムート 大丈夫か!>>

<<大丈夫だ ふぅ…少しちびりそうになったけど>>

爆発の近くにいたアカツバメのメンバーがぼやく。あの調子なら損害はなさそうだ。

<<再装填まで大体5秒程度か>>

機体の速度差と彼らがブレイクして蛇行しながら接近している事が重なって前を行く彼らとの距離がだいぶ近づいてきた。そろそろこっちもあの単装砲の攻撃範囲に入りそうだ。やはりでかい。確認できるだけでもエンジンは羽衣丸より6つは多い。胴体の太さも4割増しといったところか。

<<距離感が狂いそうな大きさだな>>

<<サイファー 測り間違えてぶつかるなよ>>

そんなことを言ってるとアカツバメを狙っていた上部の砲塔のうち二基がこちらに砲口を向けた。

<<ピクシー来るぞ!>>

<<分かってる>>

一直線に進むのをやめ緩く左右へ蛇行を始める。まだ小さく見える砲身の動きに睨みを効かせる。こちらを追うような動きをした後に砲身がピタリと動きを止める。

<<ハードレフト!>>

スナップロールで左に素早くバンクさせてからスティックを手前に強く引く。直後に機体の下あたりで砲弾が二発炸裂した。爆風で機体が軽く揺られる。爆風に煽られる機体の挙動を抑えた後に見える範囲で自機の外装をチェックする。損傷はない。

<<よし この調子でもっと近づくぞ>>

再び緩く旋回を繰り返しながら接近する。旋回した砲身が止まるのを確認してブレイク。砲弾が炸裂するが被害はない。アカツバメ隊の方は躱すのに手こずっているようだが今の所被害はない。

だんだんと距離が近くなってくる。やはりでかい。今まで見た飛行船の中で一番大きかったのは昨日見たポロッカの船だったがそれよりもさらにワンサイズ大きい。戦闘機と比べると小魚と大鯨といった具合だ。だが大きさにビビってる時間はない。距離が詰まり単装砲に変わって敵の対空機銃が火を噴き始めた。図体がデカイだけあって羽衣丸クラスの飛行船よりもはるかに火線の数が多い。

<<この弾幕に飛び込むのは骨が折れるな>>

<<だが飛び込まなきゃな これ以上近づけたらアレシマ市街にあの砲弾が飛び込みそうだ>>

覚悟を決めて操縦桿を握りしめる。現在の高度は奴らより3000ft高いくらいだ。

<<行くぞピクシー>>

敵船を見据えて飛行船の斜め前方から降下を始める。目標は敵船側面に付くエンジンだ。

思っていた以上に激しい弾幕に飛び込んだことを後悔しかけたが重力を受け加速する機体を止めることはできない。下手にここで旋回すれば投影面積が増えて余計に危険だ。ラダーペダルを踏み込み機体を滑らせ少しでも被弾率を下げようと試みる。

サイトを覗きレティクルをエンジンに合わせ、いつも戦闘機を狙う時よりも遠い300ydでトリガーを引く。翼のから飛び出た銃身が火を噴き飛んでくるのとは違う色の曳光弾が目標めがけて飛んでいく。船体スレスレを通り敵船下方に抜ける。

振り返ってみたがエンジンにほとんどダメージは無くエンジンと船体を繋ぐ支柱に少し穴が開いてるのが見えた。初撃は満足のいくものでは無かったが幸いなことにこちらの機体もほとんどダメージはなかった。水平飛行に戻り弾幕の届かない安全圏でピクシーと編隊を組み直す。どうやらピクシーの方も有効打は与えられなかったようだ。

<<こちらピクシー 有効打ならず …にしてもなんて大きさだ>>

<<距離感が狂って狙いづらいな>>

<<彼らに続け!>>

ボヤいているとデトの声が無線から聞こえる。なんとか単装砲の攻撃を抜けたようだがその勇ましい声に比べて機体の操作には若干の疲労が見られる。赤い翼を持つ四機が俺たちの飛び方を真似て飛行船の弾幕の中に飛び込む。だが完全な模倣とは言えなかった。彼らは弾幕の一番濃い側面からの降下を選んでしまっていた。弾幕に飛び込んですぐに一機の九六式の翼から炎が上がった。

<<くそ!翼が!>>

<<離脱してから脱出しろゲン!>>

<<すまない 後で回収頼む!>>

火を噴いた九六式が僚機のそばを離れて弾幕から抜けていく。飛行船から離れたところで機体の上下が反転しパイロットが外へと飛び出るのが見えた。

ピクシーと編隊を組みながら俺はアカツバメ隊を狙う火線を睨みつける。

<<相棒 何かいい策は思いついたか?>>

<<もう少しでひねり出せそうだ ただ確信を得るためにはもう一度あの弾幕に飛び込まないとな>>

俺はこの弾幕の中で少しでも薄いところを探し出そうとしていた。俺たちの一撃目とアカツバメ隊の攻撃で概ねの予想は出来た。

近くで見る限りこの飛行船の武装は船体左右側面に十基程度の対空機銃が五列ずつ、上部に先程撃ってきた単装砲が四基、そして船首には飛行隊を吹き飛ばした大型砲が一門といった具合だ。

<<俺の飛んでみた感触じゃ船体後部の弾幕が一番マシそうだ>>

<<了解 敵の7時方向から仕掛けてみる>>

敵船の上部に出たところで再びピクシーとの編隊を崩す。ピクシーと反対側に当たる敵船5時方向から仕掛ける。大まかに攻撃目標の当たりをつけて降下の準備に入る。機体を反転させ降下し再びあの弾幕へと飛び込む。

今度は狙いやすくするためにラダーの踏み込みを浅くした。先ほどよりも滑りは緩やかだが機体が致命傷を負うこともなく目標まで400ydほどのところまで接近できた。レティクルに対してまだ小さく狙いづらいエンジンポッドの進行方向側にリードを取ってトリガーを引く。トリガーを握っている間左右のラダーペダルを交互に踏み込んで弾を左右に散らせる。曳光弾が左右に帯のように広がりながら飛んでいく。距離感の掴みづらい巨体を再び掠めながら船体下部へと通り抜けた。振り向いてみると狙ったエンジンポッドから黒煙が上がっている。どうやら今回は有効打を与えられたようだ。噴き出した煙が炎に変わりプロペラが一基停止した。

<<こちらガルム1 エンジン一基破壊>>

<<こちら2 こちらも黒煙を確認 だがエンジン停止まではいかなかった>>

船体から離れた位置で再びピクシーと合流する。左右から黒煙が上がってる姿は見えているがやはりエンジン二基を壊した程度では速力はほとんど落ちなかった。

<<弾幕の薄いところは分かったがそれにしても狙う的が多すぎるな…まったく>>

<<ああ……サイファー 燃料は後どのくらいだ?>>

ピクシーにそう言われて燃料計を見る。かなり消費していた。おそらく後2回程度の攻撃でビンゴになりそうな量だ。

<<後二回が限界ってとこだな >>

<<了解 かなり厳しいな…>>

その時だった。オープンチャンネルで聞きなれない声が聞こえてきた。

<<こちらは自由博愛連合所属 飛行船オオトリ 本船は現在アレシマ北東25キロクーリルに位置し間も無くアレシマ市街を射程圏内に捉える 我々はアレシマ市に次の三つを要求する アレシマ市の自由博愛連合への加盟 自由博愛連合の戦力の駐屯 アレシマ滞在中のオウニ商会社長ルゥルゥ ガドール市議員ユーリア ポロッカ市長ゴドロウの身柄引き渡し 以上の要求が受け入れられない場合 アレシマ市街地への攻撃を開始する>>

この惨事を引き起こした者からの事実上の降伏勧告だった。

<<街を人質にとって恐喝とはな…>>

ピクシーが呆れたように言った。直後に彼らが次いで言った。

<<また30分以内に返答しなかった場合も要求を拒否したと見なし攻撃を開始する>>

その言葉を聞いていたアレシマ管制塔が思わず声をあげた。

<<30分!? 無茶苦茶だ!そんな時間で協議できるわけないだろう!>>

あまりにも無茶な要求だ。

<<せいぜい政治家共が早く集まることを祈ることだ>>

そう言ったのを最後に通信が途切れる。

<<くそっ!>>

デトが機体を翻して飛行船へと飛び込んでいく。

<<よせ!デト!>>

アカツバメの隊員達が止めるのも聞かずに弾幕に突っ込む。だが怒りに任せた操縦では近くことも叶わない。圧倒的な弾幕が彼の機体を傷つけ最後にはエンジンに被弾し火を噴いた。

<<くそっ!くそっ!!>>

彼が声を荒げながら機体をコントロールする。その時再びあの声が無線から聞こえた。

<<このオオトリの前では何をしようとも無駄な努力だ 諦めて逃げるがいい>>

<<ちくしょう!>>

そう言い残しデトが火の上がる機体から空へと転げ出る。頭に血が登ってはいたがなんとか脱出という冷静さは残っていたようだ。だが残った二機はあまり冷静とは言えない状態だ。疲労と二人墜とされた焦りでふらついている。

<<アカツバメの残った奴ら聞こえるか? お前らはデトともう一人を救助しに行け こっちは俺たちでやる>>

<<すまない…頼む>>

アカツバメの残存した二機にそう言うと彼らは素直に従った。

<<さて…どうするサイファー>>

ピクシーが俺に尋ねる。現状の残燃料と弾薬ではこの船を墜とす算段は思いつかなかった。

<<やれるだけやろう 少しでもダメージを食らわせてやる>>

再び上昇して船体後部に回り込む。三度目の降下だ。アカツバメがいなくなったことで全ての機銃が俺たちへと牙を剥く。薄い後方を選んだとは言え二割程度多く弾が飛んで来ている気がした。フルスロットルで弾幕に飛び込む。今度はラダーを踏まずに真っ直ぐに突っ込んだ。あまり多くない弾数でできる限り仕留めなくてはいけない。弾が何発か機体を掠める音がするが無視して飛び込む。

200ydを切ったあたりでエンジンに一斉射を叩き込む。撃ち込んだエンジンの前を通り抜ける直前に爆発が起きる。やっと二つ目だ。だが残弾と残燃料はもう残り少ない。船体下部を通り抜けて安全圏へ抜け、次の攻撃の準備のために敵船前方側から上昇する。

<<この残弾数でどこまでやれるか…>>

計器盤を見ながら呟いた次の瞬間、耳元に美声が聞こえた。

<<待たせたな!>>

上を見ると太陽を背にした六機の編隊が見える。迷彩塗装の隙間に見えるジュラルミンのシルバーが光を反射して眩しい。

<<レオナ!>>

<<分かってる!後ろからだな!>>

六機の隼が船尾側に降下して三機ずつ左右に別れた。後部から前方に向けてエンジンを撃ち抜きながら側面スレスレを駆け抜けていく。ケイトなどはエンジン取り付け支柱の隙間を飛び抜けて行った。

<<イヤッホー!!>>

俺たちに注視していた対空機銃は太陽を背に現れたコトブキに対応が出来ていなかった。エンジンを攻撃したコトブキが側面を通り抜け飛行船前下方へと降下して行く。彼女達の攻撃でかなりの数のエンジンがダメージを受けていた。

<<なっ!?コトブキだと!どこから現れたのだ!>>

オープンチャンネルで先ほどの脅迫めいた勧告を伝えたのと同じ声が聞こえる。声からするとかなり動揺しているようだ。

<<船長 エンジン損傷多数 推力低下このままでは主砲発射の反動で墜落する恐れがあります>>

<<くそっ ここまで来て……>>

焦りからだだ漏れになっている通信を聞いて俺は無線機のダイヤルをオープンチャンネルに合わせた。ハッタリを効かせるなら今だと思った。

<<デカブツの船長 帰るなら今のうちだ こっちの姫達はまだやる気があるようだぜ>>

アレシマの管制塔も俺に続いた。

<<こちらアレシマ管制塔 残存飛行隊に告ぐ 北東のコトブキ飛行隊と合流し敵飛行船を攻撃せよ>>

<<……船長 レーダーで南西より接近する複数の編隊を確認しました>>

どうやったかは分からないが管制塔が満身創痍の防空隊の残存戦力をまとめてこちらへ寄越してくれたようだ。だがコトブキが派手にダメージを与えてくれたとはいえ低空飛行で燃料を消耗し長くは飛べないオレ達と満身創痍の味方が幾ら合わさってもこの船を墜とすのは厳しいだろう。この挑発で向こうが折れてくれるのが最善だった。

<<………>>

無線がブツッと音を立てて途切れてすぐに飛行船がその巨体を転回させる。船首を北東に向けると武装を格納してアレシマから離れていった。

<<こちらガルム1 敵飛行船の撤退を確認>>

暑さでフライトスーツの襟元を緩めながら言った。

<<なんとか下がってくれたわね>>

<<疲れた〜…あの紅い隼といい飛行船といい今日は色々ありすぎだよ…>>

キリエが息を吐きながら言った。

<<キリエ…あの紅い隼 ナオミの動きに似てましたの?>>

<<そのまんまって感じ…前にオフコウ山で墜とされた時の動きに でもそれ以外の動きはナオミのじゃなかった>>

キリエが少し戸惑った声で言った。あの紅い隼にも俺たちの世界が関係しているのかもしれないとふと思った。だが何故その機体のパイロットがイジツのパイロットそっくりに飛ぶのか、それが疑問だった。

<<ねえそろそろ戻らないと もう燃料があんまりないよ>>

<<よし 帰還する 詳しい話はまた降りてからにしよう >>

レオナの号令で編隊を組み直し機首を南西に向ける。西の空の向こうに消えた紅い隼に疑問を感じている俺にピクシーが言った

<<よう相棒 まだ生きてるか?>>

ベルカ戦争中に何度も聞いた言葉だがこの言葉を聞くと少し安心できた。受けた被害は酷いものだったが俺たちは生き延びた。生きている限り反撃のチャンスはある。そう信じて帰路についた。

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